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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 10 * ASKING DAYS
61/119

○ What I Want To Be

 ホラーハウスが思ったよりも楽しかったらしいマスティ、ブルと合流すると、アゼルと四人で一年フロアをまわった。ところどころに教師がいてぎょっとしていたけれど、やたらとお金を使って遊ぶと、なぜか喜んでいた。

 びびりながらもホラーハウスに二回も入ったリーズとニコラは、同級生何人かと図書室に行っていたらしい。誰かが図書室に日記があるんじゃないかと言いだし、それを探しに行ったのだとか。あるわけがないのに。

 午後五時──第一校舎と第二校舎を繋ぐ渡り廊下の下、一階通路に座っている私は、アニタからの電話を切った。

 右隣でブルが訊く。「なんて?」彼の右隣にはアゼルがいる。

 「まだ客が引かないから、先生たちに頼み込んで時間延長してもらったって」携帯電話をポケットに戻しながら、私は答えた。「客の中には一年も三年もいるから、文化祭そのものを延長で、五時四十五分くらいを目安にするって。LHRがあるから、それ以上は無理だって」

 「えらい迷惑かけてんな」と、マスティ。彼は私の左隣に座っている。

 「ほんとよね。しかも二年の他のクラスの奴の何人かが、脅かし役手伝いたいとか言いだして。紛れ込んでるんだって」

 「とうとうセクハラハウス!?」

 「アホか」

 ブルが笑う。「んじゃもうお前、一緒に帰るか? さすがに待ってんのしんどい気が」

 「だよね」まだあと三十分以上ある。「どうせ今日、朝の最終確認終えてから私、用なしだし」

 「それはお前が手伝わないからだろ」マスティがつっこんだ。「俺らが来るまで、よく帰らなかったよな」

 「帰りたかったけど帰るなって、アニタたちからメール入ってくるんだもん。それにね、ゲルトたちからも時々、脅かした時の客の反応が入ってきてて。それ読んでるだけでおもしろかった」

 「裏に控えたほうが早いし」

 「けど喋れないから──」ブルは第一校舎のほうを見た。「げ、主事だ」

 私も彼の視線を追った。呆れ顔の生徒指導主事がこちらに来ている。 

 主事は私たちの前に立ち、両手を腰にあてた。

 「なにやってんだお前ら。グラール、お前のクラスが文化祭引き延ばしてるんだぞ。なんでこんなとこにいるんだ」

 「私のクラスが引き延ばしてるんじゃなくて、客が引き延ばしてるんです。それに私の仕事はもう終わりました。今日の朝、最終段取り確認をした時に。私は初期裏方なので」

 「裏方って──」

 呆れ顔の主事の声を遮るよう、どこからかありきたりなよっつの効果音が鳴り、校内放送がはじまった。

 「生徒の皆さんにお知らせです。LHRの時刻が変更になりました。LHRは午後五時四十五分から開始します。先に帰宅する必要のある生徒は、各クラスの担任教諭に報告してから下校してください。繰り返します──」

 同じ言葉が繰り返され、またありきたりな効果音で校内放送が終わると、主事は溜め息をついた。

 「なんでこうなるんだ」

 思わず苦笑った。「ゴメンナサイ」私は悪くないけれど。「でも何人かの先生だって、ホラーハウスに入ってんですよ。先生方に文句言う権利はありませんから」

 「ああ、聞いた。評判はいい。内容はどうかと思うが、最後に背中に貼られるチラシも見た。あれがプラスに働いてる。とりあえず」マスティから、ブル、そしてアゼルに言う。「遊び終わったんなら、お前らはさっさと帰れよ」

 「へい」

 マスティとブルが声を揃えて答えると、主事はまた第一校舎へと戻っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 少し話をしていると、今度はエデとサビナ、カーリナが第二校舎から出てきた。三人は当然、私たち四人を見てぎょっとした。

