* Witness
マブで二度寝していると突然、すごい勢いでドアを叩く音がし、私たちは目を覚ました。
カーテンを閉めているから外は見えないものの、ふたつある窓も、すごい勢いで叩かれている。総攻撃らしい。サイレントモードにした携帯電話によると時刻は朝の九時すぎ、つまり眠ってから一時間程しか経っていない。そして当然、どちらの携帯電話にもありえないほど着信が入っていた。ブルはもちろん、マスティとリーズ、ニコラからも。
「にぎやかだな」アゼルが言った。
「超うるさいんですけど。私たち、ここまでしてないよね」
ドアも窓も大きな音をたてて叩かれてる。すべてに鍵がかかっているものの、ドアの向こうからははマスティが、開けろだのふざけんなだのと大声で怒鳴っている。相当怒ってるらしい。
「笑えるくらいキレてるから、とりあえず無視する」と、彼。
「こんなんじゃ寝られませんけど?」
「寝なきゃいい」
部屋の周りにみんながいるのをわかっていて、しかも怒鳴られているのに、私たちはブランケットの下でひとつになった。アゼルは平気だと言ったけれど、さすがに声を抑えないわけにいかなかった。
諦めたのか、そのうち窓からの騒音がなくなった。二箇所とも。続いて、ドアのほうも静かになった。私たちはかまわず抱き合った。
と思ったら数分後、突然、ドアがまた大きな音をたてた。ドアノブだ。金属を叩く音が、何度も何度もした。
服は着ているものの、ブランケットも腰に巻いているものの、私はアゼルの上に乗ったまま、ドアのほうを振り返った。
ドアが開いた。奴らはドアノブを壊したらしい。
戸口に立っていたマスティは唖然とした。「──嘘だろ」彼の手にはハンマーが握られている。
「うわー」彼の隣でブルがにやつく。「お前ら、マジありえねえ」
アゼルは笑いながら、そばにあったクッションを彼らに向かって投げた。
「ドア壊すなアホ」
「なに?」と、彼らの背後でニコラの声がした。
ブルが笑いながら答える。「ヤッてる」
「うそ」
「まじで」ブルの隣に立ち、リーズがこちらを覗きこんだ。「うわ、マジだ」
なぜ覗くのだろう。「ねえ、頼むから閉めて」
「閉めろじゃねえ」マスティが私に言った。「アゼルはともかく、なんでお前まで見られて平気な顔してんだよ」
「平気じゃないから閉めろ。っていうか覗くほうがどうかしてるから。いつまで見てんだ変態」
リーズの頭上から、ニコラまでもが顔を出した。
「うわ、マジだ」
「ねえ、わかったから、閉めてってば」
アゼルは笑っている。
「閉めねえとマジでキレる。すぐ終わらせるからちょっと待ってろ」
ブルは笑いながらドアを閉めた。
「よかったな、服着てて」と、アゼル。
「夏だったら、ぜんぶ脱いでる可能性があった。冬でよかった」
「見えてねえはずなのにな。上乗ってるだけでヤッてると思われるらしいわ。実際ヤってるけど」
私は再び、彼に覆いかぶさった。
「ドア壊されたらもう、ここ使えないじゃん」
「マスティの部屋奪えばいいから気にすんな」
キスをして、また続きがはじまった。
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リビング。
「ヤッてるってわかっててわざわざ覗いたお前の神経がわかんねえ」アゼルが言った。「しかもニコラまで」
リーズはなぜか口元をゆるめている。「いや、気づいたら。ごめん」
「リーズがいつまでも覗いてるから、嘘なんかと思って」と、ニコラ。
マスティがつぶやく。「あの状況でヤるお前らの神経のほうがわかんねえ。なにしに来たのかわかんなくなったし」
ブルは笑った。
「いいもん見た。夏だったらもっとよかっただろうに」
「いや、実際はヤッてないかもしんねえよ。こいつが上に乗っかってただけかもしんねえ」
コーナーソファ。ビールの入ったペットボトルを持つ私は、アゼルの左半身に背をあずけて座っている。腰には彼の左腕がまわされ、足元にはマスティがいる。眠い。
「ヤッてたくせによく言う」ブルが言う。「っつーかあれなに? オレの部屋、ビールが噴き出してえらいことになったんだけど」
ニコラはしかめっつらを見せた。「あたしなんか服がビールにやられた」
リーズが笑う。
