* When You Got A Good Thing
リーズが予約した二曲を一緒にうたっているあいだに、ニコラとアドニスはルキアノスを交えつつ曲を選んでいた。間奏の合間に、キアと一緒にうたいたいって言ったらうたってくれるかなとリーズに訊かれた。だいじょうぶだと思うと答えたけれど、勘づかれないようにしなければならないのなら、そのタイミングはかなり難しい。さっきのニコラの流れは、我ながらわりと自然だったと思うけれど。
リーズとの曲をうたい終えると、後方で奥の席に座ったアドニスが私に声をかけた。
「次のオレとニコラのあと、お前とルキの入れた」
「うたえるの?」私はルキアノスに訊いた。
彼が苦笑う。「変なプレッシャーやめて。バラードは難しいんだから」
「バラードって大好き。ハモりの部分だけは間違えないでよ」
「またプレッシャー!?」
彼らは笑った。ニコラとアドニスが前に出て、私たちは奥に詰めた。立ってうたえばと提案すると、二人はそれを受け入れた。男性グループのポップバラードで、一番はコーラスだけにアドニスが入ったものの、二番からは二人が互いにつられながらも、どうにかうたった。つられすぎたせいか、二人は最後の部分を、苦笑いながらうたい終えた。
「難しいけどおもしろい」演奏がエンディングに向かう中、ディスプレイの前に立ったままのアドニスが言う。「リーズもやってみ。オレでもルキでもどっちでもいいから」
彼女の口元がゆるむ。「うん、やる」ルキへと視線をうつす。「できる?」
「いいけど、ちょっと待って。とりあえずこれのプレッシャーから開放させて」
ニコラが助言する。「うちらみたいにつられないようにね。集中してないと、気づいたらただ一緒にうたってるだけみたいになる」
アドニスは彼女に提案した。
「なんなら他のうたうか? んでちょっと離れてうたったら、まだマシになるかも」
彼女は当然乗る。「うたう。マシにならなかったら泣くけど」
「だな」曲が終わった。「ルキ。次、お前とベラ」
私がニコラからマイクを渡されて再びテーブルに腰をおろすと、アドニスからマイクを受け取ったルキアノスはスツールに座った。
「つられんなよ」と、私。
「うたう時、たまに耳おさえてるけど」彼が言う。「あれ、なに?」
「トラガスで耳を塞いでるの。自分の声が聴こえる。音程の確認」
「マジで? やってみよ」
これは“When You Got A Good Thing”という曲だ。男性パートではじまり、女性パートに変わって、コーラスを男女でうたう。二番もその流れなものの、歌詞は半分に減る。高校生ならともかく、中学二年生がうたう曲ではないような気がするのだが。
そして曲がはじまり、彼はうたいはじめた。私もマイクを持って待機する。ディスプレイに出る文字は、男性パートと女性パート、別れているところは色がブルーとピンクに変わり、ハモリ部分は紫になる。だからパートは間違えようがない。と、思う。
目の前にある綺麗な偽物に夢中になって
本物に気づけないのはよくある話
だけど君という存在は本物の中の本物
誰も君を偽物にしてしまうことはできない 決してね
愛をすべてにしてしまうことが怖かった
でも私の魂を見つめてくれたのはあなただけ
きっとあなたは百万の石の中からでも私を見つけてくれる
そう信じてるわ だってあなたの囁きが今でも私の中に残ってるから
君は間違っていない
どうか変わってしまわないで
たとえすべてが崩れ落ちそうな時でも
忘れなければまた立ち上がれる
覚えていて
大切なものを手にした時のことを
どんな選択をしても きっと僕らは後悔していたよ
なにより自由な君を愛したのはこの僕だ
さよならは 私にとって簡単じゃなかった
あなたが恋しい だってあなたの言葉が今でも私の中に残っているから
すべてが残ってるんだ
あなたは間違っていない
だからどうか変わってしまわないで
たとえすべてが崩れ落ちそうな時でも
忘れなければまた立ち上がれる
覚えていて
大切なものを手にした時のことを
僕たちは大切なものを手にしているんだ すでに
君は間違っていない 僕も
だからどうか変わってしまわないで
たとえすべてが崩れ落ちそうな時でも
忘れなければまた立ち上がれる
覚えてるわ
覚えてるよ
覚えていて
大切なものを手にした時のことを
ほとんど完璧だった。思わず彼にハグしそうになったのを、私は必死にこらえた。欲を言えば、曲がフェードアウトでなければもっといいのだが。
「ほとんど完璧じゃねえか」アドニスが言う。「トラガス塞ぎ、そんな効果あんの!?」
