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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 16 * CHRISTMAS DAYS
94/119

* Decode

 私とアゼルを乗せたタクシーは、ナショナル・ハイウェイを東へと進んだ。

 やがて左に曲がって南北を走るバイパスに出ると、ベネフィット・アイランドを流れるいちばん大きな川、フィールド・リバーに架かる橋を渡り、リバー・アモングという大きな田舎町に出た。橋の下の道を通って川沿いの道を、さらに東へと向かう。

 そして、リバー・アモング・ビーチに辿り着いた。

 小学校の時、アニタママに連れられて、アニタとタニアの四人で来たことがある。夏は満員御礼の海水浴場だ。

 南北に伸びるこのビーチは、ちょっとした半島のようになっていて、東側は遊泳できるビーチ、西側の海に繋がるくぼみ部分には、たくさんのヨットが並んでいる。どちら側にも無駄に広い駐車場がいくつもあり、芝生広場がいくつかあって、そんなに大掛かりなものではないが、ドライブ・ロードと名づけられた通りも存在する。ついでに言えば、なんだか怪しげなホテルもいくつかある。

 ドライブ・ロードをいくらか進んだところで、アゼルは三千フラムを運転手に渡して車を停めるよう言った。私たちはタクシーを降りた。釣りはいらないと言われたこともあり、タクシーは逃げるようにその場を走り去った。 

 寒い。潮の匂い。寒い。脚が寒い。半端なく寒い。

 アゼルはドライブ・ロードから脇にあるゆるい坂になった小道に入り、ビーチへと向かった。私もあとに続く。小道は途中──右に一本建った外灯の下あたりから、白い砂に埋もれていた。

 当然、誰もいない。ただ寄せては返す波の音がし、遠くで車の音がして、風が吹くたび、今も葉を残している木々が後方でざわついた。ビーチには等間隔で設置された柵つきのウッドデッキがあり、そこに木製のラウンジチェアとテーブルが置かれている。

 だがそれは関係ないらしい。アゼルはどんどん海のほうへと歩いていく。

 歩きにくさに嫌気がさし、私はミュールを脱いで裸足で歩くことにした。砂が氷のように冷たい。泣きそうだった。でもすぐに慣れた。ドルマンチュニックはそれ一枚でも外出用の服になるものなのに、なぜこんなに半裸で歩いてるような気分になるのだろう。コートなんかに意味はない。やっぱりスパッツもショートパンツもないというのはだめだ。落ち着かない。そして寒い。

 少し歩いたところで焚き火のあとを見つけた。誰かが遊んでいたらしい。新しいのかどうかはわからないが、どうせ今頃暖房の効いた部屋のベッドの中だ。こんな時間にビーチをうろつくバカはいないだろう。

 「遅え」

 前方でアゼルが言った。彼は海の手前で立ち止まり、こちらを振り返っている。

 ムカついてきたので、ずかずかと歩いてやった。貝や割れた瓶の欠片を踏まないよう注意することすらさせてもらえないらしい。というか、死ぬならそんなことをしても意味がないか。むしろ雪ほどではないものの、それなりに白いビーチが真っ赤に染まるのだ。理想に近い。

 やっとの思いで彼のところに辿り着くと、アゼルは私の手から紙袋をとってビーチに置き、南京錠の鍵を一組渡した。

 「投げろ」

 「は?」

 「ありえねえくらい遠くに投げろ。海ん中」

 「──はずさないの?」

 彼はこちらに、もう一組の鍵を見せた。

 「これはお前の鍵」

 私の南京錠の鍵だ。赤いリング。

 「ピッキングすりゃ、南京錠なんて簡単にはずせるけどな」

 そう言って海のほうに向きなおると、アゼルはその鍵を、ありえないほど遠くに投げた。鍵は闇の中、ゆるい弧を描くように飛び、海の中に消えた。どのあたりに落ちたのかもわからない。波音のせいで、どのタイミングで落ちたかもわからない。

