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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 15 * READY DAYS
89/119

* Carve The Soul

 土曜日、午前十時数分すぎ。

 アゼルへのクリスマスプレゼントを持った私は、ヘッドフォンをバッグの中に片づけ、ウェスト・アーケードに立ち並ぶビルのひとつに入った。

 “カーヴ・ザ・ソウル”という小さなその店は二階にある。祖母に、貴金属製品に刻印をしているショップを調べてもらったのだ。いくつかのリストをもらい、ファイブ・クラウドから近い店を選んだ。

 店内はコテージ風にまとめた内装で、だけどオレンジ色の照明で照らし飾られた、貴金属類の指輪やピアス、ブレスレット、キーホルダーの類は、どれもこれもやたらと素敵に思えた。ダークブラウンの板張りの壁や床に、ジュエリーショップを連想させる白いガラスショーケースという組み合わせが、独特の雰囲気を作りだしている。最初から文字が刻印されたものが売られているのは当然で、“オリジナルの文字も入れ可能”と書いたプレートのそばには、無刻印の金属類があった。だが“持ち込み可能”などという言葉は、目につく場所にはどこにも書いていない。

 別世界に来たように感じながら、サングラスをかけたままの私は店内を見渡しつつ、ゆっくりと奥へ進んだ。

 二十代後半か三十代前半と思われる男が、カウンターの傍に設置された背の高い木製の棚裏から出てきた。

 「いらっしゃい」

 おそらく彼の顔立ちは、“こわもて”と表現される類だ。少し太めの眉、もさもさしていそうな口髭とあご髭、そして男にしては少し長めの、うしろでひとつにまとめたその髪は、すべてが黒々としていた。しかも黒いトレーナーを着ているものの、首の左側には少しのタトゥーが見えている。鋭い眼と低い声がよけいに、“こわもて”度を上げていた。

 サングラスをはずすのが“常識”なのだろうが、知らない店に客として来た場合、どこまでその“常識”が必要になるのかわからない。だって、バーでサングラスをはずさなければならないなどというルールは存在しないだろう。カフェでカフェオレを注文する時、サングラスをはずさなければならないなんて“常識”も、ないだろう。

 「こんにちは」木製チェアに腰かけた彼に向かって、控えめに微笑んで挨拶し、私はカウンターの前に立った。「このあいだ電話したんですが。持ち込んだ金属類にも刻印をしてもらえるかどうかで」

 「ああ、やるよ」腕組みをした彼が無表情且つ無愛想に答える。「そんな宣伝をした覚えはないけどね」

 それはそうだろう。そんな宣伝をしたら、安物にプロの技術を使うことになってしまう。しかも、この店からは形ある商品が売れないことになる。言ってみれば、ワンコインショップで買った税抜き百フラムの、いかにも安っぽい金属のブレスレットに、プロの刻印だけを施すことになるのだから。

 それはわかっているのだが、彼の皮肉は無視した。

 「助かります、買った時は時間がなかったので」

 そう言ってバッグを右肩にかけてから、黒い紙袋をガラスカウンターに置いた。そこで黒く小さな箱を取り出してふたつ並べ、私は手を引っ込めた。

 彼は片眉を上げた。「見ても?」

 微笑みを返す。「もちろんです」といっても、彼には私の口元しか見えていないが。

 箱のひとつを手に取ると、彼は蓋を開けた。シルバーの南京錠が入っている。アゼルに渡す、少し大きめの南京錠とその鍵。鍵はふたつ、青いリングにまとめてつけられている。直接は触れず、数秒それを観察すると、彼はそれをカウンターの内側に置いて、もうひとつの箱を取って見た。私用の、ひとまわり小さな南京錠。鍵はやっぱりふたつで、それを束ねるリングは赤だ。

