* Surprise Inspection
十一月一日、夜。
今現在、私は修学旅行のため、国の首都であるイースト・メトロポリスに来ている。
朝五時半に中学に集合、空港に向かい、七時の便でベネフィット・アイランドを発った。いくつかの観光地や工場を勉強名目でまわり、夕方にはホテルに到着。夕食をとりつつ、約二時間のレクリエーションを終えたあと、二十時すぎ、やっと解放されて、それぞれの部屋に戻った。
夜十時前から引率教諭たちによる点呼がはじまるのだけれど、フロア内での移動は一応自由となっていて、それにはまだ時間があるからと、私とアニタの宿泊部屋であるツインルームに、ナンネとジョンア、エルミが押しかけてきた。三人は同室なのだが、C組とはいえ、十階に部屋をとることもできたのに、エルミがどうにか十一階にしたらしい。
部屋に来たエルミはまず、同フロアにあるハヌルの部屋が傑作だと教えてくれた。興味はなかったものの、アニタに引きずられて見に行った。
そのありさまを見た瞬間、一同、大笑いしたい気持ちを必死にこらえた。
ハヌルは、二年D組のクラス委員ともうひとり、小柄で華奢で少々色黒の、まるで猿のような女と三人でひとつのグループになり、部屋をとっていたのだが、その部屋そのものに問題があった。
その部屋はもともとツインルームで、当然のようにベッドはふたつしかなく、だけど三人でそこを使用できるようにしなければならないからと、その部屋には明らかに不自然だろうベッドがひとつ、足されていた。それがちゃんとしたベッドではなく、病院用かと思うような、かなり簡易的なものだったのだ。それにもかかわらず、そこに用意されたマットレスやシーツの類はしっかりとしたこのホテルご用達の豪華なものだったので、それが不自然さをさらに際立たせていた。
しかも出遅れたのか、そのひとつをハヌルが使うことになっていて、寂しいという理由で病院用のようなそのベッドを、ふたつのベッドのあいだに無理やり押し込んでいた。寝心地のいい豪華なベッドに挟まれた、いかにも“応急処置”的なそのベッドというのが、本当に惨めだった。
私とアニタの部屋は縦長の、決して広いとはいえないツインルーム。
「今年は今まででいちばん幸せかも」と、アームチェアに腰かけたナンネが幸せそうにつぶやいた。
笑うアニタが「大げさだっつの」とつっこむ。
「だってさ、まず夏休みに電話で話して、花火したでしょ。しかも二回。んで今日だよ。ベラがずっと、ダヴィたちと一緒にいてくれたんだもん。そんであたしらのことも呼んでくれて、だから一緒にまわれたし。ランチも夕食も一緒に食べられたし、しかもまたちょっと話せたし。時間的には、今日が人生でいちばん幸せかも」
本日の自由行動の時間──アニタは時々、ペトラや他の子たちとまわっていたものの、私はずっと、ゲルトとセテと一緒にいた。小学校六年の修学旅行の時と同じようにだ。当然のようにイヴァン、ダヴィデ、カルロもいて、私が呼んだというよりはエルミが寄ってきたので、いつのまにかナンネたち三人も一緒にまわっていた。時々ペトラだったりカルメーラだったりもこっちに来ていたりしたので、一時はかなり騒がしかった。ホテルに戻ってからの夕食時は色々あり、テーブルにナンネとジョンアを呼んだ。エルミはハブッたが。
「まだ明日も明後日もある」私は彼女に言った。「今日がいちばんだとは限らない」右脇に置いたチョコ菓子をひとつ食べる。
エルミはにやりとした。「明日はテーマパークだもんね。超楽しみ」
アニタが言う。「けどベラ、あんた乗らないとか言ってたよね。アトラクションなんてどうでもいいとか」
「だって、平日だろうと待ち時間すごいらしいじゃん。タニアが言ったんだよ」アニタの姉のこと。「四十分も待ち続けるとかイヤだもん」
「乗らなきゃ損じゃん。乗り放題だよ。遊ぶとこは遊ばなきゃ」と、エルミ。
「カーツァーたちは? 乗らないって?」私のベッドの端に腰をおろしているジョンアが私に訊いた。
「ううん。そこまでは言ってない。セテとイヴァンとカルがぜんぶ乗ってやるとか言ってたし、ゲルトも主要なのは乗る気でいるし、ダヴィもパンフレット見て、いくつかには興味示してた」
「ベラが乗らなきゃ、ナンネたちは乗りにくいよ」アニタが言う。「セテやゲルトは平気だろうけど、並ぶってとこでも、ちょっと気まずいかもしんないじゃん。あたしはいつ誰のとこに行くかわかんないし」
