ヤマタノオロチ
「すぐに熊とマイコが酒を持って合流するから、それまで持ちこたえるぞ!」
「分かった!」
ワビスケは大きな鎌、僕はいつものナイフでヤマタノオロチに突っ込む。
ヤマタノオロチはまだ動いてない。
ワビスケの鎌がヤマタノオロチの首にかかる。
クワドラプトルを仕留めた時と同じ攻撃だ。
でも、切り落とせなかった。
それどころか、ほとんど傷もついていない。
さっきは四つの首を同時に落とせたのに。
ヤマタノオロチが強いのは本当みたいだ。
僕もナイフで攻撃する。
「え?」
僕は間抜けな声を上げた。
それは、ナイフが全然効かなかったからじゃない。
逆だ。
ナイフはしっかりとヤマタノオロチに傷を付けていた。
『グギャアアアアアアアッ』
ヤマタノオロチが耳障りな叫び声を上げた。
「おいおい、なんてやつだよ。
エイシ、ヤマタノオロチの鱗もお構いなしかよ」
「僕じゃないよ。
ナイフだよ」
「同じことだよ。
だが、まだ傷が浅い。
続けて攻撃してくれ。
俺はお前がつけた傷を攻める」
「うん、分かった」
ワビスケの言葉通り僕は攻め続けた。
でも、なかなか攻撃が当たらない。
ヤマタノオロチが僕の攻撃を警戒して避けるからだ。
巨体なのに身のこなしがすばやい。
ワビスケはそのヤマタノオロチの動きにもしっかりついていって僕がつけた傷に鎌で攻撃を仕掛けている。
僕にはあんな動きはできない。
「エイシ、焦らなくていい。
俺が攻撃したらコイツの注意が一瞬俺に向く。
その時に攻撃してくれ」
「うん」
ワビスケは戦いながら指示を出してくれる。
戦闘が苦手って絶対嘘だよね。
僕がつけた傷に向かってワビスケの鎌が振るわれた。
本当にヤマタノオロチの注意がワビスケに向く。
言われたとおり、その隙に攻撃する。
八本のうちの一本の首の根元に切りつけた。
今度もしっかりと傷をつけることができた。
本当にこのナイフの切れ味はすごい。
でも、傷が浅くて動きを止めることまではできていない。
くそっ、もっと深く攻撃しないと。
僕はさっきよりも力を込めて攻撃しようとする。
「いいぞ。
少しずつ削ってけばいいんだ。
焦って無茶するなよ」
僕が突っ込みそうになると、すぐにワビスケが注意してくれる。
そのおかげで僕は冷静に攻撃を続けることができた。
ヤマタノオロチの攻撃は激しい。
八つある頭がどんどん噛み付こうとしたり体当たりしたりしてくるから、なかなか攻撃できない。
でも、そのほとんどをワビスケが引き受けてくれているから、僕は自分の攻撃に集中できている。
そんな調子でちょっとずつダメージを与えていく。
致命的な攻撃はできていないけど、少しずつ少しずつ削る。
いきなり、ヤマタノオロチの頭の一つがワビスケの方を向いた。
そして、火を吹いた。
「おわっ」
ワビスケは後ろに飛んでなんとかそれをやり過ごす。
ワビスケが離れたことで僕一人がヤマタノオロチの近くに残ってしまった。
「しまった。
エイシ、一旦離れろ」
ワビスケの指示に従って、すぐにヤマタノオロチと距離を取る。
幸い、ヤマタノオロチはワビスケを見ていて僕に注意を払っていなかった。
無事に離れてワビスケのところに行く。
「さっきの何?
