* Looking For Reason
店内に戻ると、ルキアノスは私がさっきまで座っていた席に詰め、私はアドニスのうしろに座った。
「っていうか、どうやって知り合ったの?」サビナが私に訊いた。
さっさと帰れ。「ナンパされたの、二人に」チェアの背で左腕を支えて手にあごを乗せ、私は答えた。「センター街で」
「マジで?」カーリナが意外そうな表情でルキへと視線をうつす。「──するんだ」
アドニスが口をはさむ。「ちょっと待て。え、なに? オレはしそうなわけ?」
彼女が苦笑う。「しそう」
「失礼すぎだろ。そりゃするけど!」
笑う彼女たちをよそに私は続けた。
「しかも状況がひどい。ひとりでクレープ食ってるところに、男二人で声かけてくるんだもん。怖くて怖くて」
ルキも笑う。「よく言うよ」
「彼女は?」エデが訊いた。「二人とも、いないの?」
アドニスが答える。「いないいない。いないけど、今はいらない」
「え、なんで?」サビナが訊いた。
「なんとなく。今はダチと遊ぶほうが楽しいし」
カーリナが私に質問する。「いつも三人で遊んでんの?」
「うん」はい嘘答えました。「まだ数えるほどだけど。普段は電話かメールだし」
「先輩、知ってんの?」
そこに話を、持っていきたいだけ。「当然知ってる。でもそんなのいちいち気にしない。しかも今喧嘩中」
「まじで?」ルキが訊いた。「なんで?」
避妊具が。「それは言いたくない。ものすごくくだらないことだから」くだらないということは、わかっているのだが。
アドニスは話題を変え、彼女たちに質問を返した。「お前らは? ナンパされたりしない? センター街で」
三人は顔を見合わせた。
カーリナが応じる。「されたことはあるけど、相手にしなかった。なんかそういうの、イヤだと思ってたし」
将来的にはカルロも、普通にすると思いますけど。というか、アゼルたちもしますけど。
「いや、ナンパなんかするもんじゃないって、本気で思った」ルキアノスが言う。「アドニスはともかく、俺にとっては人生初ナンパが」左手で私を指差す。「こんなのだったわけだから」
こんなのってなに。
彼女たちは笑いをこらえたものの、アドニスは笑った。
「そうそう。第一印象最悪。アホだのバカだの言ってくるし」
「うざいとかロリコンとかも言われた」ルキは遠い目をしている。「女の子にめんどくさいとか言われたの、はじめてだし」
よく覚えていないのだが、私はあやまった。「なんか知らないけどごめん」
アドニスはやっぱり笑っている。
「ひどすぎだよな。なにこいつって、マジで思ったもん」苦笑うカーリナに向かって続ける。「けどまあ、なんだかんだで普通にトモダチしてる。オトコいるのは知ってるし、口説いたりもしてねえよ。っていうかこんな変な女、イヤだし」
耳にタコができるくらい聞いたことのあるセリフだった。彼女たちは小さくふきだし、控えめに苦笑った。
カーリナが彼らに訊く。「タイプはどんなの? 女の子の」
「可愛い子」アドニスは即答した。「あとおもしろくて、っていうか明るくて楽しくて、よく笑う女。性格のいい女。わがままじゃない女。嘘つかない女。嫉妬しない女。わりとアホっぽいのが好き」
「注文多すぎ」と、ルキがつっこんだ。
彼は自覚している。「けど現実はそんな理想、叶うわけないよな。けっきょくわがままだったり、嫉妬したりすんだもん」
うなずいて同意するルキアノスに、テーブルに身を乗り出したエデが訊ねる。
「ルキは?」
「俺? んー」彼は一度そらした視線を彼女に戻し、続けた。「そんなつもりはないけど、面食いだとか言われる。うるさいのよりおとなしい子が好きなんだと思ってたけど、そうでもないっぽい。派手なのより真面目な子のほうが好きなんだと思ってたけど、それも違うっぽい。自己中なのはイヤだと思ってたけど、そんなこともないっぽい」
またカーリナが苦笑う。「ぜんぶ曖昧」
彼も苦笑った。「な。よくわかんない」
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夕方十八時を過ぎた頃。
「エデがルキに?」再びの電話越し、再びのリーズが訊き返した。「アドレスを?」
祖母の家、屋根裏部屋。私はアイボリーカラーのラグの上、赤いビーズクッションに寝転んでいる。