 「さっさと投げろよ」と、海のほうを向いたまま彼が言う。

 「ピッキングされにくいって、ちゃんと書いてあった」

 「へえ」

 さすがに、躊躇してしまう。「──いいの?」

 「今さらビビんな」

 ムカついた。なんかムカついた。

 邪魔なコートを脱ぐと、ミュールとコートをビーチに落とした。

 そして、アゼルの鍵を思いきり遠くに投げてやった。

 ──つもりだったのだけど。

 「アホ。高すぎ」

 確かに高かった。もっと平行にするべきだったのに。でもどこに落ちたかはわからない。すでに海の中だ。波に揺られながら沈んでいるだろう。

 そのうち砂に埋もれて、来年の夏になれば、ここに海水浴に来る人たちの足にかきまわされ、気づかれないまま、さらに埋もれていくだろう。

 私のコートを拾い、アゼルは歩きだした。

 はっとした。「コート返せ! 寒いわ!」私は叫んだ。ドルマンチュニック一枚しか着ていない状態だ。

 「お前の仕事はそれ」歩きながら、彼は振り返らずに言った。「ブランケット敷け」

 「は?」

 アゼルは焚き火の傍らにしゃがみ、なにかをしはじめた。火をつけているらしい。

 敷けって、どこに? ここに? そこに? なんで?

 わけがわからず、ミュールと紙袋を持って彼を追いかけた。

 「どこに敷くの」

 「そこらへん」

 そこらへん。なんだこいつ。「ブランケットなんか敷いたら、ビーチが赤く染まらないじゃない」

 「なに言ってんだお前」

 お前がなに言ってんだ。「ここに敷けばいいの?」

 「だからそうだって──あ、点いた」

 小さな火が木を燃やしはじめた。まだ燃やせる部分が残っていたらしい。

 今度は焼死の可能性まで出てきた。冬のビーチで焼死。焼死はヤだな。キレイじゃない。髪が燃えるのはまあ、かまわないけれど。

 アゼルは私を急かした。「さっさと敷けっつってんだろアホ。一枚」

 ムカつくから従うことにする。引火しないよう、一枚をビーチの上に広げた。

 「で?」

 「寝ろ」

 「はい?」寝る? ここに? 凍死? 凍死なの? 「凍死ならいい。焼死よりぜんぜんいい」すごくキレイな気がする。

 彼は焚き火の火を大きくしている。「わかったからさっさと寝ろボケ」

 ボケって言われた。私が死ぬ直前に訊いた、惚れた男からの最後の言葉。“ボケ”。笑える。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 再びミュールをビーチに置き、ブランケットの上にあがった。

 寒い。特に脚が寒い。でもどうしたって寒いだろうから、仰向けになり、燃える小さな炎を見つめた。心なしか少し暖かい気がする、という程度だ。慰めにはならない。

 アゼルはもう一枚のブランケットを取り出すと、肩にかけていた私のコートを紙袋に入れ、ブランケットをこちらに投げた。慰めがあった。凍死のまえに野宿地獄かもしれない。と思ったら、彼は黒いレザージャケットを脱いで紙袋の中に入れた。

 そして、私の足元に膝をついた。

 そこで、やっと気づいた。

 「まさかとは思うけど、する気ですか?」

 彼はベルトをはずしている。「他になにがある」

 「だから、殺人」

 「それはヤッたあとでもできる。お前の身体は解剖であれこれ調べられて、性交の反応とDNAが出て俺が捕まる」今度は私の下着を脱がせる。「死んでも地獄、生きてても地獄」

 アゼルはこれといった愛撫もなく、避妊具すらつけずに、私の中に入ろうとしてきた。いつもと感覚が違うのだ。見ていなくてもわかってしまう。感じるのは彼の肌そのもので、彼の温度そのものだ。しかもこれ、うしろめたさも手伝ってか、ありえないほどの快感が襲う。

 避妊具をつけずにひとつになるのは一年ぶり。寒すぎるうえに、触られたわけでもキスしたわけでもないのに、自分が一気に濡れたのがわかった。そして、彼のぜんぶが自分の中に入った。

