* Malicious
後方から自分の愛称を呼んだ聞き覚えのあるその声に、私は振り返った。
サビナだ。その背後にカーリナとエデも立っている。
「ハイ」
私はとりあえず挨拶した。なぜいるのだ。というかなぜ声をかけたのだ。
「びっくりした」とサビナが言う。「ごめん、いたから」
アドニスが私に訊く。「友達?」
違います。「同期なの。三人とも」
「へー。やっぱレベル高いな、ウェスト・キャッスル」
なんか言ってるよ、こいつ。
サビナの左隣に立つカーリナも、私に同じ質問をした。「友達?」
勘ぐるなようざいから。「友達。ふたつ上。アゼルたちと一緒」
「そうなんだ」サビナが応じ、カーリナとエデを見やった。「とりあえず、座ろっか」
「そこに座ればいいじゃん」アドニスは私のうしろにある席を指した。「んでオレとベラが席を替われば──」
彼の言葉を遮るよう、バッグの中で携帯電話が鳴った。ルキアノスからだ。私はそれを取り出して応じた。
「はいはい」
「今着いた。どこ?」
「ハイウェイ側の奥、窓際の席にいる。まえに来た時、一緒に座ったところの、間仕切り挟んだ隣」
「ああ、了解。切るよ」
「ん」
電話を切った私にアドニスが言う。「やっと来たか」
携帯電話をバッグに戻す。「遅いよね」
「あいつの家、でかいからな。迷路だぞ」
「どんなよ」
「ちょっとごめん」と、ルキアノスが現れた。
エデの隣に立った彼に、ぎょっとした様子のサビナとカーリナが道を開けると、彼はさらに進んでこちらに来た。
「なにこの仕返し風な感じ」
笑うアドニスは「気にすんな」と彼に言って、サビナたちに視線をうつした。「これもダチ。とりあえず座れよ。そっちに」
言われたとおり真うしろの席、サビナとカーリナがこちら側に、エデが奥に座った。アドニスはルキアノスを奥の席に座らせたので、私は彼にバッグを渡して席を詰めた。アドニスが私の右隣に座り、私のうしろにカーリナが、アドニスのうしろにサビナがいる状態になった。
彼女たちはランチを食べに来たらしく、店員を呼んでメニューをオーダーした。すでにランチは済ませていたルキアノスはカフェオレを注文した。
「三人とも彼氏いんの?」アドニスが彼女たちに訊いた。
サビナが答える。「ううん」
彼はさも意外そうな反応をした。「マジで? もったいない」
あとで蹴っていいかな、こいつ。
「んじゃさ、ダチ紹介していい? うるさいんだよ、女紹介しろって」
「え」サビナが不安げな表情でこちらを見る。「けど──」
今さらどうしようもない。「イヤだったら断ればいいじゃん。ちょっとでも恋愛する気があるんなら、とりあえずメールでもしてみればいい。無理に恋愛に結びつけなくても、友達でもいいけど。微妙だったらアドレス変えてブチればいいんだし」
「ひどいなお前」とは言ったものの、彼は彼女たちに向かって続けた。「まあ暇つぶし感覚でいいし、変なのは紹介しないから大丈夫だって。いろいろいるぞ、みんな高校一年だけど。遊び人だったり、うるさいのだったり、頭がよかったり、不良だったり、おとなしいのだったり。タイプあんの? こんなのがいい、みたいな」
「ええ──」サビナは苦笑ってカーリナと顔を見合わせた。「よくわかんないよね」
彼女も苦笑を返す。「わかんない」
“顔のいい奴”という答えは、さすがに言わないらしい。
「写真ないの?」私は彼に訊いた。
「あ、あるある。ちょっと待て」
彼はポケットから携帯電話を取り出し、操作しはじめた。
「なにが起きてんのかさっぱりなんだけど」向かいの席でルキが言った。「どうなってんだ」
苦笑うしかない。「私もよくわかんない」かなり面倒なことになっている。
私は彼らに、エデとカーリナを紹介した。名前だけ。続いてサビナを示す。
「この子はサビナ。サビナにはね、私たちと同じ中学の三年に、イトコがいるの。リーズっていうイトコが。めずらしいよね」
「へ?」アドニスは呆気にとられた様子で顔を上げた。ゆっくりサビナへと視線をうつす。「──イトコ?」
彼女は口元をゆるめている。「うん。同じ地元なんだ。家はそんな近くないけど。あたしのママのお姉さんの娘が、リーズっていうイトコなの」リーズからはなにも聞いていないらしい。
「へー」彼はほとんど棒読みかと思うような返事をし、ぎこちない様子で携帯電話を彼女に渡した。「オンナいない奴のフォルダ作って、写真入れてやった。右に動かしてったら見えるから、じっくり見て。顔がどうこうとか言っても、チクったりしねえから」
サビナは受け取った携帯電話をテーブルの上に持っていき、カーリナとエデと三人で覗きこむように見はじめた。
呆れたのか片手で頭を抱えるルキに向かい、彼女たちには見えないよう胸の前で両手の平を合わせると、アドニスは声に出さず口を動かしながら彼にあやまった。
だがルキは店員からカフェオレを受け取りながら、やっぱり呆れた様子でそれを遮った。こちらに訊く。
「デザートは食べた?」
「まだ」と、私。「時間引き延ばそうと思って、小出しにしてる」
アドニスが小声で口をはさむ。「っつーかアレは、今日お前がオレらと会うこと、知ってんの?」
おそらくリーズのことだ。「知ってる。でもどうでもいいって」リーズはわりと、彼らに会う前のリーズに戻っている。「私のつきあってる相手は、そんなこと気にする奴じゃないし」
「それは──」彼は悩ましげな表情をルキに向けた。「そんなもんか?」
彼は苦笑う。「知らないよ」
リーズのショックは、失恋よりも自分の人間性に対するもののほうが大きかっただけだ。