「うん」と、私。「帰りがけに訊いてた。あいつらが帰ったのは三時くらいで、私たちはダイナーに残ってたんだけど。こっちも帰ろうかって頃になって、エデからルキにメールが届いた。今日はありがと、楽しかった、みたいな」
「へー」彼女の返事はあっさりだった。「アゼルの次はルキなんかな。なにこれ。アゼルはともかく、タイプ一緒?」
私は苦笑った。「さあ。でもサビナはともかく、エデは焦ってる部分、あるかも。短いあいだではあるけど一応、カーリナは男とつきあったことあるわけだし。プライド的に」
「あー、それはあるだろーな。アゼルにはアタックする前に玉砕したし、気づけば二年も終わりに近づいてるし。でも気にすることじゃないな。エデじゃルキは落とせないよ」
「そうなの?」
「絶対無理」リーズは自信ありげに答えた。「自分にできなかったからってのじゃねーよ。でもそれは言いきれる。言いきれるから、むしろ煽ってやりたいな。そんでまた玉砕しちまえ、みたいな」
私は笑った。「じゃあサビナたちに今度、恋愛話でも持ちかけてみたら? もちろん三人でいる時。もしかしたら、なんか喋るかも。リーズと話せるの、きっと喜ぶよ」
「だね。喜ばれても困るけど、やってみる。応援してるフリして玉砕しろって念じてやる──あ、待って、マスティが代われって言ってる」
「話したくないから、もう切る」
「マジか」
「うん、喧嘩したくないから。放置しといてって言っといて。ごめん」
「んー、わかった。じゃね」
通話を終えると携帯電話の電源を落とし、両腕で顔を覆った。
なぜこんなにイヤなのだろう。誰かをからかって遊ぶことも、周囲の眼を気にせずめちゃくちゃすることも、わけのわからない言葉を交えながら下ネタを話されることも、そこまでイヤだとは思っていない。
人前でアゼルとキスをすることも、アゼルのベッドでマスティやブルが眠ることも、校舎の中でしたことも、体育倉庫でしたことも、外でしたことも、結果的には、なにもイヤじゃなかった。
ならどうして今こんなに、ひどくモヤモヤした気持ちになってるのだろう。
“ムカつく”
そうだよ、ムカついてる。あんなこと、したくなかった。
“なんで?”
理由などわからない。アゼルと一緒に買いに行った時は、なにもイヤじゃなかった。楽しかった。
その記憶を塗り替えられたからというわけではない。操られたようになっていたのがイヤというわけでもない。そんなことはどうでもいい。
だけどなにかが、間違っている気がする。
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真っ暗な屋根裏部屋のベッドの上、重いまぶたを閉じたままナイトテーブルに手を伸ばして携帯電話を取り、手探りで電源を入れた。
いつも携帯電話のアラーム機能を使って朝起きているのに、電源を落としてしまったら、アラーム鳴らないじゃない。アホか私。
こすった目をゆっくりと開き、画面を確認した。──午前二時前。
なぜか、眠れない。ものすごく眠いのに、ぜんぜん眠れない。
“なんで?”
その問いかけが、ずっと頭の中を駆け回っている。
手の中で携帯電話が鳴った。溜まっていたメールを一気に受信している。ブルとマスティから、何件かずつ。
《なにそんなにキレてんの?》
《え、マジ切れ?》
《話したくないってなんだアホ》
《そのうちおさまんの?》
《電源落とすのは卑怯だろ》
《いつまでふてくされてんだ》
《わかった、悪かったって》
《あやまるから、とりあえずメールか電話かよこせ》
《明日の夜になってもマブに来なかったら、リーズでもアゼルでも連れて、家に乗り込んでやるからな》
卑怯? なぜ私が卑怯になる? 非通知で電話して起こしてやろうか。家の窓ガラス、割ってやろうか。
シーツを頭までひっかぶり、身体を丸めて目を閉じた。
──このベッドですることだって、この部屋ですることだって、イヤじゃなかった。
なら、“なんで”?
“自由が欲しい。なんにも考えなくていい世界”
“ベッドだけあればいい”
“そこにふたりでいるの。それだけでいい。世界とまではいかなくても、空間。狭くていいから、ドアを開けて閉めたらもう、誰にも邪魔されない”
“真っ赤な空間”
“棺も赤にしないとね”
“墓は黒だろ?”
“棺の中でもいいや。地獄でもいい”
“そこに、ふたりだけで”
勢いよくシーツを引き剥がし、身体を起こした。
やっぱり、間違ってる。




