* Promoters Meeting
《懺悔に行くかもしれない。でもブルにもマスティにも、絶対になにも言わないで》
仕事中のアゼルにそうメールを送った私は放課後、アニタたちと一緒に、教師陣より一足先に会議室へと乗り込んだ。ゲルトたちは逃げた。というか、ダヴィデとセテが逃げた。
第一校舎の東側にある会議室はこれといった特徴がなにもない部屋で、ただ教室よりも細長く、三方に白いカーテンのついた窓がある。ドアから奥、南側にみっつならんでいた可動式ホワイトボードをひとつ引き寄せ、エルミと、ついてきたナンネを無理やり、ホワイトボード係に任命した。
長テーブルは縦長のドーナツ型になるよう並べられていて、長テーブル一脚につきパイプ椅子三脚が置いてある。奥の席先頭に、元生徒会長に連れられてこられたらしい元生徒会会計のヒンツという男、右隣に元生徒会長、アニタ、ペトラと並び、こちら側はニコラを先頭に、左隣にリーズ、私、字が汚いからとホワイトボード係を拒否したジョンアが座った。
ちなみに私、アニタから、頼むから普通にしてくれと釘を刺されている。よけいなお世話だ。
「並べるのはこれと同じ長テーブルだよね」テーブルを示しながらアニタが言った。「どんくらいいるんだろ」
元生徒会長が応じる。「生徒数は約五百六十人。全員参加ってことはないだろうけど、かなりの数になるね」
五百六十を二で割ったら──二百八十だから──?
「ヒンツ」私は元会計の彼の名前を呼んだ。「計算して。二百八十を八で割ったら、いくら?」
ここに来た時、彼を“元会計さん”と呼んだら、頼むから名前で呼んでくれと言われた。覚えていなくて、呆れたアニタに改めて紹介され、ラストネームで呼んだ。するとファーストネームでいいと言われた。
「ええと──」ヒンツは少し考えてから答えを出した。「三十五だね」
三十五。並べるとしたら、一列に六脚くらいか。もちろん縦置きで──変に詰めるのもどうかと思うし、それなりの間隔で。
「とりあえず三十六脚」私は言った。「六かける六」──は、三十六。
すかさず生徒会長が身を乗り出した。
「ちょっと待って。どういう計算?」
黙ってろよ。「生徒が約五百六十人。半分が参加するとして、約二百八十人。長テーブルひとつに八人が着く。テーブルを六かける六で並べれば三十六脚。二百八十人が無事にテーブルに着けることになる」
彼は目を丸くした。「半分? 少なすぎない?」
私は控えめな性格なので。違うけど。
「だから、“とりあえず”って言ったでしょ。お菓子やジュースがどれくらい集まるかわからない。どれくらい参加するかもわからない。そんな状態で四百人分の席を用意する度胸なんて、私にはない。テーブルはお菓子やジュースを並べながら、様子を見て増減すればいい。テーブルだけ無駄に用意して、お菓子が少ないからテーブルがスカスカなんて状態よりも、なんなら窮屈にお菓子を用意したテーブル一脚に、十人から十五人が集まるくらいでもいいんです。多すぎると色々目立ちますけど、少々少なくても誰も困ったりしない」
有無を言わせぬ私の物言いに、ペトラは呆気にとられ、呆れたアニタは片腕で頭を抱え溜め息をついた。
その一方で生徒会長は絶句し、ヒンツは一瞬言葉を失ったらしいものの、すぐ正気に戻り、苦笑った。
「まあ、それもそうだ。いくつか余分に脇に用意しておいて、お菓子やジュースの量で様子見しよう」エルミとナンネに言う。「書いておいてくれる? “二百八十人予定、テーブルは一脚八人から、六かける六置き、三十六脚──様子見で増やす”」
エルミとナンネは小声でごちゃごちゃと言いながらそれに応じた。
「っつーか」空気を変えるようリーズがこちらに言う。「お菓子とか持ってきてくれる子が少なかったら、困るよね。見分けつかなくていいんかな。お菓子を持ってこなくて、人数だけやたら多いってなったら、どうかと思うんだけど」
私はいつもの口調で応じた。「それは悩みどころ。見分けついたら、“持ってきてないくせになに食ってんの?”、みたいな雰囲気になる気もするんだけど。でも持ってきてくれたヒトに感謝しようと思ったら、やっぱ目印みたいなのはあってもいいと思う。それを参加条件にするくらいの雰囲気ができあがってもいいよね。で、楽しい感じにするなら、なにかを持ってきてくれたヒトには、手の甲になんか描くとかでもいい気がする。あからさまになにかを渡すとかじゃ、お金も時間もかかるから。ただ、手の甲じゃなくても──」言葉を切り、アニタへと視線をうつした。
私の“振り”を受け止めた彼女は、頭をフル回転させた。そして思いついた。
