表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 10 * ASKING DAYS
60/119

○ Fear

 午後四時前。また唐揚げを買って、正門へと向かった。

 自分から入ったものの、D組の教室から出るのがイヤでしかたなかった。ゆっくりとドアを開け、ドア前に並んでる客たちに道を開けてもらう必要があった。ものすごく視線を浴びるのだ。“こいつ二年D組? ホラーハウス放置してなにやってんの?”といったような視線が返ってくる。まあ、サボッてると思われることはどうでもいいのだが。実際サボッているわけだし。

 第一校舎の正面玄関前を通り過ぎ、様々な木々が植えられた正門の少し手前。アゼルたちを出迎えに来たはずなのに、なぜか第一校舎から出てきた生徒会長に呼び止められた。

 「ちょっといい?」

 気まずそうにそう言った彼は、トレードマークなはずの眼鏡をかけていない。

 「約束があるので無理です」約束って言い方もおかしいが。

 「ほんとにちょっと──ごめん、スピーチのこと」

 「聞いてないから知りません」

 「いや、聞いてたはずだ」生徒会長は妙に真剣な表情をしている。「ステージから見えたから」

 「だからなに? どうでもいい」

 「いや、よくない」視線をそらしつつ、左手で溜め息混じりに髪をかきあげた。「あれ以上のことが思いつかなくて、生徒会顧問に相談したんだ。あのテーマはどうかって──ヒトの意見だって言ったけど、それでいけって──だから──」

 言い訳になっていない。「だから、どうでもいい」唐揚げを刺したトゥースピックを手に取った。「あなたがなにしようと、私には関係ない。話しかけるなって言ったはず。っていうかもう、頼むから関わらないで」

 腕をおろし、彼は眉を寄せる。

 「──怒ってるのは、わかるけど──」

 「うざい」私は冷静に応じた。「どこまで言えばわかってくれるの? あなたみたいな人種は苦手なのよ」

 今度はわけがわからないといった表情に変わる。「人種って──」

 「なに、修羅場?」

 後方からマスティが言った。彼は自転車を押し歩いていて、隣には同じく自転車を押し歩くブルとアゼルがいる。

 「とうとう乗り換える気になったか」

 「修羅場なんかじゃないわよ」と、私。

 「ふーん?」こちらに来たマスティは左手で私の手首を掴み、トゥースピックに刺さった唐揚げを口に運んで食べた。「なにこれ。うめえ」

 「今年は唐揚げも売ってる。うまいよね」私は答え、戸惑い気味の生徒会長へと視線を戻した。「もう行ってください。この三人を乱入させた共犯だなんて思われたくないでしょ」

 少したじろいだものの、彼は顔色を伺うように三人を見やり、諦めた。

 「わかった。ごめん」

 そう言って、校舎のほうへと戻っていった。

 「口説かれたか」マスティがにやついて言う。「あれ、生徒会長じゃなかったっけ」

 私は肩をすくませた。

 「生徒会長よ。そんなのに口説かれるわけないじゃない。無理」トゥースピックを唐揚げに刺し、ペーパーカップごとブルに差し出した。「食ってみて。うまいの」

 彼は唐揚げと交換に、お菓子の入った白いビニール袋をくれた。私の好きなチョコ菓子ばかりをみっつ。彼らはうまいと言いながら唐揚げを食べると、生徒たちからは見えないよう、体育館脇の狭い通路に自転車を停めた。体育館前を通って校舎へと向かう。

 「で、お前はどうすんだ」ブルが訊く。「ホラーハウス」

 「興味ねえ」アゼルが答えた。「わざわざ並んでまで行きたくねえ」

 「傑作かもしんねえのに」私の隣でマスティが言う。「ホラーハウスなんてめったに行けねえぞ」

 「暗がりに行ったらヤりたくなるから無理。殺される」

 アゼルが言うと、ブルとマスティは天を仰いで笑った。

 「確かにケツくらいは触るかも」マスティはわけのわからないことを言いだした。「けどそれやったら間違いなく」こちらへと視線をうつす。「怒るよな」

 私は彼とアゼルのあいだにいる。「セクハラだよね。アゼルがなんかしてきたら、私は間違いなく暴れる。ホラーハウスが壊れる。あんたたちがそういう意味で三年に手出したら、セクハラで叫ばれる。セクハラハウスになるなんてのはごめんだから、口説くなら外でやって。中ではよけいなことしないで。話聞いたら、即蹴飛ばすわよ。全校生徒の前で問題にするわよ」

 彼は笑いながら左腕で私の肩を組んだ。

 「んじゃ俺らは第二校舎あたりにいる奴に声かけて、ホラーハウスに入るか。んで終わったらこいつらと合流で、一年フロアまわる」

 「だな」と同意したブルがアゼルに言う。「あとで電話する」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私とアゼルは、ふたりで第一校舎の階段をのぼった。相変わらず灰色のロッカーや教師用デスクが乱雑に積まれた、物置状態の小さな四階。私たちは隠れるよう、白い壁にもたれてブルーの床に腰をおろした。

 「一年ぶり」左隣、目を閉じたアゼルが言う。「二度と来ねえと思ってた」

 私は彼の肩に頭をあずけ、同じように目を閉じている。腕を絡ませ、アゼルと手をつないだ。

 「私も思ってた。なんで気になるんだろ。ここにいたのなんて、短い時間の何度かなのに」

 去年、二学期の始業式の日。私たちはここで抱き合い、好きという言葉を信じてると言った。なのに別れてそのあと、去年の文化祭の日、ここで完全な決別宣言をした。けっきょく、戻ったけれど。

