* I Run To You
君から逃げていた
愛と向き合うことから
未来を考えることから
恐れていたからだ
あなたから逃げていた
愛が深くなっていくのを感じながら
過去の恋が残っていて
傷つくことが怖い
だけど落ち込んだ時
心は互いの元へと向かっていた
時々恋はすべてを壊してしまう
抗えないなにかがある
望んでいなくても
だけど悩んでも意味がないから
今夜は自分の気持ちに従うことにしよう
君の元へと駆けていくんだ
過去から逃げていたふたり
自分自身から
始まってもいない恋から
言い訳ばかりうまくなって
だけど信じられるものが必要だと思った時
心は互いの元へと向かっていた
時々恋はすべてを壊してしまう
抗えないなにかがある
望んでいなくても
だけど悩んでも意味がないから
今夜は自分の気持ちに従うことにしよう
互いの元へと駆けていくんだ
この恋がダメになるかどうか 今はわからない
いつだって思い通りにはならないから
だけどふたりなら大丈夫
一歩踏み出してみよう
覚悟を決めて
互いの元へと駆けていくんだ
「これをデュエットして、勢いで告ったわけ? 四十人の前で?」
CDコンポで流していた音楽をリモコンで停止し、マスティが訊いた。
「そう」と私は彼に答える。「しかも最初は恥ずかしがって、うたわなかったくせに。二番からの参加だったくせに。後半のサビ部分は楽しそうで、八十二点ていう採点結果を見てか、それでまたみんなが冷やかしたからか、いきなり好きとか言いだした」
文化祭の翌日、十月六日。
自分を含めた四十二人での、カラオケボックスでの文化祭打ち上げが終わると、午後七時前、私はやっとヤーゴから返ってきたCDアルバムを持ち、マブに来た。
カラオケはアニタの指揮で進めたものの、私は文句というか、喧嘩を売るよう命令口調で口をはさんでいた。だって奴ら、部屋に入るなり席順をどうするかでいちいちぐずついたうえ、女子は男子にうたえと言いつつも、女の曲ばかり入れて男子に隙を与えないし、遠慮してか恥があるのかで、男子もうたおうとしなかったりしたのだ。男が女の歌をうたうことには抵抗があるとしても、女は男の歌をあたりまえにうたえるということは、わかりきったことなのに。
なので私は、ゲルトたちとうたうからと言って、ナンネとジョンアにもマイクを持たせ、八人でナンネが大好きな男ポップグループの歌をうたった。それをきっかけにやっと、女たちは男子と一緒に男の歌を探し、うたうようになった。
これはその少し前のことなのだけど、アウニが一向に“I Run To You”を入れる気配も誘ってくる気配もないとヤーゴが言ってきたから、奴にパフェ代を少しもらい、アウニにうたうよう言って、曲を割り込ませた。
でも彼女は恥ずかしがって、うたわなかった。しかたがないので幅広いジャンルの音楽を聴くらしいカーリナにうたうよう言い、一番はヤーゴとカーリナとのデュエットになったあと、二番からやっとアウニがうたった。
気持ちが盛り上がったのか、八十二点という点数を見てか、冷やかしの声がすごかったせいか、アウニはマイクを使って突然、ヤーゴに告白した。
彼は数秒呆気にとられていたものの、隣にいたトルベンにすぐ現実に引き戻され、つきあうかと彼女に訊いた。
顔を真っ赤にしたアウニは言葉にせず、うなずいた。
それでまた、冷やかしの声があがった。私はやっと、ヤーゴからの迷惑な協力要請と、アウニの妙な嫉妬から開放されたのだ。
アロウ・アイレットにあるカラオケボックスの五十人収容可能なパーティールーム内、六時間フリータイムでの、文化祭の打ち上げというよりはただのカラオケ大会になっていたそれを終えたあと、ヤーゴとアウニがうまくいってからと思っていた、夏休みの花火の写真とネガをアニタに渡して、全員解散した。
