新たな仲間
気づいたら僕の体は大森林の木々の上まで浮いていた。
隣には魔女さんも浮いている。
「このまま神殿の所まで飛ぶわ」
「え?
飛ぶ?
う、うわあああああああ」
僕が言い終わらない内に、すごいスピードで進み始めた。
僕としては、飛ぶと言うよりも何か大きなものに投げ飛ばされたみたいな感覚だった。
どれくらい進んだのか正確には分からないけど、かなりの距離を飛んでいる。
空を飛ぶのは魔女さんにとっても簡単なことではないらしく、途中からかなり辛そうな顔をしている。
「あの、辛いなら歩いて向かいましょう」
「いいの。
早く確認したいの」
魔女さんは頑なだった。
それだけ、神殿の存在が彼女にとって大きいのだと思う。
唐突に止まった。
そして、ゆっくりと地面に降りる。
そこは、普通の森だった。
特に何か変わったものは見当たらない。
「あ、あの、ここは?」
魔女さんに尋ねたけど、彼女は僕のことなんか眼中にない様子で目の前の森を凝視している。
「どうして?
どうしてないの?」
その様子からここが元々神殿があった場所だというのが分かる。
魔女さんはかなりショックを受けているみたいだ。
そりゃそうだ。
僕に置き換えて考えたら、ファスタルの名前を教えるのが役割なのにファスタル自体がなくなってるってことだろう。
自分の存在を否定されたような気分かもしれない。
少なくとも、これからどうしていいか分からなくなっているはずだ。
さっきは、神殿がなくなったことを教えることが親切だと思ったけど、いきなり伝えたのは良くなかったのかもしれない。
もっと上手く気づいてもらう方法を考えた方がよかったんじゃないだろうか。
今の魔女さんの様子を見ると、そう思えてくる。
でも、僕が言わなくてもいつかは気づいただろうし、今伝えないと誰かが管理者に言ってしまったかもしれない。
だから、この人のことを考えれば、これでいいはずなんだ。
肝心なのは、これからどうするかだ。
僕がすべきなのは、この人がこれから何ができるのかを教えてあげることのはずだ。
「ここが神殿があった場所で間違いないですか?」
僕はできるだけ優しい声で話しかける。
「ええ……」
魔女さんは茫然としながらも、ちゃんと答えてくれた。
「でも、もうないですよね。
これで、あなたの役割はなくなったってことだと思います。
だから、もうここに縛られる必要はないんですよ」
あんまりうまく言えなかったけど、これで自由だということを伝えたかった。
「そう。
そうね。
確かにそうだわ。
でも、突然そんなこと言われても、どうしたらいいのか分からないよ」
やっぱり、あんまり嬉しそうではない。
その気持ちはよく分かる。
役割がなくなって、自由になったということよりも、ただただ喪失感を感じているんだと思う。
今までは役割に従って行動することしか考えていなかっただろうから、当然かもしれない。
僕はプレイヤーや街の人から色々聞いていたから外の世界には興味があったんだけど、多分この人はそんなこともなかったんだろう。
それに、僕だってエスクロさんやワビスケが助けてくれたから今みたいにしているけど、いきなり一人で動いて良いよって言われていたら、多分今もファスタルから出てなかったと思う。
いや、そもそも僕がファスタルを出たのは、成り行き上、仕方なくだった。
プレイヤーたちに追いかけられなかったら、ワビスケと一緒に行動していても、まだファスタルにいたかもしれない。
「あの、いきなりだから戸惑うと思うんですけど、あなたは自由になったんですよ。
だから、好きなことをしたらいいんです。
街に行きたいなら行ってみたらいいし。
ダンジョンに行きたいなら行けばいい。
仲間を作りたいなら作ったらいいんです」
僕は、大森林の外の世界には楽しいことがたくさんあるということを伝えたかった。
でも、この人がやりたいと思うことなんて知らないから、どう伝えたらいいのか分からなかった。
結局、曖昧なことしか言えない。
「そう言われても、私はこの森のことしか知らないのよ。
