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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 07 * MIDDLE DAYS
42/119

* Five Cloud

 八月十七日、午前十時すぎ。

 うだるような暑さの中、ひとりでセンター街へと向かい、ファイブ・クラウド・エリアにあるゼスト・エヴァンスに入った。

 「お、来たな」店の奥にあるレジカウンターのむこう、店長のサイラスが口元をゆるめて言った。「外、ありえないくらい暑いだろ」

 「超暑い」

 そう答えてヘッドフォンを首にかけると、レジカウンターの前にある木製スツールに腰かけた。

 「ふと思ったけど、ランチの時ってどうしてんの?」私は唐突に切りだした。なぜこんな質問をしたのかはわからない。「バイト雇ってないよね」

 サイラスが答える。「デリバリー・サービスがある。デリバリー・ランチ・パケットっていう店が、ナショナル・ハイウェイ沿いにな。すぐそこだ。安いし早いし、品数が豊富。注文したら客にかまわず食うか、まあたいていは注文したあと、店を一時クローズにして、残ってる客を捌いてから食う」

 「バイトは雇わないの?」

 「雇わんな」即答だった。「俺がすることがなくなるだろ。それに、この店は俺のこだわりでやってる。気まぐれな店ってのがいちばんのこだわりだ。バイトなんか雇ったら、決まった時間にオープンして、決まった時間に閉店することになる。しかも好き勝手にCDの調達に行けなくなる」

 なんて素敵なことをと思い、思わず笑った。

 「いいね、そういう自由すぎる考えかた。そんでどんどん掘り出してほしい。今は変な新曲をポンポン発売するアイドルとおかしなダンス・ボーカル・ユニットとR&Bがヒットチャートの上位を占めてるらしいし、正統派ロックっていうのがないもん。インディーズでも外国のでもいいから、そのアホっぽいチャートをどうにかしてほしい」

 彼は笑い、組んだままの腕をレジカウンターに乗せて身を乗り出した。声を潜める。

 「けどそのアイドルたちのおかげで、CDショップも客が入るからな。あれこれわけのわからん特典つけて、自分たちを高級品のように思わせる。あのやりかたには毎度頭が下がる。作詞作曲したのは自分たちじゃないのに、自分たちの曲だと大手を振って歩くだろ。出来る出来ないは誰にだってあるから否定しようとまでは思わんが、テレビ観てたら笑いが止まらん。しかも調子に乗って俳優業にまで挑戦。ヘタな演技でさらにファンの熱は加速。恐ろしい」

 私は天を仰いで笑った。

 「確かに」同じくカウンターに身を乗り出し、こちらも声を潜める。「友達も言ってる。初回限定版のポスターがどうの、ポラがどうの、サインがどうの、スペシャルインタビューがどうのって、予約までして。ありえない」

 「そうだろ」笑いながらうなずいて、またチェアに背をあずけた。「予約特典はまあ、CDショップにとってはありがたいといえばありがたいがな。ホントにファンサービスする気があるなら、ちょっとはタダで働けって言いたくなる。田舎だろうと営業に行って、握手会でも開いてやるとかな。好きで音楽やってんのかどうか、疑いたくなる」

 「ああいうのは絶対、ただ有名になりたいってだけよ」私は言いきった。「スカウトされたかオーディションか知らないけど、何万人の中から選ばれたってだけで、天狗になってる。作詞にも作曲にも演奏にも関わってない、ただ渡された曲をうたってるだけのアーティストなんて、アーティストとは認めない」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 客が来ればCDを探し、客がいなくなればまたサイラスと話をし──なんてことをしていると、時刻はあっというまに十一時を過ぎた。

 CDを二枚買ってゼスト・エヴァンスを出ると、サングラスとヘッドフォンを装着して、携帯電話の電源を入れた。音楽を流していなくても、ヘッドフォンは高確率でナンパ防止になる。声をかけられても、聞こえていないフリができる。

