* Theme Of Show
さらに翌日。
一時限目から三時限目の休憩時間を利用して、完成したポスターを、手分けして校舎内に貼ってまわった。色を塗ってくれた一年の子たちは、興奮した様子で喜んだ。ランチの時には、各クラスに縮小したチラシが配られた。
当日のサポート役も、二年と三年で、すでにそれぞれ数人ずつ決めてある。どれくらいの人数が集まるかははっきりとしないものの、どのクラスがなにを買ってくるかというのも、一応、ノルマのように各クラスに割り振って決めた。
リーズとニコラは、それぞれクラスでランチを食べながら話し合いをして、文化祭の時と同じステージを再びやることにした。アニタ情報によると、二年のB組とC組も、やはり文化祭と同じようにステージに立つことになっているらしい。つまり、個々でいえば賛否両論あるものの、全体的にはわりと乗り気な生徒が多いと。
そしてそんな話を聞いたアニタたち、D組でもなにかやりたいと言いだして、昼休憩時間にクラスの人間を集め、話し合いをはじめた。当然私たちはそんなこと、無視しているのだが。
「普通に考えたら、二週間くらいでステージに立つなんて無理だよな」ダヴィデがつぶやく。「それこそ失敗が恐ろしい」
「なんで張り合いたがるのかよくわかんねえ」ゲルトはダヴィの机に腰かけている。「出なくていいだろ」
セテが笑う。「めんどくさいしな」
スカートのポケットの中で携帯電話が震えた。ヤーゴからだ。イヴァンのほうを向いて壁にもたれたまま、私は電話に出た。
「なに」
「お前のクラス、パーティーのステージどうすんの?」ヤーゴが訊いた。「こっち、今話し合いしてんだけど。二週間でなんて無理だよなっつって」
「あんたんとこ、文化祭の映像流せばいいじゃん」
「え、クリスマスなのに? ホラーなの? っつーかそんなこと、できんの?」
「できるわよ。担任に頼んでみればいい。うちのクラスには敵わなかったものの、評判よかったんだし、ホラーでもべつにいいじゃん。私は血まみれメリークリスマスのほうが好き」
電話のむこう、彼は笑った。
「わかった、言ってみる。で、そっちはなんかやんの?」
「こっちも今話し合ってる。でも私はどうでもいい」
「だよな」わかりきってると言わんばかりの反応だ。「なんか決まったら教えて。じゃーな」
なぜ私が教えるのだ。「はいはい」
電話を切った私にカルロが訊ねる。「誰? A組?」
「ヤーゴよ」携帯電話を机に置いた。「A組も話し合いしてんだって。無理だよなっつって」
ダヴィが笑う。「なにげに案求められてたんじゃないの、それ」
「知らないよ、そんなの」
また携帯電話が震えた。今度はケイだ。応じる。
「ケイ? どした」
「助けてほしいんだけど」
「は?」
「二年とか三年、ステージってなんかやんの?」
もう少し順序立てて話すことを覚えるべきだ。
「わりとやるらしいね」私は目を閉じた。「三年の二クラスは確実にやるみたい。うちのクラスは話し合い中だけど、二年も二クラスはやるって。あとの一クラスも、たぶんやるんじゃないかな」
「マジで? 一年がさ、オレのクラスの奴だけじゃなくて、他のクラスの奴も、なんかやりたいとか言ってんだ。けど、そんなん無理じゃん。二週間でできるステージ演出ってなに?」
私に訊かれても。「なにがやりたいとかって、言ってないの? 歌とか踊りとか劇とか」
「いや、覚えるなんて無理だって。恥かくのがオチ」
「全員てわけじゃないんでしょ?」
「それはない。わりと諦めてるのが多いから。うちのクラスだと、できたらやりたいっつってんのは二十人弱くらいか。他のクラスも、十人ずつくらいはそんなこと言ってるらしい」
「へー。じゃあ、たとえばだけど。ジャンルはなんでもいいから、適当な短編映画を探して、それの音声を抜くでしょ。サイレント映画でもいいけど。その音声の代わりに、みんなでアテレコするとか。ステージで映像流して、手書きでも台本を用意すれば、みんなが交代でそれを読みながら、あちこちからできる。当然マイクをまわしながら喋ることになるけど」
「え、ちょっと待て。短編映画をステージで流すってのは、できるわけ?」
「うん、できる。普段ほとんど使われないけど、そういうのはある。音声も抜けるよ」
制服の件でステージに立たされた時、設備に気づいた。で、主事に訊いた。
「マジ? で、そのセリフをぜんぶこっちで考えるってこと? けど、短編映画ってたいてい二十分未満だよな。一年のやりたい奴がみんなでやるって、さすがに無理か。しかもセリフとか言われても」
「文化祭とは違うんだし、クラス関係なくていいから、チームを作ればいいんじゃないの? で、短編映画も二本か三本、ぜんぶで三十分か四十分になるくらいを目安に用意する。セリフはさ、コメディ狙いで、なんでもいいんだよ。たとえば──」なんだ。「ヒーローと悪役の決闘シーンでさ、向き合って銃向け合ってる、真剣な場面があるじゃん。それを、ぜんぜん別の役に置き換える。ヒーローが飼い主、悪役が飼い犬だとしたら、“餌にフライドポテトばっかり食わすのやめろ!”、とか。“フライドチキンに変えてくれるまでおまえん家の犬小屋には帰らねえ!”とか」
