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夕方十七時すぎ──ナショナル・ハイウェイを西方面へと向かうバスを待つため、三人並んでベンチに座った。
「なあ、行こうって。クリスマスくらい遊べや」
アドニスはまたもルキアノスの説得をはじめた。何度話題を変えようと、隙があれば説得を試みる。そのたびに跳ね返されているが。
「お前は年中遊んでる気がする」と、彼と目を合わさないままルキが答える。
アドニスが誘っているのは、なにも二十五日の、エデグループと遊ぶことだけではない。二十四日の合コンも含めている。彼らは知らない女の子たちと遊ぶという、まともな“合コン”は、今まで行ったことがないらしい。ナンパして数人と遊ぶのとなにも変わらないだろうとは思うが、インゴによるそれなりの性格とそれなりの顔保証がついているから、ナンパとはちょっと違うとアドニスは言い張った。だがルキアノスはそういう、あからさまな“恋人捜し”みたいなのがイヤなのだという。
ちなみにさきほど彼は、アドニスのしつこい誘いに対し、“先月、今はオンナいらないとか言ってなかったけ”と返した。私も“そういえば言ってた気がする”と言った。ベアラック・ダイナーでエデたちと会った時だ。だがそんな言葉で彼が引き下がるわけはなく、彼は“その時はその時、今は今だ”と答え、なおも誘いを続けている。
「アニーは合コン、ノアは勉強」私はつぶやいた。「私はオトコと喧嘩する」こうやって並べてみると、なんだか笑える。「おもしろいね」
ルキはきょとんとした。「なに、喧嘩って」
「いやそのまえにアニーってなんだ」
私はアドニスに言った。「可愛いよね、アニー」
「なんでいちいち女みたいな愛称なんだ。笑えるからやめろ」笑ってない。
ルキが割って入る。「いや、っていうか、喧嘩ってなに」
「確実に喧嘩になるようなモノを渡すの」目の前のセメントを見つめながら、私は答えた。「プレゼントに」
「喧嘩になるってわかってるのに?」
「そう。もちろん喧嘩したいわけじゃないけど、ただの思いつきで。でも怒るだろうなってのは、わかってる。オトコもなんとなく、イヤな予感がしてる。もしかしたら刺し合い」
アドニスは妙な顔をした。「うわー、シャレにならなさそう」
私は笑った。
「頭おかしいんだよね、やっぱり。怒られるのをわかってる、でもやめない。あいつは当然気がすすまない。ムカついたらキレる気でいる。私はそれでいい。だから会うことにした。喧嘩を売るつもりはないの。もしかしたらふざけんなって、突っ返されて終わりかもしれない。別れる可能性もある。でも別れたいわけじゃない。怒る以外にあいつがどういう反応をするかは、私にもわからない。でも渡す」
アドニスが訊く。「で、大丈夫だって自信はあんの? 別れないって自信」
私は首を横に振った。
「意味を理解してくれなきゃ、たぶん無理。意味を理解しても、気に入らない可能性は大いにある。ほんとにキライなモノだから。大丈夫な可能性は、二割あるかないかくらいかな。でも気にしない。悪化したら、悪化した時に考える」
“支配”したいわけではない。これは、飼い犬につける首輪とは違うのだ。ただ“約束”を、繋ぎとめておきたいだけ。忘れたくないだけ。忘れてほしくないだけ。
彼は肩をすくませた。
「お前の妙な勇気には感服するわ。“悪化したら悪化した時に考える”。別れたくないのに、あのキレたらヤバそうなオトコに対して、つもりがなくても喧嘩売ろうとしてる。それに比べて」一度言葉を切ると、呆れ顔をルキアノスへと向けた。「どっかの誰かさんは」
その言い草が、彼の気に障ったらしい。「わかったよ。行けばいいんだろ」
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ひとりウェスト・キャッスルに戻った。キャッスル・ロード、マーケット前の──去年、最初にアゼルにキスされた、だけどすっかり木の葉の枯れきった公園へと向かう。アニタとペトラはすでに到着していて、ベンチで話をしていた。
カーヴ・ザ・ソウルで買ったブレスレットを渡すと、彼女たちは興奮しすぎというほど興奮して喜んだ。ハグまでされた。そのあと、アニタが「ベラのぶんは?」と訊いてきた。私は「ない」と即答した。二人が揃いなのに、自分のぶんを買ってないというのが不満らしかった。
どこの店で買ったのかと訊かれ、“トレーナーの下にタトゥーを隠してる、ものすごく怖そうなお兄さんがやってる店”だと答えた。彼女たちは追及をやめた。
南京錠の入った紙袋に興味を示したペトラには、黙れと返した。そして白い長封筒を二枚、彼女たちに差し出した。
「なにこれ」封筒を受け取ったペトラが訊いた。
「見ればわかる」
アニタはすぐに封筒を開けた。中を見ると、ゆっくりと口元をゆるめ、大きくゆるめて、笑顔で顔を上げた。
「映画館の割引チケット二枚!」
ペトラも確認した。「うわ、マジだ」
「どうしようと自由です」私は言った。「女二人で観に行くもよし、男誘うもよし、女四人で観に行くもよし」
「あんた、恐ろしい」ペトラはにやつき顔をアニタへと向けた。「ネストール、誘ってみれば?」
彼女はかたまった。「え」
「あ、ヒンツ誘って四人でいいんじゃね? 当然クリスマス。イヴかどうかは知らないけど、口実はやっぱり、十八番の“映画館の割引チケットがあるから”、みたいな流れ」