 私は歩き去ろうとするサビナを呼び止めた。

 「サビナ。けっきょく、打ち上げはどうすんの? 来るの? 来ないの? もう明日なんだけど」

 この三人を、一度は打ち上げに誘った。サビナは行きたそうな、カーリナは行きたいけど気まずいといった表情をしたものの、エデは即拒否した。言い合いがはじまりそうだったので、私は考えておくよう言い、その場をあとにした。一応三人分の枠は空けているものの、まだ返事をもらっていない。

 「ええと──」カーリナとエデを見やってから、サビナがこちらに視線を戻す。「誰が来るかって、もうちゃんと決まったんだよね」

 「だから、アニタにペトラ、カルメーラとアウニ──ゲルトたち、ヤーゴにトルベン──あとチャーミアンとか」

 「チャーミアン?」彼女は意外そうな表情で訊き返した。「来るの?」

 「うん。あいつがA組を引っ張ったから」

 チャーミアンは私のおかげで孤立もしておらず、むしろ元通りだ。あの一件は、少なくとも彼女の中では、まるでなかったことのようになっている。

 続けて、同じく意外そうな表情のカーリナにも言う。「アイツも来るけど、あんたを呼ぶななんてことは言われてない」カルロのことを言った。「っていうか誰も、あんたたちを呼ぶななんて言ってない。むしろペトラは勝ちたがってるから、あんたたちが来てくれたほうがいいって言ってる。けど来る気がないなら、もう他の奴で埋めるから、はっきりさせて」

 カーリナと顔を見合わせ、サビナは結論を出した。

 「じゃあ、私は行く」

 「──あたしも」カーリナがエデに言う。「逃げるより、行って勝負したほうがいい」

 なぜみんな、私と勝負したがるんだろう。

 エデはうんざりした様子で天を仰いだ。

 「わかったわよ。行くわよ」

 なんなのだろう。「んじゃ今日の夜、ペトラあたりからの連絡待って。メールするよう言っとくから」

 「勝てよ」アゼルが微笑んでエデに言った。「このアホ女に勝て。カラオケがキライだとか言ってるくせに、打ち上げにカラオケ選びやがるこのアホ女に勝て。こいつの喉、今日のうちにボロボロにしといてやるから」

 なんて。

 マスティが私の耳元で声を潜めた。「下ネタかましたぞ今」

 だがエデの口元は嬉しそうにゆるんでいる。「がんばります」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その日の夜十一時すぎ──アゼルとふたり、また体育倉庫に忍び込んだ。

 奥には腰窓ひとつ、だけどその向こうは木。隙間から外灯の灯かりが少し漏れている。両側にある天井までの高い棚があり、所狭しとコンテナが並べられ、床には跳び箱や体育用マット、平均台だのなんだのが置かれている。狭くて暗くて、やっぱり土のニオイ。

 そして鍵を閉めるなり、アゼルと私は、息つく暇もないほどの激しいキスをした。

 おそらくこの場所は、心から望んでいる場所ではない。本当は、第一校舎の四階がよかった。幸せと地獄が存在する、あの場所がよかった。でも一生あの場所ではできないだろうと、お互いにわかっていた。

