○ Old Castle
電話を切るとメールが届いた。アドニスからだ。
《青春してんな。モザイクが怖いけど。女もいるんだろ? 可愛い子いたら紹介して!》
私は八十の打撃を受けた。ニコラにはそんな気がないということか。新着メール通知を無視して返事を打つ。
《残念。彼氏がいます》
送信した。“可愛い”の基準がいまいちわからない。好みも知らない。次、またルキアノスから。
《諸事情どんだけ? しかも逃亡中って。やっぱ行かないか。我ながら“When You Got A Good Thing”の完成度が高すぎた気がして──ってのは冗談だけど、ベラが歌うまいから、もう誰とうたっても満足できる気がしない。いや、リーズやニコラが下手とかじゃなくて。もうすぐ文化祭と修学旅行があるんじゃなかったっけ。イベントだらけだな》
確かに完成度は高かったが。満足しろよ。たいして変わらないわよ。私、自分は歌がうまいなどとは思っていない。音痴ではなくて歌唱力がない、ということを自覚している程度だ。
確かにうたってみたいとは思う。彼らと一緒にカラオケに行くまではほとんど、彼らとデュエットした二曲ばかりを聴いていた。“I Run To You”をしっかりと聴いて、誰かとハモりたいと思っているのも確かだ。
それでもさすがにもう、リーズたちの前で彼らと一緒にあのアルバムの曲をうたうと言うのは──ダメだろう。私とアドニスがうたった“Need You Now”を聴いたリーズは、もしまた一緒にカラオケに行くことがあったら、今度は自分がルキと一緒にあの曲をうたいたいと言っていた。なのにルキは──ああ、もうだめ。またイライラしてきた。
電話がかかってきた。エルミからだ。
「どこ!?」突然だった。
「なにが」
「花火してんでしょ!?」
なぜバレた。「なんで?」
「インゴが今、アドニスとルキと三人でいて、あんたが二人に送った写真見たってメールしてきた。会ってみたいとか言われた。なにこれ。なんの嫌がらせ?」
嫌がらせではなく、ただの疎外なのだが。「みんな浴衣とか着てる。しかももうすぐ帰る。来ても即グッバイだよ」
「ええ──誰がいんの?」
「なぜかアウニ。なぜかヤーゴとトルベン」それほどエルミと話をしない三人の名前を並べた。
「は? マジで? あんた、トルベンと仲悪かったよね」
「なんか成り行きでそうなってる。しかも来たら帰る時、ヤーゴとトルベンと三人で帰ることになる」嘘をついた。「気まずいと思う」
「ああ──んじゃ諦めるけど──っていうか、インゴの件は? あんた会わせるのもどうかと思うけど、他についてきてくれるようなの、誰もいないんだって」
「ひとりで行けばいいじゃん」
「一ヶ月以上誘われてないのに、ひとりで会う勇気なんかない! ──そりゃ、リーズやニコラはいい顔しないかもしれないけど」
先日、リーズとニコラは彼らを狙っていることをエルミに話した。といっても夢中状態だと言うはずはなく、いいよね、程度にらしい。
面倒な可能性を予測できているのなら、無茶を言わないでほしい。「とりあえず呼ばれてるから切る」また嘘をついた。「明日メール入れる」
「わかった」
気づけばまた、煙草に手を伸ばしていた。
五秒考え、けっきょくまた火をつけて吸った。もうやだ。
「ベラ」ベンチ越しにジョンアが顔を出した。「もうすぐ線香花火するって」
「ん」おなかの上にある荷物を右手で支えながら身体を起こし、ベンチに背をあずけた。「エルミから電話あった」携帯電話をポケットに戻す。「変なところから花火したのがバレて。どうにかかわしたけど」
遊具コーナーの中央には、赤と青の小さな傘型屋根がついた、黄色と青が目立つスライダーがある。左のほうには青いブランコがみっつ、右側には砂場とスプリング式遊具。とてもシンプルな公園だ。
ジョンアが苦笑う。「ナンネは今日、大事な用があるってエルミに言ったって」右隣に座った。「メンバー的に、来てもややこしくなるだけだろうからって」
「たまに空気読まないからね、あいつ」脚の上に乗せた煙草を彼女に差し出した。「吸う? きついけど」
