ダンジョン攻略2日目
「嘘でしょ……」
思わず呟いていた。
僕の視線の先には、仁王立ちするトロールレクスがいる。
「どうした?」
ワビスケに聞かれる。
「なんでまたトロールレクスがいるのさ。
昨日倒したのに……」
今はダンジョンの5階層にいる。
今日は攻略2日目だ。
朝ダンジョンに入って、昨日探索した階層は一気に飛ばしてきた。
「なんでって、そりゃいるだろうさ。
倒したのは昨日なんだし」
ワビスケは不思議そうな顔をしている。
でも、僕からすればワビスケの反応の方が不思議だ。
「一日経ったらまた出てくるの?
あんなのが?」
「そうだけど。
っていうか、一日も経たなくても出てくるけどな。
そうじゃないと、誰かがボスを倒したらいなくなっちまうだろ。
ダンジョンなんて色んなプレイヤーがひっきりなしに入ってくるんだから、倒されてもしばらくしたらまた出てこないと成り立たなくなっちまうぜ」
「それはそうかもしれないけど。
じゃあ、ここを通ろうと思ったら毎回アイツを倒さないといけないの?」
「そうだな。
面倒ではあるが、昨日みたいな戦い方をしなければそれほどひどいことにはならないから問題ないだろ」
ワビスケの言ってることも分かるし、モンスターが突然現れるのは知っていたけど。
知っていても、あんまり気分は良くない。
というか、トロールレクスにはもう会いたくなかった。
僕のそんな葛藤に構うことなく、ワビスケはアメノムラクモを取り出した。
やる気満々だ。
そういえば、ワビスケは昨日からずっとあの剣を使っている。
かなり気に入ったみたいだ。
確かにかっこいいんだよね、あの剣。
僕も観念して戦うことにする。
昨日みたいに皮膚が焼け爛れているわけじゃないから見た目は多少マシだ。
でも、どうしても昨日の記憶のせいで積極的に戦いたいとは思えない。
特にナイフで戦うのは嫌だ。
昨日、ナイフではトロールと戦わないって決めたところだし。
「マイコ、今日はお前も接近戦担当だぞ。
遠距離からの援護は熊にやってもらう」
「分かってるって。
もう昨日のグロい記憶も薄れたから、トロールも大丈夫や」
マイコさんは僕と違ってあっけらかんとしている。
昨日はあんなに嫌がっていたのに。
うらやましい性格だと思う。
「まあ、マイコもいるから今日はエイシは熊の手伝いをしてみるか?
昨日、ナイフ以外の武器も使ってみたいって言ってたろ?」
「え?
いいの?」
「まあ、コイツくらいの相手ならお前のナイフがなくても問題ないさ。
それにエイシが色々経験することは俺にとって今後の楽しみが増えるってことだからな。
熊、マイコ、別にいいよな?」
「おう。
問題ない」
「ええよ。
エイシ君やったら、そんなに無茶苦茶せえへんやろうし。
熊の言うこと聞いてたら大丈夫やろ」
「それは無茶苦茶する自分の行動を反省して言ってるのか?」
ワビスケが笑いをかみ殺したような顔でマイコさんに言った。
あの顔はイラッとくると思う。
「うっさいな。
あんたかて無茶苦茶するやん。
ウチのこと言えへんやろ」
「はあ?
一緒にすんじゃねえよ。
俺はちゃんと……」
「はいはい。
分かったよ。
僕が無茶しなかったら、とりあえず問題ないんだよね。
早く倒して6階層に行こうよ」
僕は始まりそうになる言い争いを止めた。
仲がいいのはいいことなんだけど、トロールの前にいる時間なんてできるだけ早く終わらせたい。
「お、おう。
そうだな」
「そやな。
こんな所で無駄な時間使ってられへんわ」
「じゃあ、行くぞ」
二人はトロールレクスに突っ込んで行った。
昨日の感じからして、トロールレクスはそれほど強くないし、あんまり援護なんて必要ないんじゃないかと思う。
だけど、僕もナイフ以外の武器を使ってみたいと思っていたところだったから、ちょうどいい。
「よし、小僧。
さっそく遠距離攻撃やってみるか?」
「うん。
最初は熊を見て見学させてくれたらいいんだけど」
「何を言っとるんだ。
見てもなんも分からんぞ。
実践あるのみだ」
「え?