それはわかっている。「まあセテに、拒否しても連れまわすとかは言われてるから、気分しだいだと思ってる。今もう眠いんだよね。テーマパークに行って騒ぐ自分が想像できない」
決してアゼルの浮気が気になっているわけではない。ブルとマスティが時々、メールをくれる。しかもこの修学旅行に合わせて二泊でマブに泊まって、アゼルを見張ってやるとも言われた。そんなことしなくてもいいとは言ったけれど、どうせ今日から三日間仕事が入っていて、マブから行くほうがバス停に近いからと言い、けっきょく泊まることにしてくれた。彼らなりに気を遣ってくれているらしい。私はアゼルが浮気しようがしまいが、本気でどうでもいいのだが。
アニタが咎める。「だから昨日、早く寝ろっつったのに。夜の十時には寝ろっつったじゃん」
だって、ルキアノスからものすごく興味をそそられる電話があったので。
「はいはい、今日は思いっきり寝ます」私はナンネへと視線をうつした。「そんな微妙そうな顔しなくても、ちゃんとつきあうよ。昼前にテーマパークに行って、ランチ食って遊ぶんでしょ? 気分が乗らなきゃ栄養ドリンクでも買って無理やりテンションあげるから、集合解けたらすぐ来て」
ナンネが苦笑う。「うん、ありがと」
彼女は頼んでいるわけではない。なにかに愚痴ることはあっても、頼んだりはほとんどしない。実らせる気がない恋だからだ。私が勝手に行動するか、ほとんどはエルミみたいなのが気を遣ってくるだけ。
エルミはうんざりそうな顔をした。「けどアニタがいないと、ハヌルがこっち来るんだよね。いちいち話しかけてくる。答えてたらベラたち、さっさと立ち去ろうとするし」
これは今日、実際に起きたことだ。私が先に進もうとしたので、エルミは無理やり話を終わらせたが。
「話しかけられてんのはあんただもん。こっちがつきあう必要は──」
私の言葉を遮るよう、脇に置いている赤い携帯電話のバイブレーションが震えた。ダヴィデからの着信だ。応じる。
「なに」
「抜き打ちの持ち物検査ってなに!?」電話越し、彼は突然声をあげた。「聞いてないんだけど!」
リーズたちがそんなことを言っていた。彼女たちは事前に知っていたので、備えつけのナイトテーブルの下に隠していて、女教師による点呼が終わるまでは吸わなかったから、なんとか無事だったらしい。男子に比べれば女子の検査はわりと甘いらしく、でも見つかったら、煙草を没収されるうえ呼び出されて説教、翌日の自由行動に教師がついてまわるハメになるという。というかこの件、チェック後に口止めされるはずなのだが。
私は同級生の誰にも、このことを言っていない。
「見つかって困るモノなんて持ってきてないでしょ」と、私。
「俺の中学生活は終わった。もう終わった」
「は?」
ダヴィデが説明する。「さっきトルベンから電話があって、抜き打ちで持ち物検査がはじまったって。ヤーゴの煙草が見つかって没収されて、どっちも吸ってなかったけど、トルベンは関係ないのに同じ部屋ってだけで共犯扱い。あとで呼び出しだって」
「同室じゃないんだから、あんたに関係ないじゃん」
そう言うと、うんざりそうな溜め息が返ってきた。
「カルロのアホが煙草持ってきてて、アホのイヴァンと二人で吸ってた。今さっきまで」
「窓から捨てればいいじゃない」
「いや、窓は開けられるけど、網戸が開かないんだわ。しかもトルベンいわく、ベッドシーツとマットレスめくられたあとにバッグの中身ぜんぶ出せって言われて、ベッドの下とか棚の中とか、バスルームまでチェック入ったって。しかも廊下で赤毛猿が見張り。主事と教頭とA組の担任と俺らの担任が手分けして部屋まわって、神業的なスピードで徹底的に調べてるらしい」
「それで? 私にどうにかしろと?」
「いや、もう諦めモードだけどな」彼は苦笑うように答えた。「イヴァンとカルロはやたらあやまってくるし、なのにカルは、煙草はどうなってもいいけど、オイルライターは高かったし気に入ってるから手放したくないとか言ってるし。セテとゲルトも今こっちに来てるけど、とりあえず呆れてるし」
私は教師陣に感心しつつも、話そのものには呆れていた。残っている教師は学年主任を含む四人、女ばかり。写真家のヒトもいるけれど、関わってはいないだろう。そして残った女教師の何人かはおそらく、女子のほうのチェックをはじめているはずだ。ということで、こちらの見張りはいないと思われる。それにしても、煙草を探すために引率教諭総動員か。笑える。