イヴァンたちと同時、電話のむこうで彼はふきだし、大笑いした。
「ちょっと待て、ちょっと待て」笑いながらケイが続ける。「やりたい、すげえおもろい。けど三十分もその設定、続ける自信はない」
「うん、私もないよ」あっさりと答えた。「だから、シーンごとに設定を変えればいい。“お前があいつらを殺した犯人だったんだな”、的なところなら、“あん時女装して逆立ちしてたのはお前だったんだな”、とか」ケイはまた笑ったけど、私は続けた。「スコールの中、“お前が好きだ!”、なんて叫ぶシーンなら、“出目金は黙ってろ!”、とか」
ケイはけらけらと大笑いしている。イヴァンたちもまた笑った。
しかし気にしない。「深く考えなくていい。ひとりの人間のセリフをひとりが担当するわけじゃなくていい。声が変わってもいい。口の動きに合わせたセリフをとか、細かくぜんぶのセリフを埋めようとなんてのも、しなくていい。目立つ部分だけ。なにも言わない部分があってもいいと思う。ひとりぶんのセリフ空けて、“なんか喋れよ、口パクじゃわかんねえよ!”、みたいなね」
彼は喋れないほどに笑っているらしい。
だけど私は気にしない。「そのシーンに何人いて、なにがあって、それがどんな役割か。人間でも動物でも食べ物でも、なんでもいい。シーンで設定を変えるとして、わかりづらいかなって思えば、いきなり自己紹介から入ればいいんだよ。ドアを開けて、“こんなところにひとり座ってなにしてる?”って言うんじゃなくて、“ふぬけゴリラが学級委員に物申す”、とか」
ケイはやっぱり大笑いした。
「もうやめろ! 苦しいわ!」笑いながら言うと、数秒かけてどうにか落ち着いた。「みんなに言ってみる。っつーかやってやる。今オレの周り、わりとヒト集まってんのに、すげえ変な目で見られてる。お前のせいだぞ」
「はいはい。先に先生たちに確認してね。大丈夫、あんたならできるよ。私と違って人気者みたいだから」
「お前は自分からそうなってないだけ。できるだけこっちでやるけど、行き詰まったらまた手貸して。お前のそのふざけたセンスが欲しい」
「あんたにもあると思うけどね。がんばれ」
「ん、じゃな」
「はいよ」
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「もしもし、ベラさん?」
ケイとの電話を切って目を開けた私の目の前には、いつのまにかアニタが立っていた。両手を腰に当て、睨むようにこちらを見ている。
なんだ。教室内が妙に静まり返っている。なぜこんなに静かなのだ。
「はい」
「今話し合いしてるの、知ってるよね」顔を引きつらせて彼女が言う。「なんでそれを言わないの? なにクソおもしろそうなこと、一年にやらせようとしてんの? ふざけてんの?」
「だって、私はやらなくてもいいわけだし」
彼女が悪態をつく。「自分のクラスを優先させろよ頼むから!」
ええー。「なに、なにが言いたいの」
ダヴィデが苦笑う。「ようするに、それをこのクラスでやりたかったってことだろ」
「え、まだ決まってないの?」
「小劇がボツになった」ゲルトが答えた。「セリフ覚えるのが無理だとかで」
セテが補足する。「なにするにも時間ないし、作ったり覚えたりするのが無理っつってたところ」
「でもビンゴゲームなんかだと地味だよなって話」と、カルロ。
「もうやだ」アニタは両腕で頭を抱えてしゃがみこんだ。「なんでこうなんの?」
呆れたいのに呆れさせてもらえない状況というのは、時々あるわけだが。
「ねえ。そもそも、なんでそんなに“表現”をやりたがるわけ? 私が言うの、変だけどさ。これは文化祭じゃなくてパーティーなのよ。ゲーム系統のほうがいいに決まってる」
「あ、それは言えてる」ダヴィデが同意した。「パーティーっつったらゲームだもん」
イヴァンが続く。「文化祭の再現てのは、他にやることがないからか。ちょっと思い出せばできるだろうし。時間かからないし、深く考えなくてもいいし、みたいな?」
「そういうことでしょ」私は言った。「それが悪いことだとは思ってない。時間がないから、私もそれでいいと思ってた。でもステージに立つからって、“表現”である必要はない」なおもふさぎこむアニタへと視線をうつす。「アニタ。あんただってわかってんでしょ。パーティーはみんなが楽しむもの。感心より笑いがあったほうがいい。私がケイに提案したのは“笑い”の部分。派手さが欲しいって言いたいのかもしれないけど、張り合う必要はないのよ。文化祭みたいにアンケートとるわけじゃないし、評価をもらえるわけでもない。どれだけ参加者を楽しませられるかでしょ」
