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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 13 * WARNING DAYS
78/119

* No More

 真夜中に家を抜け出したのは、これがはじめてだった。

 小学校の時は逃げ出したくてもそんなこと、できるはずがなかったし、祖母の家に引っ越して中学に入学した今までも、そんなことをしようなどとは思わなかった。

 気づけば着替えていて、気づけば祖母宛の書き置きを玄関に置いて、気づけば家を飛び出していた。

 秋の終わりの空気を、冬のはじまりの空気を、冷たい空気を肌で感じながら、ヒト気のない静まり返ったオールド・キャッスルの住宅街を、マブへと歩いた。

 誰にも見つかりたくなくて、早足で歩いていて、マブに着いてすぐ、ドアに駆け寄った。

 鍵を開けて中に入り、また鍵を閉めると、真っ暗な、静まり返ったリビングを通り抜けた。もう何百回も歩いた道だ。どう歩けばアゼルの部屋にまっすぐ辿り着けるかは、当然の感覚として、身体が覚えてる。

 モヤモヤした気持ちが飛び出してこないよう唇をむすんで、アゼルの部屋のドアを開けた。

 そこで私は、自分の目を疑った。

 てっきり寝ているものだと思っていたのに、ナイトスタンドの灯かりひとつだけをつけた部屋の中、アゼルはベッドの上でいつものように壁にもたれ、こちらを見ていた。

 「──なに、やってんだ」つぶやくように彼が言う。「何時だと思ってんだ」

 私が隣に寝転ぶと、彼はいつだって、すぐに起きる。

 でも今日は、起きていた。

 午前二時半なのに。

 「──“そこ”にだけは、誰にも踏み込まれたくない」

 ムカつく。

 「他の男とキスしたって、なんとも思わない」

 ムカつく。

 「誰に肩組まれたって、腰に手まわされたって、なんとも思わない」

 ムカつく。

 「でも“そこ”にだけは、誰にも踏み込まれたくない」

 気持ちを、把握しきれない。

 「──“あんた以外の誰かと寝る私”なんて」

 気持ちが、届かない。

 「──誰にも、想像されたくない」

 “普通”ではない自分が、“普通”ではない奴と一緒にいると、なにが“普通”なのかがわからなくなる。

 平気であんなことを私と一緒になってしようと思うマスティとブルがおかしいのか、平気で他の男とあんなことをさせるアゼルがおかしいのか、ムカつきながらもやってしまう自分がおかしいのか、やっておきながら不満を感じる自分がおかしいのか、さっぱりわからない。避妊具を買い溜めするということそのものがおかしいことなのか、それすらもわからない。

 アゼルはベッドをおり、うつくむく私の前に立った。

 「なんでそこだけイヤなんだよ」

 私は顔をあげられなかった。

 「──わかんない」だけど、イヤでイヤでしかたない。

 彼が左手で私の頬に触れる。

 「──下ネタ話されることも、ベッド使われることも嫌がんねえのに、それだけイヤなわけ?」

 自分のことを細かく話されるのはイヤだけど、アゼルはそれは、あまりしない。

 「──イヤ」

 彼が吐息をつく。「よくわかんねえな」

 自分でも、わからない。

 アゼルは私の首に手をまわし、私の身体を引き寄せた。

 「わかった。もうしねえ。させねえ」

 泣きたい気持ちをこらえるのに必死だった。信じるかどうかを考えるよりも先に、信じた。

 「──帰る」

 「夜中に押しかけてきたお前を、俺がタダで帰すと思ってんの?」

 思っていない。「帰る」

 「誰が帰らせるか」

 顔をあげるよう促すと、アゼルは私にキスをした。やさしくて、深いキス。

 「──復讐、するか」唇を離し、彼が言った。「あのアホ二人に」

 「──ソファで、するの?」

 彼が微笑む。「それしかねえだろ」

 もうなにも、考えたくはない。「──赤いソファは、やだ」

 「わかってるっつの」

 そう言ってまた、キスをする。

 「ついでに」彼が続けた。「お前があいつらから奪ったやつ使う」

 「取り返されてると思ってた」

 「させるかよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ほんのりと月明かりが差し込む暗いリビングのソファ、角のコーナー部分。クッションに背をあずけた私にまたがるよう、アゼルは膝と手をついた。

 「──変な感じ」顔を近づけ、彼がつぶやく。「ここでこういう体勢になんのは、はじめてってわけじゃねえのに」

 「──ものすごく、悪いことしてる気がする」

 「復讐に罪悪感感じるなよ」

 「っていうか、なんで起きてたの?」

 「なんとなく」

 なんとなく。たまに訊いたらこういう答え。

 「お前は?」

 「ムカつきすぎて眠れなかった」

 アゼルが笑う。「ブルもマスティも、若干困ってた」

 「いい気味よ」

 「あいつらも寝れてなかったら笑えるな」額を合わせて目を閉じる。「俺は寝れなかったっつーより、お前がなんにキレてんのかがさっぱりわかんなかったから、それ考えてた。まさかヤることそのものを特別に考えたりはしてないだろうし、下ネタがイヤってわけでもないんだろうし、ならなんだ、みたいな」

 「──特別だとは、思ってない」私も、目を閉じた。「遊び人みたいに思われるのが、イヤだけど、そこまでイヤってわけでもない。どうでもいい。でも言ってたみたいに、ほんとに店員があれを見て、やたらリアルに想像するんだとしたら、あの二人としてるとこなんか、想像されたくない」

 「やっぱよくわかんねえ。男二人だからイヤなんだとしたら、三人でっつったのはお前だぞ」

 暗闇の中、私は額を離して彼の視線を受け止めた。

 「そうだけど、三人のほうが想像しにくいかと思ったのよ。でもけっきょく変わらない。私ですら、あんた以外の男を好きになる自分が想像できないのに、他の男と寝るとこなんか想像したくないのに、なんで他人に想像されなくちゃなんないの? “する”ってことは、少なくとも私にとっては、絶対的な気持ちがあるもので、私はあんたしか知らない。“する”時は、あんたが唯一私を完全に支配できる部分なのに、なんで他の男と寝るんだなんて思われなくちゃなんないの? 他の誰かに肩組まれたりキスしたりして、あんたと別れたのかとか、浮気なのかとか、つきあってんのとか、その程度のことなら、ただの憶測だからかまわない。でもあれを買うってのは、ベッドに直結するじゃない。あんた以外の男とベッドの上にいるとこなんて、誰にも想像されたくない」

 行為そのものが神聖だとか、そんな乙女ぶったことを考えているわけではない。

 だけど、アゼルと“する”ということは“赤”で、その部分だけには、誰にも踏み込まれたくない。

 私たちの“赤”は、私たちだけのものだ。

 「──よく、わかんねえけど」私の頬を撫でながら、アゼルは私の目を見つめた。「わかったから、もう黙れ」


 キスをして、触れて、求め合って、ひとつになって、愛し合う。

 いつのまにかあたりまえになっていたことにも、踏み込まれたくない部分は、ちゃんと存在していた。


 だって、誰がこんなふうにできる?


 私がなにでどんな反応をするのか、なにが好きで、なにを嫌がるか。

 ベッドの上でのそれは、“する”という行為の中でのそれは、私とアゼルしか知らない。私以上にアゼルが知っていることが、アゼルしか知らないことが、たくさんある。

 これ以上ないというものがここにあるのに、他の男で満足するのかなんて、誰にも思われたくない。

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