* Practical Joke
朝六時すぎ。
ふと起きた私は、ふとした思いつきでそのままベッドを出ると、財布を持ってコンビニへと向かった。買ったのは五百ミリリットルの炭酸アップルジュース六本と、二リットルのミネラルウォーターが入ったペットボトルを二本。と、ついでに朝食。さすがに重かった。
マブに戻るとまず、ミネラルウォーターの中身をキッチンのシンクに捨てた。ぜんぶだ。そのあとリビングで、炭酸アップルジュースの中身をすべて、空になったミネラルウォーターのペットボトルに移し替えた。これは冷蔵庫へ。
そして空いた炭酸アップルジュースのペットボトルの中に、冷蔵庫から出したビールを入れた。ペットボトルのラベルはそのまま、六本ともだ。おもしろいことに、色がほぼ同じ。たぶんバレない。
泡が完全になくなるのを待ってから、ビールの入ったペットボトルを一本持って部屋に戻ると、ブランケットごと寝ているアゼルの上にまたがり、彼を起こした。
うなりながら仰向けになり、うっすらと目を開けた彼から返ってきたのは、ものすごく不機嫌そうな声だった。
「──なに」
「ねえ、起きて。ブルの家に行く」
「あ?」
「あ、違う。その前に」ビールを一口飲み、ペットボトルを彼に差し出した。「目覚まして」
「今何時」
「朝の七時」
「お前マジでうざい」
「いいから」
彼の脚まで下がると、右手で彼の腕を引っ張り、身体を起こした。
「起きてよ。渡すもんがあるの忘れてたの」
「なんでそんな元気なんだよ」不機嫌そうに文句を言いながら、私が左手に持っているペットボトルを手に取り、目を細めてラベルを見た。「──炭酸?」
「さっき買ってきた」
「怪しい」
そうつぶやいたものの、彼はそれを喉に流し込んだ。
どうにか飲み込んだものの、思いっきり咳き込んだ。
「お前マジでふざけんな!」と、笑いながら怒る。
私は天を仰いで笑った。笑って、笑い転げそうになった。
「なにくだらねえことしてんだボケ」などと言いながらも、またビールを飲む。「朝っぱらからアホなことやってんじゃねえよ」
寝起きがいちばんだ。「でも騙された」
「アタマ半分寝てたからだっつの」と、アゼル。「目覚めた」
「それはよかった。これをみんなのぶん用意してるから、届けに行くの」
「アホだろお前。二本くらいは思いっきり振っとけよ」そう言うと、またビールを飲んだ。「けど渡したらすぐ帰るからな」
「うん、それでいい」
彼の手からペットボトルを取り、ビールを飲んだ。妙に甘みがある気がするのはアップルのせいなのか、それとも気のせいなのか。
アゼルはブランケットを引き抜くと、私の身体を自分の脚の上でさらに引き寄せた。私は右手を彼の背中にまわし、またビールを飲んだ。
彼の手が私の身体を撫でまわす。唇が、私の肌のいろんな場所にキスをした。
「すぐ終わらせる」と、彼が言う。
「すぐはイヤ」
「あ、すぐお前ん家行けばいいのか」
「確か家出るのは八時半くらい」
「微妙だな。一回戻ってきて二度寝してからのが確実」
「まあそうだけど」
「ってことでやめる」
「は?」
私の手からビールを取り上げ、また飲んだ。
「着替えるからどけ」
「なんの嫌がらせなの、これ」
「先にやったのはお前だっつの」
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中学校の正門前へと通じる道りを東へとまっすぐ進むと、そのうちブルの家に辿り着く。左側には車庫もある。私たちは勝手に敷地内に入り、彼の部屋がある裏手へと回りこんだ。
部屋は角部屋で、淡いブルーのカーテンは一部が少し空いていた。遠慮なく中を覗きこむ。それほど広くない部屋で、正面右にドア、左にクローゼットがあり、クローゼットの扉にはフライヤーやポスターがいくつも雑に貼られていた。その左手前、南側の窓際にベッドが置かれ、そこにはリーズとニコラが眠っている。床には小ぶりなテーブルがあり、その上は大量のビールの空き缶とつまみの残骸、山盛りになった大きな灰皿が散らかっていた。ブルはテーブルの右側に、マスティは奥に眠っている。
「力加減してよ」私はアゼルに言った。「ガラス割ったらシャレになんない」
「わかってるっつの」
ふたりで一斉に、窓ガラスを両手で叩いた。ドンドンというか、ガンガンというか、とにかくガラスが割れない程度に力加減をし、笑いながら連続で何度か。そのあいだ、中を観察したりはしなかった。そのうち出てくるだろうから、それを待つ。
と、ガラスの内側になにかが当たった。誰かが起きたらしい。ガラスを叩くのをやめ、カーテンに隠れるようにして、アゼルは私にキスをしはじめた。
「ここでヤるってどうよ」
「バカ言わないでくれる?」
アゼルはカーテンの開いた部分から部屋を覗いた。
「あれ、また寝てるわ」
「まじで」
「つーかたぶん──」彼が窓に手をかけると、窓ガラスは簡単に空いた。鍵がかかっていなかったらしい。
なんて物騒な。「本気か」
「静かにしろ」
しゃがんだ彼は足元に置いていた白いビニール袋からペットボトルを二本出し、こちらに渡した。私はそれを一本だけ、できるだけ思いきり振った。アゼルもさらに二本のペットボトルを袋から出し、一本を思いきり振る。ちなみにペットボトルには四本とも、油性マジックで“メリークリスマス”と書いてある。
再び立ち上がると、アゼルは音を立てないよう、窓を、そしてカーテンをゆっくりと開けた。どうやらさきほど投げられたのは、月発行の分厚い漫画本らしい。床に転がっていた。
「クローゼット」アゼルが声を潜めて言う。「狙え。できるだけ音たてろ。ぜんぶ投げたらすぐ帰るからな。走れよ」
「わかった」
奥にあるクローゼットを狙って、私、アゼル、私、アゼルと、一本ずつ、わざと音を立てるようにペットボトルを投げ入れた。
二本目でおそらくニコラがうなり、三本目でマスティが低い声でうなって仰向けになり、四本目で寝ぼけたままのニコラが飛び起きた。ブルもうなった。
だがかまわず、私たちは逃げた。窓も閉めずに。
マブへの帰り道は、やっぱり炭酸アップルジュースのペットボトルに入れたビールを飲みながらだった。行き道もそうだったのだが、これなら飲んでいても怪しまれないのだ。我ながらいい方法だと思う。それを悪戯に使っていいのかどうかは別として。
途中、アゼルははじめて、自分の父親がどこに住んでいるかを教えてくれた。エステイトを出たあとに引っ越した賃貸の家だ。通りの端にあるその家は、レンガ造りではないものの、祖母の家と似たような、赤茶色の外壁の家だった。しかも意外と近い。祖母の家から歩いたとしても、おそらく十分もかからないだろう。
アゼルによると、その家はもともと、白い家だったという。小学校六年の時、生活の拠点をマブにうつす際に、マスティとブルと一緒に、カラースプレーを使って外壁に落書きをしたらしいのだ。それを隠すため、父親が今の色──赤茶色に塗りなおしたのだと。しかもどこかの悪ガキが悪戯で落書きしたことにして。それがバレてブルとマスティの親に散々怒られたから、けっきょくそれ以来、スプレーで落書きなんてことはしていないらしい。




