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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 12 * REALIZE DAYS
74/119

* Real Intention

 ルキアノスとの電話から五日後、火曜の夜十時半すぎ。痺れを切らしたらしいアドニスが、電話をかけてきた。

 「なんだお前」電話越し、不機嫌そうに彼が言う。「放置プレイ!?」

 屋根裏部屋。私はラグの上の赤いビーズクッションに寝転んでいる。

 「だってすぐ電話したら、けっきょく気まずい空気流すんでしょ? 電話するって言っといてしなかったら、そのうちいつものテンションで電話してくるんじゃないかと思って」

 「──ああ」納得したらしい。「なんだお前。年上ハメてんじゃねえよ」

 「そういえば年上だったっけ。すっかり忘れてた。ハメたつもりはないけど」

 「いやいや。この五日間、オレがどんだけ悶々としてたと思ってんの? ルキの電話でひとまず安心したものの、二日経っても連絡ないし、また怖くなるし、そのうちキレたわ」

 「だから、それが目的。一週間はいけるかと思ったけど、ダメだったみたいね」

 「お前な──」呆れたような声で言葉を放ったかと思えば、彼は溜め息をついた。「聞いたんだろ、オレのアホ話」

 「なんとなくね。世渡りが下手ってのは、ちょっと違うのかな」

 「たぶん違う──本音出さなきゃ、うまくいくわけだから。けど疲れる。お前みたいに無関心てわけじゃねえし、口出ししたいほうなんだよ。けどそれやると、なぜかモメたりする」

 わからなくはない。「他人に破壊されるんだろうね。もちろんそっちにも、悪い部分はあるんだろうけど──私もわりと同じよ。自分はなにも意識してないのに、やたらと敵視されたり。ほんといい迷惑」

 「そう、そんな感じ──ルキみたいな表面聖人と一緒にいるから、よけいかもな。ルキが性格いいから、オレも性格よくてあたりまえ、みたいな。実際はあいつもわりとクロいとこあんのに、隠すのうまいから」

 「表面聖人てなに」

 「表面上は聖人みたいだろ? あいつは意識してなくて、そうできるんだけどな。本人も自覚済みだから、よけいタチが悪い。しかもあの甘いマスク。ちょっと笑いかけてやりゃ、ああいうのに弱い女はすぐ落ちる。本人はそんな気ないのに。実はぜんぶ計算済みの悪魔なんじゃないかと思って、たまにヒく」

 悪びれることなく言われたその言葉に、私は思わずふきだして笑った。

 「ああ、なんか、よくわかった。本音喋るとそうなるのね。すごく卑屈になってる気がする」

 アドニスも苦笑う。

 「これが本音。いや、ルキのことがキライとかじゃねえんだよ。自分よりルキのほうが上だとか、そんなん比べてるわけでもない。ただなんか、スキだとかキライだとか関係なく、とりあえずなんか出てくるんだわ。お前にはわりと言ってたつもりだったけど、それでも無意識にセーブしてた部分はあるかも。それがたぶん、リーズの件で、ポロッと出ちゃったんだろな」

 気持ちはわかる。口に出すか出さないかの違いだ。

 「言いたいことはわかるわよ。私も思うことはよくある。リーズの件は修学旅行中で、彼女がへこんでるって聞いて、なんでフるんだルキのアホ、めんどくさい──くらいにしか思わなかったけど」

 「ああ。けどお前、オレらとあいつらがどうなろうと、どうでもいいとか言ったんだろ? ルキに。あれがよくわかんねえ。リーズがフラれようと、どうでもいいってこと?」

 「フラれてもいいってわけじゃないのよ。ただ、もともと他人の色恋に興味がないから。もちろん、リーズが楽しくて幸せなのがいちばんだけど──フラれたとか言われても、こっちは困るし。誰かと一緒に落ち込んだり喜んだりってのが、ほんとにないのよ。同情もしないし」

 普通ならおかしいと思うはずなのだが、返ってきたのは関心の声だった。

 「へー。なんつーか、冷酷度が徹底してるな。それで対人運がオレほど悪くならないってとこが、わりと羨ましい」

 「男と女の違いってのは、あるんじゃないの? 私の場合、制限をかけずに本音をまともに言えるのは数少ない女友達と、男友達何人かだけ。それでも呆れられたらりすることはよくある。でも私はそれすら気にしない。相手が私はこういう性格なんだって、納得してくれればいいだけのこと。そうしてくれるのは、たいてい男友達だけ」

