○ Scale
電話を終えて戻ろうとすると、ヤーゴが私を止めた。アウニの刺々しい視線を感じながら彼に促されてまた、テーブルベンチに戻る。だけどベンチには座らず、みんなが集まっているところから見えないよう奥のベンチの傍ら、アスファルトに座った。
「文化祭のやつ見たけど、エロがねえじゃん」向き合うヤーゴが小声で言った。「入れてくれっつったのに」
わざわざこの状況でそれ、言う?
「ねえ、エロってなに? 中学文化祭のホラー系統のプログラムで出来るエロってなに? スカートめくられてショックで自殺した女の霊を出せっての?」
彼が笑う。「それでもいいけど。いや、変だろうけど。んじゃ質問を変える。モテる秘訣ってなに?」
こいつは、なんという種類の生物なのだろう。「意味わかんない」
「だから、お前がつるんでる先輩、みんなモテるんだろ? 卒業式のボタンの競りがすごかったって聞いた。そういうのに共通すること、なんかねえの?」
「好きな女がいるなら、普通に告ればいいじゃん」
彼は天を仰いだ。
「違う。特に好きな女はいない。けどそういうシチュエーションがあったら、好きになるかもしれねえじゃん。オレがっていうより、女のほうが。オレもキライな奴っていうか、ナシだと思う奴はいるんだよ。今あの中にいる奴で言えば、ナンネもジョンアも無理。けどそういう奴以外──アニタとかペトラとかアウニとかカルメーラとか、誰に対しても同じ感情があるわけ。パンツ何色だろとか、怒られないならスカートめくってやりたいとか、どんくらい胸あんだろとか、そういうの」
こいつは、どこの惑星から来たのだろう。
ヤーゴは悪びれることなく、恥ずかしげもなく、だけど小声で続けた。
「それがなんか、変な気がして。そういうことは考えるのに、好きってのがわかんねえ。単に好きじゃないのかもしんねーし、気づいてないだけかもしんねえし。だから、文化祭のでもなんでもいいけど、そういうシチュエーションがあったら、なんかわかるかなと思ったんだよ。けどないなら、モテる男に共通することでも聞いて、それができたら、いろんな女となんかこう、できるかもだろ。わかるかもじゃん」
私は呆気にとられていた。このアホ度はなんだろう。この男はなぜ、あのクールぶった腹黒トルベンとトモダチできているのだろう。
なんと答えればいいのかわからない。だが顔などという答えが欲しいわけではないはずだ。
「ブルとマスティに共通するのは、軽いってこと。口がうまい。ボディタッチ? スキンシップもうまい。平気で女の肩組むのよ。女が自分のことを好きだとわかれば、もちろん相手はそれなりに選ぶらしいけど、好きじゃなくても腰に手まわすし、なんならキスもする。もちろん自分を好きだっていう確証があってのことだと思うけど」
ヤーゴの表情は真剣だ。「んじゃその、女が自分を好きだってのは、どうやったらわかるわけ?」
あっちにいるじゃない、あんたを好きな女。「これはヒトそれぞれだろうから、なんとも言えないわよ。やたらメールや電話がくるってのは、アテにはならない。好きだからこそ意識してできないって女もいるから。でもたぶん、手に触れたら顔赤くするとか、話しかけたらテンション上がるとか、やたらニコニコしてるとか、自分が他の女と話してると不機嫌そうにするとかってのは、あるかもしれない」
「不機嫌そう──」
「ただ、もしかしたら」悩ましげな表情でつぶやかれた彼の言葉を遮った。「不機嫌そうにするってのは特にだけど、友情からかもしれない。女はたいてい、好きになったっていうのを女友達に報告する。協力してもらうために」悪気がないよう言うのは、難しい。「協力に乗った女は、相手の男の行動に目を光らせる。友達を応援するために。それが顔に出ちゃうこともある。遊びに誘ってくるってのも入るかな。本人が誘えないから代わりに誘う、みたいな。自惚れすぎて勘違いすると、恥かくのはあんた」
彼は笑った。
「すげえ。おもしろい。わりとわかった──あ、あと、あれだよな。チャーミアンみたいに、誰にでもニコニコしてる奴は除外されるよな」
「そうね。あとC組のエルミとか、男とつるむのに優越感感じるような奴も」エデたちのような。「ああいうのは除外される。だから、もしかしてって思う女がいたら、他の男と話してる時の状態も観察してみればいい。相手が積極的じゃない限り、わりと客観的な眼が必要になるけど」なぜ私、こんな異星人の質問に真剣に答えているのだろう。「よくわかんなかったら、トルベンやダヴィにでも訊いてみればいいのよ。どう見えるかって」
そう言うと、彼の表情が曇った。
「いや、ダヴィデはともかくトルベンは“そんなん知るか”で終わりそう」
間違いない。「あ。文化祭、シチュエーションが欲しいなら、教師役やればいい。教師と生徒のやつ。配役はまだ決めてないんでしょ?」