火を吹いたんだよね?」
「ああ、ヤマタノオロチの技だな。
あれは厄介だ。
普通の火じゃない。
なかなか消えないんだ。
絶対に触れるなよ」
そう話しているところにまた火を吹いてきた。
ワビスケと僕はそれを避ける。
だけど、避けた先に別の首が火を吹きかけてくる。
それを避けた先にも。
「ワビスケ、終わらないよ!」
「やばいな、隙がねえ。
とにかく今は避けろっ!」
ワビスケも焦った表情をしている。
ヤマタノオロチの攻撃が止まらない。
今は避けられているけど、このままじゃいつか避けきれなくなるかもしれない。
まずい状況だと思う。
ワビスケと僕は手詰まりになりつつあった。
それを知ってか知らずか、ヤマタノオロチの攻撃が一層激しくなってくる。
「くそっ。
なんとかしないと。
なにかないか」
ワビスケの切羽詰まった声が聞こえる。
僕も打開する方法を必死に考える。
でも、思いつかない。
攻撃を避けながらじゃ、冷静に考えることなんてできない。
このままじゃ、やられる。
「そおりゃあああああああああ!!!」
変な掛け声と大量のお酒と共に絶望的な状況を救う小さな天使が舞い降りてきた。
マイコさんだ。
上空からいきなり現れた。
大きなハンマーで、火を吐き続けていたヤマタノオロチの頭の一つを叩き付けながら着地する。
その攻撃で火を吹こうとしていたヤマタノオロチの口を無理矢理閉じた。
視界の隅に、何かを投げたような体勢の熊がちらっと見えた。
マイコさんを投げたんだろうな。
マイコさんの攻撃に驚いたのか、ヤマタノオロチの攻撃が一旦止まった。
「ウチ参上やあああああ!」
「遅えよ!」
「しゃあないやろ。
逆方向に進んでたんやから」
「二人とも言い争いしてる場合じゃないよ」
さすがに今はそんな余裕はないはずだ。
ってあれ?
ヤマタノオロチが攻撃してこない。
それに、ちょっと動きが鈍くなってる。
「分かってる。
一気に行くで」
マイコさんは再びハンマーを振り上げてヤマタノオロチに突っ込んだ。
ワビスケもそれに続く。
僕もボーっとしてられない。
マイコさんの登場でちょっと怯んでいるらしいヤマタノオロチに向かう。
一気に形勢が逆転した。
さっきみたいに火を吹こうとしても、マイコさんかワビスケが事前に防いでいる。
ていうか、二人の連携がすごい。
ワビスケはさっきまでかなり僕の方を気にして動きが制限されてたんだと思う。
今はさっきとは比べ物にならないくらい素早く動いている。
「なんやねん、コイツ。
めっちゃ硬いやん。
ダメージ通ってへんのちゃうか」
マイコさんが忌々しそうに言う。
確かに、ハンマーで攻撃しても傷ついたりはしていない。
軽くのけぞったりはするけど、それも致命傷にはならなさそうだ。
「エイシのナイフで鱗を破壊できる。
俺たちはその部分を狙って攻撃した方がいい。
ほれ、こことかだ」
そう言ってワビスケはさっき僕が傷つけた場所を鎌で切りつけた。
それによって傷が広がる。
「了解や。
エイシ君、すごいやん。
村人Aみたいな顔してるのにえげつない攻撃力やね」
市民Aですって、とは言わない。
「僕じゃなくてナイフのおかげです。
っていうかお酒けっこう効いてますよね」
そう言いながら、僕は再度切りつける。
相変わらず大きな傷ではない。
でも、確実にダメージは与えているはずだ。
お酒でヤマタノオロチの動きが鈍っているから狙いやすくなっている。
「おう。
やっぱり酒はラプトルに効くみたいだな。
いい感じだ。
エイシはそのまま続けてくれ」
「分かった」
「ほんで、熊ー!
あんた、いつまでサボっとんねん。
ちゃんと働きや!」
「おお?
ああ、すまん。
お前らの連携がいい感じだから見とれてた。
ワシはそんな連携できんから好きに攻めるぞ」
「そんなん分かってるわ。
いつものことやろ。
いいから、はよしてや!
今やったら酒で動きが鈍いからちょうどええやろ。
ワビスケ、いつも通りやで」
「おう、分かってる。
エイシ、熊が突っ込んできたらヤマタノオロチから距離を取れ。
いいな?」
「?
分かった」
よく分からない指示だったけど、とりあえず従うことにする。
「行くぞっ!