 「なるほどな。お前が女だから許されてるって部分もあるか。んじゃ、ダチの告げ口みたいなのは? 経験ない?」

 「ああ──友達じゃないのならあるけど、友達のあいだでは、モメるようなのはないかな」去年の私の秘密に関する、マスティからアゼルへの言葉は別として。「っていうか、わりと私の知らないところで私が言ったセリフが伝わったりしてる時もあるけど、言われて困るようなことすら、私にはそんなにないから。そもそも本気で広められたくない話なら、誰にも話さないし。さっき話したような、リーズのことを彼女に言われたとしても、特に困らない。悪口言ってるつもりはないし、それが私の本音だし、私はそういう奴。それに悪口みたいになってたとしても、ほとんど図星なんだもん、言われた側は」

 彼は苦笑した。

 「そういう考えかたを貫ける環境? いいよな。なにが違うのかさっぱりだけど。オレの周りにいる男、器が小さいのかね。ってオレもたぶん、実は相当小さいんだけど。けど一年も前の女の悪口引っ張りだされてキレる男とか、マジありえねえ」

 「男友達がその女とつきあいはじめて、一年前にあんたが女の悪口言ってたことを聞いて、キレたってこと?」

 「そう。カマトトぶんのがすげえうざい女がいたんだわ。オレに誕生日がいつか聞いてきたりしてて、けどオレは興味なかった。誕生日にお菓子もらったけど、食わずにダチにやったのな。そういうのとか、あんな奴にもらったもん食ったら食中毒にかかるとか、あんな売女とつきあったら病気もらうとか、まあいろいろ言ってて」

 売女って。

 アドニスは続けた。「んで一年くらいして、同期の奴がその女とつきあいはじめて。オレにそれを報告するかしないかみたいな話をしてたらしくて、別のダチが、オレが言ってたこと漏らしたのな。そんでそいつがキレて、夜オレを公園に呼び出して。殴り合いの喧嘩になった」

 「もちろんサシだよね。もちろん勝ったよね」

 「いや、むこうは兄貴とそのダチと三人。オレひとり」

 「まじで」

 「マジだよ。最初はそいつひとりで向かってきて、そいつには勝ったんだけど、したらその兄貴が手出してきて。それでもいい勝負してたもんだから、そのダチまで出てきて。さすがにやられそうになってたところに、単車に乗った変な男が現れて。どっかの族っぽかったけど、とりあえずそいつが、リンチとかダサいことしてんじゃねえよとか言って、楽しげにそいつら二人ボコボコにして。次やったらどうこうとかって脅しかけて、名前も言わずに去ってった」

 「それで助かったの?」

 苦笑。「だな。けっきょくそれから、一度もその単車男に会ってないし、誰かわかんねえまま。先輩に聞いたけど、地元の奴じゃねえんじゃねってことくらいしかわかんなかった。同期の奴とは、それから話さなくなって──けど三ヶ月くらいしてからかな、そいつ、その女の二股だか浮気だかが発覚。けっきょく別れて、オレのほうにあやまってきたっていう」

 いろんな意味で、私は呆れるしかなかった。ダサい。なんてダサい話なのだろう。それにしても単車の男。なぜかマルコの顔がうっすらと浮かんだのは、私だけか。

 私はまた質問した。「そうやって喧嘩した相手とは、まえよりももっと仲良くなれるみたいな、そんな話はないの?」

 彼は笑って否定した。「さすがにないわ。今は高校が違うからそんな会わねえし、会ってもちょっと話す程度。オレも寛大じゃないからな、まだちょっと恨み残ってるし。けどまあ、そういうのでもう懲りて、めったに本音、言わなくなった。女ってのも不思議なんだよ。ルキみたいなのが冷たいと、クールなとこもかっこいいって評価される。けどオレが冷たいと、ホントにただ冷たい奴みたいになる。いつもと違う、自分のことキライなんだ、とかなんとか」

