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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 02 * SHADOW DAYS
8/119

〇 Game Plan

 木曜日の昼休憩時間。

 私はひとり、第一校舎一階、正面玄関ホールの隅にある生徒指導室へと向かった。四時限目を担当した教諭を介し、生徒指導主事のボダルト教諭に呼び出されたのだ。

 ノックをしたくせに、返事を待たずにドアを開いた。どちらかというと狭い、白というよりは淡いクリーム色のような壁と床の、ほとんど正方形の部屋。両側に三人掛けだろうダークブラウンのレザーソファがあり、あいだに長方形の木製テーブルがある。奥ではビデオデッキの乗ったブラウンの木製棚にテレビが置かれている。まるでミニ会議室のようだ。

 というか、誰もいない。

 戸口に立ったまま次の行動を考えていると、背後から声をかけられた。

 「さっさと入れ」と、主事。

 「呼び出したんなら待つのが普通ですよ」

 「アホ」

 私はドアから見て左側のソファに、生徒指導主事はその向かいに腰をおろした。

 「で、なんですか」

 そう訊くと、主事は腕を組んでソファに背をあずけた。

 「お前、体育祭ってやりたいと思うか?」

 「は?」

 「だから、体育祭」

 いらねえよ。というのが本音だった。「そんなくだらないことを訊くためにわざわざ呼び出したんですか? っていうかそんなの、生徒会にでも訊けばよくないですか? 生徒の代表ですよ」

 彼は肩をすくませた。

 「生徒会の返事はわかりきってる。やりたくなくても賛成するだろ。もちろん賛成の場合もあるだろうが、生徒会にいるのはスポーツより勉強が好きなタイプだ。高確率で反対なのに賛成」

 それもそうだと納得した。「じゃあ生徒全員にアンケート取ればいいじゃないですか」

 「もちろんそうすることも考えた。だがそんな大掛かりなことをする前に、教師の意見なんか無視して自分の意見を好き勝手に並べる生徒の意見を聞けば早いんじゃないかって話になった」顎でこちらを示す。「つまりお前だ」

 笑える。「じゃあ言います。私は団体行動はキライ。体育祭がどんなものなのか知りませんけど、小学校でいう運動会みたいなものなら好きじゃない。その日のためだけに体育の授業時間を使って練習、全校生徒がバカみたいに動きを揃えての全体体操からはじめて、五十メートル走だの百メートル走だの二人三脚だの、大玉転がしだの騎馬戦だのダンスっていうくだらない競技しながら、クラス対抗でバカみたいに張り合うなんてのは願い下げ。ただ走るなんてのは特に、好きなのは極一部の人間なんですよ。大玉転がしだのダンスだのを喜んでやるのだって、小学校低学年のみ。まあそんなガキっぽいことをしないにしても、体育祭なんてのはいりません」

 自分勝手な意見をぺらぺらと並べた私に、主事は苦笑っていた。

 「校長や他の先生がいなくてよかったな。さすがに引くぞ」

 どうぞご勝手。「でも」と、私は手を握り合わせて身を乗り出した。「球技大会って名目なら、わりと乗る生徒は多いかもしれません」

 彼は片眉を上げた。「球技大会?」

 「そう」マブで読んだマンガの知識。「サッカーとかバスケット、あとバドミントン。あ、サッカーかバスケを男子にさせて、女子はバドミントンとか。もちろん学年関係なしのクラス対抗です。バスケは特に、ルールがよくわからない生徒もいるでしょうから、そこは部活顧問や部員が話し合って、特殊ルールを作ってもらったほうがいい。時間の無駄だから細かいルールは省く。でもできるだけ全員参加させる。そのあとはクラス対抗、男女混合ドッジボール大会」バドミントンとドッジボールがやりたいだけの私。

 「ちょっと待て」と言うと、彼は顔をそむけて考えこむような表情をした。「──サッカーならグラウンドだ。だがバスケになると普通は体育館。バドミントンも体育館。この学校の体育館は狭い。一度に一試合か二試合しかできないことになる」視線をこちらへと戻す。「そこは?」

 「じゃあ男子はサッカーですね。一クラスに男子は約二十人。一度に約十人の生徒、前後半で交代。グラウンドにコートを二面取って、二試合同時進行。公式のコートサイズじゃなくていいです、小さめでかまわない。時間も短めで、一試合につき二十分くらい。女子は体育館でコートを二面取ってバドミントンの──」

 言いかけたものの、やめた。よくよく考えてみると問題があることに気づいた。バドミントンはダメだ。人数的に無理がある。ということは、だ。

 私は再び口を開いた。「女子はバレーボールのほうがいいですね。普通は六人だけど、大人の九人制を利用して、なんなら十人で。前後半の交代を使えば全員入れます。でもバレーボールが苦手な子は当然いるから、ソフトボールのほうがいいですけど。試合がない時は、どこかの応援に行けばいい」