あなたがさっき話してたのを聞いて、仲間と行動するのは楽しそうだと思ったわ。
でも、どこに行けば仲間ができるのか分からないのよ。
大体、街がどこにあるのかも知らないわ……」
そう思うのも、痛いほど分かる。
知識として街の存在は知ってるけど、実際にどこにあるのかなんて知らない。
僕は元からファスタルの中にいたから、そこを散策することができた。
そこで、ワビスケにも出会えた。
それから、他の仲間を作れたのはワビスケのおかげだし、ゴミ屋敷に来られたのもそうだ。
でも、この人にはワビスケみたいな存在はおろか、散策する街だってない。
広大な森に一人っきりだ。
何をどうしたらいいのか、全く分からないんだろう。
すごく、かわいそうな気がした。
ただ、この人は仲間と行動するのは楽しそうだと言った。
そして、街の場所を知らないと、そう言った。
「じゃあ、僕が連れて行ってあげますよ」
自然と口にしていた。
同情の気持ちがないと言ったら嘘になる。
大いに同情している。
でも、この同情は僕にしかできないものだ。
僕だからこそ、本当の意味でこの人の辛さを理解してあげられると思う。
そして、どうすればその辛さを取り去れるのかもなんとなく分かる気がする。
僕がファスタルで看板を作った時、エスクロさんは乗りかかった船だと言って色々助けてくれた。
今回の僕は乗りかかった船というよりも、僕がこの人を船に乗せたようなものだと思う。
だから、助けてあげたいと思うし、助けてあげないといけないとも思う。
「僕が、あなたが行きたいと思うところに連れて行ってあげますし、やりたいと思うことができるようにしてあげます。
あなたの希望は、僕が叶えます。
もちろん、あなたがそうしてほしいと思うなら、ですけど」
僕はワビスケにとても感謝している。
返しきれない恩がある。
同時に、憧れてもいる。
ワビスケみたいな行動をとれたらカッコいいと思う。
正直、呆れる部分もいっぱいあるけど、ワビスケみたいになれたら最高だと思う。
だから、単純に同情だけじゃなくて、僕自身の意思としてこの人の役に立ちたいと思った。
本当は僕が勝手に決めていいことじゃないしワビスケたちに相談しないといけないんだけど、僕がこの人にこんなことを言えるのは多分、今しかない。
今何も言わなかったらこの人はどこかへ行って、二度と僕たちとは会わないと思う。
だから、ためらっていられない。
魔女さんは僕のことをじっと見ていた。
「――いいの?」
しばらく間があった後、魔女さんはそう言った。
「もちろん仲間には説明しないといけないですけど、僕自身がそうしたいと思ったんだからいいんです」
「私をあなたの仲間にしてくれるってこと?」
そうか。
そういうことになるよね。
いいと思う。
いや、さっきのワビスケの様子を考えると反対されそうな気もするけど、ワビスケはいつも僕のやりたいようにやれって言ってくれてるし、ちょっとくらい我がまま言ってもいいよね。
「そうですね。
あなたが望むなら。
どうですか?」
「じゃあ、あの、お願いします」
小さな声でそう言われた。
断られなかったことに、なぜだか少しホッとした。
ただ、仲間になるなら言わないといけないことがある。
「あの、僕たちの仲間になるんだったら敬語はダメです、……だよ。
遠慮が出るから。
僕もあなたに対して敬語は使わないようにする。
仲間には遠慮はしない、させない。
それが僕たちの主義なんだ」
なんだか気取ってるみたいな気がしてちょっと照れ臭かったけど、大事なことだからちゃんと言った。
「うん」
魔女さんはようやく嬉しそうに微笑んでくれた。
それから、僕たちは二人で元の場所に戻ることにした。
魔女さんが疲れているのは明らかだったから歩いた。
歩くのも辛いかと思ったけど、飛ぶのよりはずいぶん楽らしい。
さっきはかなり無理をしていたようだ。
来た時よりもかなり時間はかかったけど、ワビスケたちの所へ辿り着いた。
ワビスケたちはちゃんと待っていてくれた。
「あ、エイシ!