 「それはあれよね、性格の問題。あなたみたいに、普段よく笑ってよく喋るタイプは、冷たいのが目立つ。ルキは無口とまでいかないけど、うるさくはないから、少々冷たくしてもクールだって言われる」

 「うるさいとか言うな」彼はつっこんだ。「けど、そういうこと。インゴみたいなのもオレ側。まああいつはオレ以上にうるさくて黙ることってほとんどないし、そもそも冷たい時なんてのがないけど。根がイイ奴だからな、あれこそ世渡りがうまいというか」

 男版エルミだ。「なら彼に、上手な世の渡り方でも教わればいいんじゃないの?」

 「いやいや。オレの場合は根が善人じゃないし、あれは無理。ルキみたいなのも当然無理。むしろお前に訊きたいよ、なんでそんな冷めた状態貫けんのか」

 「なんでって言われても困るけど。ルキと三人で会った時の、カフェのアレよ。他人になに言われようと、どう見られようと、気にしなきゃいい。なんか言われたら、うまく言いくるめる。自分は間違ってないふうに」

 彼は呆れた声を返した。「それができれば苦労しないって。んじゃさっきの告げ口の件、お前ならどうした?」

 その質問に、私は少し考えた。

 「まずね、あなたは最初から間違ってる。信用できない奴と一緒になって悪口を言う時は、他人に話を引っ張らせるの。うまく相手を誘導して、そこに口をはさむ感じ。なんでもリーダー感覚で話を引っ張ろうとするからダメなのよ。けっきょく責められるのは、会話の中心人物だったり、リーダータイプだったりするんだから。それが悪口だったり悪事だったりっていう、いいことじゃないんなら、どうでもいい奴をリーダーにしとくの。目立たずにいれば、そこまでキレられることはないはずだから」

 アドニスは天を仰ぐ勢いで笑った。

 「クロい! お前クロい!」そしてまた笑う。

 「でもそれが正解なの。悪口なんて、楽しげに言うもんじゃない。憎しみを込めてつぶやく感じで言う。ノリノリで話す役は他の誰かにやらせる」エルミみたいな。「便乗しない奴を相手に悪口を言うのはダメ。なんにもわかってないフリして、どうなのあいつってところからはじめる。ひどい部分は相手に言わせる。そしたらこっちは、ただ悪口につきあった側になれるわけだし」

 話は聞いているものの、彼はまだ笑っている。

 「今度そうしてみよ。すごいなお前、オレの中学二年の時とは大違い」

 「似たようなことはあったのよ。小学校の時だけど──私はリーダーってわけじゃなかったのに、それまでの行動がリーダー化してたらしくて、仲間はずれにするみたいなのがあった時、責任がぜんぶ私にまわってきたの。クラスメイトが担任に告げ口してね。責任を押しつけたのは友達じゃなくて、教師のほうだけど。その頃から、どんどんクロくなってった」直接的な原因は、別にあるのだろうが。

 「ああ──小学校ってのはどうかと思うけど、どこにでもあんだな、そういうの。けどお前はそれでヘコたれなかったわけだ。むしろ逆恨み?」

 私は苦笑った。

 「まあ、そうだよね。告げ口したのは、昔から仲の悪かった奴ら。ずっとキライなまま。恨んだのはどっちかっていうと、担任だけど」

 「教師なんてそんなもんだろ──あ、だからお前、リーダーになりたがらないわけか」

 「そう。たぶんそれがいちばん大きなきっかけだと思う。スレたんだろうね。私の場合、悪役ならいくらだってなるし、よく喋って笑うこともあるけど、元は考えがエグいって言われるのね。言ったり言わなかったりは当然、あるけど。そういうマイナスっぽいイメージですら、まわりに植えつけちゃえばいいのよ。引かれても関係ない。自分の相手をできる奴だけ、一緒にいてくれればいい。周りに媚びるような態度とったら、終わりだと思ってる。だからカマトトぶるのもキライ」

 「終わりって」彼が苦笑う。「植えつけねえ──よく喋って笑ってたら、冷たいのおかしいみたいになると思ってたけど、そうでもないのか。そういやそうだよな。偏ろうとするからダメなんか」

