イベント【ラプトル種異常増殖】
イベントの準備はワビスケとマイコさんが着々と進めてくれた。
僕は言われたとおりに手伝っただけだ。
普段は意味のない言い争いをしてばかりなのに、準備の時はシャキシャキと動いていく二人はさすがに自分で腕が良いって言うだけのことはあると思う。
イベントの続報を確認してから、その日のうちに大まかな準備は整った。
昨日のことだ。
今日は集められるだけのお酒を集めて街の至る所に置いている。
普段だったらそんなことをしたら持っていく人が出てくるんだけど、今はゴミ屋敷中のプレイヤーに連絡がいってるみたいで大丈夫らしい。
そういえば、昨日から少しずつゴミ屋敷にプレイヤーの人が増え始めている気がする。
最初の告知の情報を聞いてゴミ屋敷に向かっていた人たちが到着しているみたいだ。
ワビスケはあんまり戦力にはならないって言ってたけど、なんだかイベント前の雰囲気が出てきた気がして、僕はちょっと緊張し始めていた。
◇
「ま、酒の準備はこんなとこだろ」
「そやな。
あとは、熊の爆弾を各グループに配ったらいいんやけど、それも三人でやる?」
「いや、それはお前に頼むわ。
俺とエイシはこれから外のラプトルを片付けられるだけ片付けとく。
明日以降はもっと増えるだろうが、今日減らせる分は減らしておいた方がいい」
「分かった。
ほな、そっちは頼むわ。
エイシ君もがんばってな」
「はい。
マイコさんもお願いします」
「任せとき。
ちゃんと爆弾渡して使い方も説明しとくわ」
「じゃあ、明日は朝一で工房に行くから熊にもそう伝えといてくれ」
「了解や」
それから、ワビスケと僕はゴミ屋敷を出た。
ちょっと歩くと、すぐにラプトルの群れを見つけることができた。
「なんか、やっぱり増えてるね」
「そうだな。
まあ、明日はこんなもんじゃないだろうけどな」
「イベントの時の大量発生ってもっといきなり出てくるのかと思ってたよ。
前もって出てきてたりするんだね」
「それは色々だな。
今回のメインは街の方だから、外は先に増やせるだけ増やしておいてイベントの時の管理者の負担を減らそうとしてるんじゃないか?」
「そういうものなの?」
「ああ。
そんなもんだ」
「ふうん」
「ま、そんなこと俺たちには関係ない。
やることをやるだけだからな。
行くぞ」
そう言ってワビスケはラプトルの群れに突っ込む。
戦闘は得意じゃないって言ってたけど、全然そんな風には思えない。
めちゃくちゃ強いし。
僕もワビスケに遅れないようについていく。
◇
そこにいたラプトルは全部倒した。
バイラプトルもいたけど、問題はなかった。
「とりあえずここはこんなとこか。
よし、場所を変えるぞ」
ワビスケと一緒にその後もラプトルの討伐を続けた。
日が落ちるまでに四つの群れを殲滅した。
「いっぱい倒せたね」
「ああ。
これで明日の負担がちょっとは減るだろう。
帰るか」
「うん」
ホームに帰ってきた。
いつもの寝部屋に入る。
「明日は起きたらすぐに熊の工房に行くからな。
今日はもう寝ろ」
「うん、おやすみ」
寝なくても大丈夫なんだけど、良く寝た方が次の日、体の調子がいいことに最近気づいた。
もしかしたら僕が気づいてないだけで、体は疲れているのかもしれない。
多少緊張していたけど、一日動き回っていたおかげか、思ったよりもすぐに眠ることができた。
◇
「起きろ、エイシ」
ワビスケの声で目を覚ます。
「おはよう、ワビスケ」
「おう、工房に行くぞ」
「うん」
すぐに熊の工房に向かう。
前に来たときに道を作ったから、今回はすぐに来られた。
「おう、ワビスケ、小僧」
熊はストレッチをしていた。
「熊、やる気満々じゃねえか」
「そうだな。
久々の戦闘系のイベントだからな。
気合も入るってもんだ」
「マイコは?」
「昨日の夜興奮して寝られなかったんじゃないか。
まだ起きてないようだぞ」
「ガキかよ。
ちゃんとイベントまでには起きるんだろうな」
「そりゃ大丈夫だろ。
そこまで馬鹿じゃない」
「ホントかよ。
まあ、いないならいないでいいけどな。
いや、このままアイツ抜きの方が静かでいいんじゃ……」
ワビスケが悪そうな顔をしている。
しょうもないことを考えてそうだ。
マイコさんを置いていくとか。
「なんのことや?
誰がおらんでええって?」
噂をすればなんとやら。
マイコさんが起きてきた。
「あ、マイコさん。
おはようございます」
「おはよう、エイシ君。
で、ワビスケ。
誰がおらんでもええん?」
「お前だよ、お前。
なんだよ、もう起きたのかよ?」
「もうちゃうわ。
これ以上寝てたらイベント始まるやんか」
「いいよ。
寝とけよ。
そっちの方が静かでいい」
「またまたあ。
ウチがおらんかったら寂しがるくせに」
「はあ?