「頬!」笑顔で声をあげた。「顔料インク!? 水性マジック!? 洗えば落ちるよ、みたいなやつ!」
「あ、それいい」ニコラが答えた。「けど」こちらに言う。「朝っぱらから?」
私は苦笑った。「だよね、そうなる。だから、ちょっとした紙みたいなのなら用意してもいいかも。お菓子やジュースと引き換えに入場券、それと引き換えに、頬や手の甲になにかを描かれる。しかもそれを描くのは」リーズに言う。「男も女も、どういう奴に描かれたら抵抗ないかっての、たぶんあるよね」
「ああ」彼女もひらめいた。「そっか。学年でモテそうなの配置すればいいのか。あからさまじゃなくても、それなりに可愛かったり美人だったり、かっこよかったり?」
期待した答えと違っていた。「だけじゃなくても──」身を乗り出してニコラへと視線をうつす。「いいと思うんだけど」
彼女はひらめきに指を鳴らした。
「友達が多い子だ! 盛り上げられるタイプ!」
「そういうこと」再びパイプ椅子に背をあずけた。指を鳴らせるの、羨ましい。
口元をゆるめたヒンツは再び、エルミとナンネにメモをとるよう促した。彼女たちは従った。
「宣伝のチラシってのは?」いつのまにか気を取り直したらしい元生徒会長が切りだした。「誰が?」
アニタが私に訊く。「また学級委員?」
「また?」ペトラ。「もうよくね?」仲よくないもので。
「うん、もういい」私はあっさり答えた。「だから、そういう地味な仕事くらい、一年にやってもらってもいいかなと思ってる」
「地味の押しつけかよ」
「押しつけじゃないわよ、失礼だな」顔をしかめてペトラに答えた。「一年が表立ってしゃしゃり出たら、いい顔しない二年や三年もいるでしょ。だからね、ちょっとだけね、地味な部分でね、一年にも協力してもらおうかなっていう、可愛い役目をあげようとしてんのよ」
ニコラが笑う。「いいじゃん、アテあるなら」
「うん、ごめん、ぜんぜんない」
彼女たちは声をあげた。「は!?」
「適当かよ」と、アニタ。
「ごめんね。平気よ、一年C組から捜し出すから。べつにさ、絵がうまくなくてもいいじゃん。なんなら、“クリスマスの絵描いて!”って大きめの紙を一年C組に持っていって、みんなに思いつきで書いてもらって、そこに文字入れするだけでもいい。堅いのじゃなくていい」
「ん、それもそうだ」リーズが同意した。「落書きレベルでも、楽しそうならべつにいいもんね」
ペトラも納得した。「確かに。ベラが描く変な絵よりは、一年が描く絵のほうがぜんぜんいいだろうし」
「は?」私は不機嫌な声を返した。「ライト・ウーマンのなにが悪いの!?」
彼女は怒った。「よりによってあんな不気味なもん思い出させんな!」
ニコラが笑う。「なにそれ」
「顔のパーツが右側に寄った女のヒト」口元をゆるめるアニタが答えた。「小学校四年の時に完成したの。不気味すぎて、ベラのお気に入りだった。ゲルトたちもみんな、ノートだの教科書だのを取られて書き込まれてる。あげくの果てに卒アルにまで描かれたっていう。ペトラはその卒アル被害者のひとり」
「ちょ」リーズが笑いながらこちらに言う。「今度見せて」
私は微笑んだ。「超無理。もう描けない。そして話を戻す」
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「席順はどうすんの?」ペトラが切りだした。「適当っつったって、けっきょく学年同士でテーブルに着くことになる気がする。それでいいもんなの?」
「しかも」ニコラがつけたす。「やっぱり男だけとか女だけとかになりそうだよね。つまんない気が」
「でも合コンじゃないからな」ヒンツが言った。「球技大会で顔見知りができたとはいえ、一年なんかは特に、やっぱり気まずい気がする」
リーズが彼に訊き返す。「え、合コンのノリじゃダメなの? まあ同期に合コンしたい奴なんていねーけど。そういうノリじゃダメなの?」
元生徒会長が苦笑う。「それはどうかと思う。君らがよくても、やっぱり一年は微妙だろ」
「あたしもイヤ」ホワイトボードの前に立つナンネが口をはさんだ。「学年が違うってのはちょっと」
ジョンアも気まずそうに同意する。「私も」
「あたしはべつにいいけどね」エルミはけろりと答えた。「一年より三年のがいいってだけで」
パイプ椅子に背をあずけ、ヒンツは肩をすくませた。
「意見が分かれすぎだな」
リーズは諦めない。「合コンのノリなら自己紹介タイムとかできるじゃん」
アニタが笑う。「完全に合コンだ」
エルミはアニタに、合コン派か学年派か訊いた。アニタは行きたければどこにでも勝手に行けばいいと思う、実行部の自分たちがテーブルに着けるかどうかは微妙だから、と答えた。納得の声があったものの、同性だけというのはどうかと思うという話になった。