「当然、窓開けてるよね」私は彼に訊いた。
「は? いや、もう諦めて閉めたけど。エアコン効いてるし」
「開けろ。そんでエアコン全開。五分くらいでいいから。あいつらには歯磨けって言って。で、左右どっちからまわってんのかわかる? レストルーム側か教師部屋側か」
「ああ、教師部屋のほうからだっつってた。トルベンとヤーゴは教師部屋からみっつめ」
教師側。部屋番でいえば逆回り──で、あいつらがみっつめ。ということは、まだ六階──A組とB組の男子フロアにいる可能性が高い。エレベーターは危ない。そういえば自販機コーナーも調べたらしいと、ブルが教えてくれた。ブルもアゼルもマスティも、修学旅行には行っていないらしいけれど。つまり自販機下には隠せない。ライターを没収される可能性がある。
「部屋のニオイ消すなんて無理じゃね?」彼は続けた。「すぐわかるだろ」
「確か主事もA組の担任も、あとたぶん教頭も、吸ってたと思う。吸うヒトは気づきにくい。ゲルハラなら気づいても、自分のクラスの生徒だってわかれば、言わないかもしれない。説得力もない」
そう答えながら、私はベッドから脚をおろした。アニタはきょとんとした表情でこちら見ている。苦い笑みを返しつつ、電話に向かって続けた。
「かなり埃っぽくなると思うけど、一応シーツもぜんぶ、思いっきり扇いで。階段使ってそっちに行く。着いたらカルにワンコールするから、煙草とライター持ってこさせて」
そう言うと、アニタはぎょっとした表情を見せた。
ダヴィデが訊き返す。「けどお前、そっちが見つかったらどうするわけ?。どれくらい調べられるかわかんねえぞ」
「ナメんな」私は立ち上がった。「とりあえず切るよ、こっちの見張りがどうなってるかわかんないから。そっちも部屋から顔出して、見張りがいてバレそうだったら、また電話して教えて。ゲルトたちの部屋に行くフリすれば、不自然じゃないだろうから」
「ああ、了解」
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私が電話を終えるとすぐ、アニタは責めるような口調でつっかかってきた。
「煙草!? ヤだよ、そんなのの巻き添え!」
「わかってる。今、六階から抜き打ちで持ち物検査がはじまってるって。カルロが持ってきたのをイヴァンと二人で吸ってて、そこにトルベンから電話があったんだって。煙草を持ってたヤーゴの巻き添えで、トルベンもあとで呼び出されるって。ダヴィは被害者。あいつの家、わりと厳しいから仕方ない。けどあんたは普通にしててくれればいい。変にそわそわしたりしないで。部屋には隠さないから」
彼女が顔をしかめる。「じゃあどこに隠すの」
微笑み、私は右手で自分の頭を指差した。
「これでも女。髪は背中まであるんだよね。アップにしてまとめたら、余裕で隠れると思わない?」
思わずか口をあんぐりと開けたアニタは、ゆっくりと笑顔になった。
「隠れる! できる!」跳ねるようにベッドの上に立ち上がると、両手を腰にあてて強気に微笑んだ。「しょうがないから協力してやる。まとめるのはあたしがやる」
変な奴。「任せる」そう言って振り返り、呆気にとられるナンネに言った。「ダヴィは頼んできたわけじゃない。諦め半分の愚痴。でもいちばん家に連絡されたくないのはあいつ。だからこれを理由に恩売って、明日ジュースのひとつくらい、奢らせることはできるよ。だから」彼女を指差す。「あとでそのバレッタ、貸してくれる?」
ナンネも思いきり口元をゆるめた。「もちろん」
再び携帯電話が鳴った。セテからだ。
「はいはい」
「ダメだ。エレベーターホール、廊下の正面に美術の先公がいる。遠いけど、さすがに階段のドア開けるとなると目立つ」
美術の先生。去年私の担任だったオルフ教諭の後任で、背が低くくて華奢で気弱そうなおばさん教師だ。学年主任と並ぶと、姉妹なんじゃないかと思う。いろんな意味で。
「協力する気はあんの?」
私は彼に訊いた。それと同時、エルミは立ち上がってドアへと向かった。
「害がないなら」と、セテ。