 少々苦味を含みつつも、主事は口元をゆるめている。「よくそんなにポンポン出てくるな」

 「だから変だって言われるんですよ」ソファにもたれた。「体育祭っていう、お堅い挨拶で始まって無駄なプログラムで埋め尽くされた大会はいりません。文化祭のようにテントを使って保護者を呼ぶとか、そんな大げさなことをするなら、よけいに。だけど球技大会っていう名目なら、教師も生徒も気軽にできるかと。なんなら、先生たちもチームを組んで、どこかに入ればいいです。醜態晒すことになるかもしれませんけど」

 主事の表情は瞬時に呆れ顔に変わった。 「今のは聞かなかったことにする」

 「ごめんなさい」

 「だが一年は厳しくないか? 他はともかく、ドッジボールは特に、三年とじゃ力の差がある」

 「じゃあ、助っ人制度作るとか」

 小首をかしげる。「助っ人?」

 「二年と三年の中から、一年の手助けをしてもいいって生徒を何人か集めておく。二年のほうが一年と知り合いの可能性は高いですけど。まあともかく、二年や三年の何人かはなにか目印を持っておいて、その中から一年が好きな助っ人を選ぶとか。もしくは一年が事前に頼んでおくとか、上級生の意志関係なくその場で一年が指名するのでもかまいませんけど。上限は一ゲームにつきに三人くらいですかね。上級生が助っ人になることで一年チームがゲームに勝ったとしても、上級生にはなんの得もない。たとえ一年対三年のドッジボール試合で、助っ人に入った二年が最後に残ったとしてもです。

 ついでに言えば、ドッジボール──五人くらいは最初から外野に出てると思いますけど、内野でやられて外野に出たとしても、そこから敵を倒すことはできても、内野に戻るのはナシです。時間がかかるので。各競技クラス対抗トーナメント形式、勝ち抜けで上がっていく。優勝グループには学校からケーキやジュースの差し入れ、とか」

 彼は苦笑った。「そこまでは知らんがな。ちなみに、やるとしたら月はいつがいいと思う?」

 私は肩をすくませた。

 「そりゃ五月ですよ。遅くても六月の上旬。雨季前。誰も汗だくにはなりたくないですから。十月は文化祭があるし、二年は修学旅行もある。十一月でもかまいませんけど、三年の受験組は、そんな時期に遊んでなんかいたくないでしょうし。新入生を迎える意味でいえば、早いほうがいいです」

 「だよな」と言って身体を起こす。「放課後の職員会議で報告する。結果しだいじゃ、生徒会がお前を呼び出すかもしれん。案をまとめるのにな」

 「え。勘弁してください。あの方々とは人種が違う」

 「いや、それは俺の脳がどれくらいお前の話を覚えてるかにかかってる。ま、校長がいるところに呼び出すようなことはしないから安心しろ」

 主事が案をノートに書き出してまとめるというので、私はひとり生徒指導室を出た。

 なんだったのだろう。球技大会。バドミントンがない球技大会。ドッジボールがあるならいいけれど。

 確定ではないから口外するなと言われた。周りにどう説明すればいいんだと訊くと、雑用を押しつけられたとかヘッドフォンのことを注意されたとか言っとけ、という適当すぎる答えが返ってきた。

 けっきょく私は、今さらな注意をされたとアニタたちに説明するしかなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 翌日金曜日。

 昼休憩も放課後も、私は生徒会会議に借り出された。どうやら球技大会を決行する方向で話が進んでいるらしいのだ。

 その場には現れなかったものの、校長は生徒の意見をできるだけ訊きたいヒトらしい。まずは生徒指導主事立ち会いのもと、生徒会役員四人と私、そして私が巻き込むことにしたアニタとで話し合いをした。

 生徒会というのはイメージどおり、“真面目”を絵に描いたようなグループで、自分たちとは正反対の不良たちがどう思うかという考えが常に頭にあるからか、発案はあまりしないものの、言われたことはしっかりとやるタイプらしかった。つまり私は、彼らを動かすために悪役側に立った発案者だ。

 もしも不良たちから苦情が出たとしても、生徒会は私と教師たちに責任を押しつけられる。苦情が出なければ当然、自分たちの手柄として、学校から評価をもらい、それを高校受験の役に立てられる。もちろん、私が発案者だということは生徒会メンバー以外の生徒には口外しないことになっているので、失敗した場合の不満は単に、彼らの内心ではということになるが。

 なんの説明もなく昼休憩時間から話し合いに駆り出されたアニタは、すぐに状況を理解してくれた。彼女のことも当然、口外されないことになっている。

 会議の進めかたとしては、私と主事が前日話し合ったことを軸にして、それぞれ内容を細かく詰めていくという流れだった。その中でアニタは私たちが気にもしなかった疑問を口に出したり、それに対する私の答えに修正やプラスアルファを入れ、さらにそれを生徒会メンバーが整理し、まとめていった。

 私とアニタの役割分担としてはいつものことだった。私は高確率で大雑把な案しか出さず、それを修正するのがアニタの役目だ。だからといって私たちが全校生徒を対象とした規模で考えられるはずはなく、そこへは主事と生徒会が持っていった。キレイにまとめれば、生徒会が校長たちに伝え、他の教師たちに伝え、実行というカタチになる。