でも、失敗したらワビスケとマイコさんに迷惑がかかるんじゃ」
「そんなことは気にせんで大丈夫だ。
大体、昨日はマイコに迷惑をかけられたんだから、今日小僧が迷惑をかけても問題ないわ」
「うーん。
その考えはどうかと思うけど。
とりあえず、やるなら最初は使い方が簡単なやつがいいな」
「ワシが持ってるのはほとんどが簡単だ。
あのマイコでも使えるようなのばかりだからな。
がっはっはっは」
それ、僕は笑っちゃいけないことだよね。
笑ったら後でマイコさんになんて言われるか。
聞こえてないだろうけど。
笑いながら熊はかばんを漁りだした。
「小僧に向いてるのはどれだろうな……。
……そうだな。
これなんかどうだ?」
熊がかばんから取り出したのは細長い銃だった。
初めて見る武器だ。
見た目は昨日のマイコさんが使っていたものほど過激な感じはしない。
それを手渡された後、熊が持ち方を教えてくれた。
「とりあえず引き金を引けば発射できる。
それと、上に付いてる照準器を覗いて中心に標的を合わせれば当たる」
熊がすごくシンプルに説明してくれた。
照準器というのを覗いてみる。
筒状のそれは望遠鏡になっていて、中を見ると十字に線が入って中心が分かりやすくなっていた。
「簡単だろう?」
「うん。
使い方は簡単だと思う。
でも、みんな動いてるからちゃんと当てられる自信がないんだけど」
「大丈夫だ。
あくまでこっちは援護なんだからな。
倒すのはアイツらに任せてもいいんだ。
それに、その銃はしっかり当たらなくてもそれほど問題はない。
かするだけで十分だからな。
トロールレクスはでかいんだから、体のどこかに当てることだけ考えればいい。
もしワビスケとマイコに当たっても、それくらいでアイツらが死んだりするようなことはない。
気楽にやりゃいいんだ」
なんだか熊が適当なことを言っている気がする。
でも、確かにそれくらいなら、僕にもできるかもしれない。
「じゃあ早速やってみろ。
アイツらの攻撃の合間に撃てば、ちょうどいい感じに攻撃できると思うぞ」
「うん」
照準器を通してトロールレクスを見る。
今はワビスケとマイコさんが連携して攻めている。
危なそうな感じはないし、僕が援護しなくても普通に勝てそうだ。
うん。
これなら、熊の言う通り気楽にこの武器を使う練習をしても問題ないよね。
照準器を見ながら発射のタイミングを見計らう。
でも、なかなか撃つことができない。
照準器の真ん中にトロールレクスを入れても、次の瞬間には見失ってしまう。
下手をすると、本当にワビスケかマイコさんに当てそうだ。
熊は死んだりしないって言ってたけど、それって怪我はするってことだよね。
そんなことになったら大変だ。
僕はすぐに撃ってみたい気持ちを抑えてチャンスを待った。
しばらくはワビスケとマイコさんに攻められて防戦一方のトロールレクスだったけど、分が悪いことを悟ったらしい。
大きく横に飛んでワビスケたちから距離を取った。
態勢を立て直そうとしたんだと思う。
その行動は、僕にとってとても都合が良かった。
今ならワビスケたちに弾が当たる心配がない上に、トロールレクスは動きが止まっている。
僕は照準器の中心にトロールレクスを合わせて引き金を引いた。
◇
「まったく、いきなりなんてもん渡してんだよ!」
「ホンマに。
下手したらウチらごとやられてたかもしれんやんか!」
ワビスケとマイコさんが怒っている。
「がっはっはっは。
そんな心配はいらないだろう。
大体、お前らなら当たっても死にはせん」
怒られている熊はどこ吹く風だ。
「そういう問題じゃねえよ」
「笑ってごまかそうとしてもそうはいかへんで」
二人は止まらない。
「あの、ごめんなさい」
熊は全く謝りそうな雰囲気がないし、実際に撃ったのは僕だから、僕が謝った。