 彼が口を開く前に私は質問をした。「この店、鎖だけってのはありますか? ペンダントにしたいの。鍵を使わないとはずせないように。それを買った店にも、自由に選べるようにって、数種類のチェーンがあったんだけど──鍵を使わずにはずせる長さだったり、ただ通すだけ、みたいなチェーンだったりで、けっきょく買ったのはそれだけ。理想は、南京錠ともバランスをとれる太さのリンクチェーンみたいなのが一本、その両端の穴に通して南京錠をつける状態なんだけど」

 理解してくれたのか、彼は三度うなずいた。

 「あるにはある。だが長さは加工が必要になる」

 「できます?」

 「やろうと思えばやれる」

 意外とおもしろい。「やってくれます?」

 「いいだろう」

 立ち上がってカウンターを出ると、彼は壁にあった一部のコーナーを示した。そこでは角材に打ちつけられた釘に様々な種類のチェーンが並べ掛けられていて、私はそのうちの一種類を二本選んで加工を頼んだ。

 チェーンの長さを決めるのに、相手は誕生日がくれば十六歳、サングラスをはずした私が十四歳だと説明すると、思わずか、彼は唖然とした。そして天を仰いで笑いだした。驚いただけだから気にするな、と言って。

 再びカウンターに戻った彼が訊く。「で、なにを彫る?」

 「ふたつとも大文字で、たった三文字。“T”、“W”、“D”」

 「それだけか? 裏も装飾もなし?」

 私はうなずいた。「ええ、それだけでじゅうぶん。字体はあなたに任せます。大きさもバランスも」

 彼は肩をすくませた。

 「わかった。時間は──」目を細めて腕時計を見た。「──十二時前には確実に出来上がるはずだ」視線を再びこちらに戻す。「十二時半になったら、店は一旦閉める。それまでに来い」

 「はい。お願いします」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「割引券て、そんなにレアなの?」

 ファイブ・クラウド・エリア、ゼスト・エヴァンスの店内。カウンターの向こう側でチェアに座ったサイラスに訊いた。

 ここに来てまず最初にしたことは、当然、挨拶。それから、修学旅行のおみやげとして買った蓄音機型オルゴールを渡すこと。彼は当然、目を丸くした。ロックだの重低音だのと言っている中学二年生が、古い童謡が鳴るオルゴールをおみやげに買ってきたのだから。「これといった個性のない流行りの音楽に、この店を呑み込まれそうになってイライラしてきた時は、必ずこれを聴く」とサイラスは言った。

 それから修学旅行の話を少しして、先日のパーティーでやっと割引券をヒトにあげたことを話した。

 腕組みをした彼が質問に答える。「まあ、中学生にとっちゃレアかもな。割引券を渡すってことじたい、かなり気まぐれなことになってるんだ。渡す相手も、たいていは大人」

 ちなみに彼、ニコラとリーズには一度しか割引券を渡したことがないらしい。

 サイラスは続けた。「割引券を取り扱えるのは、ある程度映画の宣伝ができる店ってのが第一条件なものの、どこにでも置かせてもらえるわけじゃない。複数のバイトが頻繁に出入りするような店はあんまりだ。経営が安定してない新しい店ってのも。どっちかっていうと、個人経営の店が多い。だからグラ・フラではほとんど取り扱ってない。割引券を客に渡す権利を持つのは、店長とそのまわりの一部。ファイブ・クラウドにある店で言えば、ミュージック・バーや香水ショップ、小さな雑貨店なら割引券を取り扱ってる。けど宝石店や保険会社だと置いてない。カフェもバイトが多いって理由で、ほとんど取り扱ってないだろうな」

 なるほど。たかが三百フラムになにをそんなに躍起になってるのかと思う反面、うなずけるところはある。方法は好きだ。店長と仲良くなればもらえる可能性が高くなる、とでも言うのか。そんな下心はいらないが、人間と人間の繋がり。手当たりしだいに配っていくわけではなく、ヒトの手からヒトの手に渡っていく感じ。考えかたは好きだ。