 「お前といると、いろんなとこが濃密なもんになる。普通じゃねえから」

 「普通じゃないのはそっちも同じでしょ」

 「普通じゃねえのが揃うとこうなるんだな。マジでもうイヤ」

 相変わらず心の中では、私と別れたがっている。私を好きな反面、別れたがっている。好きすぎて、別れたがっている。

 身体を少し彼のほうに傾けると、手をつないだまま、右手も彼の腕に絡めた。

 「私が普通になったらどうなんの?」

 「んなこと無理だろ。そのうち慣れるもんだと思ってたけど、それどころかどんどん普通じゃなくなってんだから」

 どういう意味だろう。「──普通なんて、つまらないと思ってた」額をアゼルの肩に寄せる。「でも普通じゃないのが、こんなのだとは思わなかった。今さら、“普通”が羨ましくなる」

 普通にデートして、イチャついて、喧嘩して、別れて、そのうち次のヒトに──という、そんな流れ。もちろん“普通”のヒトたちは、そんなつもりはないだろう。それでもけっきょく、そうなっている。それが悪いことだとは思わないし、むしろ、羨ましい。

 二度も浮気されたら、別れるのが“普通”。キライになるのが“普通”。

 だけど私は、なにをされても、アゼルを好きでいる。アゼルの隣は、腕の中は、居心地が良すぎる。

 支配などされたくはないのに、別れたくない。それなのにそう思っている自分が、執着してる自分たちが、時々、怖くなる。

 数秒の沈黙のあと、アゼルがつぶやく。

 「──またヤりたくなってきた」

 「さすがに持ってきてないでしょ」

 「さすがにな。──けど今日の夜、お前、泊まらねえの?」

 「明日は打ち上げでカラオケに行くって言ったじゃん」

 「朝帰ればいいだろ」

 明日は各自早めにランチを済ませて、十二時前にアロウ・インレットのカラオケボックスに集合だ。負けたほうが払うのは部屋料金のみ。自腹なら食べられる。十一時半前にアニタママが迎えにきて送ってくれる予定だから、朝の十時までに家に帰れば、じゅうぶん間に合う。

 私は質問を返した。「なにする気?」

 「また倉庫。もっと夜中なら、チャリ停めたとこって言いたいとこだけど。日付変わったら意味ねえ気がするから、そこは次の機会にしとく」

 アゼルは去年の九月に、体育館裏にある体育倉庫の鍵を職員室から盗み、合鍵を作っていた。その鍵で今年の三月、アゼルがこの中学を卒業した日の夜中、そこに忍び込んで、私たちは抱き合った。

 「自転車停めたとこって、体育館脇じゃん。壁はあるけど、壁のむこうは住宅街じゃん。外なんて絶対イヤ」

 「平気だって。立ってはできねえけど、座ってなら」

 呆れるしかない。「ほんと、どんな趣味してんの? いくらスリルが好きだって言っても、しちゃいけないことくらいわかるでしょ。喧嘩の時みたいに頭に血がのぼってるわけでもないんだから」

 アゼルは否定した。「そういう趣味があるわけじゃねえよ。ここも含めて、普通じゃない場所でヤッたのはお前だけ」

 この言葉は意外だった。「──誰とでも、してんのかと思ってた」

 「するかよ。言っただろ。他の女とヤッても楽しくねえの。興奮するわけでもねえ。ただの生理現象だと思ってる。女はただのモノ。そりゃ年上の女だと、そこらでヤろうとしてくるのもいるけど。さすがの俺でもさすがに引く」

 「じゃあ私も引くから、無理です」

 「どうだか」私の頭に自分の頭を乗せた。「今はヤらなくていいから、指でイかせてやろうか」

 「いや、いいです」

 「隠してやるから気にすんな」

 「そんなんで済んだことないじゃん。絶対するじゃん」

 「しねえって。お前が今日泊まりにくるならの話だけど。それまでヤるのは我慢する。けど今、とりあえず触りたくてしょうがねえ」

 アゼルが変だ。

 でもきっと、私も変だ。

 「──制服、汚さないで」

 「わかってるっつの」

 身体を起こすと、アゼルは壁に背をあずけた私の前に両膝をついて覆いかぶさるようにし、キスをした。

 一年前と同じように、私に触れながら、何度も深いキスをしてそのうち、スカートの中に手を滑らせた。

 触れられるたび、自分の中に入ってきた彼の指が動くたび、黒いロングスリーヴのTシャツを着た彼にしがみついた私は、声を必死に押し殺した。


 きっとお互いに、興奮からはじめたわけではなかった。

 ただ、触れたかっただけ。

 深く深く、触れて、触れられたかっただけ。

 これは、“支配”されてることになる?

 ならない。きっと、そうじゃない。

 だって私たちは、どこだって“ベッド”にしてしまう。私たちにとっての“ベッド”は、“ベッド”そのものではない。こうやって深く触れ合っている時、自分たちの周りを真っ赤に染め上げていて、その“赤”そのものが、私たちにとってのベッドだ。

 そして私が思う“支配”は、次にまた傷つけられた時、動じないということ。泣いたりしないということ。ボロボロにならないということ。

 去年別れたのは、墓穴を掘って文化祭の準備に時間をとられるはめになった私が、自分で言ったことを実行できず、アゼルを怒らせたから。

 あれからやりなおし、二度目の浮気はあったものの、別れずに今日を迎えたのは、ある意味、奇跡に近いかもしれない。

 だけど今日を迎えても、まだ不安は残る。決して安心できることではない。

 これ以上はまずいとわかっているのに、いつもお互いを求めている。一日、また一日と経過していくたび、深みにはまっている。長く続くことなんてないだろうとわかっているから、よけいに、未来が怖かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