「いや、エイシは悪くねえ。
結果的に楽にトロールレクスを倒せたんだからな。
よくやった。
今回は全面的に熊が悪い」
「そや。
エイシ君は悪くない。
あんなことなるって知らんかったんやし。
ていうか、ウチもあんなん知らんわ。
あれは何やねん」
二人が怒っているのには理由がある。
それは、僕が使った銃のことだ。
僕はその瞬間を思い出す。
ワビスケたちから離れたトロールレクスに向けて、僕は引き金を引いた。
僕のイメージでは金属の弾丸が飛んで行くはずだったんだけど、出たのは弾丸じゃなかった。
それは、銃のサイズとはまったく不釣り合いな、かなり太いビームだった。
それが一直線にトロールレクスに向かっていった。
僕は全く状況が飲み込めずに茫然としてしまったんだけど、そのビームは運よくトロールの胴体に当たった。
そして、当たった部分は瞬時に焼けていった。
トロールレクスは全く想定していなかった攻撃だったためか、しばらく何が起きたのか分からなかったみたいで動かなかった。
でも、体を焼かれて平気なはずがない。
我に返ると、すぐにビームの射線上から逃れた。
だけど、その時にはトロールレクスの体は大半が焼けてボロボロになっていた。
昨日みたいに皮膚が溶けたりはしていなかった。
そこでようやく僕も状況を把握して、引きっぱなしになっていた引き金を放した。
ビームが消えた時、トロールレクスはもう限界だったのか、地面に崩れ落ちた。
すぐにワビスケがとどめをさして、戦闘は終わった。
なぜあんなことになったのかよく分からなかったけど、熊は援護でいいと言われたのに、すごく強い銃、というかこれって銃なのかな、を僕に渡したみたいだ。
それで僕が攻撃してトロールレクスに致命傷を与えたみたいだ。
ワビスケとマイコさんが離れている瞬間だったから良かったけど、近くにいて当たっていたら怪我どころで済まなかったかもしれない。
それで、二人が怒り出した、というわけだ。
「いや、この銃自体はかなり前に作ったんだがな。
ビームの強さに砲身の強度がもたなくて、発射したら即壊れるような代物だったんだ。
だが、昨日ダイヤゴーレムから素材を大量に手に入れただろ。
それを使って改良したんだ。
かなり強度は上がったから、もう壊れる心配はなくなった。
それで、発射実験を兼ねて小僧に試し撃ちしてもらったんだ」
「それならそうと先に言えよ。
というか、そんな実験をエイシにやらせんなよ」
「いやあ、ワシもそんなつもりはなかったんだけどな。
小僧に渡す武器を選んでいる時に目に入ってな。
何か面白いことが起きるんじゃないかと思ったんだ。
結果、大成功だっただろう。
やっぱり小僧は面白い。
がっはっはっは」
うーん、今回は僕は関係ない気もするけどな。
単に武器が強かっただけだし。
「確かに結果は成功かもしれんけど、たまたまやんか。
ホンマ危ないとこやったで。
あんなん食らったらいくらウチらでも無傷ではすまへんやろ」
マイコさんの言う通りだと思う。
「これからは何か試すときはちゃんと先に言うようにする。
それでいいだろう。
折角トロールを倒したんだから、こんなとこで話してても仕方ないだろう。
先へ進もう」
熊はどう見ても反省していない。
そのうち同じことをやるんじゃないだろうか。
ワビスケがマッドサイエンティストって言った意味が少し分かった気がする。
「ったく、しょうがねえな。
エイシ、熊は自分の作ったアイテムに関してはこんな奴だから気をつけろよ。
俺ももっと気をつけるべきだったぜ」
「ホンマ、毎度のことやけど熊のこういうとこはどうしようもないな。
ウチももっと注意せなあかんわ」
ワビスケとマイコさんは二人で盛大なため息をついた。
まだ色々言いたそうだったけど、とにかく6階層に降りることにした。