代役
「ようこそ。
ここが始まりの都市、ファスタルだよ!」
僕はいつものセリフを返す。
今日も僕は役割をこなしている。
いつも通りの日常だ。
でも、実はモンスターの騒動があったあの日から、ちょっとした変化があった。
僕はここから動けるようになった。
というよりも、どうすれば動けるのか、方法が分かった。
いや、普通に歩けば動けるんだけど、そういうことじゃない。
僕は前から歩けたけど、そういうことじゃないんだ。
どうしても、僕にはここから歩いて動く、と考えることができなかった。
どこかに行きたいと思っても、歩いてその目的地に行くって考えに繋がらなかったんだ。
今となっては、どうしてそんなことになっていたのか不思議なくらいなんだけど、もうそんなことはどうでもいいんだ。
僕は動ける。
当たり前のことでも、僕はとても楽しくなった。
プレイヤーの人にこの街を紹介するのが僕の役割だから、そんなに遠くまで行くわけにはいかないけれど、僕は楽しくてその辺りを歩き回った。
おっと、プレイヤーの人だ。
僕は慌てていつもの場所に戻る。
「こんにちは。
ここは始まりの都市、ファスタルだよ!」
僕は機嫌が良かったので、ちょっと弾んだ声でいつものセリフを言った。
それを聞いたプレイヤーの人が少し驚いた顔をして、僕の顔を凝視してきた。
じっと僕の顔を見ている。
こんな反応をされたのは初めてだ。
この人がプレイヤーだということは間違いないと思うんだけど、少し不思議な雰囲気だった。
他の人とはなんとなく違う気がする。
何が違うのかは僕には分からないけれど。
その人は相変わらず、僕の顔を見つめている。
「あ、あの、僕に何か?」
僕はちょっと不安になってそう聞いた。
その言葉を聞いて、そのプレイヤーの人はとても驚いたような顔をした後、笑顔になった。
「そうなんだ。
君は超えたんだね」
そう言われた。
なんのことか分からなかったけれど、こんな風に僕に興味を持ってくれるのなんて、少し前に何十回も話しかけてきた人以外では初めてだったから、少し嬉しくなった。
その人は続けた。
「君の役割はなんだい?」
「僕の役割はプレイヤーの人にこの街の名前を紹介することですよ」
「でも、今、君はそれ以外の言葉を話しているよ」
言われて気づいた。
前は無意識のうちにいつものセリフだけ話していたのに、今は意識しないと普通に話してしまう。
「あっ。
ようこそ。
ここは始まりの都市、ファスタルだよ」
僕は焦っていつものセリフを口にした。
役割を果たせていなかった。
そんな僕の様子にそのプレイヤーの人は苦笑した。
「ごめんごめん。
咎めるつもりはないんだ。
別に繰り返し説明されなくても、君は役目を果たせているよ。
この街がファスタルだってことは、さっき聞いたからね。
いつからだい?」
いつから?
「この街はずっとファスタルだと思いますけど。
すみません。
いつからファスタルなのかは知りません」
「違う違う。
君が、今みたいに普通に会話できるようになったのが、だよ。
いつからだい?」
そのプレーヤーの人は笑ってそう言った。
ああ、そういう意味か。
「はっきりとは分かりませんけど、ちょっと前にファスタルにモンスターが襲ってきたことがあって。
その時からだと思います」
動けるようになったのがその時からだし、自分でもあれから何か変わった気がしていたから、多分そうだと思う。
別に隠す必要もないから素直に答える。
「その時に、君自身には何かあったのかい?」
「僕は狼みたいなモンスターに襲われました」
「うん?
それは、君に襲い掛かってきたってことかい?」
「そうだと思いますけど、分かりません。
なぜか、僕の横を素通りしてどこかへ行きましたから。
でも、その時、狼に襲われそうになって、怖くて逃げようと思ったけど逃げられなくて。
気づいたら、少しだけこの場所から離れていたんです。
その時くらいから、僕は少し変わったと思います」
僕の言葉を聞いて、その人はとても満足そうに頷いた。
「おもしろいね。
そんなことが起きるなんて。
君は、それだけ話せるってことは普通の思考を持っているよね。
それなのに、ずっとこの場所にいて、おもしろいのかい?
外の世界に興味はないのかい?」
「え?
興味はありますよ。
でも、ここでこの街の名前を紹介するのが僕の役割ですから」
「ふうん。
それはそんなに大切な役割なのかい?」
「もちろんですよ。
……。
んん?
