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市民Aの冒険  作者: 半田付け職人
変わる世界
42/86

バグ

「こんにちは。

 僕はエイシと言います」


 とりあえず、自己紹介から始める。


「こんにちは。

 それで、あなた方は大森林に何をしに来たのかしら?」


 ニコニコしてる。

 機嫌は良さそうだ。

 悪い人にも見えない。

 今のところ、怖さなんて全く感じない。

 というか、なぜか妙に親しみやすさを感じるんだけど。

 これなら、普通に話すくらいはできそうな気がする。

 ワビスケの話だと、ゴリラのことは伏せた方がいいんだよね。

 なんとなく大丈夫な気はするけどな。

 とりあえずは当たり障りのない答えを言うことにした。


「ちょっと面白いことでもないかなと思って来ました。

 この森は凄く広いって聞いたので、何かあるかもしれないと思って」


「何かっていうのは、大森林にほしい物があるってことかしら?」


「ほしい物?

 何のことですか?

 そんなのありませんよ。

 ここには、ただ楽しいことをしたいと思って来ました」


「そうなの?

 じゃあ、もし森で宝物を見つけたらどうする?」


 次々質問が飛んでくる。

 でも、何が聞きたいのか全く意図は掴めない。


「そんなの、その時考えますよ。

 見つかってもいないものをどうするかなんて分からないです。

 でも、もし宝物なんて見つかったら、それが気になって他のことが考えられなくなるでしょうから、今は見つからなくていいです」


 あんまり気の利いた答えじゃないかもしれないけど、それが僕の本音だ。

 今は得体の知れない宝物よりも面白い経験をしたいんだ。

 その方が僕自身が成長できそうだし。


「そう。

 変わってるわね。

 宝物を欲しがらない人なんて初めてよ。

 でも、そうね。

 うん。

 それなら大丈夫ね」


 ブツブツ言い出した。

 ちょっと不安になる。


「僕、何か気に障ることでも言いましたか?」


「いえ、そんなことないわ。

 大丈夫よ。

 でも、ごめんね。

 この森、とても広いのにあんまり面白いことなんてなかったでしょ」


 ちょっと口調が砕けた気がする。

 良いことなのか悪いことなのか分からないけど、こっちとしてはその方が話しやすい。


「そうでもないですよ。

 モンスターがたくさん襲ってきて大変でしたけど、なんとかなりましたし、それはそれで楽しかったです」


 言ってから、しまったと思った。

 モンスターのことは触れない方が良かったんだっけ。


「そう。

 良かった。

 ホント、野蛮なモンスターばっかりで困ってるのよ。

 あんなのがいるせいで人がほとんど来ないのよね。

 たまに来てもロクでもないヤツばかりだし。

 だから、あなたたちみたいにちゃんとお話できる人が来てくれたのはすごく珍しいし、とても嬉しいわ」


 あ、モンスターのことは倒してもいいんだ。

 良かった。

 ロクでもないヤツっていうのは、今までやられたプレイヤーのことを言ってるんだろうか。


「でも、モンスターと戦うのが楽しいっていうのは変わってるわね。

 あんなの、煩わしいだけでしょう?」 


「まあ、モンスターに襲われるのは確かに煩わしいです。

 でも、仲間と力を合わせて戦うのは楽しいですよ。

 僕もそんな風に思うようになったのは最近なんですけどね。

 ここのところ、イベントやダンジョンで何度かすごく強いモンスターと戦ったんです。

 その時、仲間と協力して戦うことで一人では勝てないような敵に勝てることを知りました。

 それから、仲間と一緒にならモンスターと戦うことも楽しいと思えるようになりました」


 最初はプレイヤーの人たちに憧れていただけなんだけど、今ではそれだけじゃなくて自分自身でも楽しいと感じている。

 まあ、今回はモンスターは押し付けられてばっかりでまだ力を合わせて戦ったりはしていないけど。

 それに、ダンジョンでもトロールの件とか、楽しいことばかりでもないけど。

 ただ、今はそんな後ろ向きなことは間違っても言わない。

 せっかく楽しそうに会話してくれているのに、自分から暗くしたくはない。


「だから、この森も今のところは楽しいです」


 努めて明るく言った。

 同時に、問題はあなたをどうするかなんですけどね、と心の中でだけ考えたりしている。

 顔には出さないけど。


「へえ。

 そう言ってもらえると嬉しいわ。

 それにしても、仲間と一緒っていうのはそんなに貴重な経験ができるものなのね。

 私はここから出たことがないし、いつも一人だったから知らなかったわ」


 魔女さんは少しだけ寂しそうな顔をして、そう言った。

 その言葉はすごく胸にくるものがあった。

 なぜなら、ファスタルにいた頃の僕と重なるものがあったから。


「そう、なんですね。

 それは、なんていうかもったいないですね」


 細かい事情も知らないのに同情するのはおかしいと思うけど、どうしても一言言わずにはおけなかった。


「もったいない?

