* Love
「──誓う」私は顔を上げ、彼と視線を合わせた。「もう二度と、支配しようとなんてしない。そんなことをしたつもりはないけど、そう思われるようなことはしない。わざわざ怒らせるようなことはしない」
私はきっと、信じたのだろう。確かに怒るということ以外、どんな反応をするかは、まったくわからなかった。だけど、アゼルなら理解してくれると、だいじょうぶだと、信じたのだろう。
右手で私の頬に触れ、アゼルは微笑んだ。
「なら頼まれてももう、あれはやらねえ」
「頼まないし」
「正直言ってみ、ちょっときもちよかったんだろ?」
「ぜんぜん」
「嘘ついたらまたやる」
「ねえ、今さっき、あんた私になんて言ったの? やらないって言ったよね」
「誓ってはないし」悪びれることなく彼が言う。「約束もしてないし」
「ふざけんな」
「正直に言えって。誰にも言わねえから」
「信用できない」
「信じないならまたやる」
思わず笑った。「まじでムカつく」
彼も笑う。「これいいな、お前を脅せる」
「最悪。最低。なんなのほんとに」
「言えって」
もうやだ。「──きもちよかった」
顔が真っ赤になっただろう私がつぶやくと、アゼルはまた笑った。
「よく言った」
そう言って、私にキスをした。
「──で」と、彼。「きもちよかったからムカついてんのか。つまり逆ギレ」
「されたことにだってムカついてる。最初はほんとに痛かった。死ぬかと思った。ほんとに、二度としたくない。絶対やだ。でもそれ以上に、それで感じた自分がムカつく。まじでやだ」
「ぜんぶは入ってねえよ」彼は額を合わせて目を閉じた。「俺も一緒」
「なにが?」
「南京錠にはマジでムカついた。一瞬本気で殺してやろうかとも思った。けど、そこまでイヤだとも思ってない自分がいたってのもほんと。いちばん、そう思わせるお前にムカついた」
──“支配”に対する自分の域を超えたのは、どちらも同じだ。
南京錠がどれほど“支配”と結びつくのかはよくわからないけれど、アゼルは嫌っている“支配”を、ある意味受け入れた。というか、そうなってもかまわないと思った。私相手なら。
私は、ベッドの上以外では絶対、アゼルに“支配”などされないと決めていたいた。それが復讐だった。だけど自分にも南京錠を用意した。アゼルがそれを“支配”だと思いこみ、突き返して終わりにしたとしても、私はきっと、それをつけただろう。自ら彼に“支配”されることを望んだと、そうともとれる。
私たちは、いろんなところで矛盾している。
「ならもう、今日限りだ」私も目を閉じた。「次があったらどっちも、たぶん本気で殺し合いになる気がする」
「だな。殺さねえ自信はない」
「でも殺されるなら、あんたに殺されたい」
「去年もそんなこと言ってたな」
「気持ちは変わってない」
「俺はお前なんかに殺されたくない」
「じゃあどうやって死ぬの?」
「処刑」
「それは支配されてることにならないの?」
「お前を殺して捕まって死刑になるとか」
「そんなことさせない。だったら私が殺す。地獄から這い出て殺す」
「突っ込んだまま死ぬか」
「やだよ。気まずいよ。あとからどうすんの、それ。発見者どうしようもないよ」
「死後硬直がはじまってたら、もしかしたら抜けねえかも。それはないか」
「よくわかんないけど、とりあえずイヤよ。ものすごくまぬけっぽい」
「実際、なにがいちばんいいんだろうな。やっぱ凍死か」
「そうね。っていうか、死んでもすぐは見つかりたくないような気もする」
「白骨化? 棺ん中で骨になるんだからべつによくね。むしろ俺らの場合、ちゃんと皮残して人目についたほうが絵になる」
「ポスターにでもするの?」
「すればいいんじゃね。呪いのポスター」
私は笑った。「ホラーなのか知らないけど、センター街に貼りまくってもらおうか。“殺し合いの果て”とかいうタイトルで」
「だな。っつーか“TWD”の意味訊かれたらなんて言うんだ」
「“Trouble With Dead”」
アゼルも笑う。
「ある意味俺もお前も死んでるしな」
「でしょ。もしくは“Tongue Walks Deeply”」
「さすがにないわ。舌が深く歩くってなんだ。意味わかんねえ」
ですよね。「じゃあ“Troubled Winner Destroy”」
「──なに? 困った勝者が破壊する? 通用しねえよ」
「文句多いな」
「最初のでいいか。っつーか知らねって言えばいいんだけど」
「せっかく考えたのに!」
「似たり寄ったりな言葉をな。知るかボケでいいか」
「そうね。周りにとっては、意味候補なんて大量なわけだし」
「わざわざ彫ったって言わなきゃいいんだし」
「鍵はサメに食べられたって言えばいいんだし?」
「実は殴り合ったとか言っときゃいいんだし」
「あんたが私につけたから、私も同じの用意したって言えばいいんだし」
「そんな時間がどこにあった」
「風の噂で知りました」
「アホ」
好きだと言えないのが、つらい。
「アゼル」
「なに」
「アゼル」
「なんだ」
「アゼル」
「黙れ」
怒られた。他にどう言えばいいのだろう。
「もう眠い」、と、アゼルは言った。「寝る」
私は目を開けた。「空気読めよこのやろう」と、言ってみる。
「なに? ヤりてえの?」
「ちょっと違う。そわそわしてる。文化祭の時みたいに。触りたいし、触ってほしい」
彼は額を離して私の視線を受け止めた。
「お前の言うことなんか聞かねえよ」
ショックだ。「三百六十の打撃を受けた」
「微妙だなそれ。体力いくらあんだ」
「今百五十くらい」と、私。「普段は三百二十です」
「即死じゃねえか」
「でもね、私は呪われてるから、二度生き返れるの」
「お前、実はわりと眠いだろ」
ばれた。「超眠い」
彼はまた目を閉じる。「寝ろ。寝たら起こしてやる。俺が起きてたらの話だけど」
「やだそんなの」
「言いたきゃ言え」アゼルが言う。「今だけは許してやる」
言っていいの?
「アゼル」私は、ずっと手元にあった彼の南京錠を離し、彼の頬に触れた。「好き」
「知ってる」
足りない。
彼の首に腕をまわした。
「愛してる」
そう言って、アゼルにキスをした。
彼も、応えた。
「愛してる」私はまた言った。「愛してる」
そしてまた、キスをした。
お互いが、お互いの身体を引き寄せた。
お互いが、お互いの身体を撫でた。
お互いが、お互いの身体を求めた。
心、を。
愛、を。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
私は、何度も彼に言った。
「アゼル、愛してる」
そのすべてに、彼は彼のすべてで応えてくれた。
彼は、二度と口にはしないだろう。アゼルは躊躇する。それが彼だ。
“アゼルとずっと一緒にいたい”
私は、本気でそう思っていた。
もう他にはなにもいらない。これ以上、なにも求めない。
愛してる。
愛してる。
愛してる、アゼル。




