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わたしの三次元プロジェクトマッピング

作者: 宇井2

「あー」とスポーツカフェの店内に、ため息が漏れる、家庭のスクリーンの前から、そして、花の終わった桜のみずみずしい若葉がライトで浮かび上がるグラウンドから。家電販売店の壁際に置かれた大小のスクリーンの中には一人の頬のこけた男が映っている。髪には白髪も見える。次の朝には、電車の中で、学校の通学路で、「いい加減に、引退だよな」「あいつがいるから、負けたようなものだ」「ボールは取られるやら、空振りするやら、遅いんだよ」と大人から子供まで、総批評家になって責め立てる。当の本人はTVニュースの中で、電車の中の無数の端末の中で、相変わらず、その黙って姿をさらされている。まあ、大一番で負けたのが、その男の失策につぐ失策が原因であったので仕方がないか。皆に口汚く批判されるのも、アスリートとして稼いでいるのだから仕方がないか。私だって、ちょっと競争相手に先を越されて仕事を取り損なえば、「遅いんだよ。動きが」とか言われるわけだし。まあ、端末としか話さない現代人には、よい会話の機会を与えているわけだ。


私は、そのあいつをずーと見てきた。ちょっとはみ出しているやんちゃぶりが好きだった。若い頃は、そのやんちゃがチームを救ったことも多かったし、失敗しても「攻撃的でよい」と評価され、髪をなびかせてグラウンドを走りまわったものだ。輝いていた。10年前の世界大会の時は絶頂期だった。当時、私は彼の姿を見ていて、歓喜ととも別の気持もこみ上げてきた。この美しい瞬間は今だけの瞬間なのだという悲しさだ。


その男が衰えた姿をさらしている。あいつの輝いていた時の姿を皆に見せてやりたい。ただ時間の経過があっただけだ。私は彼の姿を再生する装置の開発を始めた。批判ばかりする奴に見せつけたい。こんな美しい瞬間を彼は経験しているのだと。初めに、共有イメージサイトにある莫大な映像イメージを集めまくって、再構築し立体映像として映写するという方式を考えた。これは、簡単なことだ。イメージを合成して、グラウンドを囲む複数のプロジェクタから、その男に焦点を合わせて映写する。焦点部分に男の立体映像が浮かび上がり、グラウンドの上の走る姿を浮かび上がらせることができる。そこで、50台の小型コンピュータを無線で接続して、映像を男の位置に焦点を合わせ、記録された試合の流れに従って、男を動かすプログラムを作った。三次元プロジェクトマッピングだ。


月も出ていないどんよりと曇った夜だった。山間の街のはずれに見捨てられたグラウンドがある。かっては歓声が聞こえた場所だが、今では木のベンチも腐ったり、欠けたりしている。巨大な照明設備がグラウンドの4方向についているが、もう点灯することもない。旧式すぎるし、電気も切られている。あの光輝くグラウンドに一歩踏み入れたときの何ともいえない興奮が胸に迫る。しかし、今はライトがつかない方が好都合だ。一人で、ひそかにテストするのだから。

さっそく、装置を接続しテストを行った。笑えた。苦労して集めた全方位の映像は時間が完全に一致しないため、急に方向を変えたり、ボールと足の位置がずれていたり、これじゃ今の彼の姿より悪いじゃないか。なによりも悪いのは、あいつの髪がなびかないのだ。漫画で見たギリシャ神話の魔女の頭の蛇のように、あっちこっちに動き回る。


私は装置の改良に取り組んだ。今夜はその結果を試す。もう山はむせ返るような緑にあふれている。誰もいない夜のグラウンドに入る。土の臭い、草と山の木々の吐き出す匂いが暗闇にあふれている。そうだ、もう栗の木の花が咲くころだった。この前と基本的な装置は同じなのだが、今回はコンテンツが違う。映像をいくら集めたって、あの男の美しかった姿は現せない。私は自分の記憶を再現すればいいのだと気付いた。そこで、自分の脳をまず開ける。記憶部分の回路に分岐点を作り、手に持つ小さな黒い立方体の機器につなげる。これが新しく開発した装置だ。ここから、自分の記憶情報を信号にしてグラウンドを取り囲む50台の小型コンピュータに配信する。そして、焦点を合わせ、全方向から彼の走る姿を映し出すつもりだ。最初の試作機では、彼とは関係ない、セミの声のすごかったことや、急に夕立が来て連れと雨宿りしたことなどの当時の自分の感情記憶がまざりこみ雑音となって入り込んでいた。そのため、彼の髪は毛は今度は時代劇のかつらのように固まってしまった。そこで、彼の記憶に関する部分のみをフィルタする機能もこの黒い箱に付け加えた。


スイッチを入れた。山間の打ち捨てられたグラウンドに、灯が点灯する。その光の中心に彼がいる。あの時の彼が走っている。彼の髪の毛がなびく、シュートする、ボールはゴールに突き刺さる。


試合は終わり、私は装置を外し、再び脳の蓋を閉じた。ライトが消えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >過去の映像を見ると 亡くなった時に映像をというのであれば、ロビン・ウィリアムス主演の「フィナル・カット」があります。3Dではありませんが。 NHKでモーガン・フリーマンが「魂とは」とい…
[一言] 友人と以前話したことがあるのですが: >共有イメージサイトにある莫大な映像イメージを集めまくって、再構築し立体映像として映写するという方式を考えた 映画だと色々な角度から俳優の映像が撮られ…
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