大丈夫だったか?
いきなり飛んでくから、ビックリしたぜ。
お前とは連絡つかないから、どうしようもなかったしな。
まあ、最悪移動石があるから、ちゃんと戻ってくるとは思ってたが」
ワビスケはかなり心配してくれていたみたいだ。
申し訳ない。
「うん。
ごめん。
ちょっと神殿を見てきただけだから、大丈夫だよ」
「で、どうだったんだ?」
「やっぱりなくなってたみたい。
ワビスケの言った通りだった。
それで、ちょっと相談というか、頼みがあるんだけど――」
――みんなに魔女さんを仲間にしたことを説明した。
僕の説明中、ワビスケの顔はみるみる険しくなっていった。
熊とマイコさんはそんなワビスケを見て面白そうにしている。
二人はそれほど反対ってわけじゃないみたいだ。
「はあ?
なんだって?
魔女を仲間に?
何言ってんだよ、エイシ。
そんなことできるわけないだろうが」
「勝手に決めたことは謝るよ。
でも、放っておくことなんてできないよ。
ワビスケだって僕に同じことをしたでしょ。
悪いことじゃないはずだよ」
「いや、お前はいいんだよ。
でも、その魔女はな……。
さすがにダメだ。」
ワビスケは魔女さんをすごく拒否するんだけど、何かされたことでもあるんだろうか。
いや、確かに魔法でぶっ飛ばされたとは言ってたけど。
「この人だって僕と同じだよ。
なんで反対するのさ。
本人だってそうしたいって言ってくれたし、別に仲間が一人増えるくらい問題ないでしょ」
普段はワビスケがダメって言ったら納得すると思うけど、今回は譲れない。
「いや、仲間が増えるのは問題ねえよ。
だけど、魔女だぞ?」
「さっきから魔女魔女言ってるけど、何か問題あるの?
ていうか、魔女って言うけど、この人普通の人でしょ?」
「いや、普通とは言えないだろう。
普通の人間がそんな意味不明な魔法なんて使えるはずがないだろ……。
…………うん?
待てよ。
確かに、普通じゃないって意味ではエイシと同じだな。
それに、……そうか。
そうだな。
あの幻の魔女が仲間か。
なんだよそりゃ。
冷静に考えたら、すごいことじゃないか。
そうだよ。
何言ってんだよ。
反対する理由なんてねえよ。
むしろ普通のヤツだったら反対だよ。
森の魔女なんて大歓迎に決まってんだよ。
俺は何を反対してんだよ。
というか、そんな面白いことが可能だったのかよ。
今まで考えたこともなかったぜ。
どうやったらそんな話になるんだよ」
ワビスケがいつもの調子を取り戻して騒ぎ始めた。
一人で色々納得したらしい。
非常にめんどくさいテンションだけど、今はありがたい。
「というわけなんだけど、マイコさんと熊もいい?」
「ええんちゃう。
ウチは来る者拒まず派やし。
貴重な女子やし」
「ワシも構わん。
小僧がそうしたいならそうすればいい。
きっと面白いことになる」
「ありがとう。
というわけで、大丈夫だよ」
僕は後ろで小さくなっていた魔女さんに言った。
目の前で相談されて居づらかったかもしれないけど、最終的に受け入れられたから問題ないと思う。
「ありがとうございます。
これからお世話になります。
改めて自己紹介します。
アリア・ディ・アスリーナです。
アリアと呼んで下さい」
なんだか、仲間にするって言った後から態度がすごく丁寧になった。
遠慮してるんだと思う。
でも、それってダメなんだよね。
「仲間になるんだったら敬語はいらないって言ったでしょ。
だよね?」
僕はワビスケたちに確認する。
「そりゃそうだ。
俺らの仲間になるなら最低限の礼儀だ」
「当然やな」
「ああ、その通りだ」
気安い仲間たちに感謝する。
まあ、僕も最初は熊とマイコさんに敬語だったりしたけど。
仲間になるかどうか微妙だったから仕方ないよね。
