〇 Information
生徒会との話し合いから一週間が経った金曜の放課後、たまり場であるマブのリビング。
片眉を上げたブルがニコラたちに訊き返した。
「球技大会?」
窓際ソファにいる彼、コーナーにいるアゼル、そして私の隣でソファに寝転んでいるマスティはそれぞれビールを飲んでいて、リーズとニコラは赤いソファに並んでチップスをつまみ、私はコンビニで買ってきた肉まんを食べている。
ニコラはうなずいてブルに答えた。
「なんか今日、唐突にプリントが配られた。五月三十日にやるんだってさ。ウェスト・キャッスル中学、クラス対抗球技大会。一年から三年の全クラス参加。先公の一部もチーム組んで入るらしい」
リーズがあとを引き継ぐ。「競技は男子がサッカーで女子がバレーボール。つってもバレーはソフトボールだけど。トーナメント形式で優勝を決める。それ終わったら昼飯食って、そのあと全クラス対抗ドッジボール大会だってさ」
ブルはビール片手に天を仰いだ。
「マジかよ。なんでオレらが卒業してからそんなことになるわけ?」
アゼルの視線を感じる。
「さあ。けど体育祭とかじゃなくてよかった。運動的なノリでやられたら、さすがにダルいし。一ヶ月ちょっとしかないけど、みんなわりと張り切ってる」と、ニコラ。
わりと張り切っている内のひとりなのか、唐突なイベント発表だったにも関わらず、リーズはしっかりと球技大会のことを頭に入れているらしい。「優勝クラスにはケーキとジュースが配られるんだって。ランチは学校のじゃなくて弁当なんだけど。急な話だから、コンビニとかで買ってきてもいいってことになってる。これから約一ヶ月、体育の授業はわりとその練習になるっぽい」
アゼルの視線を感じる。
「けどサッカーって時間かかるんじゃねえの?」マスティが訊いた。
「いろいろね、特殊ルールがあるっぽい」そう言うと、リーズはソファ脇に置いているカバンの中からプリントを探しはじめた。「サッカーは十人くらいの交代制で、コートは小さめ。バレー十人制。サッカーもバレーも、点数じゃなくて制限時間。二十分のうちに点数を多く取ったほうが勝ち。コートチェンジありで、十分の前半後半に分けてやる」出したプリントをブルに渡した。「交代ありで、それで男子も女子も、ほぼ全員試合に出るっていう状況」
「しかもね」とニコラが続ける。「ドッジボール、一年はさすがに力の差がありそうだからって、助っ人の制度があんの。一年が二年や三年との試合で、このままだと負けるかもなってなったら、最初からでも試合の途中でも、二年や三年に助っ人を頼める。助っ人の二年や三年が最後に残って勝ったとしても、助っ人側は得しないんだけど。あらかじめか、当日なら一年が審判に助っ人を要請して、その場で引き受けてもいいってヒトに出てきてもらう。その中から一ゲームにつき三人まで、一年が指名するっていう」
「それであれか」マスティはビール缶を床に置いた。「受験組は助っ人を引き受ければ、“スポーツ万能で後輩の面倒見もよくて”、とかいう内申書を手に入れられるっていう」
彼女たちは笑った。
「それはあると思う」リーズが言う。「もう完璧、お遊び状態だよね。開会式とか校長の挨拶なんてのもあるけど、そんな堅苦しい感じじゃないみたい。遊び半分本気半分でって話」
ルールの書かれたプリントを読み進めるほど、ブルの表情は不機嫌になっている。「オレらの時はそんなんなかったのに」つぶやいた。「乱入してやろうか」
「来ればいいじゃん」ニコラはさらりと言った。「一年の助っ人に入ればいいよ。一年が逃げ出すかもしれないけど」
「そういや」マスティが顔を上げてこちらを見る。「お前けっきょく、アゼルとドッジしてねえな」
「そうですね」と、私。
「っつーか静かすぎ」彼は残り二口ほどになった肉まんを私の手から取った。「嬉しくねえの? ドッジ好きなのに」そして一口で食べた。
「そりゃもちろん楽しみよ」私は心ない返事をした。本当にどうでもよくなっている。「なんならあれだよね、あんたたちは教師組に入ればいい。んで、トロい教師たちを助けてあげればいい」