 「そういうこと。誰にでも相手してもらおうとか思うからダメ。ルキみたいなのだっているじゃない。あなたが性悪だってわかってて、本音隠してるのもわかってて、一緒にいてくれるヒト。大勢じゃなくて、そういうヒトが数人いれば、あとは適当。本音隠すってのは、ある意味カマトトぶるのと同じ。女相手になんて、得にそう。いい顔しようとしないで、両面を同じだけ見せてやればいい。その二面性すら魅力だって思わせるの。ギャップ効果を狙う。それに弱い女だっているんだから。真剣な表情で冷たい部分を出したかと思えば、すぐ明るい部分を見せる。もしくは、卑屈な部分もおもしろおかしく話して、冗談ぽく言っておく。男なんだから、くだらないことぐだぐだ考えてなくていいでしょ」

 少々の沈黙を作ると、彼は吹っ切れた様子で切りだした。

 「だよな。いきなりは無理だろうけど、あんま気にしないことにする。特に女相手には。考えたらなんか、たいして惚れてもない女の反応を気にするってのもイヤだし。お前みたいに冷酷に生きてやる」

 「うん。ちなみにね、“思う”だけなら、いくらでもしていいの。コツは──って、電話代、やばいんじゃないの? 三十分くらい話してる気が」

 電話のむこう、彼ははっとした。「げ。ちょっと待て、一回切る。家からかけなおす」

 「もういいじゃん。またそのうちで」

 「気になるだろ」

 「かけなおしてあげようか」

 「いや、家からなら平気だから。すぐかけなおす」

 私は、心の中で舌打ちした。めんどくさい奴。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アドニスは本当にすぐ、電話をかけなおしてきた。自宅から。

 「で、なんだっけ」と、彼。「コツ! “思う”だけならいくらでもしていいって」

 「そうそう」私は答えた。「だからさ、“思う”のは勝手でしょ。言わなきゃバレない。“うっせーよクソ女”って思いつつも、普通に接してみるとかね。私はそれが多い。ちょっと冷たくあしらってみる時ももちろんある。“黙れアホ”とか思いつつ、“あんたがどうなろうとどうでもいい”って言葉を返すとか。さっき電話をかけなおすって話で、あんたが気になるとか言った時、私は“めんどくさい奴”って思った。でも言わなかったでしょ」

 「はっきり言いすぎ!」彼は笑いながら怒った。「ああ、けどそうか。それができりゃいいんだ。アドレス訊かれて、“お前みたいなブスに教える義理ねえよ”とか思いつつも──」続きがわからないのか、訊き返した。「思いつつも?」

 「アドレスは教える。完全に興味がないっていうか、友達枠にも恋愛枠にも欲しいと思わない相手になら、別の目的を作ればいい。うまく使えば、可愛い子にありつけるかもしれないでしょ」

 アドニスは大笑いした。

 「クロい! ホントに女かお前!」

 なんて失礼な言葉なのだろう。「うっさいな。大切かどうかってラインはある程度、誰にでもあるはずだから、大切だと思わない相手には、どう思われようとどうでもいいって思っとく。実際どうでもいいじゃない。お前にこっちのなにがわかるんだって感じでしょ」

 「んんー」彼は唸った。「そりゃそうなんだけど、噂がまわるんだって」

 「確かにクロい噂がまわっちゃったら、印象は悪くなるかもしれないけど。根が性悪なら、それをベースにすればいいじゃない。悪い印象をまわりに与えといて、可愛い子にそれが伝わったとしても、実際話してみていい部分を見せたら、それこそ好印象。ギャップの魅力」

 「うわ、ほんとだ」彼は悟った。「そっちのほうがいいよな。噂なんてアテにならない的な」

 「そう。アテにならないかどうかは知らないけどね。私なんて、最悪にイカれた女だとか、離れたところで言われてる、聞こえるはずのない噂まで聞こえるんじゃないかとか」自分のせい。「怒らせたら地獄見るはめになるって噂が出回ってるらしいわよ」わりと事実。「でもそれだって、私にとっては好都合。おかげでもうたぶん、わりと敵なしだし」

 「なにしたんだ。よっぽどじゃないと、そこまでならねえぞ。っていうか悪い噂を好都合だなんて思ったこと、ない気がする。逆境を逆手に取ってるみたいな? なんかどんどん、自分が世渡り下手な気がしてきた」

