レベル上限~異常
僕たちは最初のヤマタノオロチを倒した後、とても安定していた。
マイコさんの予想通り、大体一時間に1体くらいの頻度でヤマタノオロチは出現した。
その存在感は強烈で、僕は毎回すぐに気づくことができた。
気づくたびに僕はワビスケたちに伝えて、その場に向かった。
出現場所は色々で、遠い場所に出現することもあった。
そういう時には、いつも僕たちが着く前から他のプレイヤーグループが先に戦っていた。
みんな大物を狙っているから、時間が経てば他の人が戦っているのは当然のことみたいだ。
そういうグループがヤマタノオロチを倒せそうな人たちだったら、その場を任せて僕たちは手出ししなかった。
敵を横取りするのはプレイヤーとして最低なマナー違反だから、よっぽどのことがない限り手を出してはいけないらしい。
本当は僕たちみたいに一つのグループでボスを倒しまくるのもマナー違反らしいけど、今回は他に倒せそうな人があんまりいないから仕方なくそうしているってワビスケが言っていた。
放置して街が破壊されるよりはマナー違反の方がマシだって熊も言っていた。
僕やワビスケは少々ゴミ屋敷が破壊されても問題なさそうな気がしていたけど、熊からすればこの街は宝の山だから、破壊されるのは我慢できないらしい。
まあ、実際アイテムが出てくるから宝の山っていうのは事実なんだけど。
倒すのが難しそうで、放っておいたら全滅しそうなプレイヤーたちを見つけた場合は、助けに入って一緒に討伐した。
そうやっていろんな人たちと協力しながら戦うのはとても楽しかった。
一体感があった。
プレイヤーの人たちがいつも楽しそうな理由が良く分かった気がした。
もちろん、倒したのはヤマタノオロチばかりじゃない。
クワドラプトルもたくさん倒した。
というか、現れたのはほとんどクワドラプトルばかりだった。
一時間に一回ヤマタノオロチが現われて、それ以外はクワドラプトルがぽんぽん出てくる、そういう感じだった。
そうやってラプトルたちを倒し続けて、あと一時間くらいでイベントが終わる時間になった。
「ふう、さすがにバテてきたな」
「せやなあ。
もうしばらくはラプトル見たくないわ」
「時間的にあと一体ってとこだろ。
それくらいならなんとかできるだろうが、やっぱりぶっ通しだと少し眠いな」
言葉の上では疲れたみたいなこと言ってるけど、全然そんな風には見えない。
三人とも余裕がある。
「ホント三人ともすごいタフだよね。
プレイヤーってみんなそんな感じなの?」
ワビスケがやれやれって感じで僕を見る。
「そりゃこっちのセリフなんだけどな。
ま、いいか。
プレイヤーっつっても俺たちはレベル上限までいってるからな。
それが三人ってのは、言わばこの世界における最大戦力と言っても過言じゃない水準だからな。
さすがにこの程度のイベントで遅れは取らないぜ」
「前からちょこちょこ聞いてたけど、レベル上限って何?」
「あれ?
言ってなかったけか」
「うん。
聞いてないよ」
「そうか。
あのな、ステータスの話はしただろ?
強さを表す数値とかだ。
あれの数値はレベルが上がるときに一緒に上がるようになってるんだ。
まあ、どの数値をどれだけ上げるかって方向性は自分で決められるんだけど。
で、そのレベルってのには上限があるんだよ。
100だ。
上限まで行ったらそれ以上上がらないし、ステータスも上げられなくなるんだ。
例外として、一応アイテムでもう少し強化はできるけど、まあそれほど変わりはしない。
俺たち三人はその上限レベル100まで行ってる。
つまり、限界近くまで強くなってるってことだな」
「え?
じゃあ、もう強くなれないの?」
「まあ、そうだ」
「どうして?
だって戦ったり探索してたりしたら何か成長はあるんでしょ?」
「一応知識は増えてくわけだから、数値上の強さは変わらなくても俺たち自身に成長がないってわけじゃない。
だけど、ステータスは変わらない。
そういう設定だからな」
「それって、なんだかもったいないね」
「そうだな。
それはみんな思ってる。
でも、最近レベル100に到達するやつが増えてきたから、そろそろ上限が引き上げられるんじゃないかって話だ」
「え?
そうなの?」
「ああ、じゃないとプレイヤーが飽きちまうからな」
「飽きる?
そういうものなの?」
「そういうもんだ」
僕には良く分からない話だけど、なんだか不便だと思う。
それに、成長の上限が決まってるというのは気持ち悪い話だ。
まあ、本人たちは気にならないみたいだから、別にいいのかもしれない。
「じゃあ、三人はすごく強いってことだよね?」
「まあ、強さにも色々あるんだけどな。
熊とマイコはともかく、俺は戦闘は苦手だ」
その言葉は嘘くさい。
十分強い。
ワビスケの基準がおかしいだけなのかもしれないけど。
「そんなわけだから、とりあえずこのイベントは大丈夫なはずだ。
今回みたいに、大々的な宣伝もなくこっそり行われるようなのはそれほど難易度は高くないことが多いしな。
ヤマタノオロチが複数ってのは普通に考えたら異常に難易度が高いし、バランス調整を失敗してるんじゃないかと思ったが、今日戦ってみてそうでもないことが分かった。
まあ、ゴミ屋敷って場所が悪いけどな。
ここにいるプレイヤーたちは宝探しメインで戦闘メインのやつはほとんどいないからな」
そうなんだ。
確かに今日一日一緒に行動して思ったけど、この人たちでどうにもならなかったら誰にも対処なんてできないんじゃないかってくらい強かっ、た?
