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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 07 * MIDDLE DAYS
40/119

* Family

 ミッド・オーガスト──主に八月十二日から十五日までの四日間を言い、学生ほどの長期夏休みがない一般の会社も、この時だけはたいてい、まとまった休みをとることができる。ナショナル・ハイウェイや高速道路では特に、帰省ラッシュや旅行での渋滞が国内のあちこちで起こり、当然のように事故も増える。街では酒に溺れてバカな行動に走る馬鹿も増える。特に夜。

 だけどそんなファミリーイベントは、私にもアゼルにも関係がなかった。

 親戚のことなど祖母はなにも言わないし、だからといって私が訊くはずもなく、祖母も仕事は休みだから、マスティがマブに来ていた十二日は、祖母と一日中一緒に過ごした。

 だけど今日、十三日は、朝から泊まる予定でずっと、アゼルと一緒にいる。常識的な“親”がいない私たちには、ふたりでいるほうがずっと気楽だったからだ。

 私たちは、ほとんどをベッドの上で過ごした。ふざけながら話をし、じゃれ合って、抱き合って、少し眠って、またじゃれ合いながら話をして、抱き合って──そんな一日を過ごしていた。

 夕飯は気分転換に、ナショナル・ハイウェイ沿いにあるコンビニに買いに行った。レジに置いてある無料配布のうちわと、入り口近くにある無料配布の広告をごっそりともらい、雑誌コーナーにこれみよがしに並べると、笑いながら店を出てマブへと戻った。

 夕食を食べ、明かりを落とした狭いバスルームで一緒にシャワーを浴びたあと、またベッドに入った。どちらもお酒は飲んでいなかったし、酔っているはずなどなかった。だけど、“ミッド・オーガスト”という言葉に酔っていた。

 「なんで髪染め買わせねえんだよ」仰向けで私に腕枕をしたアゼルが不機嫌そうに言う。「カゴに入れたのに、いつのまに戻したんだ」

 「せっかく仕事増やしてもらってんのに、わざわざお金無駄に使うことないじゃない」彼のほうを向き、彼の腰に左手をまわした。「安くはないのよ。もったいない」

 「そんくらいいだろ。確かに煙草三箱になるけど」

 「避妊具一箱くらいにもなるよね。十回はできる」

 私の言葉に、怒っていたはずのアゼルは笑った。

 「そりゃそうだけど。知らねえぞ。髪が赤くなくなったら、またヒト殴るかもしんねえ」

 「ないない。むしろあの赤のほうがまずいから。赤は怒りや憎しみの色なのよ。ヒトを挑発する色でもある。危険です」

 「黒だって同じだっつの」そう言って、彼はこちらを向いた。「っつーか、もし俺が青にしたらどうなんだ」

 「マスティと三人で並んだら、信号機が出来上がるわね」

 「それはイヤだな。いや、ある意味目立つけど。マスティの役目なんだよみたいな」

 「黄色は赤と青のあいだにある。ベッドで三人並ぶの。マスティがあいだにいる」

 「そんな趣味ねえよ」さすがに笑わない。「アホか」

 私もない。「じゃあ今度買ってくる。けどそれが最後。もうダメ」

 「青?」

 「赤だし。なんでだ」

 アゼルはまた笑った。私の頬に触れ、キスをする。起こした上半身を左肘で支え、深く深いキスを、何度もした。

 と、ナイトテーブルに置いた携帯電話が鳴った。私の携帯電話だ。

 唇を離して彼が言う。

 「──お前の電話こそ、邪魔なんだけど。赤のくせに」

 「取って」

 顔をしかめる。「本気か」

 「早く取れ」

 アゼルは携帯電話を私に渡すと、ベッドヘッドにもたれて煙草に火をつけた。

 私は仰向けになったまま電話に応じる。予想どおりケイからだ。

 「はいはい」

 ケイはなにも言わない。

 こちらが身体を起こしてもなお続く沈黙を、私は溜め息で破った。

 「今、どこ?」

 彼がつぶやくように答える。「──中学」

 今、夜の八時を過ぎている。「すぐに行く」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アゼルをマブに残し、ひとりウェスト・キャッスル中学校へと向かった。閉じられていた裏門脇の歩道に、自転車が一台停めてある。

 門を乗り越え、真っ暗で静かな中学の敷地内に入ると、テニスコート側、第一校舎の裏昇降口前でひとり脚を抱えて顔を伏せているケイを見つけた。左手には携帯電話を握っている。

