* Unknown Alternative
外泊予定だったはずの私が帰ってきたことに驚きはしたものの、大まかな事情を話すと、祖母は笑顔でケイを迎えた。まともな夕食を食べていない彼に、なにか作ってくれるとまで。あとから着替えを持ってきてくれるアゼルのことも泊めると言ったけれど、不快な顔ひとつ見せずに了承してくれた。話しこんだりはしないけれど、挨拶くらいはさせて、と。
「うまい」キッチンカウンターでハンバーグを一口食べたケイが言った。
「でしょ」と、私。
テーブルの上、白いカフェオレボウルに入ったサラダから、プチトマトをひとつつまんで食べた。その傍らには、二種類のチーズやトマト、たまねぎなんかが入ったポテトにバジルを振りかけ、オーブンで調理したフレンチフライがある。
彼はハンバーグにフォークを突き刺すと、大きく開けた口に運んだ。食べるというよりは、ほうばるという表現のほうが正しい。
「おふくろの飯よりうまい」
そんな彼の言葉には、祖母も笑った。
「そんなことないでしょう。お母様のは食べ慣れてるだけよ」
「でもおふくろのハンバーグ、こんなにふくらまない。しかも絶対ピーマン入れるんだ。キライだっつってんのに」
子供か。
「キライだって言うから入れるんじゃない? 意地悪なんじゃなくて、あなたに慣れさせようとしてるのよ。意識するからいつまでも苦手なまま」
祖母が言うと、彼は不満そうな顔をした。
「だってまずい」
「野菜食わないから身長がそんななのよ」私は口をはさんだ。「好き嫌いすんな」
すました表情で祖母が言う。「あら、あなたは魚介類がキライじゃない。テレビでイクラやタコを見ると、いつもすごく不快そうな顔でチャンネルを変えるし」
それ今言いますか。
ケイは笑った。
「でもベラはたこ焼きが好き。タコよけて食う。たこ焼きじゃなくなってる」
彼女も笑ってうなずいた。「ほんとよね。イカフライも好き。だけど生のイカはダメ。なにが違うのか、私にはさっぱりよ」
私にもです。
「オレにもさっぱり」と言って、彼はフレンチフライが乗った皿を引き寄せた。「しかもハーバーでたこ焼き食う時、わざわざえぐり出して、タコだけを川に投げてた。タコを海に返すとか言って。けどオレがガム捨てようとしたら怒る。なにが違うのかわかんねえ」
天を仰いで笑う祖母にかまわず、私はまた割り込んだ。
「タコは海の生き物だけど、ガムは違うでしょ。タコは魚が食べられるかもしれないけど、ガムは無理。喉詰まらせて死んじゃったらどうすんの」
「魚はガムなんか食べねえよ」しっかりと口ごたえしてからポテトを食べる。「──あ、うまい」そしてプチトマトも食べた。
「よかったね。トマト食べられたね。成長したね。これで身長が一ミリ伸びる」
彼は真顔になった。「え、まじで?」
そんなわけがないだろう。
携帯電話に着信が入ると、電話には出ず、すぐに玄関へと向かった。
外に出ると、家の前に自転車を停めたアゼルに、ケイ用の着替えが入った白い紙袋を渡された。
「このまま帰ってもいい気がしてきた」と、彼が言う。
気がすすまないのはわかる。私ですら、こういうのには抵抗がある。アゼルを祖母に会わせることには今、さほど抵抗を感じないけれど──もし私が彼の立場なら、やっぱり躊躇するかもしれない。わざわざ演技してまで好かれようとは思わないけれど、どんな顔をすればいいかがまず、本気でわからない。
私は、彼にキスをした。
「残念。無理よ、もう言っちゃったし。昼間にいいかげんしたからいいでしょ」
「そういう問題じゃねえ」
帰りたそうな彼の手を引き、再び祖母の家へと入った。アゼルが家に来るのは二度目だ。だが祖母には会ったことがない。
祖母はすぐにリビングから出てきた。そして、「はじめまして」と微笑んで挨拶した。「会えて嬉しいわ」
「こちらこそ」と、アゼルも控えめな微笑みを返す。「食事もらってるのに、挨拶が遅れて」
誰だこれ。
「あら、いいのよそんなこと。さあ、あがって」
ケイがリビングから出てきた。
「アゼル!」笑顔だ。
「よ、家出坊主」
「家出じゃねえ。ちゃんと言ったもん」顔をしかめて答えると、また無邪気な笑顔を見せた。「デボラの飯がすげえうまい」
アゼルも微笑む。「知ってる」
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ケイは夕食を終えると、一階でシャワーを浴びた。アゼルは私の部屋に行き、私は後片づけを手伝いながら、ケイについて少々細かい事情を説明した。そのあと、祖母に“必要なら”と言われて渡された灰皿と、二階で出したシーツを持ち、ケイと一緒に三階へとあがった。
そこでアゼルと一緒にマルコの話を、わかる範囲でケイから聞いた。
マルコの少年院行きの理由はいくつかあり、それに過去の罪が重なったらしい。今のところ、二年は出られないことになっている。つまりあと一年ほど。
「──マルコって」ラグの上、あぐらで座ったアゼルがつぶやく。「あれ、お前の兄貴か」
「知ってんの?」ケイが訊いた。
「昔、更生施設でちょっとだけ一緒だったらしい。俺は覚えてなかったけどな。中学一年の時、オル・キャスで会った。俺が喧嘩してんの見てて、声かけてきた。喧嘩強いけどまだ甘いなっつって、俺が殴ってた奴の腹思いっきり蹴飛ばして気絶させて、煙草持ってるかって言うから、一本やった。そん時はそれで終わり」