 アゼルが私を抱きあげると、体育用マットの上に一緒に倒れこんだ。彼は右手で私の首に手をまわし、キスをしながら、左手指を私の中に入れて、私の欲望を掻き立てた。

 彼はこういう時だけは本当に器用で、私が知らないあいだに避妊具をつけ、私の中に入ってくる。

 声を出させないようにと、私の口を右手で塞いで、そのまま身体を何度何度も突き、何度も何度も、私を高みへと導いた。

 「──死にそう」

 終わったあと、暗くてよく見えない天井を彼の肩越しに見つめながら、私はつぶやいた。息がまだ、乱れてる。心臓の鼓動も、まだ速い。

 「──それは、こっちのセリフ」

 左腕を私の首の下に敷いたアゼルは今も私の上に覆いかぶさっていて、マットに額をつき、顔を伏せてなんとか息を整えようとしている。

 私たちは、ひとつにつながったままだ。

 興奮と不満の入り混じったものだった気がする。目を開けられない。激しすぎ。

 「──喉、ボロボロになんかできないよね。声押し殺すんだし」

 「あんなん本気にすんなよ。嫌味のつもりだったんだから」

 「バカだから通用してない」

 「だな。──もう一発、ヤる。まだおさまんねえ」

 アゼルはまだ、私の中で熱を帯びている。

 「マブに戻ってもするんじゃなかったっけ」

 「あいつらがいるからな。思いっきりはできねえじゃん」

 マブにはマスティとブル、リーズとニコラがいる。文化祭の打ち上げにと酒盛りをしているのだ。

 「最近ベッド、よくきしむもんね。前からだったけど、音が大きくなった。聞こえはしないだろうけど、気になる」

 「けど買い替えるよりは買い足すほうがいいよな」

 「買い足す? あの狭い部屋にもうひとつベッド入れるの?」

 「ベッドでヤッて寝るだけだからべつによくね」

 意味がわからない。「あれ、なに? 誰かの?」

 「ジジイが買った。マスティの部屋のも。あとソファと洗濯機と乾燥機もそう。冷蔵庫とか、テレビのあたりはマスティの爺さんのだけど」

 「おじいちゃん、会ってる?」

 「たまに。わりと家に来てる。俺とクソ親父を見張りに。あと金置きに。さすがにマブに来るなんてことはしねえけど」

 会っているのか。「──体育館裏じゃなくて、テニスコートのほうに行こっか。給仕室の前とか」

 ほんの数秒沈黙すると、アゼルは左肘でゆっくりと起こした身体を支え、目を合わせた。

 「会いてえの? 自分の親に」

 ──自分の、親に。

 「──親なんて、いないわよ」私は、無表情のまま答えた。「私の身内はおばあちゃんだけ。一年半も子供に会わずにいて平気な奴なんて、親じゃないでしょ。っていうか、私が小学校四年の時だか五年の時だかには、あのヒトたちはもう、私の親でいることを放棄してたんだから」

 アゼルはなにも言わず、右手で私の頬を撫でた。

 「──予定変更。ここでもう一発、外出てもう一発」

 私も彼の頬に触れ、微笑みを返した。

 「いいね、それ」


 欲しいものは、両親などではない。私を捨てた両親などではない。

 時間は戻らない。そんなことは、知っている。

 もう過去をやりなおしたいとも思わない。やりなおしたとして、あのふたりがうまくいくとは、どうしても思えない。

 自分が悪いんだと責めることも、もうやめた。意味がないから。

 あやまることに意味などない。もしも私の瞳の色が、髪の色が違っていたとしても、けっきょく、同じ結果になっていた気がするから。

 欲しいのは、永遠でもない。そんなものはないと知っている。それに代わるのは、去年アゼルとしたあの約束だけだ。

 私はもう、たくさんのことを諦めている。なにも望んでないといえば嘘になるけれど、ほとんどのことに対して、諦めてしまっている。

 アゼルのことだって、信じていない。たったふたつの約束を除き、アゼルのことを私は、信じていない。

 彼が私を愛してるということは、わかっている。でもそれは、裏切らないということにはならない。

 愛には憎しみがつきものだ。そして憎しみには、裏切りが潜んでる。


 だったら、私はなにが欲しい?


 望んでもいいなら、少しだけ。

 二度と壊れないものが欲しい。私を裏切らなくて、私の前から消えなくて、一生私を愛し続けてくれるもの。

 生まれてきたことを、愛したことを、後悔なんてさせないもの。

 “ヒト”だなんてことは、言えない。

 だって人間は、嘘をつく。

 裏切って、壊して、私をボロボロにして、消える。

 だけどそんなことを望んでも、そんなものは存在しないと、私は知っている。望んでも意味はない。

 自分の心の奥底で、誰かがつぶやいた。


 “なにも望まない自分になりたい”


 アゼルの腕の中、赤すぎる真っ赤な愛と、どうしようもない真っ赤な快感に、身をよじって声をあげ、身体を震わせた。

 彼の腕の中、私は口元をゆるめ、つぶやいた。


 「──なれるよ、私なら」

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