え?
何これ?
いきなり、ゴミ屋敷の空気が変わった気がした。
「ワビスケ」
「どうした?
エイシ?
なんか辛いのか?」
ワビスケは、急に態度が変わった僕を心配してくれたみたいだ。
でも、僕はそれどころじゃない。
「なんか、来た」
「なんか?
最後のヤマタノオロチか?」
「そんなんじゃない、と思う。
多分もっと、ずっとヤバイ奴だよ」
「もっとヤバイ奴?
なんだそれ?」
「分からない。
でも、存在感がヤマタノオロチとは全然違うんだ」
「何だそれ。
敵か?」
「それも分からないよ。
でも、すごい威圧感みたいなのを感じる」
「とにかく、その存在感を感じる場所に向かおう。
どの辺だ?」
「あっち」
「よし。
熊、マイコ行くぞ」
僕は、ちょっと行きたくなかった。
こんな気配感じたことなくて少し怖かったからだ。
でも、この三人だったらなんとかしてくれるかもしれない、そう思った。
だから、大人しく案内した。
◇
その場に着いた時、僕たちはちょっと混乱した。
僕が異常な存在感を感じた場所には、一つの卵らしきものが落ちていた。
それはクワドラプトルの卵よりもずいぶん小さかった。
今回のイベントで見たどの卵と比べても明らかに小さい。
なのに、そこから感じる存在感はヤマタノオロチよりも圧倒的だと思う。
存在感は分からないみたいだけど、状況の異常さにワビスケたちも混乱している。
「ワビスケ。
なんなん、あれ?」
「分からん」
「分からんて、あんた情報屋やろ?」
「分からんもんは分からん。
ていうか、多分、今までにはなかった何かだと思う。
見たことがない」
「新しく実装された何かってことか?」
「多分」
「そんな情報あったん?」
「いや、ない」
「隠しボス的な?」
「かもしれないな」
「どうする?」
「状況的に考えて、やるしかないだろ」
「そうだな。
あれがなんなのかは分からんが、未知の何かだった場合、今ゴミ屋敷にいる人間で対処すべきなのはワシらだろう」
「そやな」
三人が話していると、卵が震えた。
そして、
パキッ
小さな音の後、卵が割れた。
そして、中からラプトルが出てきた。
「え?
ラプトル?」
「そう、みたいだな」
「嘘やろ。
こんだけビビッてただのラプトルかいな。
あほらし」
ちょっと空気が緩みかける。
「いや、ちょっと待て」
バキバキッ
そのラプトルからおかしな音が鳴ったかと思うと、もう一つ頭が生えて二つになった。
体も少し大きくなった。
「バイ、ラプトル?」
「いやいや、そんなあほな。
こんなことあるん?」
「聞いたことはないな」
バリバリバリッ
さらに変化は続く。
バイラプトルの体が破れて、頭が四つになった。
体も大きくなり続けている。
「クワドラプトル?」
「待て待て。
なんだこれ?」
「なんなん?
何が起きてるん?」
「状況がよく分からんが、これはおかしいんじゃないか。
小僧、気配はどうなんだ?」
「今までのクワドラプトルと比べて、明らかにもっとすごいプレッシャーがあります。
ち、ちょっと怖いです」
気配的にはこんなくらいで終わると思えない。
ゴキッゴキッ
グチャッグチャッ
ブチィッ
グロテスクな音を立てた後、さらに頭の数が増えて、体も一気に膨らんで、オクトラプトル、つまりヤマタノオロチになった。
「お、おいおいおい。
今、俺は何を見てるんだ?」
「これ、なんかバグってるんちゃう?
こんな変化、聞いたこともないで」
「だよな。
あとで管理者に問い合わせしてみるか。
新しい演出かもしれないけど。
とりあえず、ヤマタノオロチだ。
倒すぞ」
「そやな。
熊、行くで」
「い、いや、ちょっと待て」
グシッグシッ
ギチギチギチギチ
ミシミシミシミシミシミシ
まだ、おかしな音と変化は止まらない。
パァアアアーッン
ヤマタノオロチの体が一層大きく膨らんだ後、大きな音を立てて八つある頭が全て首元から破裂した。
「え?」
「何だそりゃ?」
「死んだ?」
「嘘やろ?」
一瞬、辺りに静寂が訪れた。
だが、すぐに破裂した部分が蠢き出した。
相当グロテスクな光景だ。
「う、動いてるで。
キモッ」
何か生えてきた。
頭、だ。
無数の。
四本や八本どころじゃない。
無数の頭が生えてきた。
「まさか、あれは……」
「なんや、ワビスケ知ってんの?」
「ああ。
……いや、見たことはないが。
でも、ラプトル種で頭が無数って言ったら。
多分、キリア、ラプトルだ」