「頼むから気にしないであげて」
私がそう言うと、アドニスは肩をすくませた。
「そーだな」そう言って再び彼女たちのほうを向く。「どーよ?」少し調子が戻ったらしい。
振り返ったカーリナの口元はゆるんでいた。
「かっこいい子がいっぱい」
「だろ? なんならぜんぶイチから説明してやる」完全に調子が戻ったらしい。「ランチ食い終わったら言って」
「ほんとに?」サビナも乗り気らしい。「じゃあこれ、とりあえず返しとく」
彼女は彼に携帯電話を返した。
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彼女たちのところにランチが届き、私たちはデザートを注文した。ちょうど食べ終わった頃に彼女たちも食べ終え、サビナがエデの隣に移動。アドニスはカーリナの横に座って、誰がどういう奴かというのを、ほんとに説明しはじめた。
そんな彼ら眺めながらルキアノスがつぶやく。「あの才能はすごいな。さすがに初対面の女の子三人相手に、あんだけ盛り上がったりはできない」
思い出話も含んでいるらしく、後方はなぜか盛り上がっている。
私は身を乗り出して声を潜めた。
「ちょっと責任感じてんのかも。声かけてきたのは向こうだけど、引き止めたのは彼だから」
ルキも曲げた両手を交差させてこちらに身を乗り出す。
「あんま仲よくない感じ?」
「ぜんぜん」小声に小声で答えた。「むしろ仲悪い。なんで声かけられたのかわかんないくらい」おそらくアゼルのことが気になったのだろう。浮気なのか、別れたのか、そんな疑問があったのだ。「やっぱここ、ダメかも。ウェスト・キャッスルじゃなきゃだいじょうぶかと思ったけど、なにげに来るっぽい」
「近いからな。ショッピングセンターってのがダメなのかも。ワンコインショップとか、隣にはドーナツショップもあるし──」思いついたような顔をした。「ダイナーにランチ食べに来てるってだけで、アドニス的にはポイント高いのかもな。気取ってないみたいな」
思わず納得して苦笑った。
「そういえば、なんでダイナーなんかにいるんだろ。絶対カフェとか行きたがるタイプだと思ってたのに、あいつら」
「マジで?」彼女たちを見やる。「ああ──」視線をこちらに戻した。「カフェタイプだな。いや、知らないけど。でもデートってなったら変わるって女の子は、わりといる。自分が金出すのはダイナーで、男が金出すのはカフェ、みたいな」
笑える。「これからナンパする時は、ダイナーとかバーガーショップですればいいよね。そしたらカフェタイプに当たる確率は少ないかも」
彼も笑った。「やだよそんなの。っていうか、ナンパはほんとにしないから。けどアドニスにはそう言おう。あいつ、ほんとにやるかも」
「ぜひしてほしい。そんで店員に注意されて恥かけばいい。私は動画を撮る」
「そこまで言ったらやらない可能性があるから、言っちゃダメだって。でもぜひ挑戦してほしい」
相手を仕込んでおくってのもおもしろそうだ。「あとで言ってみよ」
ちなみにこの話は当然、あとからきっぱり断られた。
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「サビナたちに?」電話越し、リーズが訊き返した。「すごい偶然だな」
「うん」私はダイナーの外、出入り口脇のベンチに座っている。「そもそもなんで声かけられたのかが、本気でわかんないんだけど。リーズのイトコだって教える前に、アドニスが男紹介するとか言いだして。教えた時にはもう手遅れで。リーズのこともニコラのことも、ぜんぜん知らない的な流れで話してる。知ってるなんて言っちゃったら、なんで今連絡とってないんだってことになるだろうから」
「あー、だよね。うん、そっちのがいいと思う。よかった話さなくて。ミッド・オーガストの時、ちょっと悩んだんだけど。どうせ言ってくる言葉は決まりきってるから、やめた。超セーフ」
「だね。で、今ルキも一緒になって話してる。私が電話してくるって言ったら、ルキも会話にまざった。三人とも、わりと楽しそうなんだよね」
「ふーん。私もちゃんと紹介、受けとけばよかった」
「なに言ってんすか」
彼女が笑う。
「だって、なにげにレベル高いんだよ、あの二人の友達。インゴみたいなのもいるけど、なんつーか、あからさまに残念! みたいなのがいない。っつーかたぶん他にもいるんだろうけど、紹介されたのはほとんど、普通か、けっこうかっこいい子たちばっかりだった。話延ばしてたら、アドレスとかも手に入ったかもしんないけど。いつもなら乗ってた気がするけど、それどころじゃなかったし」
ある意味初恋だ。「なんならサビナに、あとから誰か紹介してもらえばいいじゃん。なんか変なことになりそうだけど。ルキには仲悪いグループだって言ってあるから、それほど面倒なことにはならないと思う」
「ん、そっか。まあもしサビナたちにそのこと言われても、ぜんぜん知らないフリしとく。ニコラにも言っとく。っていうかベラ、今日マブに来ないの?」
「行きたくないから行かない」私は即答した。「っていうか、会いたくない。あの三人に会いたくない。会ったら蹴り入れそうだから」
「やっぱ怒るよね、あれは──」リーズとニコラは昨日、ただただ苦笑っていた。「クッションくらいは投げとこうか」
そんなのでは、足りない。「ううん──そのうちおさまるだろうから、おさまったら行く。最悪避妊具ぜんぶ切り裂いてやるからって、あのアホ共に言っといて」
リーズは苦笑した。「わかった。言っとく」