タール十四ミリグラム。やはり悪になる道を選んだのか、リーズとニコラの影響なのか、ジョンアはいつのまにか煙草を吸うようになっていた。私やナンネがいなくても時々、三人で話していたりする。
「ああ、もらう。ごめん」
彼女は箱を受け取り、一本出して箱をこちらに返すと、渡したライターで火をつけ、深く吸って煙を吐き出した。苦笑う。
「きつい」
「私、最初からこれだったから、他の吸えないんだよね。常備してないし普段は吸わなくても平気なんだけど、吸うのはこれじゃなきゃ無理。他はまずい。リーズやニコラが吸うメンソールなんてのは、マジで無理」
ジョンアは煙を吐き出した。
「私は吸っても七ミリくらいかな。学校では吸わないけど、家にいると吸っちゃう」
「いいことないのにね、こんなの」
「うそ、ジョンアまで煙草吸ってんのか」
背後でヤーゴの声がし、私たちは振り返った。カルロもいる。彼らは私たちの前で地面に腰をおろすと、一本くれと言って煙草に火をつけ、吸った。きついと文句を言いながら。
「二人も吸うんだ」ジョンアが彼らに言った。「そっちのほうが意外」
「吸うっていうか、吸ったことあるから吸えるだけというか」眼を細めてまた吸い、煙を吐き出しながらヤーゴが続きを答えた。「とりあえず一回は試すだろ、男なら」
カルロが言う。「前の花火の時、酒と煙草やったぞ。イヴァンが親父のをパクってきて。セテとゲルトは酒、ちょっとなら大丈夫らしいけど、煙草は無理って。ダヴィは親にバレたら殺されるから、煙草も酒もやるつもりないっつって、ひたすら拒否してたけど」
ゲルトとセテは今年の春休み、マスティとブルに呼び出され、ブルの家で飲んだらしい。煙草も経験したけれど、さすがにアレを好きになれる気はしないと言っていた。
ヤーゴがつぶやく。「煙草とか酒とか、普通の女は嫌うのかね。中学生だし」
「目の前に吸ってる女が二人もいんだけど」と、カルロ。「こいつらの意見はアテにならないよな」
彼は笑った。「ならねえ。むしろ吸う女がどうなんだっていう」
「自分は吸うのに?」ジョンアが不満そうに訊き返す。「変じゃん」
「酒も煙草も、男のって感じするだろ。煙草はよくわかんねえけど、やたら酒飲むんならそれはやめたほうがいいぞ。女はチューハイ飲んですぐ酔うくらいがいい」
カルロが笑って私に言う。「ゲルトが言ってたけど、お前、ビール三本飲んでも平気なんだって? 微塵も酔わねえって、マスティとブルが言ってたって」
「マジで!?」ヤーゴは訊き返した。「オレ、一本がやっとなのに。しかもチューハイ」
「そうだけど、飲めって言われるから飲むだけで、好きってわけじゃない」私は短くなった煙草を灰皿の中で消した。「なんにも考えてないの。うまいと思わないし、ただまずいジュースって感覚で飲んでる。眠くはなるけど、酔うとかいう感覚がよくわかんない。基本常に眠いし、飲んでなくてもテンション高かったら酔ってるみたいなとこ、あるし」
ジョンアも私が差し出した灰皿で煙草を消した。
「ベラはずば抜けて大人だよね。なんでもできるんだもん」
「いや、勉強はできないぞ」カルロが訂正する。「オレとレベル変わんねえもん」
彼女は苦笑った。「私はそれ以上にできないよ」
ヤーゴはにやりとした。「ようするに、勉強だけならオレはベラに勝てるってことか。カラオケ勝負よりテストの点数勝負すりゃいいんじゃね?」
「ねえ。絶対に勝てるってわかってる勝負だけを持ちかけるなんて、男として最低だと思わないの?」
彼が呆気にとらたもののジョンアは苦笑い、カルロは笑って同意した。
「確かに最低だわ」
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ルキアノスから追加のメールが入っていたことに、あとから気づいた。インゴがエルミに花火のことを話したらしい、アドニスと一緒に、悪かったと。しかも、インゴが私に会いたいと言っているらしく、また誘われた。携帯電話を壊したくなった。
花火を終えたあと、夜の十時すぎ。アウニの目的どおり、またもトルベンとヤーゴに、アウニとカルメーラを送るよう言った。アウニは今日もカルメーラの家に泊まるという。泊まらなければもっと長い時間、一緒にいられるのに、さすがにヤーゴとトルベンの三人で夜道をオールド・キャッスルまで帰る、などというのは気まずいらしい。
