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電脳教会の聖像

作者: ネコタ斑猫

 どうやってそのサイトに辿り着いたのか、覚えていないのだ。検索サイトからか、それともリンク集からか。何人がやっているサイトなのかもわからない。英語も、フランス語も、ドイツ語も、イタリア語も、中国語も、韓国語も、選べたからだ。

 もちろんその中に日本語もあった。

 ホームページは教会の画像だ。正面の扉をクリックすると、いくつか扉が並んでおり、使用言語を選べるようになっている。そこで適当な言語の扉を選んでクリックすると、中に入れる。

 カソリック系だ。薔薇窓のステンドグラスから光が射し込み室内を明るくしている。祭壇には葡萄酒と聖体とがそれぞれ入った聖杯が二つ並んでいる。奥に磔刑にかけられたキリストの像。祭壇左手にはマリア像、右手には何か聖人の像(多分ヨハネだろう)。手前には礼拝用の椅子が並んでいる。左手手前には懺悔室。右手手前にはオルガンが置いてあり、クリックすると「主よ御許に近づかん」の旋律が流れる。

 礼拝用の椅子がゲストブック、懺悔室はオンライン懺悔専用の雛形になっており、送信ボタンが一番下についている。他のところはクリックしても何も出て来なかった。ただポインタを置くとその説明が出てくるだけだ。

 キリスト像・これは父親との確執に深く悩んだとある青年をモデルにしています この姿になってようやく救われました 大変美しく気高い青年でした

マリア像・これは心の性と体の性との違いに深く悩んだとある少年をモデルにしています その子どもはマリアに憧れ、この姿になることを強く望んでいました

 ヨハネ像・これは人とは違うものが見えてしまい世界を恐れる他なかった青年をモデルにしています この姿になってようやく安らぎました

 聖杯・この中には皆で分かち合うための葡萄酒が入っています

 聖杯・この中には皆で分かち合うための聖体が入っています

 ゲストブックには、特に書き込みがなかった。それはそうだろう。これだけでは(画像が十分に精密で美麗であるとはいえ)感想のひねり出しようがない。だが、妙に魅力的なサイトであるように私には思われた。大体、一体どんな人物がこんなサイトを運営しているのだろう。どこかの教会の神父か?宗教マニアか?それとも、聖職には就いていないけれども誰かを救いたいと思っている善人か?

 正体のヒントが欲しくて、私は懺悔をした。ちょっとした罪の話だ。誰でもその程度のことならやっている、でも心に引っかかっている、そんな些細な罪の話だ。こちらのメールアドレスをちゃんと記入して送信ボタンを押した。

 『祈りなさい、あなたの罪は赦されました』

 そんなメッセージが出た。なんだ、これで終わりかな。拍子抜けした気持ちで私は次のサイトに移動し…懺悔をしたことさえ忘れてしまった。


 次に接続したのは二日後だった。メールをチェックすると、懺悔へのレスが入っている。驚いて開いた。そこには、誠に真摯な回答が記されていた。プライバシーに関わるのでここには明かさないが、私はその文章に感じ入った。早速お礼のレスを書き、送信した。それからもう一度さっきのメールを開き、見入った。

 これを書いた人は、一体何人なのかもわからない。どこの国のどんな人かもわからない。だが私の懺悔にこんなに真摯なことばを返してくれている。ほんのちょっとした心の引っかかりに、癒しと赦しとを与えてくれている。不思議だ。パソコンがなければこんな出会いはなかっただろうに。


 こんなに深く私の心を察してくれるだなんて。


 相手が本職の神父であろうがなかろうが、どうでも良くなった。懺悔という物がこんな風になされていいものなのかどうかも。私は確かにあのことに罪を覚えていた。それは私の心に滞りをもたらしていた。私は本当は気になっていた。赦されたかった。罪を清められたかった。あの小さな罪。