 そんなこと言われたのは初めてよ。

 どうしてもったいないの?」


 魔女さんは不思議そうな顔をしている。


「その、僕も前まで同じような境遇だったんです。

 ずっと一人で、外のことなんて何も知らなくて。

 でも、ある人に言われて外に出られるようになったんです。

 特別なことをしてもらったわけじゃありません。

 ただ、外に出ても良いって気づかせてもらっただけです。

 でも、それから色々するようになって、仲間もできて、毎日が凄く楽しくなりました。

 あなたもそうすれば良いと思うんですけど、そのことに気づいてないんじゃないかと思ったんです。

 だから、もったいないなって思いました」


 機嫌を損ねたらいけないんだけど、そんなこと忘れて本音が漏れてしまった。

 よく考えれば失礼なことを言ったと思う。

 でも、魔女さんは怒ったりしなかった。


「ふふふ。

 ありがとう。

 あなたは優しいのね。

 でも、私にはこの森にいなければならない理由、というか役割があるのよ。

 だから、外に行くことはできないわ」


 役割、その言葉は僕にはすごく重く聞こえた。

 この人にあんまり深く関わるつもりはなかったし、早く帰ってもらわないといけないんだけど、放っておけないと思ってしまう。


「役割ってなんですか?」


「……そうね。

 あなたになら少しくらい話しても大丈夫よね。

 私の役割は、この森にやって来る不心得者を排除することよ」


「不心得者?」


「そう。

 この森は神聖なのよ。

 神聖で誰でも入っていい場所じゃないの。

 まあ、別に入るのに資格がいるわけじゃないんだけれど。

 ただ、邪な考えを持ったものは排除しないといけないってことなのよ。

 それは、プレイヤーだろうがモンスターだろうが変わらないわ。

 さっき逃げて行ったゴリラなんてひどいんだから。

 私の忠告を無視して森の奥にどんどん侵入しようとするのよ」


「じゃあ、さっきは――」


「ええ。

 不心得者のゴリラを焼き払ってたのよ。

 最近、そればかりしているわ。

 本当に忌々しい。

 焼き払っても焼き払っても出てくるんだから」


 なんだか、言っていることに引っかかりを感じる。

 何か、この人は思い違いをしている気がする。

 でも、僕だけでは細かいことは分からない。


「すみません。

 ちょっと仲間に確認したいことができたんですけど、いいですか?」


「確認したいこと?

 どうぞ」


 僕はワビスケのところへ戻った。

 それから、魔女さんから聞いた話をした。


「どう思う?」


「それはテストのときの森の魔女の設定そのままだな。

 当時の大森林には不可侵の森って設定があって、奥に大層な神殿があったらしいんだよ。

 そして、その神殿に秘宝があったんだ。

 それを守るのがあの魔女の役割らしい。

 みんな魔女に勝てなかったから実際に神殿を見たやつはいないし、なぜ神殿を守るのが魔女なのかって突っ込みもあったが、一応公式が発表していたことだから間違いじゃないと思う。

 神殿と秘宝もちゃんと実装はされていたらしい。

 魔女との戦闘開始条件も、その神殿と関わりがあるだろうってことで、テスターたちはそれを重点的に調べたんだ。

 実際、大森林に来た目的は神殿の秘宝を奪うことだって言えば、すぐに戦闘になったから役割は神殿の秘宝を守ることで間違いないと思う。

 でも、神殿の秘宝には興味がないって言っても戦闘になることがあったから、よく分からなかったんだよ。

 結局、色んなことが分からないまま、あの魔女は修正でいなくなったんだ。

 ただ、なんにせよ今はもうそんな神殿はねえよ。

 秘宝もない。

 だから、あの魔女にももうそんな設定はないのかと思ってたが、エイシが聞いた話からすると、そうでもないらしいな」


「あの人は神殿がなくなってることを知らないんじゃないかな」


「おそらくそうだろうな。

 これは俺の予想だが、魔女の復活は製作者の意図したことじゃなくて、偶然のバグのようなものなんじゃないかな。

 多分、今回のアップデートで製作者は大森林に出現するキャラクターのデータを変更してゴリラが出てくるようにしたと思うんだよ。

 それが、なんかの手違いであの魔女も出現するように変更されちまったんじゃないかと思うんだ。

 だが、あの魔女自体のデータは今の大森林の仕様に合わせて最適化されていない。

 だから、昔の設定に引きずられてるんだと思う。

 これ、管理者に問い合わせないとまずいな。

 さっさと修正させないとバランスがおかしくなる」


「修正?