なにが甘かったのだろう。
彼が続ける。「次の年、また会った。あいつ単車乗ってて、煙草の礼だとか言って、頼んでもないのに単車の乗りかた教えられた。そん時に名前と、更生施設で一緒だったっての聞いた。苗字は知らなかったけど。そんで去年、そいつが少年院入ったって聞いた」
なんだこのつながり。「どいつもこいつもヒト殴ることしか頭にないのか」私は本音をつぶやいた。
やはり意外な接点に、ケイは少々呆然としている。
「──まえに、兄貴が言ってた。ある意味自分よりヤバそうな奴がいて、なんとなく声かけて、煙草の礼に単車教えてやったって。自分たちとは違って、ヒト殴るのに楽しみなんて持ってないし、人間を人間と思ってない奴だったって。単車にもぜんぜん興味示さなかったけど、無理やり教えたって。しかもすぐ乗りこなしたって」
「興味ねえよ」と、アゼル。「俺にも、アホでチビの弟がいるって言ってた。やってきたことを後悔はしてないものの、弟にはこんなんになってほしくねえって。だからあの、世間体ばっか気にする両親と親戚連中とニュー・キャッスルのアホ共がわかるまで、自分はバカやり続けるんだって。ニュー・キャスの、クソみたいに気取った大人には絶対ならねえって」
ケイは眉を寄せてうつむき、静かに口を開いた。
「兄貴が小学生の時、仲よかった奴がいたんだ。けどそいつ、小学校四年の頃に、オル・キャスに引っ越した。兄貴の知らないところでイジメ受けるようになって、だんだんそれがエスカレートしてたらしくて──五年の時にとうとう、ウェ・キャスから引っ越しちまったって。兄貴がイジメのこと知ったの、そのあとで──キレて、そいつをイジメた奴、全員ボコボコにし始めた。それからだ。兄貴が暴れ出したの」
なんだかんだときっかけはあるらしい。
「ニュー・キャスの人間はキライだったけど、お前の兄貴はキライじゃなかった」アゼルはビーズクッションを使って寝転んだ。「まともに話したのは単車の時だけだけど。なんもできねえ小学校低学年の時は特に、悪さしたら、“これだからオル・キャスのガキは”って言ってたんだよ、教師が。俺は言われなかったけど、他の奴らがな」
親が警察の人間だからですよね。
彼が続ける。「昔よりもかなりマシになってたはずだけど、マルコの時はそういうのが、俺の時より酷かったらしい。当然教師には外から来た人間のが圧倒的に多いけど、噂なのか町の情報としてあんのか、そういう認識がどこにだって広まってた。大人がそういう考え植えつけてくから、子供もそういう考えになる。小学校高学年から中学にかけて相当荒れてたらしくて、中学の体育祭潰したのも、マルコとそのいっこ上の奴らだ。そこらへんから除々にマシになって、今の状態」
私は口をはさんだ。「体育祭潰したの、マルコなの?」
「だってよ」彼は答えた。「しかもそん時、マルコは小学校六年だ。ウェスト・キャッスルのワルの中じゃあいつ、ちょっとした伝説だぞ。そりゃ、ニュー・キャスの人間だからってのもあるんだろうけど」
あのヒトはいったいなにをしているのだろう。
「──なにやったって、オレにはやさしかった」うつむいたまま、ケイが苦しそうに言う。「けど親戚の奴らは、まだ変わんねえ。わざわざ家に来て、兄貴はどうこう、育てかたがどうこう、オレにはあんなふうになるなって──親父もおふくろも、ちょっとは庇ったりすりゃいいのに、まるで他人みたいに──今じゃもう、普段、兄貴の名前を出そうともしねえ。いつのまにか兄貴の荷物、どっかの倉庫に追いやってるし──空っぽなのに、部屋に入ったら怒るし──勉強しろだの塾に行けだの、ゲームするなとか、兄貴みたいになるなとかなんとか──そんなんばっかりだ。面会できるはずなのに、それすら連れて行こうとしねえ。どうせ反省してないからとかなんとか、行っても無駄だって」
堅い。超堅い。
「反省してねえのは確かだろうけどな」アゼルが言った。「今は兄貴がなんも言えねえんだから、お前が言えよ。そりゃちょっとかもしんねえけど、お前の兄貴はウェ・キャスのクソみたいな考えを変えたうちのひとりだぞ。親と親戚のクソみたいな考えくらい、お前が変えろ。お前はゼロじゃねえ。兄貴のやりかた見てたんだから、なにをどうすりゃどうなるかって、ちょっとくらいわかるだろ。兄貴が変えられなかったとこは、別の方法でお前がやればいい」
アゼルの話をケイが理解したかどうかは、よくわからなかった。
マルコの話を終えると、どうでもいい私の話に切り替えてそのうち、ラグの上で雑魚寝した。ケイが私の隣を拒否し、なぜかアゼルが真ん中で。
でも翌日起きると、ラグの上で眠っていたのは私ひとりだった。アゼルもケイも、いつのまにかベッドに移動していたのだ。私のベッドに。
少々ムカついたので、ケイの携帯電話からこっそり、シモーナにメールを送った。祖母の家の住所と、いつ迎えに来てくれてもかまいませんという内容で。
リビングでランチを食べている時、玄関のベルが鳴った。ケイの両親だ。祖母が三人で少し話をしたいというので、私たちはランチを持って三階にあがった。
三十分ほどで祖母に呼ばれ、アゼルも一緒に一階におり、私はケイの両親に挨拶して彼らを見送ったあと、アゼルと一緒にマブに行った。