ナンネとジョンアが欲しがったはぶんは、すでに焼き増しして渡してある。私は一枚も、自分の手元に残していないけれど。
ちなみにA組とB組を白組、C組とD組を紅組とした、料金をかけての紅白カラオケ採点勝負。紅組が勝った。料金はA組とB組の奢りになったのだ。
そして今、マブにいる。馴染みのメンバーは全員揃っていた。ニコラとブルが赤い二人掛けソファに座り、リーズはキッチン側ソファ、アゼルは相変わらずソファのコーナー部分、マスティが窓側ソファにいた。私に席を譲ると、ブルは位置を詰めたマスティの右隣に腰をおろした。
ブルが苦笑う。「うたうの恥ずかしがったのに、四十人の前で告るって、どんな度胸だよ」
「よくわかんないけど、その時は私とアニタ以外、二人でうたう奴らってのはいなかったのね。で、私とアニタがしょっぱなから九十八点を出しちゃったわけで」
正確には二曲目だ。一曲目は、ペトラやカルメーラ、エルミも一緒にうたった。最初にうたっておいたほうが、恥ずかしさが減る。私にはそんな恥、一切ないけれど、ナンネとジョンアも途中に含め、喉を慣らした。
そのあと採点ゲームを開始し、私とアニタが紅組のスターターとして一曲うたって、それが九十八点だった。アニタは私に抱きつくほど喜んだ。だが私は、採点ゲームがキライだった。というか、その機械の審査員がキライだ。コメントが、いちいち何様だとつっこみたくなるほどウザく、なにより、百点を出せたことがない。なのにコメントでは完璧だとか言いやがる。完璧なら百点にしろよと言いたい。
私は説明を続けた。「最初は、点数があからさまに低かったら、歌が下手なのがバレるとか思ったのかも。引かれたくないとか。だからうたわなかった。で、みんなの前で告白しておけば、ヤーゴに対して誰も、ちょっかい出さなくなるでしょ。アウニの気持ちを知ってる私が、ヤーゴとデュエットなんかさせようとするわけだから。ヤーゴにも気持ちはあるかもって思っただろうし」
ニコラは口元をゆるめる。「確かにこの曲、だんだん盛り上がっていく感じだもんね。気持ちはわかる。さすがに四十人の前で告白は無理な気がするけど」
私は告白が無理なのではなく、アゼルに対してその言葉を言えない。
「けどお前」マスティが私に言う。「ヤーゴがお前を好きなんじゃって勘違いされてたんじゃねえの? なんか変だろ」
「夏休みの花火の時、一応その可能性は潰しておいたつもりだけど、よくわかんない。だからヤーゴには、私のことが好きなんじゃとか言われたら、前からアウニのことが気になってて、文化祭の準備してるあいだにはっきり好きだってわかって、私に協力させたとでも言っとけって言ってある。そうすればどうにかなるでしょ。四十人の前で告白してつきあいはじめたのよ。相手の本音がどうなのかなんて、今さら訊いても手遅れだと思うし。私はヤーゴに、これ以上はキレるって言っておいたから。あいつももう、無駄に近づいてきたりはしないはず。たぶん平気」
ニコラが苦笑う。「ベラはほんと、やさしいのか冷たいのか、よくわかんないよね。ツンデレともちょっと違う。面倒事がキライって理由で解決しようとしてるんだろうけど、言ってることとやってることが逆な気がする」
「だって、ヤーゴもアウニも、仲良くなんてないわけよ。だからどうなろうと、どうでもいいでしょ。方法的にはかなり大雑把な気がする。さすがに私とヤーゴが企みめいたことして落としたみたいになってるのを知るのは、アウニが可哀想だとは思うけど。だからそうならない程度には考えたけど。でもそれがアウニにバレて私が恨まれたり、ヤーゴがフラれたりするってのは、どうでもいいかな。むしろフラれろと思ってるし」
彼女は笑った。
「でも別れちゃったら、努力が無駄になるじゃん」
「どうでもいいよ。私はおもしろい結果になってくれるほうがいい。そのうちフラれたって報告がヤーゴから入ったら、超笑ってやるんだ。あいつが本気でヘコんでたとしても、笑ってやる」