 「観に来てもらえればいいっていう、単純な考えではないのね」私は言った。「ポップコーン売り場なんかは、とにかく客を集めるほうがよさそうだけど」

 「まあ、あそこはな。普段からぼったくってるし、いいんじゃないか? むしろあの売り場のほうが割引券を発行するべきだとは思うけどな。子供が駄々をこねれば売れるだろうし、映画のイコールがポップコーンだと思ってる客が買ってくれたりするから、成り立ってるんだろうけど。都会のほうの映画館じゃ、軽食やお菓子を買えるとこだって出てきてるからな。今のままじゃそのうち売れなくなるだろ」

 「すごく素敵。早くそのシステムに変えてもらうためにも、映画上映時ポップコーン禁止令を出さなくちゃ」

 彼は笑った。

 「けどお前は映画を観に行かないわけだろ? 主題歌なんてのは興味ないのか? 好きなアーティストの歌が主題歌として使われてたら、たいていはそれだけで喜んで観に行くだろ」

 「ああ。時々友達からそういう話を聞くけど、興味ない。映画やドラマで私が気にするのは、役者の演技力と、衣装や背景のインテリア。音楽が流れるとしても、それがストーリーに合ってるかどうかをまず気にする。挿入歌でもそう。使いどころ──流すタイミングやテンポはもちろん、なんなら映画やドラマに使う音楽ってのは、ぜんぶその作品のためだけに書き下ろしたものだけを使ってほしいくらい。それなら音楽と合わせて入れ込めるかもしれないけど──所詮ストーリーは作り物だし」作り物の綺麗事はキライだ。

 かなり偏った意見であるにもかかわらず、サイラスは大きく数回うなずいていた。

 「書き下ろしってのはわかる。ただ流行りだからって採用した、どこにその曲のテーマが絡んでるのかわからん主題歌の使い方は、俺も好きじゃない。書き下ろしたとしても、とりあえず流行りのアーティストを採用しとくって点は納得できんな。けっきょく主題歌をうたうアーティストですら、話題づくりのための道具だ」

 「そう。だからイヤなの。自分が好きならなおさら。納得してるのかしてないのか知らないけど、そうやって自分を安売りするアーティストにもがっかりする」

 店にいた客がレジに来たので、私は買って帰るCDを探した。ふと思いつき、サイラスの作ったインデックスを頼りに、マスティにパンク系統のインディーズアルバムを、ブルにハードロックのインディーズ・アルバムを探した。視聴はしていない。厳密にいえば、どんなのが好みかなど、よくわからないからだ。リーズとニコラには、あのパーティーを引っ張るという大役を渡したし、もういいだろう。

 CDを四枚買うと、サイラスは悪戯ににやつきながら、今度は四枚の映画割引券をくれた。

 私は喜ぶどころか、本気で戸惑った。それを見て彼は大笑いした。けっきょくもらった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 十二時少し前、再びカーヴ・ザ・ソウルへと向かった。頼んだそれはすでに完成していて、完璧と言う以外に言葉が見つからないことだけでなく、わざわざ別の箱を用意してくれたことに、私は心から喜んでお礼を言った。

 調子に乗って、アニタとペトラへのクリスマスプレゼントを買った。どちらもすでに一行の同じ刻印が入っている、細いシルバーブレスレットだ。おそろいで。

 彼──店長のカレルヴォは、いいと言ったのに、けっきょく値引きしてくれた。中学二年生なんだから、もっと控えめにしろと言って。しかも、映画館の割引チケットを二枚くれた。もうどうでもよくなって、映画は観に行かないなどという言い訳も、すでに四枚もらっているなどという報告もしなかった。好意は好意として受け取っておく、それが祖母とサイラスから学んだことだ。

 カーヴ・ザ・ソウルを出ると、アドニスに電話した。彼はルキアノスと一緒にグランド・フラックスにいて、こっちはウェスト・アーケードにいると伝えると、そこにある、以前三人で行ったファミリーレストランで待ち合わせることになった。

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