 携帯電話にはすぐメールが入った。ブルから、ニコラとリーズがマブに来たと。一時間ほど前のメールだ。前日、彼らはアゼルの髪染めを手伝うよう彼女たちに言い、私が朝からセンター街に行くことにしたものだから今朝、朝食とランチを買ってきてくれと彼女たちに頼んだ。

 私は悩んだ。とりあえず歩きだしたものの、このまま方向転換してナショナル・ハイウェイでバスを待てば、すぐに祖母の家に帰れる。リーズやニコラを試すなんてことはしたくない。裏切られたらどうするんだという話だ。といってもこれは、裏切るとかいう問題ではないような気もするが。

 嫉妬は私にとって、相当面倒なものだ。同期の奴からの嫉妬ならかまわない。慣れている。でもリーズとニコラには、今のこの状況は、いろいろとつっこみどころがある。嫉妬などといううざったらしいことをされてしまえば、私は怒ってしまうかもしれない。そうなれば、また壊してしまうかもしれない。

 またひとつ、メールが届いた。アゼルからだ。

  《やれよ》

 思わず呆気にとられた。これだけ? 命令か。わかっている。知っておかなければ、なにもできなくなる。

 ルキアノスには昨日、明日センター街にCDを買いに行くというメールだけを送った。時間も、ファイブ・クラウド・エリアだということも言わなかった。言えばすぐに見つかる気がしたからだ。リーズにもニコラにも、彼が、彼らが会いに来ただなんて、思われたくはなかった。

 でもこの暑さだ。本気で歩きまわる気だとしたら、さすがにきつすぎる。

 やると決めた。どう思われようと、私はこれ以上、変に気を遣うようなことはしたくない。わざわざ彼らの名前を出さないように気遣うことも、もう疲れた。

 立ち止まり、ルキアノスにメールを打った。

 《CD二枚買った。ひとりランチにクレープは変? っていうか、私みたいなのがひとりでクレープ食ってたら変? しかもファイブ・クラウドにある大人たちのカフェとかで。おすすめのカフェ、知ってたら教えてほしいんだけど。グランド・フラックスでもかまわない。ちょっといきがって、ひとり真夏の青春するから》

 送信した。真夏の青春、超意味不明。なんのことだ。

 だけど夏休みのこの時間のカフェというのは、まずい気もする。ヒトが多い気がする。いきがった中高生たちで溢れ返っている気がする。バーガーショップやファミレスよりは、おそらくマシだろうけれど。

 とりあえず歩いてはいるが、面倒になってきた。もうそのあたりにあるカフェでいい気もする。

 三階建てや四階建ての建物の一階には、ブランドショップやジュエリーショップ、広告代理店などがある。だけどほとんどのヒトは、そんな店よりもとりあえずランチらしい。さきほどから、飲食店に入っていくヒトの姿ばかりが目に入る。オフィスタウンからきたヒトたちもいるのか、スーツ姿の人間も多い。

 電話がかかってきた。ルキアノスからだ。ヘッドフォンを首にかけて応じた。

 「はいはい」

 「早くない? ランチ食べてからだと思ってた」

 「だってその時間、暑い」

 十字路の角に立った。右には外国料理のレストランがある。私がすすんで食べようとは思わない料理を置いているらしいのだけれど、大きなガラス窓から覗けるその店内は、それなりに賑わっている。その左向かいは宝石やアクセサリーも扱うブティック。十字路を南へと渡った先の通りには、宝石類の店がやたらと多い。もちろんそれらを扱うブティック等も含めての話だけれど、ほぼ二分の一の確率で看板に“ジュエリー”だとか“アクセサリー”だとかいう言葉が書かれているのだ。もういっそのこと、ひとつの大型店を作ればいいと思う。もしくは通りの名前を“ジュエル・ストリート”にしてみるとか。