 「や、下手ってのはやっぱり、たぶん違う。私だって世渡り上手なわけじゃない。敵はいっぱいいるもん。世渡り上手な奴は敵をつくらないでしょ。誰にでも媚びるっていうか、笑顔を振りまくから。それを目指すんじゃなくて、敵は敵のままにしとけばいい。相手に好かれようとか思わない。喧嘩なら受ける。でも殴り合いはどうかと思うから、それ以外の方法で。殴って勝てばいいなんて思ってるのはただのアホ。さっきの公園に呼び出されってのは、行かないのが正解だった気がする」

 「え、いや、行かないとビビッたみたいになるじゃん」

 「殴るとか言われてたの? 相手が三人だってことも把握してたの?」

 「いや、ダチが喋っちまったってのと、そいつが相当キレてたってのと、オレを呼び出すとかほざいてたってのを聞いた。ひとつ上に兄貴がいることは知ってたけど、まさかなとは思ってたけど、実際その兄貴もいて、そのツレまでいて、あれ? みたいな」

 「だったら行かないのが正解よ。最低でも離れたところから友達と一緒に確認して、相手が三人だってのを第三者に見せておくべきだった。びびったとかじゃなくて、一年も前の悪口にキレるそいつはただのバカ。いきがって夜ヒトを呼び出すくせに、兄貴とその友達を連れてくるってあたり、よけいにバカ。相手にするわけないじゃんって、小馬鹿にしておくべきだった」

 「ああ──いや、けどけっきょく、そのうち来るだろ」

 私は肩をすくませた。

 「だからさ、たとえばその日、なんで来ないんだって家に乗り込んできたら、親が警察呼べるでしょ。外に出たとしても、住宅街で騒げば近所の目を集められる。次の日、なんで来なかったんだって相手が言ってきたとすれば、クラスメイトがいるところで小馬鹿にできる。目撃者つきで確実にサシの勝負ができる。放課後は友達と一緒にいて、そこに兄貴たちを連れてきてくれれば、もう殴り合いの勝敗は関係ない。むこうは一年も前のネタを持ち出してるうえに、ひとりじゃないんだから。むしろ相手にするつもりがないからって手出さないでいたほうが、よけい勝てるよね。目撃者からすれば、どっちがバカなことしてるかってのは一目瞭然なわけだから。単車の男が現れてなきゃ負けてたわよ。そういうバカは、自分が最後に締めの一発くらわせて、自分が倒したみたいに言いふらすんだから。負けた奴の言い分なんて、周りは聞かないしね」

 数秒沈黙。

 「──なんか」つぶやいたと思えば、彼は声をあげた。「オレ、あんな痛い目合わずに済んだんじゃん! そうだよ! 行かなきゃよかったんだよ! なんで行ったんだオレ! アホか!」

 「相手もだけど、自分に酔ってたんでしょ。一年前のだろうと、女の悪口にキレる自分と、あほらしいってわかってても、殴り合いの喧嘩につきあう自分。相手はオマケ連れてったうえに、誰かもわからない男に喧嘩に乱入されて負けてる。あんたはのこのこと出て行って、負けそうになったあげく、見ず知らずの男に助けられてる。けっきょくうやむや。本気でくだらない」

 「ムカつく!」怒っている。「すげえムカつく! なにこれ。どんな嫌がらせだ。もう絶対あのアホとクチきかねえ」

 小学生か。「同じ学校の残念顔の女子のロッカーにでも、手紙入れておけばいいよ。そいつのアドレス書いて、“文化祭で見かけてから気になってた。よかったらメールくれ”、みたいなね。しかも何人かに。電話番号はダメだけど、アドレスならすぐ変えられるから、それくらいはしてもいいでしょ」よくはない。「相手がわけもわからないままそれに乗ってくれれば、しかもモテてると思って勘違いしてくれれば、それこそ笑える。写真送ってなんて言えないはずだから、さんざん相手がどんなかを想像したあとに会ったら、かなりがっかりするよね。陰で笑ってやればいい」