「マスティも引っかぶった。しかもブルは炭酸アップルジュースだと思って飲んだから、思わず口から吹き出したっていう。しかもそれがマスティに軽くかかったっていう」
マスティは私を睨んだ。「絶対お前だろ。っつーか」身体を起こして私の両脚のあいだに膝を、おなかの横でソファに左手をつき、私の首にある南京錠を右手にとった。「なにこれ」
「南京錠」
「これはこれでエロい」と、ブル。
「アゼルもつけてる」リーズが言った。「おんなじ?」
マスティは彼の南京錠を目で確認した。「一緒だ。大きさは違うっぽいけど」
「気にすんな」アゼルは私の手からペットボトルを取り、ビールを飲んだ。「これなら外歩ける」
「だよな」ブルが言った。「飲みながら来たもん」
「わざわざ朝っぱらからなにやってんだって話なんだけどな」
言いながら私の南京錠から手を離すと、マスティはソファに背をあずけてあくびをした。
ブルにもあくびがうつる。「眠い。寝たの四時くらいだぞ。なのに起こしやがって」
「俺ら外行くから気にせず寝ろ」
「外ってなに?」ニコラが訊いた。「あ、ベラの家か」
「ベラ、寝そう」と、リーズ。
私はうとうとしている。「超眠い」
「寝るなアホ。行くぞ」
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「旅行?」
仕事から帰ってきた祖母に、私は訊き返した。
「そう。かなり急な話なんだけど──来月、一月四日から六日までの二泊三日で、旅行に誘われたのよ。同僚六人での旅行でね、最初は断ってたんだけど、ひとり予定してたヒトが行けなくなっちゃって。どうかって」
「いいじゃない」私は答えた。「仕事は七日からでしょ?」
彼女がうなずく。「ええ、金曜から日曜ってことになるわ。あなたがいいなら行くんだけど、夜にあなたひとりっていうのは心配だから、アゼルでもアニタでもリーズでも、誰でもいいから、最低でも誰かひとり、来てもらってくれる? もちろんニコラも、みんなに来てもらうのでもかまわないから」
「泊まりで?」
「それがいちばん。もちろん、あなたが泊まりに行くのでもいいけど」
泊まり。「わかった、そうする」
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報告メールによると。
アニタとペトラは今日、ヒンツと元生徒会長の四人で一緒にセンター街に行き、ランチを食べて映画に行ったらしい。そのあとセンター街をブラついて、意外にもゲームセンターで散財、カフェで話をして──とりあえず、めちゃくちゃ楽しかったと。で、暇なら明日、ペトラと一緒に遊ぼうと。これには了承メールを返した。
アドニスのほうは、まず前日、二十四日の合コンがそれなりに当たりで、ひとり、わりと好みの女を見つけたらしい。が、その女はおそらくルキに興味深々。即終了。けっきょく遊んでいそうな、それなりに美人の女に目をつけた。彼女もまんざらでもない様子で、そのうちインゴともうひとりの女の子を交えて遊ぶのだとか。
続いて今日の、エデグループのほう。サビナと紹介した男はすっかり意気投合していて、アドニスとルキアノス、そして彼とサビナ、エデ、カーリナの六人で遊んだ。三時間ではあるものの、またカラオケ。エデはルキにアタックしているらしく、アドニスはカーリナからアピールされた。合コンに行ったことを言いだせなかったらしい。そのうち喰ってもいいかなという、聞き覚えのあるつぶやきがメールに書かれていた。
こちらはといえば今日、朝からアゼルを家に連れ込み──ほとんどの時間をベッドの上で過ごした。とはいえ、ラグで昼寝もしたけれど。
見られたことは怒らないのかと訊かれ、あからさまに見られたわけではないから気にしていないと答えた。アゼルも同じらしい。オカズにされるかもと彼が言うから、相手がアゼルならいいと答えた。彼も同じだと答えた。そして夕方、アゼルは帰った。
夜、シャワーを浴びて部屋に戻ると、午後十一時前──アゼルに電話して、祖母が年明けに旅行に行くらしいと説明した。
「もしかして連れ込んでんの、バレてんじゃねえの?」電話越しに彼が言った。
「わかんない」私はラグの上、赤いビーズクッションに寝転んでいる。「でも考えたら、来てるって思うほうが普通なのかも」