 私はもっと赦されたくなって、自分の歩いてきた道の落ち穂拾いを始めた。小さな罪悪感が心に残した引っ掻き傷を探り当ててはこつこつと書き送った。相手も私にメールを送ってよこした。深い知恵と暖かな赦しとを込めて。私は、前よりも穏やかな人間になったと言われるようになった。優しくなった、とも。だが私の心はもうここにはなかった。相手の側にありたかった。祈るという気持ちをこんなに深く覚えたことはなかった。側にありたい。私はあなたの側にありたい。電脳教会の見知らぬ神父よ。

 私は余りに相手に親しんで、とうとう誰にも明かすつもりのなかった心の中の深く暗い罪を書いて送った。こんなことを知らせたら人は離れてしまうのではないか、長い間そんな風に思ってきた罪だった。だが相手はそれをすら認め、深い同情と共に赦した。私は喜んだ。初めてといっていいだろう安らぎがそのとき私の中に生まれた。生まれる前に還ったような安らぎ。私は感謝した。世界に、神に、そして相手に。

 だから私は、相手が私の写真を送ってよこすように書き送ってきたときも、別段疑問を抱かなかったのである。

 

 私がそうであるように、相手も私がどのような人間か、知りたくなったのだと思っていた。それで私は最近の写真をスキャナで取り込んで送った。返事のメールは、私に、教会の特別な場所に入る許可を与えた。

 キリスト像の足下にある小さな棚がその入り口になっていた。クリックすると、パスワードを入力するようメッセージが出る。私はそこに送られてきたままのパスワードを入力した。

 「われらの像に、われらに似せて人を作ろう」

 部屋が開いた。そこには聖像が満ちていた。


 聖人の、或いは天使の形をとった人形が並んでいる。それぞれ脇に題箋が付いている。アンドレアス16歳、カールステン14歳、アトゥール17歳…それぞれの名前をクリックするとさらに詳細な説明が別ウィンドウで出てくる。顔写真。住んでいたところ。通っていた学校。趣味。得意なスポーツ、学科。好きな食べ物。嫌いな食べ物。どんな懺悔をしたか、どんなやりとりをしたか…そして、どんな「聖像」になることを望んだか。

 「彼は慈愛と献身の心に満ちた聖エリザベートになることを望みました。私は彼の体を使って聖像を作りました」

 聖像をもっと大きな画面で見る、というボタンを押すと、その生々しいヒトガタが露わになった。

 ヒトの皮膚、ヒトの髪、ヒトの骨。美しいまなざしは多分作り物だ。だがその表情は、なんと安らぎに満ちていることだろう!彼は確かに聖エリザベートになった。両の手に薔薇を満たして、美しい衣を着て、優しい笑みを浮かべて。 

 人間の剥製。嫌悪を覚える人もいるだろう。だが私には、羨望しかなかった。羨望しか生まれなかった。あのように美しくなりたかった。あのように美しく安らぎたかった。俗塵に満ちたこの世を捨てて、私をあれほど理解してくれている人の手で、肉を捨てて永遠の安らぎにたどり着けるのなら。

 私はパスワードをよこした相手の意図を知り、応えた。相手からは次の日に返事が来た。自宅の場所とそこに辿り着くための方法。施術に痛みはないこと、何になりたいのかよく考えてくるように、と。


 私は全てを任せることにした。体を任せるように、心も。今私は旅支度をしている。家族の者には何も告げぬまま、私はあの教会に行く。たった一人、この世で私のことを誰よりも深く理解してくれた人の元に。彼は私を生まれ変わらせてくれるだろう。もう罪を覚えなくてもよいのだ。私は天に帰り、そして教会のあの部屋に、24番目の聖像として姿を留めるのだ。


そうしていつか誰かが私を見て、同じように聖像になりたいと願ってくれるだろうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] バー理科室をふと思い出して検索し、こちらにたどり着きました。たくさんあったお話しをまた読みたいです。
[良い点] こういう背徳的な作品はぞくぞくします。 好き。 ひょっとしたらもうなろうには参加していらっしゃらないのかも知れませんが、是非また作品上げていただきたいです。
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