* The Place To Drowning
乗せてくれるものだと思っていたのだが、アゼルは私に自転車を運転させた。さっさとしろだのなんだのと文句をつけながら。
私は本当に、彼がなにを考えているのかがわからなかった。それでも私にはそれを口にする資格はなかった。アゼルの態度には理由がある。私が喧嘩になることを承知で、そういうものを渡そうとしていることが気に入らない。それに対する嫌がらせ。無愛想。素っ気ない態度。
でも私がアゼルにしようとしているのは、怒りからでも憎しみからでもない。理由はあるけれど、理解できない──というより、彼からすれば理解はできても理由としては納得できないかもしれない理由からだ。
マブに着くと、アゼルは私を玄関ドアに押しつけ、明かりもつけず、喋らせることなくキスをした。同時に服の中に手を滑りこませると、そのうち私の中に入ってきて、得意の嫌がらせをはじめた。
嫌がらせ。
嫌がらせ。
嫌がらせ。
わけがわからなかった。泣きそうだった。果てる寸前で指を止めるのだ。タイミングが完璧すぎて、それを乗り越えられない自分に泣けてきた。玄関だということすら忘れていた。
罪悪感。みんなに対して。
罪悪感。祖母に対して。
罪悪感。なんにだかわからない。アゼルに?
だけどそれよりも、欲求が勝っていた。
左腕をドアについて私に覆いかぶさるようにし、右手指を私の中に入れたまま、彼が耳元で言う。
「──こんなもんか」
いや。
「ヤるのもいいけど、お前に嫌がらせすんのも好きなんだわ、俺」
いや。
「嫌がらせしたあとは、少々ヤんなくても平気」
いや。
「時間がねえ。正直に言え。欲しいのか、なくても平気なのか」
どこまでを“支配”と呼ぶのだろう。こういうことをはじめると、私たちはどこにいても、その場所を“ベッド”に変えてしまう。だけどそうしない時は、今のような、単なる嫌がらせの時は、私はここを、“ベッド”と呼べる?
「三」
考えている時間はないらしい。
「二」
アゼルはカウントダウンをはじめている。
「一」
彼の肩に添えていた両手を彼の首に巻きつけ、キスでそれを遮った。
だがそんなことを、アゼルが許すはずもない。左手で私の首を掴んでドアに押しつけると、まっすぐに眼を見た。
「卑怯なことしてんじゃねえ」
最悪の怒りだ。最悪の嫌がらせだ。“そういうことをする場所”が“ベッド”なのか、“アゼルが私を支配できる場所”が“ベッド”なのか、さっぱりわからなくなった。
私は涙目だった。わけのわからないまま、つぶやいた。「──欲しい」
彼は微笑んだ。「知ってる」
再び自分の中で彼の指が激しく動いた。私が果てるのは早かった。
最悪の男だ。わざとだとわかった。素っ気ない態度も、自転車を運転させたことも、時間制限も、すべて計算ずくだ。コンビニに行くような、十五分や二十分という短い時間でもきっと、同じことをしていた。一時間も時間があるのでなければきっと、学校にでも忍び込んでするつもりだったのだろう。
私が溺れているのは、そんなどうしようもない男の愛だ。
脚に力が入らず崩れ落ちそうになった私を、彼は抱き上げた。「ヒト殴るよりこっちのほうがストレス発散になる」なんてことを言いながら、部屋に向かった。
ベッドの上では、されるがままになる。去年、別れる前にしたような人形扱いはもうないけれど、まるでおもちゃだ。
完璧な支配。
完全な支配。
絶対的な支配。
私は一生、アゼルに勝てないだろう。
終わったあと、ベッドの上に向き合って座り、彼は顔をこちらに近づけた。
「やめる気になったか」
ムカつく。本当にムカつく。なにがって、遊ばれているのがムカつく。計算しつくされているのがムカつく。
私は無愛想に答えた。「絶対やめない」
「あっそ」
キスをされると、帰りたくなくなった。
こういうアゼルに対しての復讐の方法が、さっぱりわからない。
「歩いて帰れよ」と彼が言う。「“友達のとこ”に行ったお前は、チャリなんか持ってねえんだから」
私はふとした思いつきで、「バイクが欲しい」と返した。
「それはもうちょい待て。二十七日か、いいもん見せてやる」
「なに、買うの?」
「さあ」すっとぼけた。「もうすぐ一時間になる」
はっとした。「帰らなきゃ」
けっきょく送ってもらえることになり、私はアゼルの自転車の荷台に乗った。