「シャッフルタイム!」リーズがひらめきに声をあげた。「──みたいなんで、みんな変わったりしねーかな。無理かな」
彼女は、自分が誰かとレンアイしたいというよりは、誰かと誰かのレンアイのきっかけをつくろうとしているような気がする。
元生徒会長が応じる。「それもやっぱり、学年同士くらいじゃないかな。あとは一部か」
ペトラが私に言う。「そろそろ喋れや」
そう言われたので、私は喋ることにした。「朝お菓子を回収する時に、計数カウンターでも使って、ある程度の人数を学年別で数えておく。それ参考に、学年のテーブルを決める。なんならテーブルの位置は、まとめずにバラバラ。で、体育館に入る時にでも、学年に対応した、テーブルナンバーを書いたクジを引いてもらう。ある程度は作っておいて、あとで数に対応する感じ。二人から四人のグループにつき一回、男女別に。同じ番号を引いたグループ同士がその席につく。男女比が同じとは限らないけど、あとは適当でいいでしょ」
「合コンだ!」エルミは笑顔で言った。「同期の男だけってのがちょっと残念だけど」
ニコラが続く。「でもさ、テーブルがバラバラってことは、学年決めても隣だったりうしろだったりのテーブルに、別の学年がいる可能性が高くなるわけだ」
「ああ、それならいい」リーズも納得した。「三年の男子なんか無視して、二年の男子と話すから」
彼女がここまで同期の男子を嫌うのには理由がある。彼女とニコラは今まで散々、アゼルたちを恐れる同期の男たちを見てきている。同類だと思っていた、不良側の男たちでさえ、アゼルたちには半端なく腰が低かったらしい。その光景を目の当たりにしてしまったから、あとに残ったのは幻滅だけだったという。
「けどベラ」アニタが言う。「あんた影だったら、どうすんの? そんなんでいいの?」
私は鼻で笑った。
「私がおとなしくそんなクジ引くと思ってんの? 引くわけないじゃん。ゲルトたちにも引かせなきゃいい。あまったテーブルでおとなしく楽しんでるから」
「言いだしたのにそれ!?」ヒンツが声をあげた。「そこは引こうよ、平等に」
「無理です」悪びれることなく即答した。「イヤなことを用意してると、当日学校に来ることさえ拒みたくなる。たいして仲よくない奴と同じテーブルについたって、楽しくないので。ご存知のとおり、空気を悪くするの、得意すぎるんですよ」
けらけらとペトラが笑う。
「超自己中」
「けど実際、仲よくない子と一緒にいたら、ベラは本気で笑わないからな」アニタはつぶやいた。「当日来ないとか言われたら困るし」
「え、そんな感じ? さすがに来ないってのは、ちょっと困るな」
「らしいから」ニコラがエルミとナンネに言う。「そういうことにしとこ。ベラがどうするかはともかく、学年別にテーブルを決める、位置はバラバラ、男女別にクジ、同じ番号を引いたグループと一緒に座る」
彼女たちはまた応じた。
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まだ折れる気がないらしく、リーズはもう少し合コンに似たようなことがあってもいい気がするとごねている。
「去年はアドレス交換があったけどな」ペトラが言った。「合コンっつったらベラは怒るけど。同期の男子とアドレス交換。誰のがくるかわかんないゲーム感覚だったけど」
リーズは唇を尖らせた。「同期はやだよ。っつーか、同類のは知ってんだよね。そこに座っておられる、別人種の方々のはともかくだけど」こちらに言う。「けど参加した奴全員でアドレス交換したら、おもしろい気がする」
「私も激しく拒否だけど。したいなら、箱か袋と、紙とペンとを用意して。男女別に、メールの相手が欲しいって奴に、アドレスを書いて入れてもらえば? 男子が書いたアドレスは女子が、女子が書いたアドレスは男子が引く。同期だったり、すでに知ってる奴な可能性はあるし、送ったあとのことまで責任もたないけど」
「いいねいいね」彼女は乗り気に答えた。「学年関係なしだよね。引くのと入れるの、二回はチャンスがある」
ヒンツが苦笑う。「完全に合コンみたいだな」元生徒会長に訊く。「いいの? これ。お前、こういうノリはキライじゃなかったっけ」
彼も苦笑していた。
「まあ、いいんじゃない。クリスマスパーティーなんだし、学校の公式イベントってわけでもない。体育館を使うだけで、主役は生徒なんだし」
「最近ほんとに変だよ、お前」
ヒンツの言葉を掻き消すよう、リーズは笑顔でエルミに言った。「よし、じゃあ採用! 書いて書いて」