彼らも笑う。
「お前、誰がフラれても笑いそうだよな」マスティが言った。「あ、アニタはないか」
「誰がフラれてもってのじゃないわよ。女子の中でフラれておもしろいと思うのは、たぶんエデとハヌルだけ。男子ならヤーゴは当然だけど」私は口元をゆるめ、あぐらをかいた脚の上でマスティとブルを指差した。「あんたたちがフラれても笑えるよね。フッた女を褒めてやりたくなるくらい笑えるよね」
ニコラはけらけらと笑ったものの、二人は怒った。
「っつーかなんでそこにエルミが入ってねえんだ」と、ブル。
「エルミはどうでもいいかな。ざまあみろともあんま、思わないかも。ほんとにどうでもいい。基本はこれ。知るかよみたいな。たぶん私、自信過剰な奴が特にキライなんだよね。自分に自信を持つのはいいことなんだろうけど、そうじゃなくて、必要以上に自信を持ってる奴。あと偉そうな奴。陰であれこれ言う奴。くだらないことしかできない奴。たぶん男と女で違うと思うけど、細かい条件があるんだと思う」
ニコラはまた苦笑った。「細かすぎ。ってかあいつ、けっきょくインゴとどうなってんの? 昨日そんな話、しなかったんだけど」
「特に進展はないと思う。この一ヶ月、文化祭の劇のセリフ覚えるのに必死だったらしいから、あんま連絡とってないとかいう話」
「そっか。文化祭の準備で一度断られたから、けっきょく遊べてないもんな。そろそろ誘ってもいいか」
「うん。まあ、あいつがいいって言うならべつにいいんだけど。もうどうでもいいし」
「や、一度は呼ぶよ。そういう約束だし──」ニコラはリーズへと視線をうつした。「なに、まだメールしてんの?」
曲を聴いている時に誰かからメールが届いたらしく、リーズは携帯電話を操作しはじめた。合間でこちらの話を聞いていたものの、今はニコラの言葉にも反応せず、両手で携帯電話を持ったまま、なぜか固まっている。
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私たちは顔を見合わせた。マスティに促されたアゼルが身体を起こして移動し、リーズの携帯電話を覗きこむ。
「──“喋るのもどうかと思うけど、とりあえず言っとく。ルキ、今好きな奴いるらしい”」
はっとしたリーズは彼を睨んだ。
「読むな!」
アゼルはソファにもたれた。「お前だとは限んねえよ。もしかしたらゲイかもしんねえ」
マスティとブルは天を仰いで笑ったものの、彼女たちはぎょっとした。
「いやいや、そんな話聞いてないし」と、ニコラ。
「公表する奴なんて一部だけだろ」
「そうだけど、ゲイだったら女をナンパするっておかしいじゃん」
「んじゃバイ」
「怖いわ!」怒鳴っものの、ニコラは不安そうな表情をこちらに向けた。「──まさかね」
「それはないと思う。確かに顔は女みたいだけど、普通に男で女が好きでしょ」
リーズは眉を寄せた。「美形って言ってください」
「ゴメンナサイ」
マスティが口をはさむ。「もう告っちまえ。四十人の前でとは言わねえから」
彼女は唇を尖らせた。「んなこと言ったって、脈があるとは思えないもん。たぶん誰にでもやさしーんだし」
「んじゃとりあえず、また誘えよ」ブルが言う。「エルミも一緒に、六人で遊ばねえかって」
「あ」とニコラ。「んじゃ来週──」
ソファの左脇、バッグの中の携帯電話が鳴った。私のものだ。
「ごめん」左肘をソファについて携帯電話を取り出し、画面を見た。アドニスだ。おかしな体勢のまま応じる。「はいはい」
「あ、ベラ? ひさしぶり」
エルミだけではなく私も、アドニスやルキアノスとこの一ヶ月、あまり連絡をとっていなかった。文化祭の準備とマブの行き来で忙しく、それどころではなかった。
「ひさしぶり」と、私。
「文化祭おつかれ。ニコラに聞いたけど、大盛況だったらしいな、ホラーハウス」