おおおらあああああ」
大きな声を上げながら熊が突進してきた。
それを見たマイコさんとワビスケが大きく距離を取った。
僕もすぐに離れる。
熊は真っ直ぐヤマタノオロチに接近して頭の一つを殴りつけた。
熊の拳がヤマタノオロチに触れた瞬間、その接触したところが爆発した。
その衝撃はすごくて、確かにあの近くにいたら完全に巻き添えを食って大変なことになってたと思う。
そのまま熊は他の首も攻撃していく。
その度に爆発が起きてヤマタノオロチの首がボロボロになっていく。
一通り首を攻撃した後、熊はヤマタノオロチから距離を取った。
それを見たワビスケとマイコさんが再び接近する。
熊の方をチラッと確認すると手がめちゃくちゃに焼けている。
いや、焼けたのは手にはめたグローブみたいなやつだけらしい。
熊は平気そうな顔をしているから、手自体は大丈夫みたいだ。
僕はそれを確認してから、ワビスケとマイコさんの方に加わった。
さっきまではワビスケとマイコさんの攻撃はそんなに効かなかったんだけど、熊の攻撃でボロボロになった首には有効みたいだ。
ワビスケが鎌でヤマタノオロチの首を切り落とした。
ほぼ同時に、別の首をマイコさんがハンマーで叩き潰す。
そこからは一方的だった。
ワビスケとマイコさんによって順番に頭が潰されていく。
すぐに勝負がついた。
最後の首をワビスケが切り落として、ヤマタノオロチは動かなくなった。
「ふう。
これで終わりだな」
「そやな。
けっこう苦労したけど、ヤマタノオロチを完封やから上出来やろ」
「ああ。
まあ、普通より小せえし、弱えけどな。
その上けっこう酒も効いてたからな。
それでも完封はなかなかの結果だ」
え?
「これで小さくて弱いの?」
「そりゃそうだろ。
単体でイベントになるやつだぜ。
これくらいでイベントボスなら物足りねえよ。
こっちは誰もダメージすら受けてないんだぜ」
「そ、そうなんだ」
けっこう冷や冷やしながら戦っていた僕には分からないけど、これでそこまで強くない部類らしい。
「まあ、エイシと熊がいなけりゃもっと苦労してたかもしれないけどな」
「せやな。
熊はともかく、エイシ君の攻撃力は嬉しい誤算やわ。
十分戦力やで」
「だろ?
コイツ、すげえんだって」
そんなに活躍できてないと思うけど、褒められるのは嬉しかった。
「ありがとう。
もっとがんばるよ」
「おう、期待してるぜ。
ところで、熊。
あと何戦くらいいけそうなんだ?」
ワビスケが熊に話を振る。
「そうだな。
今の戦い方だと、一回でグローブがダメになるからな。
あと5回くらいだな。
まあ、他の装備でも似たようなことはできるから、10回くらいは問題ない」
「てことは、少なくともヤマタノオロチ10体は俺たちで始末できるな。
今回のイベントでヤマタノオロチが何体出てくるかが問題だが。
どう思う?」
「そやなあ。
イベント期間は今日の朝から明日の朝までの24時間やろ。
出現頻度は発表されてへんけど、仮に1時間毎にヤマタノオロチが現われるとしたら全部で24体や。
ちょっときついかもしれへんね」
「だよなあ。
俺たち以外でヤマタノオロチが倒せそうなやつっているか?」
「まあ、酒使ったら時間かけて倒せそうなんが2、3組ってとこちゃうか。
それが1体か2体ずつくらい倒してくれたとしても、ちょっと計算合わんか。
けど、なんとか大丈夫ちゃうかな」
「俺たちも時間をかけたら熊のグローブなしでもいけるだろうから、それでなんとかするか。
今日は徹夜覚悟だなあ」
「そやなあ。
まあイベントやししょうがないやろ。
せっかくやし楽しまな損やで」
「ああ、そうだな。
あとはいかに出現直後のやつを狙えるかってとこだな。
時間が経ったらさっきのやつよりも強くなるってことだから、さすがにそれだとちょっとヤバイかもしれん」
「あ、それだったら僕がなんとかできるかも」
「お、なんか気づいたのか?」
「気づいたっていうか。
さっきのヤマタノオロチの卵ってすごい存在感があったんだよ。
あれだけはっきりとした感じなら多少離れてても気づくと思う」
「ホントかよ。
すげえな」
「ほんまに。
めっちゃ使えるやん」
「がっはっはっは。
アイテムの件といい、小僧の感覚は非常に興味深いな」
そんなに言われると照れる。
「ま、まあ多分なんだけど」
「多分で十分だよ。
闇雲に探すのとは大違いだ。
じゃあ、ヤマタノオロチの発見はエイシの感覚に頼るとして、あとはそれ以外のクワドラプトルを適当に倒していくか」
「そやな」
「よし、行くぞ」
僕たちはその方針で行動することにした。