黙れ、おっさん。
お前抜きの方が効率いいんだよ」
「誰がおっさんやねん!
ほんま、あんた失礼なやっちゃなあ」
またしょうもない口喧嘩が始まった。
あれって、多分すごく仲がいいってことだよね。
放置してもよさそうだ。
熊も我関せずって感じだし。
慣れてるんだろうな。
「ところで、イベントってあとどれくらいで始まるんですか?」
熊と話すことにした。
「あと一時間くらいだな。
ラプトルがどこに発生するのかは分からんが、こんな端の方にいても良くないことは確かだろう。
もっと街の中心に行こう」
そう言って熊は歩き出した。
僕もついて行く。
「あの、ワビスケとマイコさんは?」
二人はまだ言い争いをしている。
「放っといていい。
どうせすぐ来る」
「いつもあんな感じなんですか?」
「がっはっは。
あれは戦闘前の準備の儀式みたいなもんだ。
討伐系のイベント前にはよくやるんだ」
イベント前に限らずいつもやってると思うけど。
「準備ですか?」
「ああ、準備運動だ。
言い争いから始まってちょっとした組み手をやって完了だ」
あ、ホントだ。
なんか口だけじゃなくて掴み合いが始まった。
っていうか、掴み合いしながらちゃんと熊と僕についてきてる。
器用だな。
その儀式とやらはどんどん激しくなっていく。
「ほんまあんた一回ぎゃふんと言わさな分からんみたいやな」
「はっはっは、ぎゃふんって何だよ?
最近の若者はあんま使わねえぞ。
やっぱおっさんなんじゃねえのか」
「うっさいわ。
おっさんちゃうって何回言わすねん。
ほんまにぶっ飛ばしたるわ」
ていうか、ホントに儀式なのかな。
「あれ、普通に喧嘩してません?」
「ああ、そういう時もあるな」
「え?
だったら止めないと。
怪我でもしたら大変じゃないですか」
「無駄だ。
始まったら止められん。
下手に手を出したら巻き添えを食らってこっちが損するだけだから放っておけ」
なんか、熊は悟ったような態度だ。
きっと止めようとしたことあるんだろうな。
うん、放っておこう。
賑やかなワビスケとマイコさんをスルーしたまま僕たちはゴミ屋敷の中心付近に来た。
ちゃんとここにもラプトル対策のお酒を入れた樽を置いてある。
「おい、二人とも。
もうすぐイベント開始時刻だぞ」
熊が相変わらず暴れている二人に声をかけた。
「だそうだ。
良かったな。
逃げる口実ができて」
「よう言うわ。
あんたの方がバテてるやん。
そんなんでイベント突入して足引っ張っても助けへんからな」
「うるせえ。
バテてねえよ。
まだまだこれからだ」
「はいはい。
期待してるわ」
ワビスケの方が押されてたみたいだ。
マイコさんの方が強いってホントなんだな。
と、僕たちのすぐ後ろの山が崩れた。
「お、来たな」
「みたいやな」
ゴミの下から現われたのは、大きな卵だった。
僕よりも大きい。
それはすごい存在感を放っていた。
アイテムの雰囲気をもっと強くしたような感じだ。
「卵?」
「らしいな。
なるほど、出現直後は弱いってのはこういうことか」
卵に亀裂が入った。
「とりあえず、どんくらいの強さか酒なしで試そか。
まずはウチが行くわ」
「おう、頼む」
さっきまでの喧嘩が嘘みたいにすんなり会話が進んでいる。
二人とも切り替えたみたいだ。
パキパキパキ
そんな音を立てて卵が割れた。
中から頭が四つあるラプトル、クワドラプトルが現れた。
生まれたての赤ちゃんのはずなのに、全然そんな感じはしない。
「ワビスケ、あれって赤ちゃんなんだよね?」
「赤ちゃん?
ああ、まあそういうことになるのかな。
確かに卵から出たてのやつはちょっと弱いからな。
だけど、ほとんど既に成体だ。
すぐに普通の強さになる。
モンスターってのはそういうもんだ。
というか、そういう設定なんだ」
また出た。
設定。
設定されてたら何でもありなんだな。
じゃあ、逆に設定がなかったらどうなるんだろう。
うーん。
考えても分からない。
「ほな、行くで」
マイコさんの言葉に意識を引き戻される。
マイコさんはクワドラプトルに突っ込むところだった。
どこから取り出したのか、手には大きなハンマーを持っている。
それをクワドラプトルに向けてすごい勢いで振り下ろした。
クワドラプトルは避けようとしない。
まだ卵から出たてだから反応が鈍いのかもしれない。
見るからにすごい威力でクワドラプトルを叩き潰した。
決まった。
そう思った。
「まだだぞ!」
ワビスケがマイコさんに声をかける。
「そんなん分かってるわ」
マイコさんはもう一度ハンマーを振り上げている。
と、倒れていたクワドラプトルがすごい速さで起き上がって尻尾でマイコさんに攻撃を仕掛けてきた。
「チッ」
マイコさんは舌打ちとともに大きく飛んでクワドラプトルから一度距離を取った。
尻尾での攻撃が空振りしたクワドラプトルに今度はワビスケが飛び掛かる。
ワビスケは大きな鎌を握っていた。
それで無防備になっていたクワドラプトルの頭を切り落とした。
四つ同時だ。
すごい。
「あ、ワビスケ。
ウチがやるって言ったのに」
「ああ?
