○ Omen
リーズからメールの返事がきた──かと思えば、ルキアノスからだった。
《今ひとり? 電話しても平気?》
「平気じゃないです」
思わず声に出して言った。なんだ。今度はなんだ。と思いつつも返事を打つ。
《友達とメールしてる。ひとりじゃない、音楽と一緒よ。私はヘッドフォンと一心同体──あれ、ヘッドフォンはずしてた》
送信した。
どうしてみんな、こんなにメールが好きなのだろう。こっちはつきあっている男とですら、めったにメールなどしないのに。
そこでふと気づいた。ルキアノスが言っているのは、メールではなく電話だった。今の私の返信はもしかしなくても、電話していいということになるような──。
携帯電話が鳴った。ルキアノスだ。失敗した。私はまた墓穴を掘ったらしい。応じないわけにいかず、しかたなく電話に出た。
「はい」
「ごめん。メール面倒だから」
これは本当に聖人の言葉なのか。やはり彼もニセモノなのか。
「そうね。でもたまにメールしてくるじゃない」
「うん、ごめん。ただ暇なだけの時はね。今日リーズとニコラとアドニスと、四人で遊んできた。一応、インゴ誘うからエルミも誘えばって言ったんだけど、やっぱあんま仲よくないから、誘いにくいとか言って。元はベラの友達だっていうし」
私はエルミと友達だったのか。「まあ正確にいえば、エルミが二人にとり入ってる感じよ。二人は相手にしてないけど。エルミなら、そのうち勝手に自分で約束取りつけて遊ぶと思うから、気にしなくていい。そっちの友達がどうかは知らないけど」
「ああ、友達感覚でよくメールするって言ってた。おもしろいけど、つきあうとかじゃないかなって。え、エルミはその気ある感じ?」
エルミがフラれた。
「さあ」私はすっとぼけた。「私も会ってないから、よくわかんない。そういう話を持ち出されても私が相手にしないの、知ってるからね」
おそらくハヌルあたりにでもノロケているのではないかと思われる。
彼は笑った。「相手にしないんだ。そこも無関心か。──あ。リーズとメールしてて、やっぱりカラオケはキライだからって断られたとか言うから。なんでだってつっこもうかと思って」
またリーズとのメールを中断したのか。「なんでって、好きじゃないの。仲のいい友達とじゃないと行かない」
「ふーん? でも歌は好きなんだろ? 一日中歌だけで過ごせるくらい」
よけいなことを言っているのは誰だ。「うん。カラオケの大音量は好きだけど、どっちかっていうと、CDを流してうたうのが好き。カラオケで自分の声だけっていうのは、あんまりかな。友達とハモるのは好きだけど」
「へー。リーズたちが、君はすごく歌がうまいって言ってたのに」
「うまいっていうのは、ヒトそれぞれの感覚だから。私はあの二人、歌うまいと思う。CD流してっていうのしか知らないけど」
「まあ、普通にうまいと思うよ」彼は曖昧な返事をした。「っていうか俺もそれほど、カラオケが好きってわけでもないけど。行くとこないんだよな。ゲーセンだと金使うし」
彼は、言葉と行動が一致していない気がする。
「話してればいいじゃない。暑いだろうから、さすがに外とは言わないけど──ランチオネットでもファミレスでも、ダイナーでもバーガーショップでもカフェでも、好きなとこで何時間でも」
ルキアノスが苦笑う。
「それはさすがに、むこうが嫌がるだろ。他の客の眼があるし」
納得した。が、すぐによくわからなくなった。リーズとニコラは嫌がるタイプだったか。頻度こそ少ないものの、アゼルたちと六人で夕食をとりに行けば、そのまま小一時間ダイナーで居座ることはある。
「どうかな。私は普通のヒトじゃないらしいから、よくわかんない」と、私。
「みたいだな。ベラは平気? ランチオネットとかバーガーショップで、ずっと話してんの」
「平気。ヒトの眼なんて気にしない。店員に注意されたら出るかもしれないけど、だったらもう一度、ランチを頼む。デザートでもいいよね。それで店員が黙れば、こっちの勝ちじゃない」
「なんの勝負だ」彼は笑いながら言った。「あれだよな。映画館とか行ったら、すごい笑ってそう」
ふと、以前サイラスに映画館の割引チケットをもらったことを思い出した。チェストの引き出しに入れたままになっている。
私は彼に答えた。「あんまり観に行かないのよね。変なところで笑いまくったり態度悪かったりで愛想尽かされて、二度と一緒に映画なんか行かないって、友達に言われたから。六年の時から観に行ってない」
ちなみに、これを言ったのはアニタとペトラだ。ついて来いと言うから行ってやったのに。
「まじで? 映画は静かに観るもんだろ」
「だって、興味がないのよ。つきあわされて行って、そこにヘタな演技する奴が出てきたら、ポップコーン投げてやりたくなるじゃない」