 放課後の話し合いが終わったあと、アニタと私は一足先に生徒会室を出た。

 「できると思う? 球技大会」

 第一校舎の南階段をおりながら、カッターシャツに偽リボン、紺のセーターという校則違反な格好をしているアニタが振り返って訊いた。私も同じ格好をしている。

 「さあね」と、私。

 彼女は私の数歩先を歩いている。「あれ、なんか楽しそうじゃないな」

 「だって、これだけ休憩時間を潰されたら、なんかどうでもよくなるよ。やる前から疲れた」

 「確かにね。でも決行するとすれば当日、五月三十日。楽しいと思うよ。あたしたちは実行を手伝うつもりもないって、あんたがはっきり言ったし。生徒会が引くほどハッキリと」

 たとえ発案者だと口外されなくても、生徒会を手伝うなどということはしたくない。そもそもそんな人間ではない。

 私たちは裏側昇降口から校舎を出た。空は薄暗くなっている。

 「ごめんね、なんか巻き込んで。さすがに私ひとりじゃ、生徒会が引くんじゃないかと思って」

 「楽しかったし気にしない」笑顔でそう言うと、アニタは私の右腕をとった。「来年は生徒会長目指す?」

 「絶対イヤ」

 「だよね。あ、そういえば。生徒会長と副会長、つきあってるっぽいね。生徒会長を見る副会長の目が、たまにすごい乙女になんの」

 「へー」なにを見ているのだろう。「目が乙女になるだけじゃ、つきあってるかどうかはわかんないような」

 彼女は譲らなかった。「いや、あれはたぶんつきあってる。副会長が躊躇なく生徒会長にボディタッチするから。美人なあたしたちにサイン出してたのかもね、手出さないで! って」

 どんな状況だ。「頼まれても出さないし、興味もないけど」彼女に言う。「奪っちゃえば?」

 彼女は笑った。「とりあえずやめとく」手を離す。「あたしもなんとも思ってないし。見た目は、メガネはずせばカッコイイかもなとは思うけど。や、メガネも似合ってるけど。でもあきらかに種族が違うし。それにあたしには、ナンパしてきたアレがいるし」

 そういえばと思い、私は質問を返した。「どうなの? アレは」

 「んー」両手をうしろで握り合わせる。「向こうは好意的。あたしもキライじゃない。ほのめかされてもいる。デートに誘われてもいる。でもやっぱ、あの嫉妬男みたいなのだったらイヤだなっていうのが、ちょっとあったりなかったり」

 同じことを繰り返したくないというのはきっと、誰でも同じだ。

 「べつにいいじゃん」私は言った。「ムカついたらキレるか、別れればいいのよ。どんな男かなんて考えても無駄。見た目や友達状態じゃわかんないんだから。言ったでしょ、すごく好きだって感情から入らなくてもいいんだって。友達のままだと見えない部分もある。踏ん切りがつくほど好きにならなくて当然といえば当然。つきあってこそ見える面だってあるんだから。今は私のせいで周りに男が多い。違いを探すのが難しくなる。だったらもう、デートの誘いに乗って相手をじっくり見たほうが早い。それでもわかんなきゃつきあえばいい。なんとも思わなきゃ、その場でバイバイよ」

 裏門を出たところで立ち止まり、アニタは苦笑った。

 「ホント清々しいな。ひとりの男とずっとつきあってるくせに、なんでそんなに恋愛論が成長してるわけ?」

 私は鼻で笑った。

 「あの男とつきあってるだけで、もうすでに十人の男とつきあった気分よ。いろいろありすぎて」

 「マジで!」天を仰いで笑いだす。「でも、それはそれで楽しそうだ。よし、わかった」

 飛び跳ねるように私の前に立って両手を腰にあてると、上半身を前に傾け強気な笑みをこちらに向けた。

 「あたしはあんたの代わりに、いろんなヒトとの恋愛を楽しむことにする。もちろん男遊びをするって意味じゃなくて、それなりに気持ちがある時じゃないとつきあわないし、悩むだろうし、落ち込んだりもするかもだけど。いろんなヒトを見てみる。もうどんな男かってのを気にするのはやめる。確かに考えても無駄だし。目に見えたもんだけを信じることにする」

 彼女こそ、本当に強いと思う。「ん、がんばれ」


 その夜、アニタからメールが入った。ナンパ師と土曜、デートすることにしたという報告だった。つきあうかどうかはわからない、ただ友達として遊んでみると。ダブルデートにしようかという提案をされたものの、私は断った。だってもうひとりからのメール、返事をしていない。

 返せよとアゼルは言っていたけれど、私はメールがキライだ。面倒だから。

 それならなぜ月曜、ケイと夜中までメールしていたのかというと、そこはもう、気まぐれでしかない。あのメールは人生の最高記録だと思う。一生塗り替えられない気がする。あれから彼とメールすることはあっても、さすがにあそこまで長引くことはない。一年以上会ってなかったわけだから、そのあいだの話をというのもあったのかもしれないが、あれはある意味ゲームだった。どちらかが先に根をあげて眠りに落ちるかという、そんなくだらないゲームだった。けっきょく、勝ったのは私だったけれど。

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