* Schedule
ファミリーレストラン。
ひとり店に入ると、二階の隅にある半個室席に座った。二階フロアにはやはり中高生が多い。特に女同士、四人グループや六人グループだ。確実に高校生だろうというのを見ても、顔立ちが少し自分たちより大人っぽいかなというだけで、あとメイクが濃いかなと思うだけで、大きな違いはないような気がした。だって私、高校生に負けないくらい身長あるし。
ヘッドフォンをバッグに片づけ、座った席を説明するメールをルキアノスに送ると、アニタとペトラにメールを打った。彼女たちは今日、一緒に遊んでいるはずだ。
《クリスマスプレゼント発見。いつ渡せるかわかんない。もしかしたら今日、帰りに届けに行くかも。もしかしたら来年になるかも。だって私、映画の割引券を一年も放置しておく奴だし》
彼女たちに一斉送信した。メールメニュー画面を閉じてホーム画面に戻ると、ふと、最初に会った時にアドニスに言われたことを思い出した。
“グループ分けとかもしてないんだな。女の子にしてはめずらしい”
携帯電話の電話帳のことだ。グループ分け。グループ分け。グループ分けって、なに? アニタは確か、家族、男友達、女友達──といったグループ分けをしている。クラスで分けるのは意味がないだろう、一年で変わるものなのだから。優先度もよろしくない。知られたら面倒なことになる。だけど私なら間違いなく、“ヘイト”というグループを作る。そこにハヌルと、母親の携帯電話の番号を放り込むのだ。
母親の番号は、アゼルとつきあいはじめて三日経ったあたりから、シークレット登録というものに切り替えた。ふとした思いつき、偶然の産物だ。インミの件で我を忘れて喋りまくり、三ヶ月も連絡がないことに改めて気づいて、もう一生必要ないのではと、もう消してやろうかと思った。でも緊急時──具体的にはわからないが、あってほしくない緊急時に備えようと思えば、完全に削除するにはためらいがあった。
どうしようと数分画面を見つめ、なんとなく、その番号の上でメニューを開いた。“シークレット登録”というのを見つけ、端末暗証番号を入力してそれを設定してみた。電話帳から、母親の電話番号が消えた。私は呆気にとられ、少なくとも三度は電話帳をくまなく調べた。消えたという事実を再三確認して、思わず笑った。あまりにあっさりと消えてくれたものだから、よくわからないけれど、なんだかおもしろかったのだ。
登録名は“ママ”ではない。“ナンシー”だ。具体的にいつだったからは覚えてないが、小学校五年になった頃には、“ママ”と呼びかけることは完全になくなっていたと思う。誰かの前でもそう呼んだことはないと思う。
父親の電話番号は、知らない。
アニタから返事が届いた。
《マジで? なになに? って、訊いてもどうせ教えてくれないし、聞く気もないけど。今ペトラと二人でランチ中。持ってくるってあれだから、なんならうちらがもらいに行くよ。マーケット前の公園まで》
返事を送る。
《今センター街にいるから、帰りは夕方五時くらいかな。バスに乗る時にでもメールする》
「あ、いた」後方でアドニスが顔を出していた。「悪い、待った?」
私は平気だと答えた。彼らは奥の席に並んで座り、すぐにコードレスの店員呼び寄せボタンを押した。オーダーを取りにきた店員にランチメニューを注文し、店員が下がると、ルキアノスが深刻な表情で切りだした。
「クリスマス、誘われた。エデに」
「で?」
「いや、二人でじゃないよ。アドニスとカーリナと、あとサビナ? と、あとひとり、紹介した奴か別の奴かっていう、曖昧なところで話が止まってる」
アドニスは自分も誘われたと話した。彼女たちではなく男友達のほうから、彼女たちが紹介されたグループと六人で遊ぶことを聞いて知っていて、とりあえずその対面を済ましてから決めようと答えたらしい。ルキも同じく。
「二人で会えばっつったんだけどな」アドニスがにやついて言った。「やっぱり即拒否だった」
「クリスマスだからって、そんなに深く考えてないでしょ? イヴに合コンするのと変わらないよね。クリスマスに私が男友達と二人で会ったって、特別になるわけじゃないし」
私が言うと、ルキアノスは眉を寄せた。「いや、クリスマスは違うだろ。ベラがそうならなくても、こっちがそうならなくても、むこうはたぶん──」
言葉を濁した彼の代わりにアドニスが続ける。「ま、ちょっとは脈あんのかって期待するわな。状況的に、むこうはそれなりに好意があってアドレス訊いてきたわけだろ。で、こっちはそれをそれなりに悟ってる。その気がないなら、会わないほうがいいんだろってのはわかってる。特に二人でってのは」
「さんざん期待させといて、フッて切るってのは? しないの?」
「そりゃしてもいいんだろうけど、ルキはそんなタイプじゃねえよ。いつまでも期待させ続けて、そのうち誰にでもこうなんだって、相手に悟らせるタイプなんだから」
ルキはなにか言いたげだったものの、彼は無視した。
「オレの場合、もしあいつとクリスマスに二人で会ったら、そのまま家に連れ込む可能性がある」
私は笑った。「ちょっと待って。なんで私の周り、ちょこちょことこういうことを、悪びれることなく言える奴がいんの?」
「いやいや、それしていいみたいなことを言ったのはお前だよ?」