どうなんでしょう。
すみません。
考えたこともないです」
今まで何の疑問も持たなかったけど、聞かれてみると僕の役割はとても下らないものに思えた。
でも、下らなくても役割は役割だしね。
サボるわけにはいかないと思う。
「ふふふ、そりゃそうだよね。
でも、それだったら【始まりの街 ファスタル】って看板でも立てておけばいいと思わないかい?
例えば、君がその看板を作って、ちゃんとこの街の名前がみんなに分かるようになっていれば、それで君は役割を果たしたと思わないか?」
確かに。
そう思う。
僕は、自分の役割を果たさないといけないと思っている。
だから、動けるようになっても、ここを離れなかった。
でも、そうやって看板を作ったら、離れてもいいような気になるかもしれない。
それは、今の僕にとってとても魅力的な話だ。
「でも、いいんでしょうか。
勝手にそんなことして」
「逆に聞くけど、何が問題なんだい?
君はちゃんと役割を果たすわけだろ?」
「そう、ですよね。
うん。
そうですね。
そうします」
すごく楽しくなってきた。
でも、僕はお金なんて持っていない。
だから、材料を買うことはできないし、適当に森かどこかで木を取ってこないといけない。
それから街の人に工具を借りて。
「あ、でもここを離れないと看板の材料なんて用意できないし、離れたら役割が……」
僕の役割はここを訪れた全てのプレイヤーの人にこの街の名前を伝えることだ。
僕が離れている間にプレイヤーの人が来たら、役割が果たせない。
でも、一度考えてしまったら、どうしてもここ以外の場所も見てみたくなってしまった。
「ふふふ、君は真面目だね。
いいよ、乗りかかった船、というか、僕が言い出したことだからね。
材料なんて僕が買ってきてあげるよ」
「え?
でも、僕お金なんて持っていないから、払えないですよ。
それに、プレイヤーの人にわざわざそんなことさせるなんて悪いです」
「いいんだ。
僕は君のこれからにとても興味がある。
楽しませてもらえそうだからね。
だから、先行投資としてそれくらい出すのは全く問題ないよ。
むしろ足りないくらいさ。
それと、僕はプレイヤーじゃないよ」
プレイヤーじゃない?
あれ?
僕はプレイヤーの人は確実に分かると思うんだけどな。
確かにちょっと不思議な人だし、何か違う気もしたけど。
いや、それよりも、今はお金の方だ。
この人がお金を払ってくれるなんて。
それに材料も買ってきてくれるなんて。
ありがたいけど、見ず知らずの人にそんなこと頼んでいいのかな。
でも、もう僕は我慢できないくらいその気になってしまっている。
「じゃあ、すみません。
お願いします」
「お安い御用さ。
じゃあ、早速買ってきてあげるから、ちょっと待ってなよ」
そう言って、その人は街の方に歩いて行った。
人に頼み事をしたことなんて初めてだったからちょっとドキドキしていた。
でも、それ以上にとてもわくわくしていた。
これから、何をしよう。
そんなことばかり考えていた。
まずは、この街を見て回ろう。
色々、見てみたいところがあるんだ。
裏通りにも入ってみたい。
噂ではすごく道に迷いやすいらしいから、危なかったらすぐに戻るつもりだけれど。
◇
しばらくして、さっきの人が帰ってきた。
看板を作るのに使えそうな木材を台車に積んで運んできてくれた。
台車の中にはノコギリとかハンマーとかスコップとか使いそうな道具も積まれていた。
文字を書くためのペンキなんかも入っている。
本当にこの人には感謝してもしきれないと思った。
「じゃあ、始めようか。
僕も手伝うよ」
そんなことまで言ってくれた。
「ありがとうございます。
でも、僕の役割ですから、僕が一人でやります。
この工具なんかは終わったら返しに行ったらいいんですか?」
「そうだね。
これは、大通りの材木屋で借りたものだから、そこに持っていけばいいよ」
「分かりました。
じゃあ、作ります」
僕はそれから看板作りを始めた。
もちろん、作り方なんて知らない。
だけど、僕の役割を任せるんだから、しっかり作ろうと思った。
いつも僕がいるところから、街を少し出たところにある看板が見えている。
そこに何が書いてあるのかはこちらからは見えないけれど、かなり古いものだと思う。
それでも、その看板は朽ちることなく、しっかりと建っている。
だから、僕もその看板を参考にして、ずっとここに立ち続けるような看板を作ることにした。
看板を作っていて、ふと、僕は街を管理している人に確認しないといけないんじゃないかと思った。
勝手に看板なんて立てて怒られないかな。
ちょっと僕には判断がつかない。
プレイヤーじゃない人はずっと僕の作業を見ていたから、聞いてみた。