 怒っていたはずのアドニスは、また大笑いした。

 「やってやろうか。そいつ、その売女と別れてから、女とつきあってないらしいし。かなり喜ぶ気がする。やってやる。陰で笑ってやる」

 そんなささいな復讐でも、ストレス発散になる可能性はある。「ん」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 マブの、真っ暗なアゼルの部屋の、ベッドの上。

 「避妊具」シーツをかぶってこちら向きに横になったアゼルが切りだした。「まとめ買いしたの、バレた」

 私は訊き返した。「マスティとブル?」

 「そう」目を閉じて答える。「しかも明日の土曜、お前をあのドラッグストアに連れてって、避妊具まとめ買いすんのにつきあわせるとか言ってる」

 「絶対イヤ」

 彼が笑う。

 「けど連れてくとか言ってる。店員とか他の客の反応が見たいんだと」

 「二週間ちょっとしか経ってないのよ。あの時の店員がいたら、かなり遊んでるみたいに思われる」

 「だろうな。けどお前はそんなの、気にしないんじゃなかったっけ」

 「話が違うじゃん。なんか違うじゃん。あれだけ避妊具買い溜めしておいて、たった二週間で男変えてるみたいになるんでしょ? しかもスキモノみないになるんでしょ? さすがにイヤ」

 「金は出すっつってる」

 「あたりまえでしょ。っていうか、問題はそこじゃないから」

 「さすがに避妊具買うくらいじゃ、あいつらも欲情したりしねえと思うぞ」

 「したらただのバカ。っていうかされても困るし」

 「しかもブルとマスティ、立て続けに行ったりしたらお前、すごいことになるな。こないだの店員がいようがいまいが関係ねえよな」

 「ぞっとするからやめて、マジでやめて」

 アゼルはやはり笑った。

 「なんなら俺も入れて、三人立て続けに行くか。しかも俺は一箱」

 「なんでそこまであいつらにつきあわなきゃいけないの? ニコラやリーズでもいいじゃない」

 「それは俺も言った。けど即拒否。ニコラとリーズも拒否するに決まってる。避妊具買ってく客見たら、店員はとりあえず、ヤんのかこいつらって思うらしいから」

 「じゃあ私があいつらとするって思われるってことじゃん。よけいイヤだし!」

 「ヤりたくねえならヤんなきゃいいだろ。実際ヤるわけじゃねえんなら、店員がどう思おうとどうでもいいんだし」

 こういうことを平気で言うアゼルがなにを考えているのか、本気でわからない。

 ムカつく。「三人で行ってやる。あんたがどうすんのか知らないけど、三人で避妊具持ってレジに並んでやる」

 彼は目を開けて微笑み、右手で私の頬に触れた。

 「なんなら露出度高めてこい。俺は失恋女二人連れて観察してるから」

 ムカつく。「日曜は来ないからね。男友達とランチ行くから」

 動じない。「それは昨日聞いた。惚れられてこいよ」

 ムカつく。「最低。あんたなんかキライ」

 「俺もお前キライ」

 微笑んだままそう言ったアゼルは、いつものように私にキスをした。

 深いキスを何度もして、いつものように私を黙らせ、怒りを追いやった。

 けっきょく残るのは、気づけばずいぶん薄れた憎しみと、どんどん深くなっていく愛だけだ。


 “別れたいなら別れればいい”

 これは、紛れもない本心だ。

 私がそう思うのは、こうやって一緒にいて、離れられなくなってる自分たちが、怖いから。

 いつまた裏切られるのかという恐怖が常に心の片隅にあって、なのにもう半年以上そんな気配がないから、また信じそうになっている。心の中で葛藤がはじまっている。

 そんな終わりかたに怯えながら一緒にいるよりは、さっさと別れてしまったほうがラクなのにと思う。

 “手放そうとしないで”

 そんな言葉は言えなかった。言えなかったけれど、思ってしまった。

 私を手放そうとするアゼルのことが、私は、大嫌いだ。

 私がなにを恐れているかをわかっていて、彼は時々、そんな言葉を口にする。

 他の誰かを見て、好きになって、自分の元を離れろと言う。私がそうできないのを、望んでいないのをわかっていて、そんなことを言う。

 アゼルがどれほど私を手放したがっているのか、私には、ぜんぜんわからない。

 そんなことを知る術は、どこにも存在しない。

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