○ School Festival
文化祭当日。
朝早くからのアニタの電話攻撃に負け、クラスメイトと同じ時間に学校へ向かった。ありえないことに朝七時三十分の登校だ。正気とは思えない。
十月一日から、女子生徒のほとんどが新制服に切り替えている。私もそうだ。反響の様子は何度か耳にしていたものの、実際は予想以上だった。
完全にホラーハウスと化した空き教室で段取りの最終確認を終えると、とりあえず開会式に参加した。
なぜか眼鏡をかけていないらしい生徒会長は、私が彼に言った、“どこに住んでいるか”という問いかけを、壇上からそのまま、生徒たちに投げかけた。“ウェスト・キャッスルに住んでると、どうしてもオールド・キャッスルかニュー・キャッスルかの二択に絞って考えてしまう。今までずっとそうだった。この文化祭をきっかけに、キャッスル・ロードを壊す勢いで、その考えをなくしたい”と。
体育館内が拍手に包まれる中、私は呆気にとられていた。そのまんまじゃねえか。──などとつっこむ気力はなかったけれど。
そんな違和感だらけの短く簡易的な開会式を終えると、二年B組とC組、三年のリーズとニコラの歌だの踊りだの演劇だのというのを観た。ホラーハウスは昼からということになっている。去年は二年や三年の舞台を観る必要などないと思っていたけれど、今年は同級生がステージに立つこともあり、午前中はそちらを優先させようということになったのだ。今年は球技大会があったこともあり、一年と二年や三年もそれなりに顔見知りになっていて、去年の私たちとは違い、一年生も多く舞台を観にきていた。
ちなみに、マスティとブルは絶対ホラーハウスに行くと言っていたけれど、三日前、三人揃って仕事が入った。私は両手を挙げて喜んだ。代わりに昨日、出来たばかりのA組製作ホラー映像のコピーを彼らに観せてあげた。私はすでに、A組連中と一緒に確認済み。クォリティはプロが創るものに比べれば劣るだろうものの、出来は想像どおりだった。まあまあ。写真を繋げた動画なので、実際はかなりザルだったヤーゴの演技の下手さもわからない。A組生徒も担任もかなりこだわったらしく、細かい加工が味を出していた。
マスティとブルは満足せず、ホラーハウスに行きたかったと、よけいにぼやくだけだったけれど。
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午後一時半すぎ。
ホラーハウスを完全にクラスメイトに丸投げしている私は、一部の保護者と一部の教師がグラウンドに用意したフードテントでフライドポテトと唐揚げを五個ずつ買い、第二校舎の中央階段をのぼった。そこで、男友達三人と一緒にホラーハウスの順番待ちをするケイに会った。
彼は先週末、兄のマルコに面会するため、ラージ・ヒルの少年院に行っていた。マルコが両親と話すことを拒んだから、二人きりで話をしたらしい。私のこともアゼルのことも覚えていて、私には特に、戻ったら会いたいと言っていたと。ぜんぜん反省の色を見せていなくて、だけどこの一年間家族の面会がまったくなかったこともあり、どうにか出院が先延ばしにならずに済んでいたものの、このままだとその可能性も高くなるから、ちゃんとしてくれと頼んだという。そしてマルコも、できるだけ努力すると約束してくれたらしい。
「A組のホラー映像観てきた」階段のステップに立つケイが言った。「わりとおもろかった。そのままD組のホラーハウスに行けって言うから、行こうと思ったんだけど」身体を横に傾けて列の前方を見やる。「なにこの行列」
彼の前には三年の女子二人組が並んでいる。知らないヒトだ。
一気に四十人を入れられるA組の映像とは違い、一組ずつ入らせるD組のホラーハウスには、やたらと行列ができている。ホラーハウス内ではは一応、数箇所で脅かし役が追いかけて走らせるようにはしているけれど、D組の教室を塞ぐよう、とうとう中央階段の踊り場まで行列ができてしまった。最後尾は踊り場から下の階段に降りる一歩手前だ。
「さあ」私はトゥースピックに突き刺した唐揚げを食べながら答えた。フライドポテト五つ入った袋と唐揚げが四個入った袋を左手首に提げている。手には唐揚げが入った白いペーパーカップ。「びびんなよ。わりと悲鳴あがってる。いつどこでなにが出てくるか、わかんないからね」