 私は彼の右隣に座った。

 「どした」

 ケイはやっぱり答えない。

 「いつからここにいんの?」

 「──さっき」

 「じゃあまだ家出にはなってないよね」彼のサラサラの髪を撫でる。「まさか朝からフラついてたわけじゃないんでしょ?」

 「──昼」

 予想外の言葉だった。「昼に家飛び出して、今までずっとフラフラしてたわけ?」

 あからさまに溜め息をつくと、彼は脚をくずしてあぐらに切り替えた。だが顔は上げない。

 「なんも予定がないっていうダチがひとりいたから、センター街行って、ゲーセンで遊んでた。けど当然夕方までで、しかも遊びすぎて金なくなったし。ナショナル・ハイウェイにあるバーガーショップで時間潰してたけど、店に来た警官に声かけられそうになって、逃げてきた」

 私は呆れた。昔から時々思っていたことだが、この妙な行動力はなんなのだろう。マルコ譲りなのか。

 「──あいつら、ムカつく」顔は上げず、彼は悔しそうに切りだした。「なんもわかってねえのに、好き勝手言いやがって。親父やおふくろだってそうだ。ああしろこうしろって、オレのことやたらと抑えつけようとする。ムカつく」

 つまり親子喧嘩か、と思い、私は肩をすくませた。

 「うち、来る?」

 ケイはやっと顔をあげた。しかめっつらだ。

 「イヤっつたじゃん」

 「そのつもりで電話してきたんでしょ。家に帰るなら送るけど」

 そう言うと、彼はまたうつむいた。帰る気などない。

 「電話貸して。お母さんに電話するから」

 「帰りたくねえ」

 「わかってる。今日はうちに泊めるって言うから。説得するから」

 数秒沈黙し、ケイは携帯電話の電源を入れた。起動すると、電話帳から母親──シモーナの番号を出し、こちらに渡した。

 電話をかけると一回目の呼び出し音が鳴り終わる前に、彼女は電話に出た。

 「ちょっと、ケイ!?」彼女は怒っていた。「あなた今どこに──」

 「シモーナ」怒鳴り声に近いその声を遮る。「ごめんなさい。ご無沙汰してます。ベラです、イザベラ。アッパー・ストリートのコンドミニアムに住んでた」

 「──まあ」彼女は勢いを落とした。「ベラ? どうし──ああ。ケイね。またあの子があなたに迷惑を──」

 「いいえ」今も昔も、特に迷惑をかけられた覚えはない。「今一緒にいます。なんか、相当ふてくされてるみたいで」

 「ああ、ええ──今日、朝から親戚が家に集まってたんだけど、急に部屋に閉じこもったと思ったら、家を飛び出しちゃったのよ。電話しても電源が入ってないし、ハーバーにもいないし──九時までに帰ってこなかったら、警察に行こうかと思ってたんだけど──」

 「だいじょうぶです。今外だから、暗くてよくわからないけど、たぶん怪我もしてません」

 彼女はわかりやすく安堵した。「そう、よかった──あなた、今もニュー・キャッスルに住んでる? 去年は一度も姿を見かけなかったし、ケイから名前も聞かなくなったんだけど──」

 「ウェスト・キャッスルにはいます。でも去年の春休みに両親が離婚して、今はオールド・キャッスルの祖母の家で暮らしてます。ケイが中学に入学して、久しぶりに会いました」

 「まあ、そうだったの? 大変だったでしょうに──じゃあ、マルコの──あの子の兄のことは、聞いた?」

 「マルコがどうかしました?」

 隣でケイがまた、立てた脚を抱えて顔を伏せた。それと同時、電話越しにシモーナが溜め息をつく。

 「あの子──去年また、警察に捕まったのよ。もう更生施設じゃ済まなくなって、今はラージ・ヒルの少年院に入ってるわ」

 予想外の特大ニュースだ。「それは、知りませんでした」

 おそらくこれが、ケイが以前言っていた、“居てほしい時に居なかった”時のことだ。

 電話のむこうで、彼女は苦しそうに笑った。

 「──ほんとに、なんでこうなっちゃったのかしら」今にも泣き出しそうな声だ。「昔からめちゃくちゃして、怒っても反発するだけだから、ずっと目をつむってきたけど──どんどんやることが悪化して──」泣きだしたらしく、鼻をすすった。だが話はやめない。「少年院に入った今も、ぜんぜん反省してないらしくて──ただでさえマルコに手を妬いてるのに──ケイはケイで、どんどん反抗的になっていくし──ケイまであんなのになっちゃったら──」