納得の沈黙なのか、教室全体がさらに静まり返った。それを破ったのは、アニタのつぶやきだった。
「──確かに」眉を寄せたまま顔をあげる。「いつのまにか文化祭モードに入ってた。修学旅行のレクモードでいくべきなんだ」
私は肩をすくませた。
「そう。どっちかっていうとそっち」
深呼吸すると、彼女は勢いよく立ち上がった。
「よし、仕切りなおす!」
よし、言いくるめた。
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夜、マブ。ベッドの上で昼間のことを話すと、アゼルは笑った。
「うまいこと言いくるめたな」彼は左腕で私に腕枕をし、仰向けになって目を閉じている。
私も目を閉じている。「でも間違ってはないでしょ」
「確かに。で、けっきょくなにやんだ」
「罰ゲームつきのクイズ」
「罰ゲームってなに」
「テーブルごとの回答で、クイズに不正解だと、こっちが適当に選んだテーブルからの質問をみっつ受けなきゃならない。テストの点数は何点だったか、好きな奴はいるか、とか」
「ふーん。一年がやるのに比べたら地味だな。しかも罰ゲームって聞いたら、なぜかお前の案のような気がする」
「私ふうに考えたらしい。私ならどうするかっていう」
「で、えぐい質問をぶつけると」
「さあ」笑って答えた。「“殺したいほど誰かを憎んだことはありますか”、とか訊いたら、間違いなくしらけるよね」
彼もまた笑う。
「確実。“今まで何人の女にフラれたんだ”、とか“何人の女喰ったんだ”、とかな。ほとんどの奴に恨まれそう」
「間違いない。だから私には質問させるなって、アニタがみんなに言い聞かせた」
「いじめだな」
「でも自分でもそれが正解だと思っちゃうっていう」
「冗談が通じないとか、パーティーじゃねえだろっていう」
「ね。でも仕方ない。そして私は行きたくない」
「今日ドンに、クリスマスはどうしたいんだって訊かれた」
“ドン”というのは、アゼルたちを雇ってる社長のことだ。立場は社長だけれど、“社長”というより“ボス”で、“ボス”というより“ドン”らしい。いろんな意味で。
「で?」と、私は訊き返した。
「どうでもいい」
「じゃあ夜に来ようか」
「お前が用意したもんが半端なくイヤなもんのような気がするから、できれば会いたくない」
「ひどいな。でもまた喧嘩になるかも」
「なんでそんなもんよこそうと思うわけ?」
「なんでかな──ノリ半分、本気半分。ただの思いつき。勢い。怒りたきゃ怒ればいいよ。絶対怒ると思うけど。逃げ道はある。クリスマスに会わないって言うなら、もう渡さないし。自分で持ってる」
数秒、沈黙が流れた。アゼルは溜め息でそれを破った。
「来週と再来週の予定はまだ決まってねえけど、二十四日は仕事。夕方まで。二十五日は休み」
私は彼のほうを向いた。
「見る気はあんのね」
「ムカついたらキレる」
「じゃあ夕方に来る。二十五日はうちに来るんだっけ。ケーキは?」
「デボラのじゃねえならいらね」
「じゃあケーキの代わりにビール買お」
「まだ見てねえのにイライラしてきた」
「早すぎ」
不機嫌そうにこちらを向くと、アゼルは私と視線を合わせた。
「どうすりゃマシになるかは知ってる」
推測でしかないけれど──喧嘩になる可能性があるのに、アゼルが本気で怒る可能性があるのに、それをわかったうえで、そういうものを用意してるということに、怒っている。彼が本気で怒る可能性に、私が少しも臆していないことに、怒っている。
私は、左手で彼の頬に触れた。
「──いいよ、怒り任せでも。イかせたくないなら、イかせなきゃいい。キライになったりしないから、したいようにすればいい。あんたは、したくないことをしなくていい。ホントにしたいことだけしてればいい。無理に私を満足させようとしないで。無理に感情を作らないで。その時その瞬間の感情をちょうだい。怒りだろうと憎しみだろうと、それがその時のあんたの感情のすべてなら、私はいつだって満足できる」
私の眼をまっすぐに見つめ、アゼルも右手で私の頬に触れた。
「──やっぱ、ムカつく」指で頬を撫でる。「お前、狂ってる」
そうつぶやくと、彼は私に、怒り混じりのキスをした。
私に触れる彼のすべてには、たくさんの感情があった。
愛しさ、怒り、憎しみ、執着、疑問──。
少なくとも私の中の、欲を満たすためにしてるではないという気持ちは、つきあいはじめた頃と、なにも変わっていない。
だけどもう、なんでもいい。
一緒にいてくれるなら、たったふたつの約束だけを守ってくれるなら、裏切られても傷つけられても、人形扱いでも、なんでもいい。
私はそうやって、アゼルを愛せる。私は傷ついてでも、アゼルに愛されていたい。
愛して、消えずに、私のそばにいてくれるなら、もう、なんだっていい。