 「確かに」と、ルキアノスが答える。「けどグラ・フラなんか行ったら絶対、ナンパされる」

 そのためのヘッドフォンなのだが。「じゃあまだファイブ・クラウドだから、適当な店見つける」

 左に曲がろうかと思っていたけれど、そのまままっすぐ、南へと進むことにした。

 「うん──っていうかこれ、今から行っていい? 十五分もあったら、たぶん余裕で行けるんだけど」

 待ち合わせになってしまった。まあいい。「うん。じゃあ店に着いたら場所、メール入れる」

 「うん、すぐ行く」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後、私は適当に選んだカフェのテラスにいた。それほど大きくない二階建てのビルで、一階と二階がカフェになっている。それなりに客──二十代から三十代らしき女グループやカップルの多かった一階でアイスカフェオレを注文すると、二階へとあがった。そちらにもそれなりに客はいたものの、奥にあるテラスに誰もいないことに気づき、テラスに出た。

 そこはアルミテラスの屋根がついていて、出入り口を避けるよう店内側に四人席がみっつ、奥に二人席がみっつと並んでいた。どのテーブルもチェアもネイビーで統一されていて、観葉植物や鉢に入った花が端にいくつか置かれている。この建物の色はクリーム色で、だけど窓枠を含め、ところどころがダークブラウンで塗装され、それがアクセントカラーのようにもなっている。床は色褪せたフローリング。このテラスのなにが素敵って、三方をビルに囲まれているところだ。二階の店内は通りに面した側で、しかもエアコンが効いているからテラスへのガラス戸も閉めななければならず、そうすると、完全に疎外された感じになる。残念なのはアースブルーカラーのアルミテラス屋根だけれど、そのギャップもまたアリなのかもしれない。秋や冬になればテラス屋根を撤去してくれたほうがと思うのだが、どうなのだろう。

 隅にある二人掛けテーブルに座ってルキアノスにメールを送ると、買ったばかりのCDのひとつをプレーヤーに入れて再生し、歌詞カードを見ながら聴いた。カントリー・ミュージックだ。しかも男二人、女一人のグループで、男と女のツインボーカル。

 一曲目はノリが好きだった。ただ、内容はどうかと思った。お互いに一目惚れしたという、すぐに恋に落ちたという歌詞だ。ないない。そんな恋はない。きっとただの勘違いだ。そんなことを言うと、リーズに怒られるかもしれないが。

 曲を聴き終わる前に歌詞カードをめくっていき、七曲目を選んで再生した。詞の内容はキライではない。音も好きだ。私好みの完全なバラード。聴いているうちに、カラオケでうたいたい気がした。だがマスティもブルも、カントリー音楽など聴かない。そもそもカラオケになど行かない。彼らもコンポで再生してうたうだけで満足する。ペトラに男性パートをうたってもらうというのはどうだろう。怒られるかもしれない。でももっと低い声、ちゃんとした男の声が欲しい気もする。まあ、CDの声でもかまわないのだけれど。

 ツインボーカルのグループは、わりと貴重だと思っている。カントリーソングには時々そういうのが現れるけれど、好きになることがなかなかない。なんでもいいというわけではない。なにより音が重要だ。私はこだわりが強く、少々偏っている。

 ヘッドフォンのヘッドファンドをこつこつとされ、顔をあげた。ルキアノスだ。歌詞カードをテーブルに置いてヘッドフォンを首にかけた。

 「ハイ」

 「誰かと思った」彼が言う。「ぜんぜん違和感ないし」

 どういう意味だろう。サングラスをはずしてテーブルの上に置いたバッグに入れ、プレーヤーの再生を停めてヘッドフォンもはずした。

 「ひとり?」

 「うん」彼は左側にあるチェアを引いて腰かけた。「アドニスに今なにしてんのってメールしたら、今からオリジナルのピザトースト作って食べるっていうから。まあいいかと思って」

 なぜかデートのようになってしまった。「そ。ランチは?」

 「まだ。そっちは?」

 「私もまだ」

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