 それってどういうこと?」


「魔女が出てこないようにしてもらうってことだな」


「それって自由にしてあげるって意味じゃないよね?」


「ああ。

 いや、殺すって意味じゃないぞ。

 ただ消すだけだ。

 今のこの世界にはあの魔女はいないはずの存在なんだ。

 だから、いなくなるのが普通なんだよ」


「そんなのダメだよ。

 別にあの人が悪いことしたわけじゃないんでしょ。

 だったら、別に消す必要もないでしょ」


「そうは言っても、このまま大森林にいてプレイヤーを攻撃され続けたら、そのうち管理者も気づくぞ」


「じゃあ、あの人が大森林にいなかったらいいんでしょ。

 自由にさせてあげたらいいじゃない。

 それに、神殿がなくなったことを教えれば役割にこだわる必要もなくなるし、プレイヤーと戦う必要もなくなるよね」


「それはそうかもしれないが、そんなこと理解させられるか分からないぞ。

 大体、役割ってのはアイツ自身の設定だからな。

 それを簡単に覆すことができるとは思えないぞ」


「そんなことはないよ。

 僕だって役割を無視して動いてるんだから、できるはずだよ。

 直接話してみるよ」


「いや、止めとけって。

 下手なことを言ったら、何されるか分からないぞ」


 ワビスケに止められたけど、無視する。

 あの女の人を怒らせたらワビスケたちに迷惑がかかる可能性があるけど、無駄な役割に縛られている人を無視することなんて絶対にできない。



 僕は再び魔女さんの前に立った。


「あの、ちょっとお伝えしたいことがあります」


「何?」


「あなたの役割は神殿の秘宝を守ることなんですよね?

 不心得者って言うのは、秘宝を狙う人のことなんですよね?」


「あれ?

 どうしてそのことを知ってるの?」


「すごく情報に詳しい仲間がいて、あなたのことを教えてもらいました。

 それで、その役割なんですけど。

 もう無意味なんですよ」


 単刀直入に告げた。

 直後、周囲の空気が変わる。


「私の役割を馬鹿にしているの?」


 魔女さんがかなり怒っていることが分かる。

 今にも攻撃されそうな気配を感じる。

 正直、めちゃくちゃ怖いけど、ここで逃げるわけにはいかない。


「いえ、そうじゃありません。

 もう、その神殿はなくなったんですよ。

 今は大森林には神殿も秘宝もないそうです」


「何を言ってるの?

 そんなはずないわよ」


 どんどん雰囲気が危なくなってきている。

 いつ魔法が飛んできてもおかしくなさそうだ。

 それでも、引かない。


「本当です。

 疑うなら確かめて下さい。

 確かめたらすぐに分かるはずです」


「そんなこと言って、私から逃げるつもり?

 どうせ、私が怖いから嘘を言って私が神殿に行った隙に逃げるつもりなんでしょ?

 あなたも今までに来たプレイヤーと同じだったのね。

 がっかりだわ。

 適当なことを言って、私を騙そうとしているんじゃない」


 この人、プレイヤーによっぽどひどい目に遭わされたんだろうか。

 どんどん勝手に悪い方向へ話を解釈していく。

 これは止めないとまずい。


「逃げるつもりはないですよ。

 もし信じられないなら、あなたが神殿を確かめるのに僕もついて行きますよ。

 それでいいでしょう?」


「そう言って、私に神殿に連れて行かせるつもりじゃないの?

 神殿の場所が分からないから、私に案内させるつもりなんでしょう」


 めんどくさいなこの人。

 人間不信がひどい。

 どうしてそんな風になっているんだろう。

 それも設定なんだろうか。


「違いますよ。

 そんなに心配なんだったら目隠しでも何でもしていいですよ。

 それでいいでしょう?」


 僕がそう言うと、魔女さんは僕の方をじっと見つめた。

 そして、何事か考えている。


「……いいわ。

 目隠しなんていらない。

 でも、連れて行くのはあなた一人よ。

 それでいい?」


「はいはい。

 なんでもいいですよ」


 別に神殿に行きたいわけじゃないし、そもそも、もう神殿はないんだから一人でも二人でも構わない。

 要は、魔女さんに現状を把握させられればなんだっていいんだ。


「じゃあ、すぐ行くわ。

 いい?」


「どうぞ。

 ワビスケ!

 ちょっと行ってくるから待ってて!」


 ワビスケに声をかけた。


「は?

 エイシ、どうした?」


「ちょっと神殿がないことを確かめてくる!」


「は?

 何言ってんだよ?」


「じゃ、行くわよ」


 僕とワビスケが話してるのを気にせずに、魔女さんは出発すると言った。

 次の瞬間、僕の足が地面から離れていた。


「え?」


 気づいたら大森林の木々の上まで体が浮いていた。





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