ケイはしかめっつらを見せた。「ビビったりしねえ。っつーかお前のクラスなのに、なんでお前はひとり唐揚げとか食ってんだよ。しかも」私が腕に下げた白い袋を指で引っかけ、中を覗く。「ひとりでこんだけ食う気?」
「まさか。食べようと思えば食べられるけどね。並んでる二年の奴らとか、D組の奴らにつまませようかなと思って。やさしいから」
彼は右手を出した。
「並んでるからよこせ」
お前は私か。「ポテトと唐揚げ、どっち?」
ケイが男友達三人に意見を訊くと、唐揚げとポテト、ふたつに意見が分かれた。しかたがないのでフライドポテトと唐揚げ、ひとつずつをあげた。
次に私が会ったのは、D組教室の後方ドアの前で列に並ぶナンネとジョンア、エルミだった。
「廊下にまで悲鳴が聞こえるって、なんで?」エルミが私に訊く。「最初のほう、ほとんど聞こえないのに、なぜか最後だけめっちゃデカい悲鳴が聞こえて、みんな飛び出してくる」
今しがた甲高い悲鳴があがって、そのすぐあと、背中にチラシを貼られた一年の女子二人が涙目で、出口の暗幕から逃げるように出てきた。
「さあ」私はやっぱり唐揚げを食べながら答えた。五個入りでふたつ食べたから、あとみっつ。「食う? ひとつずつ」唐揚げのひとつにトゥースピックを刺し、ペーパーカップをナンネに差し出した。
「食う」
彼女はペーパーカップを受け取ると、ひとつ食べて左隣にいるジョンアに、エルミにとまわした。
ジョンアが訊く。「D組の子、ほとんどホラーハウス?」
「うん。シュミレーションしてるうちにだんだんみんな、脅かし役に目覚めてきて」フライドポテトを出す。「やめろっつったのに、ほぼ全員が控えてんじゃないかな。何人かは受付だけど、それも交代制」
「超楽しそう」エルミはフライドポテトをつまんだ。「三人一緒って平気だよね」
「三人は許してる。ただまあ、一部は前後二列になってもらわなきゃだけど。おすすめはひとり歩きです」
「やだよ」彼女は即答した。「っつーかなんであんた、ひとりでこんなとこウロついてんだ。仕事しろ」
「こんなのに興味ない。シュミレーションの段階で何度も通ってるから。ダメ出ししまくってるから」
ナンネが苦笑う。「ベラは内容知らなくても驚いたりしなさそう」
「行ったことないからわかんない。気持ちがうわついてる時はそういうの、弱いけどね」
また悲鳴がひとつ聞こえたと思ったら、暗幕から二年B組の女子生徒三人が飛び出してきた。半泣きだ。
エルミがつぶやく。「──最後の悲鳴はわりと、絶対っぽい。そこだけ気ーつければ大丈夫かも」
前半で悲鳴が聞こえないのは、ドアを閉めるだけでなく、ドアガラスも腰窓も、完全に塞いでいるからだと思う。
「ま、がんばれ」
素通りしようと思ったのに、ナンネたちから数組前に並んだヤーゴに呼び止められた。彼の左隣にはトルベン、そのうしろにはチャーミアンとアウニがいる。
「さっきから悲鳴がすごい」チャーミアンが苦笑って言った。「早いうちに入った何人かが想像以上だって言ってた」
「それは褒め言葉だよね。“想像どおり”じゃないもん」と、私。
ヤーゴは私の手から、フライドポテトを三角袋ごと奪った。「けど悲鳴あげんのは女ばっかじゃん。男は悲鳴なんかあげねえ」そして食べた。
“悲鳴”というものが大声での甲高い、決まりきったものに限定されるなら、確かに男はそんなことをしないだろう。男の客はどちらかというと、驚いたような声を発したあと、なぜか笑いながら出てくる。それが驚きを隠すためかはわからない。
「っていうかあんたたち、男二人と女二人で入るの? そこは男と女で入るとこじゃないの?」
私がそう言うと、めずらしくもトルベンがぎょっとした。
「は?」
無視する。「身長的にはアウニとヤーゴだよね。で、チャーミアンとトルベン」
「身長を理由にすんなよ」フライドポテトを食べながらヤーゴがつっこみ、トルベンへと視線をうつした。「確かに男二人でって、入りたくない気はする」
「お前がつきあえって言うから来たんだぞ。俺はべつに興味ねえよ」
私は視線をそらしてつぶやいた。