再び甚平を着た私は、文句を言われながらもまた五人乗りタクシーを呼び寄せ、ひとり百フラムずつ出そうと提案したペトラ、アニタ、ナンネを送った。タクシーの中でやっとヤーゴのたくらみを説明すると、彼女たちは大笑いしていた。ナンネはカラオケというイベントが出来上がり、また興奮している。カラオケに行って練習するようなお金はないから、家で練習すると。文化祭そのものはどうでもいいとまで言いだした。
ナンネの家からジョンアの自転車で彼女の家まで行き、別れると、考え事をしつつ、ニコラと電話しながらヴァーデュア・パークを通り抜け、また通りに出た。
ニコラいわく、誘ってくれるなら行くけど、どちらかひとりというのはおそらく喧嘩になるから、それなら両方行かないほうがマシだという。アドニスとルキアノスの両方が来るとしてもだ。
私はアドニスに訊いてみると言って彼女のとの通話を終え、彼に電話した。
「どしたー?」
「明後日、暇?」
直進か右に曲がるかで悩み、右に曲がった。信号のない住宅街は好きだ。特に夜。車がほとんど通らないから、道の真ん中を歩いていても怒られない。というかこの通り、そもそも歩道がないけれど。
左側には薄いグレーの古い平屋がある。家は小さいが、そのぶん芝生になった庭が広い。裏庭でなにかを育てているらしく、背の低いフェンスを立て、その内側に植物を植えている。
右側の家は古いけど大きめだ。ゆるめの坂になるよう、コンクリートで逆T字になるようパーキングスペースを作って、両側には木を植えてある。左側手前には植木の手前に小さな白いポストが設置されていて、その奥をフェンスで囲い、庭には細長い木が二本植えられていた。電線に届きそうだ。外から見えないようにか、フェンスの外側から通りに向けられた赤茶っぽい色の植木が目隠ししている。このセンスは、オールド・キャッスルでは珍しい。などと言ったら失礼か。
「お、めずらしくデートの誘い?」アドニスはいつもの軽い調子で応じた。「明日は大雨かも」
私は無視した。「まだインゴ、一緒にいるの? エルミが一緒に遊んでってうるさいのよ。こっちは始業式の日なら暇だから、ニコラとリーズも誘って、みんなでランチでもどうかなと」行きたくはない。
「ああ、オレは行ける。ちょっと待てよ」
電話越しになんだかんだと話し声がする中、左側の家を見やった。さきほどの家と同じで、車庫までの道をコンクリートで造り、庭の道路側にもコンクリートを進出させ、その内側に花を植えて白いポストを設置している。さらに内側には芝生、等間隔で三本の木。奥はまた花壇になっていて、その奥に薄いイエローの平屋がある。三本の木は、その家の屋根と同じくらいか、少し高い程度。ニュー・キャッスルのキレイめなセンスを持ってきたようだ。ただ、車庫の手前に農作業車らしいトラクターがあるけれど。ここだけでオールド・キャッスル節全開な気がするけれど。
アドニスが電話口に戻る。「二人とも行けるって。んで、インゴが電話代われとか言ってんだけど」
「なんで」
「話したいって」
「どうでもいいです」
彼が笑う。「長引かせようとしてると思ったら、すぐ電話取りあげてやる。ちょっと待てな」
面倒なのは女だけだと思っていたけれど、男も面倒だ。
「もしもーし」
その声を聞いた瞬間にわかった。エルミと同レベルだ。「ハイ」
「ハジメマシテ」明るい口調で続ける。「美人だってのは聞いてたけど、信用してなかったんだわ。けど写真見た。マジで美人。可愛いからビビッた。オレとつきあって」
は? と思うと同時に、彼の痛がる声がした。
電話越しにインゴが笑う。「シバかれた。二人に同時にシバかれた。あ、違うわ。ルキは蹴りだった。背中。なにげに痛い」
もっとやれ。「オトコがいるってのも聞いてるはずだけど」
「ああ、聞いてる。別れないなら、二番目でも──」
言いきる前に、インゴはまた痛がった。
「ごめん」ルキアノスの声。「やめたほうがいいかも。相当うるさい。かなりうるさい」
「ねえルキ。“ノア”って愛称はどう?」
「ノア?」彼が訊き返す。「っていうか、俺だってわかってんのか。すごいな」