「確かにしてもいいとは思うけど、なんとも思わないけど、そういうのって、みんな計画性があるもんなの? 連れ込めそうだったらとか? もっとこう、自然な流れにしないの?」
悩ましげな表情で首をかしげる。
「自然な流れってなに? ようするに、偶然の中の偶然? “そんな気はなかったのに、気づいたらそうなってた”、みたいな、事後報告状態?」
「そう。先輩もわりとそんな感じなの。まえに引っかけた女と会う時とか、ナンパする時も、常にひに──」
“避妊具を持ち歩いてる状態だ”と言おうとしたものの、はっとして言葉を切り、ルキにあやまった。
「ごめん」
彼は呆れて目をそらしている。「そういうのは電話か、俺がいない時にやって」
アドニスは苦笑った。
「悪かったって、むくれんな。言っとくけど、常にこんなこと話してるわけじゃねえよ? 十回に一回くらいだから」
適当なうえに、なに基準かがわからない。
「とりあえず、明日エデたちが紹介された奴らと会ってみないと、わかんないわけね」
「そういうこと」と、アドニス。「オレらはどっちでもいい。もうまえみたいになるのはイヤだし、つってもお前はあいつらと仲悪いから、ああはならないんだろうけど。何人かで遊ぶってのなら、それほど期待させることにはならねえだろうし、どっちみち二十五日は、あいつらと遊んでみるつもり。ルキも引きずってくつもり」
「だから、イヤだって言ってんのに」彼は不機嫌に抵抗した。「こっちにその気はない。これからも絶対ない。断言できる。だからクリスマスだけはイヤ」
「返事を濁したのはお前だろ? しかもイヤだからって、イヴもクリスマスも、家に引きこもって勉強してるわけ? 十六で大検でも取るつもりかよ?」
彼はなぜか投げやりだ。「ああ、取れるもんなら取りたいね。出世街道まっしぐらだ。お前が大学を卒業する頃には、職に就いてそれなりの金と家持ってたいくらい」
「はあ? お前、青春をなんだと思ってんの? まだ十六だぞ? 頼むから遊べって。それなりに遊べって。誰かれかまわずつきあえとかは言わねえから、せめてダチとして女と遊ぶ時間くらい持てよ」
「それは持ってるだろ。今ベラといる」
「それだけじゃなくて。もっとこう──」
アドニスの反論を遮るよう、私が傍らに置いたバッグの中で携帯電話が鳴った。「ごめん」と言って携帯電話を取り出す。ヤーゴからだ。
「クリスマスイヴ!」ヤーゴは弾んだ声で唐突に切りだした。「やっとあいつ、家に来るって!」
「ようするに、覚悟を決めたと?」
「そう。らしいわ。あんまこっちから言ってたら、それ目的なのがバレるから言わなかったんだけど」彼はやけに興奮気味なうえ、早口だ。「クリスマスだし、平日だし、冬休みだし、まあ夜じゃねえってのがアレだけど、状況的にはほぼ完璧じゃね? 親は二人とも仕事でいねえし、兄貴二人は仕事後に合コンだの、オンナとデートだのって言ってた。じーちゃんとばーちゃんは、明日から親戚とジジババ旅行。つまり昼間は完全にふたりっきり!」
ちなみに彼、修学旅行後にやっと、アウニからキスを許された。それ以来、週に二度か三度は手を繋いでふたりきりで一緒に下校、そのたびにキスはするし、週に一度はちょっとしたデートに繰り出す。文化祭の打ち上げでつきあいはじめてから、特にはじめてキスをしてから、さっさと連れ込んでしまいたい気持ちを抑えつつ、ずっと我慢していたらしい。そして私は時々、そんなわけのわからない愚痴混じりの報告を、電話で聞かされていた。
ジジババ旅行というのはなんなのだろうと思いつつ、私は質問を返した。
「小遣いはたいて親を夜まで追い出すとかは? しないの?」
「は? いや、無理だし。できれば昨日のパーティーの、最後のジャンケン大会の映画割引券、欲しかったんだけどな。あっさり負けたし。兄貴たちはかまわず家に女連れ込むけど、なんなら親に会わせるけど、オレはそんな度胸ねえ」
「映画割引券があったら、親追い出せるの? 確実に?」
「確実!? いや、わかんねえけど、たぶん平気なんじゃね。社会人と大学生と中学生の息子がいるとは思えねえくらい、わりとうざい感じで仲はいいんだわ。イヴも兄貴たちにディナー拒否されて、んじゃ三人でなんか食いに行くかとか言ってて、オレも拒否したから、なら今年はおとなしく家で飯食うかとか言ってた程度」
こういう夫婦もいるのに、なぜうちはああだったのだろう。
「じゃあ勝負賭けで映画の割引券、二枚あげようか。親は仕事のあとで待ち合わせでもして、ディナーのあとに映画行けばって言ったら、十時くらいまではだいじょうぶだよね」
「え、そりゃ平気だろうだけど、え、マジで?」
「今外だから、帰りに持っていく──って、あんたの家知らないけど。学校まで出てこれる?」
「これからトルベンの家行くんだよ。あいつ、部活が午前中だけで終わったから。けど夜には帰る──夜は? 八時くらい」
夜八時。アゼルと会う前に行けばいいのか。「わかった。じゃあ八時頃、メールか電話する」
「よっしゃ、頼む」
電話を切ってふと、“ブルとマスティが帰ったら”とアゼルは言っていたような気がすると思い出した。気にしないことにした。
「まえに言ってた映画の割引券、まだ使ってなかった?」ルキアノスが訊いた。
「ううん。それは使ったけど、今日また手に入れた。六枚」
「手に入れすぎだろ」アドニスは呆れ顔。「オレでもあれ、もらったことないのに」
「せっかくだから、女友達二人にも配ってみる」