「まあ──いいか。俺は単に、中学一年に手出した奴ってのが微妙なだけだから」
「一応、いつからつきあってるかってのを具体的には言ったこと、ないんだけどね。それでも私が泊まりに行きはじめたのが去年の七月? とかだから、ばれてると言えばばれてるかもだけど」
「男を取っ替え引っ換えしてるとは? 言ってねえの?」
「言うかボケ」私は不機嫌に返した。「逆を言おうか? あんたが女を取っ替え引っ換えしてるって」
「言えばいいんじゃねえの。デボラの反応しだいでは、二度と会えねえんだろうけど」
祖母はおそらく、私がなにをしてもなにも言わない。「っていうかそれ言っちゃったら、私が情けないことになるからやめとく」
「それは言えてる。で? 四日と五日? に、行けばいいのか」
「アニタでもいいよ」と、言ってみた。「リーズとニコラでもいい。女だけの合宿開いてもいい」
「んー。まあ四日なんかは特に、昼間なら普通に遊んでいいんだろうけどな。泊まるっつったら邪魔が入る可能性は高いし」
「じゃあいつもの手でいく? 夜コンビニ行ってくるって言って、そのままうちに来るみたいな」体育館倉庫に忍び込む時の手だ。
「そんなに俺を連れ込みたいか」
彼の言葉に、思わず口元がゆるんだ。
「イヤならいい。アニタでもリーズでもニコラでも呼ぶから」
「へー。んじゃ二日とも、俺が行かなくていいわけだ」
ムカつく。なのに、思わず笑った。
「わかった。じゃあ二日とも来て。マスティたちはどうにかかわす。マブならともかく、こっちならそこまで荒っぽく乗り込んできたりはしないはずだし」
「だろうな。あ、ドアな、明日業者入れて直す。マブには行かねえほうがいいぞ。あいつらはいるだろうけど、マスティの親が来るから」
彼の母親には去年、年末に会った。マブの大掃除をしてる時に。
「明日はアニタたちと遊ぶから行かないけど。直るもんなのね。小遣い引かれちゃえばいいのに」
「いや、金はうちのジジイに出させる。ジジイは仕事があるから来たりはしねえけど、請求はむこうにまわす」
なるほどと思った。「とんだとばっちりのような気がするんですけど」
「それがジジイの役目なんだよ。あれはあれで、マスティんとことブルんとこに感謝してるらしいからな。マブの光熱費払ってんのもあれだし。だから自由」
初耳だ。「でもさすがに、キレてドアノブ壊すってどうなの」
アゼルは笑った。
「マスティが相当キレてたらしいわ。し返すっつったのもあいつ。ドアノブ壊したのも。けどドア開けたら俺らがヤッてた。しかも避妊具の件であんだけキレてたはずのお前が、ちっとも恥ずかしがってない。ぜんぶアホらしくなったって」
笑える。「避妊具とはちょっと違う──っていうか、もうなんか、変に抵抗がなくなってる気がする。脱がされてるとことか、あからさまな状態を見られるのはイヤだけど、今までどれだけリスク犯してきたんだって話だし。でもあの程度なら、昨日だってタクシーで似たようなことしたし」
「まあな。お前がイッてる時じゃなくてよかった」
それが唯一の救いかもしれない。「ちょっとまずかったのよ──ただ、ドアノブが叩かれはじめて、来るかもなってのは予想できたから、一気に冷めた」
「動かなかった俺に感謝しろよ。気分しだいじゃ動いてた」
「それはダメ。っていうかもうほんと、壊すのはやめてほしい。今思えば、なんでリーズとニコラにまで見られてんだって話だし」
「な。あれで乱交騒ぎになってないから尊敬するわ。けどまあ、あれは元はといえばお前の悪戯が原因だし」
そのとおりだ。「もうやめる。タイミングしだいじゃ最悪だったもん──あ、二十七日は? 何時に行けばいいの?」
「お前が一緒に行くなら朝から。楽しみをあとにとっておきたいんなら、夕方くらいか。どっちでも」
「どこに行くのか教えてよ」
「行きゃわかる」
なんだそれ。「どっちがいいの? 行くのと行かないの」
「俺が暇を持て余すことを考えりゃ、当然来るほうがいい」
「じゃあ行く」
「んじゃ朝の八時前に来い」
「早いなおい」
「イヤならやめろ。俺は明日仕事。だからもう寝る」
冷たい。「行く。おやすみ」
「ん」
電話を切った。なにがなんでも「おやすみ」とは言わないらしい。