「私はそういうの、わか──」
T字路。視界に入った左側、青々と茂った木の下に路駐された灰色の車の向こう、おそらく二番目の家。自転車から降りて庭に入ろうとするトルベンと、サングラス越しに目があった。ここに住んでいたのか。
だが気にしないことにした。ゆるんだ歩行スピードを元に戻しつつ、視線を前方にうつした。つまり無視だ。
「わかる。ずっと考えてたのよ。アドニスと違って、いくつか愛称つけられるよねって」
「言ったじゃん、なんでもいいって。“ノア”は原型あるのかないのか、微妙なとこだけど。呼び方コロコロ変わるから、わけわかんないけど」
「気分屋だからね。ルキだったりノアだったりキアだったりするかもしれない。私も覚えきれるかわかんない。そのうち“トニー”とか呼んでるかも」
彼は笑った。「原型ないよ。それこそないよ。呼ばれても、振り返る自信ない」
こちらも苦笑を返す。「それどころか、別のヒトが振り返る可能性があるよね。とりあえず愛称は固定しないつもりだから、覚悟して。で、こっちはエルミがうるさいから仕方ない。明後日は大丈夫なの? 始業式だよね」
「うん。十二時くらいには終わると思う。どこがいい? 面倒だったら、俺らがそっちに行ってもいいよ。センター街からバスで」
「じゃあアロウ・アイレットのチック・ノーティド・ショッピングセンターにある、ベアラック・ダイナーは? ナショナル・ハイウェイ沿いにあるから、すぐわかると思う。私たちのほうが早く着くとは思うけど、席とって待ってる」
「わかった。終わったらすぐ行く──あ、バスで学校行くって。ちなみにインゴはノース・キャッスル高校だから、俺たちより早く着く可能性があるけど。うるさかったら無視してていいから」
ノース・キャッスル高校。どこにあるかは知らないけれど、確か五教科の合計が三百点必要な私服学校だ。頭はいいのか。
「わかった。たぶんエルミが喋ってると思うから、私は沈黙しておく。んで、エルミたちは知らないけど、私はランチを食べてちょっと話す程度で帰ると思うから、よろしく」
「まじで? てっきりカラオケ行って花火する流れかと」
「なんなら映画館の割引チケットあげようか? 六枚あるから、六人で行けるよ」
「ええ? いや、映画は──」
ルキアノスが言葉を詰まらせると、声が変わった。
「映画館にインゴみたいなの連れてってみろ」アドニスだ。「えらいことになる」
「じゃあ四枚あげようか? ニコラとリーズとノアとアドニスと四人で行けばいい」
「今観たいのないもん。っつーかオレ、映画館みたいに黙ってじっとしてなきゃいけないとこは苦手。ダイナーで話してりゃいいじゃん。あとは気まぐれでいい。お前が帰るっつったら、エルミたちも帰るって言うかもしんねえし。とりあえず明後日、学校終わったらメールして。オレらも終わったらメール入れるか、電話する」
彼はどうやら、頭の回転が速い。だが彼女たちが帰るとは限らない。
「わかった。じゃあね」
電話を終えると、再びニコラに電話した。明後日会うことが確定したことと、インゴと話したことを報告すると、彼女は笑いつつも喜んでいた。エルミに電話するからと、リーズへの連絡を頼んだ。
エルミも、電話の向こうでフィスト・パンピングでもしてるんじゃないかと思うほど喜んだ。デザートくらいは奢ると。
アドニスやルキはどうなのかと訊いたら、ブルほどではないものの、自分にはレベルが高すぎるという答えが返ってきた。それにリーズとニコラが気に入ってるのがわかったから、同じヒトを好きになっても勝ち目はないしと。
インゴの顔がどうこうというわけではないけれど、正直なところ、ブルのようにハンサムな男とつきあえたのは奇跡だと思っているし、でもそういう男はモテるから、卒業式に目の当たりにしたような状況がまたあるのかと思うと、顔だけで好きになってもつらい思いをするだけだという。もちろんブルもアドニスもルキも、やさしくておもしろいけれど、それがよけい、不安になる可能性がある気がすると。だったら顔を意識せず、中身で好きになりたいと。
ブルはあれで、アホエルミをわりと成長させたらしい。それが心からの本音なら、の話だが。




