* Bad Atmosphere
デザートを食べ終わってもまだそんな状態が続く中、バッグの中で携帯電話が鳴った。登録していない番号だ。誰だと思いつつ、通路のほうを向いて座りなおし、片耳を塞いで電話に応じた。
「はい」
「あ、ベラ? オレ」ヤーゴだ。
「なに?」
「え、わかってると思っていいんだよな。すげえな。あれやるぞ、教師役。んで、相手役にアウニがきた。どうよこれ」
「よかったね」
「反応薄!」彼は声をあげた。「とりあえずその話は、今度学校でするけど。でな、お前、デュエットの曲ってなんか持ってる? バラードうたったって言ってたじゃん。あんなら貸してほしいんだけど」
「レンタルすればいいじゃん」
「めんどくさいし金かかるからイヤ。お前みたいにリッチじゃねえんだよ。っつーか気に入ったら? 買うか借りるかするかもしんねえけど。レンタルしても一週間だけじゃん。兄貴のPCで検索してもいいけど、ずっとは持っとけないから、とりあえず貸して。んでついでに、オレがそれ覚える気になったら、アウニにもさりげなく勧めてみてほしいんだけど。打ち上げのカラオケでうたうように」
もうやだこいつ。「どこまでヒト使えば気が済むの?」
「頼むって。お前もちょっと見たくね? アレがどんなふうに落ちんのかって」
もう落ちてるよと言いたかったが、見たいような気もした。「おもしろがっていいところなの?」
「いいと思うけど」ヤーゴは悪びれることなく答えた。「お前はこっち側だろ? 企み側。お前みたいなのがついてないと、本気で惚れたら怖いってのはある。文化祭じゃ、形に残るようなことするんだから、よけい。人生長いんだから、しょっぱなからひとりの女に真剣になってあとで引きずるようなこと、したくねえんだよ」
知るかよ、とは思うのだが。「わかった。月曜に持っていく。けどカントリーソングだからね。文化祭の準備をうまくやって、打ち上げでカラオケ行ったら、そこで告るくらいのこと、してよ」
「は? マジで? オレが告るの?」
「そのくらいの気持ちで行けっつってんの。言ったとおり、完成度が高ければテンションはかなり上がる。もしかしたらその気になるかも」
「あいつからって可能性もなくはねえよな。そうなったら最高じゃね? いや、知らないけど。そこは気分とあいつしだいだけど。どっちかっつったら告らせたい。オレが告るなんてイヤ。とりあえず打ち上げん時は、お前になんか奢ってやる」
なぜ偉そうなのだ。どういう心理状態だよお前。
「当然デザート。それでも安いくらいだからね。CD傷つけたり壊したりしたら、ただじゃおかない。新品プラス別のもう一枚買わせる。これは中古でいいけど」やさしいな、私。「文化祭の結果がクソだったら、どうなるかわかってるよね。最悪な状況作り出してやるからね」やさしくないよ、私。
ヤーゴが笑う。「できる限りのことはするって。また電話すると思うから、番号登録しといて。あとアドレス、ダヴィデに訊いていい?」
番号消去してください。私の記憶を消去してください。
「お好きにどうぞ。でも休みの日はやめて。っていうか、できるだけ学校で済まして。そっちのほうがあんたにとっても都合はいいはず」
「あ、それは言えてる。んじゃできるだけ、学校な。じゃーな」
なぜへこたれてくれないのだろう。どれだけメンタル強者なのだろう。
「打ち上げってなに!?」
前に向きなおって携帯電話をバッグに戻す私に、テーブルに身を乗り出したエルミが訊いた。話を続けていたリーズとインゴとアドニスは会話をやめた。
「文化祭のあとよ。花見の時に近い人数集めてカラオケに行く。当日じゃなくて土曜か日曜になると思うけど」答えながら私も身を乗り出し、またもテーブル中央に置かれた店員呼び寄せコールボタンを押した。「まだ具体的なことは決めてない。けど紅白に分かれて対戦する。負けたほうのチームが割り勘で料金全払い」
「げ」顔を引きつらせたものの、エルミは真剣な表情に変えた。「あたしも行っていいところだよね」
「今の話を聞かなかったことにするなら、誰にも言わないって約束するなら、かまわない」
「しない。意味わかんないし、あんま聞こえてないし。それは約束する」
あまり信用はできないが。「じゃあいい。でもまだ他言しないで。まだ誰を呼ぶかとか決めてないし、とりあえず文化祭の準備で忙しいから。ある程度落ち着くまでなにも決めないつもり」