それから、僕たちも簡単に自己紹介をした。
ワビスケたちはかなり有名なプレイヤーのはずだけど、アリアは知らなかった。
アリアはずっといなかったんだから当然だ、ってワビスケは言ってた。
まあ、僕も知らなかったわけだけど。
その時に、ワビスケがアリアにいくつか質問をした。
だけど、元々ワビスケが知っていた以上のことは分からなかった。
ただ、アリアが使う魔法がプレイヤーと違うのは確からしい。
その辺りは追々聞いていくことにした。
「ああ、俺たちの仲間になるにあたって、一つ絶対に守ってもらわないといけないことがある」
ワビスケが厳しめの表情で言う。
「何?」
「あのな、絶対にキレるな。
お前がキレて思い切り魔法をぶっ放したらえらいことになるのは目に見えてる。
今までは、敵を見つけたらすぐに魔法を使っていただろう。
大森林ならそれでも良かったかもしれないが、これからは外に出るんだ。
だから、それはやめろ。
最悪、キレても安易に魔法だけは使うな」
そう言えば、すごい気分屋なんだっけ。
確かに、そんな感じの雰囲気はある。
今はまだ遠慮しているっぽいけど、慣れたらどうなるか分からない。
「分かったわ。
でも、よっぽどひどいことを言われたりしない限り大丈夫よ」
「ホントかよ。
まあ、もし我慢できなくなったらエイシでも眺めて和んでろよ」
ワビスケがおかしな冗談を言った。
「何それ?
意味分からな――」
「そうね。
そうするわ」
なぜかアリアは頷いている。
「え?
何それ?
僕を見たら和むの?」
「ええ。
エイシが私を仲間に誘ってくれた時の姿は最高にカッコよかったからね。
不愉快なことがあったら、あのときの姿を思い出しながらエイシを眺めることにするわ」
「何々、何の話?
ウチ、それめっちゃ気になるわ。
ぜひ聞かせてほしいわ。
そういえば、二人でどっか行ってから何してたんか聞いてなかったもんな。
大事な仲間のことなんやから、詳しく教えてもらわなあかんな」
マイコさんはニヤニヤしている。
すごくめんどくさい。
絶対関わらない方がいい。
僕は無視することにした。
「どうしようかな。
あの時の記憶は私だけの中にとどめておきたいかも。
でも、誰かに話したいような気も――」
それなのに、アリアはなんだか意味深に微笑みながらマイコさんに返事をしている。
「いや、やめてよ。
なんかそんな風に言われると恥ずかしいよ。
別に恥ずかしいことを言ったわけじゃないよ。
だけど、あんまり人に話すようなことじゃないよ」
「ええ?
人に話せへんようなことを、二人きりの時に言ったん?
なんや、エイシ君。
隅におけへんな。
なかなか大胆やんか」
「何の話なのさ。
普通に仲間に誘っただけだよ。
別におかしなことは言ってないよ」
「じゃあ聞いてもいいやん。
せっかく女子が仲間になったんやから、女子同士親睦を深めなあかんしな」
「いや、誰が女子だよ。
お前はおっさんだろうが」
すかさずワビスケがマイコさんに突っ込んだ。
ホント、ワビスケはブレない。
「誰がおっさんやねん。
ホンマしつこいな。
ウチは女子や」
「え?
マイコさんはおじさんなの?
そんなに可愛らしいのに?」
アリアがワビスケの言葉に乗っかる。
「いや、ちゃうわ。
ワビスケの言うことは信じたらあかんて。
嘘ばっかり言うんやから――」
「そりゃお前だろ――」
「誰を信じたら――」
それから、ワビスケとマイコさんはいつも通り言い争いのような会話を始めた。
アリアもそこに程よく加わっている。
めちゃくちゃな内容だったけど、みんな楽しんでいるのは明らかだった。
僕は、アリアの楽しそうな顔を見て、すごく嬉しくなった。
これからも楽しくなりそうだ。
みんなで話しながら、大森林を後にした。