 「シモーナ」私は再び、彼女の言葉を遮った。「そういう言いかたはよくない。マルコがなにを考えてたのかはわかりませんけど、あなたの息子ですよ。ケイだってそう。少なくとも私にとってマルコは、確かに不良だったけど、弟想いのいいお兄さんです。それはたぶん、変わってない。周りにいる人間のせいでも、あなたたちのせいでもない。マルコが自分の意思で考えてやってることです。目をつむってって言うけど、突き放せば突き放すほど、子供は反発する。でも抑えつければいいってものでもない。どうバランスをとればいいのかは、子供をちゃんと見て、ちゃんと考えればわかるはずです。これからケイがどうなるかだって、ケイは自分で考えて決められる」

 彼女はなにも言わない。

 私は、うずくまったままのケイの髪を撫でながら続けた。

 「確かに反抗はするし、悪いことだってするかもしれない。間違えるかもしれない。けどそれに気づいたら、何度でも怒ればいい。怒り任せじゃなくて、ちゃんと話を聞いて、ダメなことはダメだって教えればいい。わかって当然だなんて思わないでください。親子間では、そういうのは通用させちゃいけない。それに当然のことながら、放置されてると、なにしてもいいのかって思いますよ。自分のことなんかどうでもいいのかって。だからって抑えつけられると、反抗するしかなくなる。選択肢が少ないから。

 子供だって人間です。ロボットじゃない。意思はある。本気でそう思ってるのか、そうしたいのか訊いてください。大人ならある程度、どういう選択がどういう結果を招くかって、わかるはず。それを何度でも教えてください。それが親だと、私は思ってる。

 心配で仕方ないなら、そう言えばいい。中学生だろうと高校生だろうと、十九歳だろうと二十歳だろうと、マルコとケイはあなたたちの息子。抱きしめて、“心配かけるなバカ息子”って言ってやればいい。すぐじゃなくても、そのうちわかりますよ。自分がどれだけアホなことしてたかって」たぶん。

 数秒の沈黙のあと、シモーナは泣きながら笑った。だけどやっぱり、声をあげて泣いた。

 そして、声が変わった。

 「はじめましてかな」男の声。「妻が話せる状態じゃなくなってしまったもので──」

 父親が降臨した。「はじめまして」

 「ああ、はじめまして──すまないね。最初からスピーカーにして、ぜんぶ聞かせてもらってた。なんというか──」彼は苦笑った。「ケイが君のところに行った理由が、なんとなくわかったよ。僕らよりよっぽど、ケイとマルコをわかってる」

 マルコのことは知らねーよ。

 「ごめんなさい。かなり勝手言いました」あんなこと、他人で子供の私が言うセリフではない。「失礼ついでに今夜は、ケイをうちに泊めます。私もちゃんと、ケイと話さなきゃいけないから。なんなら電話、代わりますけど」

 彼はやさしく笑った。「ああ。そうしてもらえると助かる」

 携帯電話をケイに渡した。彼はふてくされた顔で電話に出て、二、三言つぶやくように答ると、明日は帰ると言って電話を切った。

 「私もアゼルに電話しないと」と、携帯電話をポケットにしまう彼に言った。

 「一緒にいたのかよ」彼はまだ無愛想だ。おそらく、どんな顔をすればいいのかわからない。

 「いた」

 バッグから携帯電話を出し、電話をかけた。

 アゼルは二コール目で電話に出た。「ん」

 「おばーちゃんの家に帰る。ケイを泊める」

 「あ?」

 「家出少年なの。アホだから」

 「へー」

 「なんなら来る? おばあちゃんは家にいるけど」

 「は?」

 「ケイの着替えがいる」と、彼に言う。「たぶん私のは着たがらないだろうから、ついでに買ったり持ってきたりしてくれると嬉しいな。お金はあとで返すから」

 「──お前の思いつきって、恐ろしいな」

 思わず笑った。「来るなら、おばあちゃんに言っとく。だいじょうぶよ、変に詮索したりしないだろうし。ラグの上で寝ることになるけど」

 アゼルは溜め息をついた。

 「コンビニ寄ってく。Tシャツとジャージは俺のでいいだろ。着いたら電話する」

 やさしい。「うん、わかった」

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