べつに好きじゃないと言いながらも、ペトラはヒンツと、わりと仲良くなった。彼女は、私はもちろん、アニタよりも勉強ができるから、女に女らしい言動を求めない男となら、それなりに打ち解けることができる。だがボーイッシュとは少し違う。どちらかというと“がさつな女”というのがぴったりだろう。
「クリスマスに何人かで遊ぶってことなら、期待させることにはならないだろうって、友達が言ってた」と、私。
アニタは眉を寄せた。「けど、受験勉強の邪魔になんないかな」
「一日くらい平気なんじゃないの?」ペトラが答えた。「ラストスパートは一月からだろうし、誘うだけ誘ってみてもいいじゃん」
入試は二月末らしく。
彼女は悩んだ。パーティーの一件で、ますます好きにはなったものの、それを悟られないよう努力していた。その一方で、途中まではエルミという邪魔者がいるものの、パーティーの会議や準備のあとは、一緒に帰っていた。そこに高確率で居合わせていたペトラは、元生徒会長もまんざらでもないんじゃないのと、彼女にふっかけていた。私はどうでもよかった。
「なんならあたしがヒンツ誘おうか? で、パーティーの打ち上げ兼ねて、ランチと映画でもどう? って。割引券が四枚あるから、四人でって。もちろん無理強いはしないけど」
ペトラが言うと、少し躊躇したものの、アニタは彼女に任せることにした。
彼女がさっそく電話すると、ヒンツはふたつ返事でオーケーした。元生徒会長に訊いてみる、すぐかけなおすと言われて電話を切り、五分も経たないうちに、オーケーの電話が来た。二十五日、つまりしあさって。彼女たちはハグをして喜んだ。
アニタの相手をするとなると、ペトラは十のうち、四の割り合いで女友達、二の割り合いで面倒見のいい姉貴、さらに二の割り合いで母親、残り二の割り合いで主人になる。アニタはペットだ。“忠実”とかいう意味ではなく、“遊ばれる”感じ。おもちゃを目の前にぶら下げる側と、それに食らいつく側な感じ。
アニタは私にもハグをした。自分でそんなものを渡しておきながら、彼女があの男とつきあうことになるのかと想像するとぞっとした。考えるのをやめた。その代わり、ペトラに「お幸せに」と言った。「黙れボケ」と返された。
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去年と同じで祖母は今日、布のハギレで作った諸々をどこかに寄付すると同時に、関係者先だかなんだかで開かれるクリスマスパーティーに参加していた。
帰宅した祖母と一緒に夕食を作ったあと、それを食べながら、中高生のクリスマス事情を話した。楽しそうに話を聞いてくれ、「みんな恋してるのね」と、彼女は楽しそうに笑っていた。
明日、祖母は友達のホームパーティーに行くらしい。夕方か、もしかすると夜まで帰れないかもしれないけれど、朝のうちに朝食と昼食だけでも、アゼルのぶんと一緒に作っておこうかと言うから、遠慮なくお願いした。会うとは限らないのだが。
クリスマスは当然仕事。二日とも仕事。私は二十四日の夕方からアゼルのところに泊まりに行くと話した。ケーキを作れなくてごめんなさいとあやまられた。とんでもない。
ヤーゴに電話したあと、「友達にプレゼント渡してくる、一時間くらいで戻る」と祖母に言って、夜の八時前に祖母の家を出た。“友達”と言うには納得がいかない気もするが、まあどうでもいい。
アゼルには夕方、帰ってきてからメールしてある。夜の八時くらい、アホにブツを渡しに中学に行くと。返事はない。
中学の正門前、自転車にまたがるヤーゴがこちらに気づいた。
「あ、来た」
彼の隣には、同じく自転車に乗ったトルベンがいた。なぜそれがいるのか教えてほしい。が、無視する。めんどくさい。
「はい」白い封筒をヤーゴに渡した。「六百フラムよこせ」
「は!? なんでだよ」
トルベンがつぶやく。「六百フラムで女を家に連れ込めるって考えたら、すげー安いよな」
私は思わず笑った。「安い。安すぎる」
「そういうこと言わないでくれる!?」ヤーゴが顔をしかめてこちらに言う。「言うなよ、絶対。誰にも」
「わかったから、早く帰れ」
「なんなら送ってくけど? っつーか歩き? もしかして近い?」
「近いから平気。コンビニ行くし」
「え、マジで?」ヤーゴは自転車のカゴに入った袋を漁ると、チョコ菓子のお菓子を取り出してこちらに差し出した。「やろうと思ったのに」
「毒とか入れてないよね」
「どこにそんなもんがある!?」
「んじゃもらってく」お菓子を受け取った。「じゃね」
「乗せてかなくていーの?」
「いい。誰に会うかわかんないから」
「トルベンのうしろに乗りゃいいじゃん」
「笑えるけどイヤ。っていうか、空気読んで。アゼルのとこ行く」
彼は悟った。「ああ」
「もういいだろ。行くぞ」
トルベンが言うと、ヤーゴは勝利への意気込みを宣言し、彼と共に帰っていった。
コンビニなどには行かず、アゼルに電話する。
彼は二コール目で電話に出た。「今どこ」
「言ったはず。中学だって」
「時間制限は?」
「一時間くらいで戻るって言った。十分くらい経ったと思う」
「んじゃいつもと違うほうからマブに来い。リーズの家のほうじゃなくて、お前の家側の通り。途中まで行く」
「みんなは?」
「帰らせた」




