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市民Aの冒険  作者: 半田付け職人
変わる世界
41/86

森の魔女

 さっき起きたことを簡単にまとめると、ゴリラが僕たちを無視して走り去って、それを見ていた僕たちの前を巨大な黒い炎が通り過ぎていって、明るい声が聞こえてきたって感じだ。


 うん。

 意味不明だ。

 全然まとめられてもないし。


「えーと……。

 何、この状況?」


「分かんねえ。

 だが、プレイヤーがやられたって情報はさっきの黒い炎にやられたヤツの話だろう。

 おそらくゴリラに向けて放たれたものなんだと思うが、それに巻き込まれたんだろう。

 俺たちも危なかったしな。

 エイシがいなかったらやられてた。

 それにしても、あの炎はもしかして……。

 いや、まさかな……」


 ワビスケが何か言いよどんでいる。

 ちょっと様子がおかしい。



「くっそお。

 また逃げられた!

 どうしてすぐに逃げるのよ。

 あんなにゴツイくせに」


 さっきと同じ声が響いた。

 僕は声がした方を見る。

 そこには、黒いドレスのような服に身を包んだ凄く綺麗な女の人がいた。

 女の人と言ってもすごく若い。

 マイコさんほど幼くはないけど、見ようによっては少女と言っても通じるかもしれない。

 いや、マイコさんは外見以外は幼い感じじゃないけど。

 ってマイコさんのことは今はどうでもいい。


 その人もすぐに僕たちに気づいたみたいだ。


「あれ、こんなところに人が?

 珍しい。

 ……ごほんっ。

 こんにちは。

 ようこそ、大森林へ」


 その人は軽く咳払いをした後、恭しく挨拶をしてきた。

 その仕草は優雅で、綺麗な服装も相まって森の中とは思えないような雰囲気を醸し出していた。


 ただ、今の状況にはそぐわないし違和感がすごい。


「お、お前は……」


 ワビスケの様子がさらにおかしくなった。

 明らかにうろたえている。


「なんや。

 ワビスケの知り合いのプレイヤーなん?」


「え?

 この人はプレイヤーじゃないよ」


 僕がマイコさんの言葉に答えた。

 知り合いかどうかは分からないけど、あの人はプレイヤーじゃない。

 それは雰囲気で分かる。

 確かに変わった空気を持ってはいるけど、明らかにプレイヤーではない。

 ちょっとエスクロさんに近い気もするけど、同じではない。


「そうですよ。

 私はプレイヤーではありません。

 私はアリア・ディ・アスリーナと申します。

 以後お見知りおきを」


 その人はもう一度丁寧に僕たちに一礼してくれた。


「アリア・ディ・アスリーナ……。

 やっぱり、そうなのか……」


「あら、私のことをご存知なんですか?

 光栄です。

 どなたか知りませんけれど、どうもありがとう。

 今日は何か御用があって大森林に来られたんですか?」


 女の人は丁寧な口調で聞いてきた。


「ああ。

 今日はちょっと――んぐっ」

「待て!

 何も話すな」


 マイコさんが答えようとしたところで、ワビスケがその口を無理やり塞いだ。

 そして、そのまま引きずって女の人から離れていく。


 ワビスケのマイコさんに対する態度がひどいのはいつものことなんだけど、今は少し様子が違った。

 と、マイコさんがワビスケのおなかを殴って手を放させた。

 マイコさんの態度も大概ひどい。


「いきなり何すんねん!

 何のつもりや――」

「いや、ちょっと聞け。

 あの女はヤバイんだって」


 ワビスケは至って真剣な様子だ。

 ふざけている感じは微塵もない。

 マイコさんもすぐにそのことに気づいたみたいだ。


「ヤバイ?

 ヤバイってなんやねん?」


「アイツは、森の魔女だ」


「森の魔女?

 何それ?

 聞いたことないで」


「ああ。

 めちゃくちゃマイナーなキャラだからな。

 クローズドβテストで大森林が実装された直後、少しの間だけ存在していたんだ。

 テストの時しかいなかったから、今知ってるヤツはほとんどいない。

 でも、当時のテスターの間ではそれなりに有名だったんだよ。

 なんせ、あの容姿だからな」


 あの容姿、というのは綺麗って意味だろう。

 確かにすごく可愛い。

 そう思って女の人の方をチラッと見ると、目が合った。

 微笑みかけられる。

 僕たちは質問の途中で急に離れて話し始めたんだけど、気分を害した様子はない。


「アイツが実装された後、けっこうな数のテスターが実際に見ようとして大森林に群がったんだ。

 でも、なぜか出会えたヤツはみんな戦闘になったんだよ。

 まあ、未知のキャラと戦闘になるのはよくあることだから、それはいいんだ。

 問題は、アイツがあまりにも強すぎて誰も勝てなかったことなんだ。

 というか、勝てる勝てないの話じゃなかった。

 勝負にすらならなかったからな。

 それで、しばらくしたらバランスブレイカー扱いされて、その後の修正ですぐに削除された。

 一部マニアの間では、幻の存在って言われてる」


「幻だなんて。

 照れます」


 魔女さんが何か言っている。

 すごく通る声をしているから聞こえる。

 ていうか、かなり離れているのにこちらの話が聞こえているみたいだ。

 こっちはそんなに大きな声で話しているわけじゃないのに。

 ワビスケもそれに気づいた。

 すぐに声のトーンを落とすように身振りでみんなに指示する。


「あの子が強いのは分かったけど、なんでいきなり口を塞がれなあかんかったん?」


「それはな、アイツと戦闘になる条件の一つが大森林に来た目的を答えることなんだよ。

 ていうか、アイツの質問に答えていくうちに気づいたら戦闘になるんだ。

 まあ、存在してた期間が短すぎて戦闘開始の条件は完全には特定できてない。

 だが、テスターの間ではアイツは物凄い気分屋ってことで落ち着いたんだ。

 アイツの質問に答えて、機嫌を損ねたら戦闘になるってことだ。

 だから、アイツの質問には下手に答えないようにしないといけない。

 もしゴリラとかがアイツの手下だったら、それを倒しに来たって言うのはまずいかもしれないんだよ。

 多分アイツはさっきゴリラを攻撃してたんだろうが、事情が分からないから敵と判断するわけにはいかない。

 断定できない以上、迂闊なことを言うわけにはいかないんだ」


「そんなに警戒せなあかんくらいヤバイんか?