 ブランケットを私から取り、それを自分の背中にかけると、アゼルは上半身を肘でささえて、覆いかぶさるように顔を近づけた。そして、右手で私の頬を撫でた。

 「──お前は、地獄そのものだ。最悪の地獄」

 私が地獄にいるのではなく、私の存在そのものが地獄。

 「──あんたも、同じ。あんたは、私にとって地獄」

 そう言うと、彼は苦しさを隠すように微笑んだ。

 「お互いの行き場所が決まったな。これからどう転んだって、俺らの行き着く先は地獄だ。っつーか、最初に会った時から地獄ははじまってたんだろうけど」

 そうだ。きっと、出会った時から、この地獄ははじまっていた。

 「──イチゴのせいじゃないの」

 また微笑んだものの、アゼルは答えなかった。短いキスを二度すると、私の肩に顔をうずめた。

 「──お前、毎回毎回、きもちよすぎ。濡れすぎ。熱すぎ。締まりすぎ」

 締まるって、なに。「避妊具つけてないからじゃないの?」

 「それもあるけど──つけててもきもちいい。なんもしてなくても、入れてるだけで」

 うん、わかる。「あんただって、いつもいつも、きもちよすぎ」

 どちらも動いていないのに、私の息はもう、小さく乱れている。

 「なにあたりまえのことを」と、アゼル。「他の女は、俺のがでかいから、ヤッてるとそのうち緩んでくんだよ。けどお前、いくらヤッてもちっとも緩まねえ」

 また平気でそういう、しかもわけのわからないことを言う。「相性がいいのかな」欲しい。

 「動いてほしいんならそう言えよ」

 またこれだ。「我慢くらべ?」欲しい。

 「勝てる自信はある」

 私はない。「──欲しい。ちょうだい」

 「まだダメ」

 おあずけをくらった。どうにかなりそうだ。彼の首に両手をまわした。

 「──お願い」

 アゼルは、ゆっくりと顔を上げた。身体の左半分を、いつのまにか大きくなっている炎に照らされながら、私を、見つめる。

 「──なにがなんでも、お前にだけは支配されねえ。お前なんかに支配されてたまるか。お前は一生、俺を支配できねえ。けど、俺はお前を支配してやる。ベッドの上でも、そうじゃなくても。時間かかっても、いつか絶対、お前を完全に支配してやる。お前が俺にしてきたように、お前の人生も引っかき回してやる」

 それは、一種の敵対宣言だった。アゼルはもしかすると、私の二番目の復讐に気づいている。気づいているとすれば、これは敵対宣言だ。

 私は両手で、彼の頬に触れた。

 「──私は、あんたのもの。それでいい。信じて。これ以上、あんたを困らせるようなことはしない。これ以上、あんたの人生を狂わせるようなことはしない。確証はないけど、自信はある。だから──」

 私の言葉を、アゼルはキスで遮った。

 「──お前の欲を満たすためにやるんじゃねえ。俺が勝手にやるだけだ」

 そう言うと、彼は激しく私の身体を突きはじめた。

 必死に声を抑えながら、私はすぐに果てた。だけどそれだけでは終わらなかった。何度も何度も、彼は私を高みへと導いた。

 「アゼル」

 「アゼル」

 「アゼル」

 抗えない至極の快感の中、私は、何度も何度も彼の名前を呼んだ。それが、「愛してる」の代わりだった。

 そして、私の中はアゼルで溢れた。だけど彼はまだ続けた。

 寒さなんて感じなくて、ビーチではなく、地獄にいるような錯覚に陥っていた。

 そこが私たちの居場所だ。私たちだけの地獄。私たちだけの“赤”。

 復讐なんて、もうどうでもいい。アゼルが二度と私を裏切らないと言うのなら、そばにいて、こんなふうに愛し続けてくれるなら、私はもう、復讐なんてやめる。もう一度信じる。信じられる。

 そう思った次の瞬間、アゼルの肩越しに、白いなにかが舞い落ちてくるのが見えた。灰が舞っているわけではない。空が雪を降らせたのだ。

 それを伝えると、彼は私と共に身体を起こし、ひとつに繋がったまま、座った。彼の背中にあったブランケットが私の背中にかけられ、またキスをした。

 夢中だった。海と雪と炎に囲まれ、夢中で抱き合った。

 アゼルは二度目を終えるまえにフォールディングナイフを出して、私の指に一センチほどの切り込みを入れた。左手の薬指だった。そして、自分の左手の薬指にも同じようにした。そこからゆっくりと流れてくるお互いの赤い血を、私たちはまた分け合った。

 お互いに、南京錠ごとお互いを抱きしめ、キスをした。

 どうしようもない快感に、ふたりで同時に果てた。


 “Together When Die”──“死ぬ時は一緒”。


 それが、南京錠に刻んだ言葉の意味だ。

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