「なにやんの?」ルキアノスが私に訊いた。「文化祭。夏休み中もそれで忙しいとか言ってたよな」
「ホラーハウス。なんか成り行きでそうなっちゃって」
答えたところで、ランチタイムの最高に忙しい時間帯を乗り切り、魂が抜けたようになった女店員がやってきた。私はパンケーキとカフェオレを注文した。店員がさがる。
「おもしろそう」リーズが笑顔で言った。「絶対行く」
インゴが訊ねる。「ベラはリーダータイプ? 友達多いんだろな」
どんな質問だよ。「そんなんじゃない。仕切るのは私じゃないし、友達は笑えるくらい少ない。エルミの五分の一くらいよ、きっと」
エルミが補足する。「ベラはヒトを寄せつけようとしないから。話しかけても基本冷たい。言ったじゃん、男とばっかつるんでるって。極一部だよ。学校でなら、今は五人の男子。あとひとり、いちばん仲いい女子はいるけど、それ以外は何人かの女子が、たまにつるむ程度。あたしもその中のひとり。他は完全に他人状態。ぜんぜん話さない奴の名前出したら、誰? とか平気で言うもん」
細かい説明どうもありがとう。
「かなり冷たいぞ」と、アドニス。「最近はそうでもないけど、最初のほうとか完全に冷たかったし」
苦笑うルキがさらにつけくわえる。「無関心だし常に面倒そうだし変にワガママだしやたら頑固だし」
「マジで?」インゴがこちらに言う。「人気者っぽいのに」
「そういうのイヤ。目立つのイヤ。こういう席でそっちが座ってるような位置に座るのもイヤ。私は端っこで観察してるだけ。そっちの三人とは違うの」
「ふーん」彼女たちにも質問する。「三人は目立ちたい側?」
すかさずエルミが答える。「目立つのは好き。でもクラス内とかじゃないなら、ベラにそういう役をもらえないことには、それがあんまりできない」
こっちに話を戻すな馬鹿者。
インゴは首を傾げて私を見た。
「よくわかんねえな。リーダーでも目立つのでもなくて、仕切るのでもなくて──けど役を? うーん?」
「パンケーキが届いたら喫煙席に移動していいですか」と、私。
「え!? なんで!?」
ニコラは苦笑った。「そうやって訊かれたりすんの、ベラはキライなんだよ」
「話すのが面倒だから」とエルミがつけたす。「さっき言ったね、たまにつるむ程度の何人かっていう枠に入っても、こういう態度とられる。かなり面倒がられる。ヒトと仲良くする気がないんだよね。しかも短気だから、すぐキレる。キレると怖い。怒らせたらロクなことにならない。なにされるかわかんないよ」
「うそ」インゴは躊躇したような表情になった。「なんかごめん、会ってみたいとか言って」
来るんじゃなかった。予想どおりだ。空気悪くなるだけ。「どうでもいい」
「デザートが来たら、席移動しようか」ルキは微笑んで私に言った。「つきあう」
私は、リーズの反応を見ないことにした。「ん」
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パンケーキとカフェオレはすぐに運ばれてきて、私はルキアノスと一緒に、二人掛け席がいくつか並んだコーナーの端、仕切り壁の脇にある席へと移動した。彼には窓際に座ってもらった。
「気にしなくていい」
フォークでパンケーキを切り分ける私に、ルキが言った。私がオーダーしたのは、パンケーキ三枚に生クリームを乗せ、さらにチョコソースをたっぷりとかけたものだ。
「インゴみたいなタイプは、好き嫌いがわりと分かれると思うし」と、彼はつけたした。
「ごめん。彼にどう思われようと、どうでもいい。ついでに言えば、あなたにもアドニスにもどう思われようと、どうでもいい。気を遣ったわけじゃないのよ。イライラしただけ」
なぜこんなにイライラするのか、席を移動しながら考えた。もちろんインゴと初対面というのも、彼の性格がというのもあるかもしれない。だけど私は、対応しようと思えばできるはずだ。ヤーゴにそうしたように。あいつのせいでよけいにイライラしたというのは、確かにある。このパンケーキはそれが原因でもある。
でもそうではなく、そのまえから違和感があった。友達感覚で話せるからといっても、席順があるからしかたないとは言っても、さすがにあの状況は変だ。
エルミが気に入ってるはずのインゴと、ルキを好きなはずのリーズが仲良く話している。アドニスのことが好きなはずのニコラをも差し置いて、三人が中心になって話をしている。あの状況、なに?