「怖いからね。かっこ悪いもんね、びびっちゃったら」
彼が反論する。「誰がビビるかボケ」
「はいはい」と答えてチャーミアンに訊いてみる。「こいつと一緒にホラーハウスってどうよ」
彼女が苦笑う。「私はいいけど」アウニへと視線をうつした。「そうする? 二人で入るよりは、ヤーゴのほうが頼りになるかも」
アウニは百三十パーセントのドキドキを表に出さないよう、控えめに口元をゆるめた。
「じゃあそうする」
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いくらかの時間が過ぎ、D組の教室内。窓際のいちばんうしろの席でひとりぼんやりしていると、ブルから電話がかかってきた。
「今マブに帰ってきた」と彼が言う。「アゼルから順番にシャワー浴びる。四時前にはそっち行けると思う。今から三十分くらい」
教室の外にはまだ、ホラーハウスの客が並んでいる。
「わかった。じゃあ四十五分くらいになったら、正面玄関に行っとく」
「ああ。ホラーハウスはどうよ? 盛況?」
「みたいね。リーズとニコラは半泣きだった。今も列ができてて、一回教室に入ったら出られなくなったもん。アニタやゲルトたち、みんな脅かし役で控えてるから、相手してもらえない。かなり暇」
「お前も中にいりゃいいのに。あ、黙ってじっとしてんのが無理か」
「無理」即答した。「一応ケイのクラスには、ケイがホラーハウスから出てきたあとで行ったけどね。ケイもおもしろかったって。来年は自分のクラスでホラーハウスやるって言ってた。小道具もくれとか」
「マジか。やりゃいいじゃん。捨てるのもったいねえし、どうせお前ら、来年は舞台だし」
「うん。クラスの奴らがどう言うかわかんないけど、そうするつもり。アホらしいよね、たった一日のために、一ヶ月ちょっと準備するんだもん」
「だよな。だからオレら、やんなかったんだよ。教室でちまちました店やってんの見ると、ぜんぶ壊したくなる」
「すごくわかる。一年フロアで私がそれやらかさないうちに、早く来てください」
「もうちょい待てって。そんな汗かいたわけじゃねえけど、シャワー浴びないとなんか落ちつかねえ。っつーかお前がマブにくればいいんじゃね?」
一理あるかもしれないが。「遠いじゃん。面倒じゃん。だったら家に帰るほうがいいじゃん」
「それは言えてる。こっち来たらまたすぐ戻ることになるもんな。あ、んじゃコンビニでなんか買ってってやる」
「ソフトクリーム!」
元気よく言ったが、彼は冷静だった。「それはさすがに溶けると思うぞ」
ですよね。「じゃあチョコ菓子」
「了解。適当に買っていく──あ、マスティが脱ぎ始めた」
「そんな実況いらないし!」
ブルは笑った。「超早い準備だって。パンツ一丁になって、ビールもすげえ勢いで飲んでる」
「おっさんか」
思わずつっこむと、彼はさらに笑った。
「ビールのニオイがバレたら、追い出されるかもよ」と、私。
「それ言ったんだけど、仕事のあとはビールだっつって。あと女引っかけるから、ちょっとでも仕事の疲れ吹き飛ばしたいらしい」
ブルもマスティも、つきあっていた女と別れた。なんでもマスティのほうは、一学期の終業式の日、私にキャップを貸したのが原因だという。特にめずらしいものでもないけれど、マダーレッドヘアの後輩がいると彼女に話していたこともあり、私が彼のキャップをかぶっているのを彼女がセンター街で見かけたらしく、まさかと思いつつ勘ぐって、マスティが私に貸したというのを認めたから、疑われ嫉妬され、面倒になって別れたと。ブルも便乗するよう、飽きたからと言って女と別れた。
今はふたりとも、以前引っかけた女とカラダ目当ての関係になってるらしい。ブルは一応つきあっているけれど、マスティはつきあっていない。
私はブルに質問を返した。「でも三年は食い尽くしてんじゃなかったっけ」
「そうだけど、ホラーハウスに一緒に入るくらいいいだろ。さすがにオレらが一緒に入ったら、絶対悪ふざけになるじゃん」
「よけいなことしたらキレるわよ」
「わかってるって。だから二年の奴を誘う気もねえし──あ、アゼルが出てきた。とりあえず切るぞ」
「はーい」