「それはダメだろ。むしろ教師を敵にまわしてウサ晴らししねえと」
そう考えると少々楽しそうだ。「なんでもいいけど、ドッジはうちらのチーム、強いよ」リーズとニコラに言った。「私とタスカがいるからね。基本負けなしだからね」
ブルは勢いよくソファにもたれた。
「ああ。今度こそ思い知らせるチャンスなのに。アゼルがいりゃ絶対負けねえのに」
「いきなり乗り込んでって、主事が俺らを許すかどうかってのが問題だよな」と、マスティ。
「んなもん、ベラに説得させりゃいい」アゼルが言った。「言うだけならタダだしな」
なにを言いだすのだと思ったが、彼らは笑った。
「よし、言ってみろ、ベラ」ブルが言う。「許可されなくても、見に行くくらいはするけどな」
笑える。「そこまでするなら勝手に紛れなさいよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜、リーズたち四人が帰ったあと。
アゼルと私は彼の部屋に入った。暗い部屋のベッドの上、こちらを向いて座ると彼はさっそく、私に訊いた。
「で、けっきょくどうなんだ。球技大会の話、お前は関わってんのか」
やはりばれている。「ごめんなさい」
「やっぱりか」呆れ混じりに苦笑う。「なんでそうなったわけ?」
私は流れを説明した。主事に呼び出されて体育祭のことを訊かれたこと、勢いで球技大会などと言ってしまったこと、アニタを引き連れ、生徒会メンバーと一緒にルールを作りあげたこと。生徒会が校長たちに伝え、許可がおり、教師達の了承も得たこと。どんな部分を決めたのかと訊かれ、それも説明した。
説明を終えると、アゼルは完全に呆れていた。
「ほぼぜんぶじゃねえか」
ごめんなさい。「私ひとりじゃないのよ。アニタも一緒だったし、主事や生徒会の修正も入ってる。それにこの一週間、最終的な整理や組み立てをしたのは生徒会や先生たち。私たちは関わってないし、当日も関わらないって、ちゃんと生徒会にも主事にも言ってある。許可もとってる」
「お前はまた“影”か」
「そう。私とアニタのことは、他の生徒たちには口外されない。教師たちからも。成功でも失敗でもね。成功すれば生徒会の手柄になるし、失敗しても、私たちは責められないことになってる。生徒会は、私たちを恨むかもしれないけど」
「お前はいいんだろうけど、アニタはそれでいいのか」
私は肩をすくませた。
「アニタだって、そんなことはあんまり気にしないのよ。私が目立つのキライで、あの娘は目立つのが好きだからそれを引き受けてくれてるだけ。最近は私が悪役ばっかりだってことに気づいて、それを気にしてるから、今回はそれでいいって言ってる。あの娘は楽しいのがいちばん。楽しければそれでいいの」
「ああ。やっぱお前が変なんだな。楽しいことを考えるくせに目立つのがキライで、むしろ悪役が好き。影が好き。自分の手柄にしたがらねえ」
「私が悪役じゃなくなったら、さすがにあんたに見放されそう」
そう言うと、彼は微笑んだ。「それはどうだろうな。お前はお前だろ。そりゃ悪役のほうがいいけど、お前がそこらにいる普通の善人になるとは思ってねえ。っつーか、お前は悪役の中の悪役だけど、実は善人だしな」
私はぽかんとした。「どこが?」
「ぜんぶ」
「意味がわからない」
「もう我慢の限界」
そう言って、アゼルは私にキスをした。
彼のキスは、指は、すべては、赤。
私にとって、最高級の麻薬。
数週間前、二度目の浮気から、アゼルは少し、変わった気がする。やさしくなった気がする。
そんなふうにされると、私はまた彼を信じてしまいそうになる。憎む気持ちを忘れそうになる。
憎しみを持ち合わせながら愛するということは、不安を募らせ、手放したくないという執着をより強くしているようにも思える。
彼が好きなのは普通ではない私なのに、ベッドの上で彼に支配される私は、他の女となにも変わらないような気がした。