コンビニの前を通った時、そこにまたオールド・キャッスル名物の不良組がたむろしていることに気づいた。しょっちゅう見かけるわけではない。時々だ。来た時はいなかったし、いつもは多くても六人だったはずなのだが、今日はおそらく七人いた。レインボー戦隊が仕上がったらしい。誰がどのカラーなのかは知らないけれど。
ふと、彼らはなにを考えているのだろうと思った。過去にアゼルたちにやられているのに、アゼルがよくこのコンビニに来ることをわかっていて、そこにいる。なんならナショナル・ハイウェイ沿いにあるコンビニに行くほうが、もっとたくさんの不良たちと巡り合えるかもしれないのに。喧嘩がしたいのだとすれば、そちらのほうがいいのに。不良の考えることはよくわからない。
アゼルには明日、昼間なら家に来ても平気だと伝えた。伝えたところではっとした。黙っていればよかったのだ。そうすれば今日の復讐ができたのに。バカだ、私。けっきょく祖母が家を出たら私がアゼルにメールして、彼が来ることになった。避妊具が何個欲しいか訊かれ、ゼロでいいと答えた。本当かどうかは知らないが、了承はされた。
祖母の家へと帰り、落としていた携帯電話の電源を入れると、ヤーゴからメールが入っていた。割引券を両親に渡したら、逆に不自然すぎて怪しまれ、女を連れ込もうとしてることがバレたという。詮索はされたものの、準備をしっかりしろと念を押されたうえで、イヴは仕事のあとで待ち合わせてディナーに行き、帰りを夜十時くらいにしてあげると言われたらしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日。
祖母が出かけたあと、アゼルにメールを送ると、なぜかお酒を持って──彼が現れた。マスティとブル、ニコラとリーズも一緒に。真昼間から飲み会をするらしい。私の部屋で。
祖母が用意してくれていた私とアゼル用の朝食と昼食は、ほとんどブランチとして、男三人の胃袋におさまった。私はマスティとブルが買ってきたのを食べるしかなかった。泣きそうだった。
彼らはトランプだのオセロだのというボードゲームアイテムも持ってきていて、酒と絡めてそれで遊んだ。なにをしているのかさっぱりわからなかった。
それでもさすがに飽きて、夕方には酒を買い足し、マブへと移った。テレビゲーム大会だ。ゼスト・エヴァンスで買ったCD二枚を彼らに渡すと、なんだかんだ文句をつけながらもそれなりに気に入ったと言われた。感想などどうでもいい。
夕方には祖母から帰りが八時くらいになるとメールが入り、みんなで夕食を食べに行ったあと、帰った。
この日、一度もアゼルの部屋に入らなかった。はじめてというわけではないが、とても久しぶりな気がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
十二月二十四日、クリスマスイヴ。
祖母からのクリスマスプレゼントは、CDコンポだった。“ハイファイコンポ直径、デザインと温室を両立させたスタイリッシュ・デザイン・コンポ”──らしい。なにを言っているのかわからない。スピーカーふたつは黒で、本体の、シルバーカラーになった前面にはCDくらいの大きさの円が型どられているが、CDそのものは上から挿入するらしい。
私は祖母に抱きついて喜んだ。ヘッドフォンで音楽を聴くことに慣れすぎていて、コンポを買おうなどと思いつかなかったのだ。
祖母が仕事に行ったあと、ひとりせっせとコンポをセットし、音楽を大音量で聴いた。想像以上の音質にまた感動した。写真を撮ってマスティとブルに送ったほどだ。彼らの感想はといえば、“今度盗みに行くわ”、だったけれど。
昼間はリーズとニコラ、ナンネとジョンアが部屋に来て、女だけのクリスマスパーティーをはじめた。といっても、手に入れたばかりのコンポで音楽を再生しての合唱カラオケ状態だったが。
それを察知したのか、ナンネのところにエルミから遊ぼうと電話がかかってきて、彼女はかわそうとしたものの、私とニコラがうたっていたのが聴こえたらしく、ばれた。そして来た。合唱カラオケ大会は夕方まで続いた。
ニコラの携帯電話にブルからメールが入ると、ナンネたちは帰り、ニコラはリーズを連れてブルの家へと向かった。マスティと四人で飲み会をするらしい。
私は喧嘩の原因になるだろうプレゼントを持ち、ひとりマブへと向かった。