「あるある」ルキが答えた。「こんな大音量なのに、自分の声がわかるもん。あれって思ったら、すぐ訂正できる」
小さい頃、両親に教えてもらった方法だ。これはもう、私の癖になっている。声が出づらいと感じたら喉を押さえるのもそう。
「あたしもやろ」ニコラが言った。「っていうかベラ、実はアレンジとかできるんじゃないの? 女同士でうたうとしても、元の音程どおりじゃなくて、デュエットみたいな感じで、低い声にしたり高い声にしたり。わりといろんな音程出せるよね」
私はテーブルの上に置いていたカフェオレを持ち、ソファに戻った。
「できるけど、あんまやると怒られるんだもん。音がわかんなくなるからやめろって」これを許してくれるのはアニタだけだ。
「んじゃそれ、あとでなんかでやろ。やってみたい」
私が了承すると、またルキがつぶやいた。
「そんななのに、なんでテストは──」
「音楽と勉強は関係ないんです」
私はそんな反論しかできなかった。
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その日の夜、ルキアノスから電話がかかってきた。
「歌覚えるのに必死で訊き忘れてたけど、もう友達にはなれてる?」
祖母の家の自室。電話越しに、彼が訊いた。
私はベッドに寝転んでいる。「なれてるんじゃないの? 普通にメールして普通に電話して、普通に遊んでるし」まだ二回だが。
「ん──気になってたんだけど、みんなが君に電話する時って、どうしてんの? 彼氏といることもあるわけだろ」
カレシッテナニ。
「同期の男友達はたいてい、先にメール入れるかな。そんなに電話したりもしないけど。私がメール嫌いなの知ってるから、特に急ぎじゃない時は、暇になったらメールしろってメールが入る。女友達はたいていメール。急ぎの時はかまわず電話。長話になりそうな時は、暇になったらメールしろってメール。男の先輩は、基本的にいつだろうとかまわず電話してくる」
「へー。なんかベラ、キライなもんばっかりだな」
「面倒がキライ。メールするくらいなら電話する。でも長ったらしく電話するくらいなら、会って話すほうが早いよね」
彼が笑う。「家がもうちょっと近かったら行くのに。同じ地元だとすぐ会えるんだろうな」
なに言ってんだこいつ。「まあ、時間の差はあるけど。リーズの家がいちばん近い。でもいちばん仲のいい女友達の家は、ちょっと遠い。どっちもわりと、電話より会って話すほうがいいと思ってるから、夜じゃなきゃたいてい、会うかな。ただ私は、自転車を持ってないわけだけど」
「え、マジで?」
「ない」小学校の時、そろそろちゃんとした大人用自転車を買おうかという頃には、家の中がおかしくなっていた。私はいらないと思うことにした。「乗れるんだけど、歩くほうが好きなの。シューズの選択を間違えると大変なことになるけど。周りはみんな持ってるから、乗せてくれるし」
「ああ、自転車通学もないのか。こっちはある程度中学から離れてれば自転車通学になるから、みんな持ってるのがあたりまえだけど。中学の傍なんて自転車が走りまくってるから、路駐の多いとこだと歩くの怖い」
「こっちは自転車登校、許可されてないの。センター街もそういうとこ、あるよね。エリア内のほとんどは時間指定で自転車禁止だけど、なぜかアーケードは常に禁止されてないし。駐輪場だなんて呼べない駐輪枠にごちゃごちゃと置かれてる自転車を見てると哀しくなる」
彼は笑った。
「あれは最悪。朝のうちに停めておいて数時間後に戻ったら、他の自転車と絡まってる。慎重に出さないとドミノ倒しになる」
「それ、何度か目撃したことある。友達と一緒ならいいけど、ひとりだと最悪だと思う。私たちはバスで行くから、そういうのはないけど。駐車場はそれなりにあるんだから、駐輪場ももうちょっと余裕持って作ればいいのに」
「だよな。しかも放置したくてもできない。女の子と一緒だと、さらに状況は悪い。目撃者がいなかったらかまわず逃げるけど」
「そういう時は自転車を諦めればいい。近いんだから、あとから取りにくればいいじゃない」
「夏休みとかはともかく、普段は学校があるから無理。自転車で行ってるから。──あ、あれだな。君がミュニシパルに入学すれば、その自転車地獄に君を巻き込める」
「私はバスで行くわよ?」
「それはだいじょうぶ。俺の自転車がある」ルキアノスはあっさり言った。「朝のうちに仕込んでおく。で、放課後に君とセンター街で待ち合わせる。自転車を取り出すのを手伝ってもらうついでに、周りの自転車をドミノ倒しにする」
「やめて。絶対やだ」