そんなもん、これから何回でもやれるよ。
それなりの強敵なんだから、倒せるときに倒した方がいいに決まってるだろ」
「まあ、そやな。
とりあえず、コイツはこれで終わりやな。
けど、出現直後のクワドラプトルですら一撃では倒せへんか。
確かに普通より弱いっちゃ弱いけど、そこまで弱体化されてるわけじゃないみたいやわ。
これはちょっと骨が折れるイベントかもしれへんね」
「そうだな。
苦戦を覚悟しといた方が良さそうだ。
まあ、今のやつくらいなら熊なら一撃で倒せるかもしれないが。
どうだ、熊?」
ワビスケは静かに戦いを見ていた熊に聞く。
「そうだな。
クワドラプトルは一撃でなんとかなるだろうな。
だが、おそらくヤマタノオロチはダメだろう。
コイツより遥かに強いはずだからな」
「となると、いかに出現後早く見つけられるかってのが攻略の一つの鍵になりそうだな。
ちょっとでも弱いうちに倒さないとな。
よし、そうとなったらここに留まっててもしょうがない。
他のやつを探そう。
他にも出現してるはずだしな」
「そやな。
探すのは手分けした方がええんちゃう?」
「ああ。
あんまり分散しすぎるのも危ないから、俺とエイシ、熊とマイコの二組で動こう。
で、クワドラプトルは見つけたらそれぞれで倒そう。
ヤマタノオロチならすぐに連絡して合流して倒そう」
「了解や。
熊、行くで」
「おう。
ワビスケ、小僧、気をつけろよ」
「ああ、そっちもな」
僕たちは分かれてゴミ屋敷を回り始めた。
「どこを探したらいいと思う?」
「さあな。
とりあえず、隈なく探した方がいいと思うぞ。
一応他のプレイヤーもいるから完全に見落とすことはそう多くないだろうが、見落としたやつを放っておいたら街が破壊されちまう。
まあ、ゴミ屋敷の中を破壊されてもそれほど目立った被害ってのはないかもしれないけどな」
ワビスケの言うとおり、さっきから他のプレイヤーともけっこうすれ違っている。
みんなラプトルを探しているみたいだ。
倒したらレアアイテムがもらえるって言ってたから、それ目当てなんだろう。
「ワビスケ、何かある」
僕は先の方に見えているゴミの山の中からすごい存在感を感じていた。
さっきのクワドラプトルの卵と似ているけど、もっと強い存在感がある。
「どこだ?」
「あの山の中だよ」
そう言いながら僕はその山に向かって駆け寄る。
ワビスケと僕が山にたどり着いたとき、ゴミが崩れ落ちた。
中から大きな卵が現われる。
それは、熊よりももっと大きい。
見上げるような大きさだった。
そんな卵なんてありえないでしょ。
と思ったけど、そういう設定なんだろうな。
「ワビスケ、これは?」
「ああ、ヤマタノオロチだろうな。
すぐに熊とマイコに連絡する」
そう言って、ワビスケが何かしている。
多分連絡してくれてるんだと思う。
僕はナイフを構えて卵に注意を払う。
「熊たちもすぐに駆けつけてくる」
「卵の状態に攻撃したらダメなの?」
「卵に攻撃を加えても意味はない。
今までに試したやつがいるんだ。
他のモンスターの卵だが。
卵には攻撃が通らない設定になってる」
「じゃあ、出てきてから攻撃するしかないってこと?」
「ああ、そうだ。
さっきのやつより強いから気をつけろよ。
俺も一緒に攻撃する」
「うん」
ミシミシミシ
バキッバキッバキバキバキ
さっきのクワドラプトルの卵よりも大きな音を立てて卵が割れた。
そして、その中からたくさんの頭を持ったかなり大きなドラゴンが現われた。
クワドラプトルは見た目もラプトルの頭が増えただけって感じだったけど、目の前のモンスターは全然違った。
ラプトルっぽくない。
もっと首が長くて、体も大きい。
実物を見たことはないんだけど、ドラゴンって感じだ。
「ワビスケ、あれってやっぱり」
「ヤマタノオロチだ。
クワドラプトルとは比べ物にならないはずだ。
気を抜くなよ」
僕とワビスケはヤマタノオロチと対峙した。