そして投げた。前方の席に座っていたアフロのお兄さんの頭の上に乗っかって、本人には気づかれないまま、私とアニタとペトラ、そして現場を目撃した周りの数人が、声を潜めて笑っていた。そのアフロのお兄さん、映画を観終わってからポップコーンに気づき、髪に絡まったとかで騒いでいた。アニタとペトラに引きずられて全速力で逃げ出したうえ、私は二人に全力で怒られた。
「いやいや」と、彼。「あれだな、恋愛モノとか観えないわけだ。コメディ向きか」
「まあ──っていうか、観ないのがいちばんよ。ストーリーや設定を理解してるうちに、物語はどんどん進んでいくわけでしょ。一回観ただけじゃアタマに入らない。しかも私は、黙ってじっとしてるのが苦手。だったらDVDのほうがいい。でもそんなものを観るくらいなら、音楽を聴いてたほうがマシ」
「ええ──授業は? ずっと遊んでる感じ?」
「そうね。誰かといる沈黙が苦手。喋ってたり遊んでたりする」
「高校じゃそれはまずいよ。今だけにしとかないと──あ、ちょっと待って」
「はい」
電話越し、話し声が聞こえた。通話口を塞いでいるのか、かなり小さい声だ。
彼の声はすぐ戻った。「ごめん。アドニスから、家のほうに電話かかってきたらしい」
わざわざ家に。なぜなら携帯電話は通話中だから。「うん、行って」
「ん──ふと思ったけど、ベラがこっちに来るのが面倒なら、俺がそっちに行くってのも、アリなような」
笑える。「なにもないわよ。それはさすがにどうかと思う」どこで誰が出てくるかわからないので。
「ダメか」心なしか、彼は残念そうな反応をした。「夏休み、もうセンター街にくる予定はない?」
これはどう答えればいいのだろう。「一度は行くと思う。知り合いの店があるから、そのうち」
「ほんとに? じゃあそれが彼氏とじゃなくて、時間とれそうな時だったら、メールか電話して。もう一回会いたい」
会いたいとか言われた。
「気まぐれだから、いつ行くかはわからない。すぐに帰りたい気分だったら、なにも言わずに帰るかもしれない」偶然のほうが、都合がいい。「行くのはたぶんひとりだから、前日に言うくらいならできるかもしれないけど、あとの約束はできない」
彼は動じなかった。「じゃあそれでいい。その次の日は、センター街うろついてみて、君を捜す。友達でいいってのは、ほんと。なにもする気はない。ただ会って話したいだけ。この三週間、電話とかメールして、けど会ってないだろ。実際会って話したの、最初の十分程度だし。友達って言っていいのか、よくわかんない状態だから」
なにを言っているのか、私にはよくわからない。確かにずるずると電話やメールをして、友達なのかよくわからない状態ではあるけれど。
捜すって、田舎ながらも広いセンター街の中を? 「わかった。前日には言う」裏があるような気がしてきた。「アドニスに電話して。待ちくたびれてるよ」
「うん。またメールする」
よくわからない。変な男だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
電話を切ると、すぐにリーズからのメールが入った。
《肩なんて組まれないし組まないし、腕相撲もしないって! でも髪とかにもニオイつくもんね。あ、これは言い訳できるか。ブルたちが──や、そんなしょっちゅう男とつるんでんのかって思われる? うーん? このまま好きでいたら、煙草やめられそうな気がする。サビナとセンター街歩いたのなんて、六年の時が最後かも。中学にあがって、そういうのしたくなくなった。逃げちゃうの? なんなら誘うよ? 私の部屋でサビナと三人で話すの。すごく楽しそう──ダメか。でもそれおもしろいね。ナンパされるかわかんないけど、今度行ってみよーか。とりあえず十四日を乗り切らなきゃいけないけど。どうにかがんばる》
十四日に行けばいいのに、と思った。誘われても困る。無理だ。いつもブルたちといるじゃない。なにを言っているのだ。
やはりリーズが変だ。乙女だ。以前なら、サビナなんて蹴散らしてやるくらいの態度だったのに。どうしたんだ。心なしか言葉遣いまで丁寧、というか女らしくなっている気がする。
アドニスからもメールが届いていた。
《電話が通じねえ。ルキの電話も通じない。なに仲良くなってんの? それとも偶然?》
仲良くというのは、どの程度からを言うのか教えてほしい。
ケイからもメールが入っている。
《あと何日かで最悪になる。家出したい》
なにを言っているのだこいつは。どうした。彼に返事を打つ。
《何日かって、ミッド・オーガストのこと? そんなにイヤなの? 私なんかには、まったく関係ない四日間だけど》
送信した。時々メールが来ても、普通だったのに。好きな女ができないとか、ボクシングで誰が勝ったとか負けたとか、同期の女共が遊びに誘ってきてうざいとか。
ケイから返事が。
《悪い。送る相手間違えた。気にすんな》
ええー。なにこの子。家出するなよ、面倒だから。いや、でも、行くとすれば友達のとこか。平気か。