「じゃあ方法をちょっと変える。夕食の時に見せてくれた八階フロアのソファコーナーの写真に、造りつけの棚があったよね。あの下、奥のほうに小銭滑らせて。それを先生に言って、取れないって相談して、引きつけて。カルは先に煙草持って先に自販機コーナーにでも行って、教諭を引きつけてるあいだに階段のドア開けて、煙草とライター置けって言って。すぐ取りに行く」
「おお、やってみる。んじゃな」
「ん」
電話を切ると、戻ってきたエルミが私に声をかけた。
「こっち、たぶん平気」とりあえず便乗しておくことにしたらしい。「誰も見えない」なんだかがっかりそうにしてる気が。
「行ってくる」
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二十三時少し前、点呼と抜き打ちの持ち物検査だと言って、学年主任とB組の担任が部屋に来た。
私とアニタは言われたとおり、ベッドの上に荷物を出した。漁ったりはしない。持ち物をすべて出し、それをまたバッグに戻すよう言われただけだ。
「あら、これは──」学年主任がベッドに広げられた小物の中のひとつを手に取った。疑わしげな表情でベッドの上に座っている私を見る。「シガレットケースじゃないの?」
「そうですよ」
アップにまとめた髪に違和感を感じつつ、私は微笑んで答えた。ゴールドで縁取られた、赤いクロコ柄の薄型シガレットケースだ。
主任が眉を寄せる。「開けても?」
「どうぞ」
促すと、主任はそれを開けた。「──まあ」
「なんです?」アニタの荷物をチェックしていたC組の担任が覗き込む。「あら、ピアス。いっぱい」
彼女は若い。おそらく二十代後半か三十代前半だろう。美人の類に入るらしく、男子にもわりと人気がある。でも私は赤毛猿と同レベルの、ただの男好きだと思っている。
「コレクションです」と私は言った。「見つけると買っちゃうんですよね。可愛いから」可愛いって、おかしい。可愛いものなど特にない。「バラバラになるのがイヤだから、シガレットケースに。シガレットケースもかっこよくて、つい買っちゃいました」煙草用は別にある。当然家に置いてある。
「なにもシガレットケースに入れなくてもいいでしょ」C組の担任が言った。「ケースなら他にだってあるじゃない」
「入れ物を規制される覚えはありませんが? 中学生だからって、シガレットケースを買っちゃダメってことにはならないはずですよ。煙草を買ってるわけじゃないんですから」買うけれど。「ライターだって、花火の時になれば買いますもん。小学校の時だって買いました」
C組の担任は、あからさまに呆れた表情を見せた。「あなたね──」
「まあまあ」学年主任はなだめるように止めに入り、こちらに視線をうつした。「勘違いされる可能性はわかってると思うけど、あまり持ち歩かないほうがいいかもしれないわね」そう言って、シガレットケースを閉じてベッドの上に置いた。「点呼と検査を終わります。他の生徒たちには他言しないように。十一時半までには就寝するようにしてください。明日も早いですからね」
勝った。「はい先生。おやすみなさい」
学年主任とC組の担任が出て行くと、アニタは私のベッドに飛び移り、背後から腕で首を絞めるフリをしにかかった。
「喧嘩売るなよもう!」とは言いつつ、笑っている。
「ごめん」笑いながら応じた。「でも私は間違ってないので」
「確かに」彼女は私の腰に両手をまわし、右肩に顎を乗せた。「あたしも開けようかな」
「開けちゃえ。今私、左にふたつ、右にひとつだけど、左にもうひとつ開けたいんだよね。なんならぜんぶ合わせて十個くらい」
彼女が笑う。「怖いわ」
「とりあえず、教諭たちが引いたらナンネたち、呼ぼ」
男子のほうのチェックが進んで手が空いたのか、レストルーム側から保健の先生と美術教諭が女子の点呼と荷物検査にまわっていた。ナンネたちは私たちより先にチェックを終えていた。
彼女たちを呼ぶと、アニタとナンネ、なぜかエルミも一緒になり、私の携帯電話でジョンアに写真を撮ってもらった。当然煙草とライターを見せて。それをダヴィデとイヴァンとカルロに送信。彼らは安心したらしく、電話とメールで礼を言ってきた。律儀なダヴィは私やアニタだけでなく、ナンネにもメールを送った。“助かった”という、シンプルなだけの言葉だけれど、ナンネはおもしろくらいに喜んでいた。当然保護する。“エルミはなにもしてません”という言葉を添えていたから、奴にはなにもなかったけれど。というかあいつ、誰のメールアドレスも知らないし。