 見た感じ、丁寧で大人しそうな子って感じやけど」


「その見た目に騙されたヤツらが痛い目に遭ったんだよ。

 大体、俺たちの存在に気づく前はそんなに丁寧な感じでもなかっただろ。

 それに、さっきの黒い炎は確実にアイツの仕業だ。

 あれは魔法の一種らしいんだが、プレイヤーが使う魔法とは別の何かだと思ったほうがいい。

 なにせ、アイツの魔法が強力すぎたせいで、魔法を強くするのはまずいって意見が広がっていったんだからな。

 魔法の威力が下方修正されて今みたいな残念能力になったのは、アイツ一人の影響によるものだと言っていい。

 まあ、今回のアップデートで多少変わるかもしれないが、アイツの魔法ってのはそういうことを引き起こすくらいのものってことだ。

 ちなみにクローズドβテストの時に本当に絶対倒せないのかチャレンジしたマニアが何人かいたんだ。

 ソイツらはテスト当時の上限までレベルを上げた。

 そして、レベル以外の装備なんかも魔法対策を万全に整えた。

 だが、その状態で挑戦しても、瞬殺された」


「それはレベルいくつなん?」


「80だ」


「80?

 そんなに高くないやん」


「当時はまだ色々調整前だったから、80と言ってもステータス値は今の俺たちとそんなに変わらない部分もある。

 まあ、今のほうが強いのは確かだが。

 それでも、そこまで大きく違いはない。

 ソイツらが瞬殺だぞ。

 今の俺たちで勝つのは多分無理だろうな。

 そもそもレベル100クラスが返り討ちに遭ったって情報はアイツの魔法の巻き添えを食らったヤツの話だろう。

 さっきの口ぶりからして、アイツはおそらくそんなプレイヤーがいたことにすら気づいてない。

 つまり、無意識のうちにレベル100のプレイヤーを一撃で倒しちまうようなヤツなんだ。

 少なくとも、準備もなしに戦うべきじゃない。

 もう少しレベルを上げてからなら、なんとかなるかもしれないが」


「じゃあ、今はどうするつもりなん?」


「穏便に帰ってもらおう。

 今はそれがベストだ。

 変に刺激したら何をされるか分からない」


 なんだかワビスケは怖がりすぎな気がする。


「さては、あんたもβテストの時にアイツにやられたクチやな?

 確かテスターやったって言ってたもんな。

 そんでビビってるんやろ?」


 マイコさんがいつもみたいに挑発するような口調でワビスケに言った。


「……ああ、そうだ。

 俺もかなり準備をして挑んだ。

 でも、そんな準備なんてなかったみたいに簡単に吹き飛ばされた。

 あれは、ひどかった……」


 ワビスケは神妙な表情で頷いた。

 マイコさんの挑発に乗らないなんて珍しい。

 よっぽどコテンパンにされたのかな。

 その様子に、マイコさんもからかおうとするのをやめた。


「分かった。

 ほな、ウチに任せとき。

 とにかく帰ってもろたらええんやろ」


「馬鹿。

 お前には無理だって。

 いきなり帰れって言ったら機嫌を損ねる可能性が高いに決まってるだろ。

 お前はオブラートに包んだ物言いとかできないだろうが」


 確かに。

 ここはあの人のホームなわけだから、初対面の他人である僕たちに帰れって言われるのはとても気分が悪いだろうな。


「俺も自信はねえ。

 ここは、熊かエイシだ」


「ワシは無理だぞ。

 気を使って話すことなどできんからな。

 小僧、行け」


「え?

 僕?

 無理だって。

 僕だって話すのは得意じゃないよ」


「いや、ワビスケとマイコよりはマシだろう。

 コイツらは無意識にケンカを売る可能性だってあるからな」


「残念ながら、その通りだ。

 エイシ、頼む」


「えぇ。

 ワビスケは口は上手いんじゃないの?」


「いや、俺、女と話すのは得意じゃないんだよ」


「何それ。

 マイコさんとはいつもベラベラ話してるじゃない」


「コイツはおっさんだからいいんだよ」


「誰がおっさんや!」


「とにかく、アイツだけはダメなんだよ。

 攻略法も分からないし。

 中途半端に知識がある俺が行くより、素直なエイシが行った方がいいんだよ。

 だから頼むよ」


 ワビスケは難しいことに挑戦するのとか好きだと思うんだけど、今回は本当にダメらしい。

 ここまで情けないワビスケは初めて見た。

 そこまで言われるなら仕方ないか。


「分かったよ。

 でも、失敗しても文句は言わないでよ」


「ああ。

 大丈夫だ。

 お前でダメなら誰でも無理だ。

 失敗したら全力で逃げよう。

 逃げ切れるか分からないが、今の俺たちならそれくらいはできるかもしれない」


 こうして、僕は半ば強制的に押し付けられる形で魔女さんの前に立った。





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