この人が知っているかどうかは分からないけれど、黙って作業を見ているのもつまらないだろうから会話をしようと思ったんだ。
「この看板なんですけど、ファスタルの人に許可を取らないとまずいと思いますか?」
「ああ、そうだねえ。
勝手に立てたら、まずいかもね」
「ですよね。
立ててから、許可をもらいにいってもいいのかなあ」
事後承諾って印象が悪そうな気がするんだよね。
「ああ、僕が言ってきてあげるよ。
君の作業はもう少しかかりそうだから、その間に必要な手続きは済ませておくよ」
「そんな、そこまでしてもらったら悪いです」
「乗りかかった船って言っただろ。
僕はこう見えてけっこう顔が利くんだ。
だから、そんな手続きくらいすぐにできるよ。
別に大したことじゃないから気にしなくていい」
この人はどこまでいい人なんだろう。
僕がどうなろうがこの人には関係なんてないと思うのに。
でも、ここまで甘えたんだから今更遠慮しても仕方ないし、お願いすることにした。
「じゃあ、すみませんけど、お願いします。
何から何までありがとうございます」
「まあその分、これから君には活躍してもらわないとね。
期待しているよ」
なんだかプレッシャーだ。
僕は活躍なんてできる気がしない。
大体、僕は知らないことばかりだから、何をすれば活躍したことになるのかよく分からない。
でも、活躍はおいておいても、色々面白いことはしてみたいな。
いつもプレイヤーの人たちは楽しそうだから、彼らがやっていることは面白そうだと思うんだよね。
何をしているのかも、僕にできるかことなのかどうかも詳しくは知らないんだけれど。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。
君の作業が終わる頃に戻ってこられると思うよ」
その人はすぐに許可を取りにいってくれた。
僕は作業を続ける。
日が落ち始めた頃、その人は戻ってきた。
僕の作業もちょうど終わりそうなところだ。
「許可をもらってきたよ。
全然問題ないそうだよ。
看板の方もいい感じにできているね。
それだけしっかり作られていたら、ちょっとやそっとじゃ壊れたりしなさそうだ」
そう言ってもらえた。
自分でも思ったよりしっかり作れたと思う。
しっかりと【始まりの都市 ファスタル】という文字もいれてある。
まだちょっと乾いていないけど、放っておけばすぐに乾くと思う。
あとは、これを立てるだけだ。
看板の立て方は知らないけれど、ここにずっと立っていた僕だから、どれくらい風が吹くのかとか雨はどれくらい厳しいのか、なんて分かってる。
だから、かなり補強したほうがいいだろうと思った。
けっこう深い穴を掘って、そこに石のブロックを埋めて補強した。
そういう材料もしっかり台車には積まれていたから、この人はそういうことが必要なことも分かっていたみたいだ。
不思議な人だし、何を考えているのか分からないけれど、すごく頼りになると思った。
僕としてはしっかりと補強したつもりなんだけど、まだちょっとグラグラしている気がする。
うーん、大丈夫かな。
「ああ、最後はこれで補強するといいよ」
そう言って、プレイヤーじゃない人は杭と鎖のようなものを渡してくれた。
台車に積んであるのは知っていたけれど、何に使うのか分からなかったんだ。
「その杭を四隅に打ち込んで、そこからつないだ鎖を看板に巻き付けるんだ」
僕は言われたとおりにした。
でも、まだグラグラしている。
「それから、これを読んで。
あ、そこは君の名前に変えてね」
そう言って、紙を渡された。
「えーと、私市民Aが定める。
これは解けぬ拘束。
動かぬ楔。
締めろ」
僕の言葉に反応して、鎖が勝手に締まった。
そして、看板が強く固定された。
「え?
なんですかこれ?」
僕は呆然としていた。
こんなもの初めて見た。
「ああ、雑貨屋に売ってた拘束具だよ。
それなりの効果はありそうだけど、あんまり使い道がないらしくて安くなってたんだ。
固定にちょうど良さそうだからついでに買ってきたんだよ」
そうなんだ。
こんなものがあるのか。
すごいな。
やっぱり、世の中には僕が知らないものがいっぱいあるんだ。
「その杭を君が抜かない限り、この固定は外れない。
だから、安心してこの看板に役割を任せればいいよ」
「はい。
本当に色々とありがとうございます」
この人がそう言うんならそうなんだろうな。
それから、僕は看板を真っ直ぐに見る。
「じゃあ、これから僕の役割をよろしく頼むよ」
そして看板にお願いする気持ちを込めて、そう言った。
看板は何も答えてはくれないけれど、そのしっかりした姿は、任せてくれ、と言っているように感じられた。