* In The Diner
日曜日。
アロウ・インレット、チック・ノーティド・ショッピングセンターにあるベアラック・ダイナーの、店隅の四人掛け席。
前日の避妊具まとめ買いの話を聞いたアドニスは、天を仰いで大笑いした。
「いやいや、笑いすぎだし」と、私。
「だって、お前──」窓を背にした彼は身をよじり、本気で笑っている。
私は呆れた表情を彼に返した。「笑うか喋るかどっちかにしろって」
「わかったって、ちょっと待て」
そう言うと、彼は深呼吸した。一度では足りなかったらしく、大きく二度。どうにか落ち着いた。再びこちらに言う。
「けどそれ、つきあうほうもつきあうほうだろ。よく行ったな、拒否しなかったわけ?」
「当然したわよ」
即答した。これは本当だ。アゼルにはあんなことを言ったものの、マスティとブルに、自分から話を持ちだすようなことはしなかった。けっきょく彼らに話を持ちかけられて、だが拒否はした。だけど聞かなかった。
「でもダメだった」私はつけくわえた。「粘れば逆ギレして実行するの知ってるから、拒否は意味ないの。けっきょく私は言われたとおり、ものすごく遊び人みたいな格好して、男二人と腕組んで、これから三人で楽しみますみたいな感じで、しかもわざと目立つようふざけながら、店員に在庫確認までして、すれ違う客に気づかせるようにして、在庫分十五箱の避妊具を買い占めたっていう」
「マジでか」机に顔を伏せ、肩を震わせながらまた笑いだす。「ありえねえ。どんなだよ。しかも──」笑いをこらえ、口元をゆるめたまま視線を上げた。「お前とつきあってるオトコが、ニコラとリーズと一緒にそれ、観察してるわけだろ? どんな状況?」
「そういう奴なの。ヒトのこと言えないけど、そういう状況で相手の反応見るのが好きなんだよね。あとヒトが嫌がることをするのが好き。昨日のあれは、私の行動を見るのを楽しんでた感じだし。私がキレてるのとかめちゃくちゃするのとか、それを見るのが好きなの。あとの二人もそう。ふざけたことが大好き」三人揃うとまじドS。
「めっちゃおもろそう」彼は笑いながら身体を起こした。「それをやるお前もすごいし、やらせるそいつらもすごいよな。客とか店員は? やっぱ引いてた?」
「かなり」と、私は苦笑って答えた。「カゴに入ってんのがぜんぶ避妊具だって気づいたあと、私と二人の顔を交互に見やったね。それでまた避妊具見るの。何箱あるか数えるみたいに。店員は、最初におばさんのレジに並んで、おばさんが前に並んだ客の相手をしながらカゴの中身を確認してぎょっとしたところで、別のレジに並んでやった。男の──たぶん三十代くらいの、気弱そうな店員。顔赤くしながらレジ打って、私たちと視線合わせないようにしてて。でも私たちはどこでするかとか、軽く下ネタ話して。わりとおもしろかったけど、それでも終わったらやっぱりムカついてきたから、避妊具三箱没収してやった」
そしてそれはアゼルに押しつけて、私はマブに寄らずにそのまま祖母の家へと帰った。今はアゼルともプチ喧嘩状態だ。こっちが勝手にムカついているだけだが。
アドニスはまた笑う。「楽しいだろな、そういうの。さすがにそんなん、女に言う度胸ないわ。言いだしてくれる女なら大歓迎なんだけど、それどころか一緒に買うことすら嫌がるし。男が用意して当然、みたいなな」
というか、あるのが当然だと思っていた。「ああいうの、タダで配るべきだよね。悪いことじゃないんだし」
彼はうなずいた。「それは言えてる。せめて十代にはそうするべきだわ」
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呼んでもいないのにオーダーをとりにきた店員にランチメニューを注文すると、悪戯ににやつくアドニスが切りだした。
「さて。そろそろルキに電話するか」