リーズはエルミがインゴと遊びたがっているのを、今日はそれをキッカケにしたものだということを知っている。私をいないものだと思って話すのはかまわない。誰と仲良く話すのもかまわない。席順には流れというものもあるだろうし、そうでなくともエルミが緊張したというなら納得はできるから、そこはかまわない。あいつが私のことを嫌味混じりに言うことだって、慣れているからかまわない。というか真実だ。
だがあの状況は、どう考えても不自然だった。ルキが口をはさんだり、アドニスたちが彼になにか言うのでなければ、リーズは彼に話を振ったりもしなかった。ヤーゴが実行するような嫉妬作戦かもしれないけれど、ルキにその気があるかどうかわからない状態でそんなことをしても、意味ははない。それはリーズだってわかっているはずだ。自覚させる為、という可能性もなくはないが──。
それでもリーズは、ニコラには時々したものの、エルミに話を振ることを、まともにしなかった。あれだけ私に嫉妬していたのに、彼女はニコラとエルミに対して、同じようなことをしている気がした。リーズがなにを考えてるのか、なにがしたいのか、さっぱりわからない。
「さらりと言うな」と、ルキアノスが言う。「制服で来たの、失敗だな。俺がいたら煙草吸えないもん」
「だから甘いものを食べるのよ」
一口サイズに切ったパンケーキを口に運んだ。おいしい。昔からこの味は変わらない。ただのパンケーキだし、変えろというほうが無理なのかもしれないけれど。特別ふわふわというわけでもないし、むしろベーキングパウダーをケチって混ぜてただ焼いただけで、おいしいのは生クリームとチョコソースのおかげのような気もするけれど。
「辛いのは好き?」彼が訊いた。
「大嫌い」私は即答した。またパンケーキを切り分ける。「唐辛子とかダメ。本気で無理。完全な甘党なの」
「苦いのもダメなんだよな。いつもカフェオレだ。しかもまだミルクが足りないとか文句言うし」
「砂糖はなくても平気だけど、ミルクはたっぷりじゃなきゃイヤ。ブラックコーヒーなんて飲めない」
「ジュースは? いつもカフェオレ飲んでるけど」
こういう質問なら平気だ。「炭酸がキライ。スポーツドリンクは、ホワイト・ブルーだけを飲む。他のジュースはあんまり飲まない。アップルジュースは好きだけど、なぜかいつもカフェオレになっちゃう。たぶん店や商品によって味が違うから」そう言って、パンケーキを食べる。
「こだわり強いよな。新商品とかもあんまり試したりしないか」
「ぜんぜん。おいしそうなチョコ菓子なら喜んで買うけど、スナック菓子とかなら買わない。時々あるでしょ、パッケージの見た目に騙されてがっかりするようなこと。あれがイヤだから」
ルキはまた笑って同意し、私の後方を見た。
「あれ、エルミがこっち来てる」
私は振り返らなかった。