「おかげさまで。二回とか三回入る奴とかいたらしいし。先生も何人か入ったし」
電話越しに彼が笑う。「マジで? 行きたかった。ってか来週の土曜、暇?」
「どうだっけ、覚えてない」
「暇なら土曜、うちの学校の文化祭来ねえ? 部外者呼べるんだわ。なんならニコラたち誘って、みんなで」
「頭のいい学校の文化祭なんか行っても、ものすごくつまらなさそう」
「失礼なこと言うな。文化祭だけは違うみたいだぞ。中学より規模はデカイし、部外者呼べるから、みんなわりと張り切ってる」
どうでもいいのだが。
「あ、ちょっと待て」アドニスが言った。「ルキに代わる」
なぜ。「はい」
「ベラ? ひさしぶり」ルキアノスの声だ。「って言っても電話するのが久しぶりなだけだけど。二週間ぶりくらい」
昨日の夜、“文化祭おつかれ”というメールが入っていて、一通だけ返した。「うん。で、文化祭?」
「そう。一人につき二人、チケット渡して一般の人間を呼べる。ただ、入場チケットが有料なんだよね。一人一枚、五百フラム」
「金取んのかよ」思わずつっこんだ。でも思い出した。彼らの言う日は私、ここに泊まるつもりだったはずだ。「ごめん、私行けない。予定が入ってたと思う。けどちょっと待って」
身体を起こして通話口を指で塞ぐと、私はなにかを期待しているようにそわそわしているニコラとリーズに言った。
「アドニスとルキが、来週みんなで文化祭に来ないかって言ってる。イースト・キャッスル高校の」
彼女たちは笑顔で顔を見合わせた。
ニコラが即答する。「行く。けど、ベラは行かないの?」
「私は来週、ここに来る。泊まり」彼女たちが納得したので続けた。「チケット──入場券? みたいなの、五百フラム取られるらしいけど、それでもいい?」
「そんなのいくらだって払う!」と、リーズ。
いつも“金ない”が口癖なのに。「ちょい待ち」電話に戻る。「今どっち?」
「オレですよ」
それは、インゴの声だった。「ひさしぶり」
「え、誰かわかってんの?」
「インゴでしょ」なぜお前がいるのだ。ルキの真横でリーズにメールしたのか。
「すごいな。いや、ごめん。て、ずっと言いたいと思ってて」
「あやまるようなこと、なにもしてないじゃん。私もあやまらないけどね。そっちは行くの? 文化祭」
「ああ、いや、ごめん」電話越しにインゴがとる態度は、初対面の時とは大きく違っている。「うん、行くつもり。ベラは? オレのせいで行かないとかじゃないよな」
「そんなんじゃない。オトコのとこ行くの」
「ああ、なるほど」
こいつと話すのは、苦手だ。「ニコラとリーズは行くって言ってるから、なんならエルミ、誘ってやって。こっちからでもいいけど」
「ああ、エルミな。んじゃ電話してみる。ちょい待ち」
十数秒ほど待たされると、アドニスが電話口に戻った。
「ラブラブか」
「どうだか。ちょっと待って、ニコラに代わる」
「はいよ」
携帯電話を渡すと、ニコラはアドニスと話した。
明日の日曜、チケットを持った彼らがこちらに来てくれることになった。ニコラは彼らをランチに誘った。了承をもらって電話を切ると、リーズと二人で飛び跳ねるほど喜んだ。
私はアゼルたちと、そんなふたりの様子を苦笑いながら見つつ、夕食を買いに行く彼らと一緒にマブを出た。
コンビニで彼らと別れると、ニコラがエルミに電話し、ランチの話をした。ふたつ返事で了承したという。もちろん、インゴに誘われた文化祭にも行くと。始業式の日からしばらく、リーズとは気まずそうだったけれど、文化祭で会った時には、ジョンアの存在あってか、わりと普段どおりに話したらしいのだ。
自転車で帰るニコラを見送り、私もリーズと別れ、祖母の家へと戻った。
すぐエルミから報告の電話があった。話は知っているし、夕食を食べるから邪魔するなと、すぐに電話を切った。