こちらも質問を返す。「どっちの携帯電話? どっちでどうするほうが意外なんだろ」
「そりゃお前のだろ」即答だった。「お前が電話してきたと思ったら、男の声がするんだぞ。画面二度見するかも」
私は笑った。「そういうとこ、撮影しててほしいよね、誰かに」
窓際の椅子に置いているハンドバッグから携帯電話を取り出すと、ルキアノスの電話番号を画面に表示してアドニスに差し出した。
受け取った携帯電話の発信ボタンを押し、彼はそれを耳にあてる。
「あ、避妊具の話、ルキにはするなよ。あいつはそういう話、ほぼ無理だから」
「はいはい」
「あ、もしもし?」アドニスが電話口に向かって言った。ルキアノスが電話に出たらしい。「こちらチック・ノーティド・ショッピングセンター、ベアラック・ダイナーの者ですが」
私の口元がゆるむ。
「──え? ああ、オレ」早くもバレたらしい。「え? うん。いや、デート」
違う違う。
彼は笑った。「いや、こないだ電話した時の話の流れで。電話代がえらいことになりそうだったから、とりあえず会って話すほうが安いよなっつって。まあ本題はもう電話で終わってんだけどな。夏休みの、お前がやったのと逆バージョンやるかって。今ダイナーでランチ頼んだとこ。お前が来るまでには食い終わってる気がするけど、どうせベラはまたデザート頼むんだろうし」
頼むよ、当然。
「今暇なの?」彼はルキに訊いた。「──ああ。物好きだな、お前。アタマ腐るぞ。──あ? うっせえよ。やる時はやる男だから心配無用。それより来るのか来ねえのかはっきりしろ。──はいはい。四人掛けの席に座ってるから心配すんな。できるだけゆっくりしとく。──ん、じゃな」
彼が電話を終えたので私は、確認の意味で質問した。「来られるの?」
「来るって」携帯電話をこちらに返す。「勉強してたらしいわ。もうすぐ期末なのに、留年しても知らねえぞとか言われた」
そういえば留年があるのね、高校。「したら女にモテなくなりそう」携帯電話をバッグに入れ、彼へと視線を戻した。「それとも、“留年するのはワルでかっこいい”みたいな称号が手に入るかな」
「さすがにうちの高校ではないんじゃね? ただの落ちこぼれ扱いな気がする。悪さして留年するんじゃなくて、単位足らずなわけだから」
「それもそうか。だいじょうぶなの? 考えたら、あんたいつも遊んでる気がする。っていうか、勉強って言葉をあんまり聞いたことがないような」
アドニスは肩をすくませた。
「ルキを基準にすんなよ。あいつはイイ子ちゃんだからな。親も成績に関してだけだけど、わりとうるさいし。いい大学に入っていい会社にっていう、代々エリート家系なわけ。じーさんは医者だし、親父は弁護士だし、大学で散々遊びまくってた姉貴は、今は上場企業で働いてる。家業があるわけじゃねえから、将来こうなれってのはないけど、勉強ができてあたりまえというか、してあたりまえ。んで努力家? だから、なんでもやろうとするし、なんでもできる。運動神経もいいし、頭もいい。んであの甘いマスク。そりゃモテるわ」
そういう人間、本当にいるのか。「また卑屈になってる?」
「いや」彼は苦笑った。「環境に関してはどっちかっつーと、同情することのが多い。努力しなくてもできること以上に、努力すんだよ、あいつ。成績も学年で十位以内だし、学級委員みたいなのはあんまやらねえけど、一時的な文化祭の委員とか、面倒そうで誰もやりたがらないようなのでも、頼まれたらやるタイプ。あんま拒否しねえんだもん。ストレス溜まんねえのって訊いたら、“自分にできないことがどれだけあるのか知りたい”とか、“やろうと思えばできるだろうからストレスにはならない”とか、わけわかんねえこと言う。そのうちぶっ壊れたらどうなんだろ、みたいな」
ようするに変な奴。「今もすでに壊れてんじゃん。ハメはずしスイッチと反抗スイッチが」
彼は笑って同意した。「それは言えてる」
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食べ終えたランチの食器を下げてもらい、ドリンクを注文したあと。
私は彼に訊き返した。「マジで?」
「マジだよ」アドニスが答える。「中学二年の二学期、五教科の平均は二百三十くらいまで落ちてた。三年の一学期でやっとギリ三百まで持っていけて、けど夏になってもそれは伸びなくて、担任には散々進路変えろって言われてた」
ルキアノスによると、イースト・キャッスルには三百点あれば入学できるという噂があった。だけど中学ではプラス五十点の、三百五十点を目標に掲げられる。つまり中学二年の冬の時点でも、彼は百点以上目標に足りていなかった。
私はまた質問をした。「なんで変えなかったの?」
「意地だな」と、彼。「たぶんもともと、勉強はできるほう。けどやらなかったんだよ。二年なんて特に、上の奴らとつるんでみたり夜更かししたり女と遊んでみたりって、いろいろあんじゃん。三年になったら遊べなくなるとか思ったら、よけいに」
なんとなくわかる。
アドニスは続けた。「そもそもイー・キャスなんか行く必要のないオレが、なんでそこに行ってやろうと思ったかって、ルキの言葉だよな。“お前がどこの高校に行こうと勝手だけど、お前みたいなのは立ち位置高くしとくほうがいいんだろな。大学に行くのがあたりまえって流れを作っておけば、高校卒業しても当然のように大学に入って、あと四年遊べる。真面目にやれば勉強できるんだから、高校でちょっとがんばっとけば、将来それなりの会社に入社して、わりととんとん拍子に充実出世できるかも”って」
充実出世とは、なんだろう。「それでがんばろうと思ったわけ?」
「そー。イー・キャス希望を変えなかったのは、単に近いってのと、ルキがそこ希望だったからってのが大きいんだけど。あ、友情とかじゃなくて、ルキにできるんならオレにもできるだろ、みたいなな。ただそこに狙い定めたって言った時、周りは無理だ無理だって言ってきたわけ。担任だけじゃなくてダチも親もな。オレも無理だと思ってたけど、なんかムカつくだろ」
私がうなずくと、彼はさらに続けた。
「落ちたら落ちた時考えりゃいいわとかのノリで、ストレスを遊びで発散しながら勉強。でもオレは頼るってのが苦手で、ひとりでやってたのな。遊びつつだったし、なかなか成績伸びなくて。周りも進路変えろとか、キープ考えろとか言いだす。したらルキが、“どうせ同じ高校なんだから、うちで勉強すればいいんじゃないの”っつって。あいつ、教えるのもうまいのな。あいつだけは無理とか言わなかったし。で、二学期──秋、冬って成績が伸びて、オレは三学期にやっと合格圏内に入った。あいつは女と別れた。“私よりアドニスのほうが大事なんでしょ!”、みたいな。二人してイー・キャス合格。オレは周りを黙らせて、あいつは女から解放されたっていう」
「なんか変なのが混じってる気が──」
店員がドリンクを持ってきた。私はカフェオレ、アドニスはオレンジジュースだ。店員はさっさと立ち去り、彼は赤いストローを使ってジュースを一口飲んだ。
「言わなかったっけ? あいつ、受験で女と別れたって」
「受験のせいっていうか、あんたのせいじゃん」
また笑う。「まあそう。けど女のほうが悪いって、あれは。ルキはいつもどおりだったのに、オレに勉強教えはじめたことに嫉妬したんだもん。自分には教えてくれないのに、みたいな。ルキはルキで、根が冷たいからか、めんどくさいからとりあえずいいやと思ってたら、どんどんどうでもよくなってたらしいわ」
どっちもどっちだ。「受験は受験生カップルにとって、わりと深刻な問題なのかもね」
「ベラ?」