「決めてない。教師って──あれか、教師と生徒がってやつか」
「そう。リアリティを求めようとすれば、教師がどれだけ巧みな言葉で生徒をうまくたらしこんでたかってのを、当然セリフもだけど、なにより写真で表現しなきゃいけない。女生徒は散々期待させられて、捨てられて、殺されて、幽霊になったわけだから。教師は悪役だけど、演じる側しだいじゃ、手をつないだり顔を近づけたり、抱きしめたりってのもあると思う。どういうシーンをどういう流れで撮るかはチャーミアンしだいだけど、ストーリーをまとめる部分で積極的に言えば、できるはず。あと、あんたが教師役に名乗り出たとして、好きとまではいかなくても、イヤだと思ってない女は、生徒役に名乗り出るはず。恥ずかしくても、他の女と演技してんのを見るよりは、じゅうぶんマシだから。それで確かめられる」
ヤーゴの口元が思いきりゆるむ。
「よっしゃ、んじゃそれやる。キライな奴来たら最悪だけど」
「でもたぶん、周りの賛成を受け入れつつそういう役を引き受けるのは、それなりに目立つのが好きだったり、可愛かったりする奴でしょ。そんであんたの性格上、地味すぎたり真面目すぎたりっていうタイプを好きになったりもしない。そっち側の奴らがあんたを好きだったとしても、完全脈なしだってわかってたら、それほど出しゃばってこないはずだから、相手になる奴は限られてくると思う。チャーミアンが出てきたら笑うけど」
「ああ、確かに。いや、あれもべつにキライじゃないけど、お前が言ってたような計算も、わりとホントらしいし。それ考えたら、ちょっとイヤかなとは思うわ。ぜんぶ計算されてそうで怖い」
チャーミアン、同期の男とはつきあえないかもな、可哀想に。「まあ、今のあいつの心境がどうかは知らないけど──」
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テーブルに両手をついてこちらを覗き込むよう、ゲルトが私の言葉を遮った。
「おい。いつまで喋ってんだ。なんか知らねえけど、女共がふてくされたらしくて、あいつらだけでコンビニ行ったぞ」
「まじで」
「え」ヤーゴがこちらに訊く。「なに? もしかして、あん中にいんの? オレを好きな奴」
トルベンはそれすら言っていないらしい。
「さあ」と、私は答えをはぐらかした。「誰がふてくされたかとか、わかったの?」ゲルトに訊いた。「言わなくてもいいけど」
「いや、カルメーラとアニタが携帯いじってて、アニタが突然、ベラ抜きの女子だけ会議が開くとかで集合かけて、ちょっと場所離れたとこでちょっと話して、そのままコンビニに行ってくるって。変だろ、なんか」
さすがカルメーラだ。超協力的だ。こういう状況になった時、誰に言えばいいのかも、よくわかっている。
そしてアニタ。そんなことを私が気にしないというのも、よくわかっている。だから協力した。これはわかりやすい信号だ。
「私へのイジメが始まったのかもね」
そう言って立ち上がり、私は思いきり背伸びをした。再びゲルトに訊ねる。
「どっちがいいと思う? 反省コースか反逆コース。どっちでもいいよ。どうでもいいから」
彼は肩をすくませた。
「反逆はやめとけ。空気が悪くなる。けどどうすんだ。嫉妬なのかは知らねえけど、そうだとしたら、けっきょく空気悪いままじゃねえの?」
そう言われると、少し悩んでしまう。おそらくアウニ含め、私にそんな気がないというのは全員がわかっている。ただヤーゴの気持ちがどうかというのを、アウニとカルメーラあたりが気にしているのかもしれない。危機感がある。アニタが言っていたような、劣等感があるのかもしれない。
アニタやペトラは、くだらないと思っているだろう。ナンネやジョンアは、なぜそんなことにつきあわなければいけないのかと思う。ナンネは特に、ダヴィデのところにいさせてよ、と。まあしかたない。それが“普通”の女だ。
私は、ベンチに座ったヤーゴに向かって微笑んだ。
「ちょうどいい。試してみるといいよ。あいつらが戻ってきたら、私の悪口言ってみ。恋愛対象外だってのがみんなにわかるように。その反応を見てみなよ。やたらと喜ぶ奴がいるかもしれない。いたら、あんたのことが好きか、もしくは好意的な感情があるってこと」
彼が顔をしかめる。「悪口とか言われても。こっちの印象が悪くなるじゃねえか」
「ああ、それは平気」ゲルトへと視線をうつした。「会話、引っ張れるよね。トルベンもいるから、ヤーゴが私を好きじゃないって女全員が納得できるくらいの悪口は、言えるでしょ」
彼は笑った。
「できるだろうけど。それ、俺らも観察していいわけ? あとでかなりの憶測が飛ぶぞ」
「かまわないわよ」私はためらうことなく答えた。「あの中に、こいつを好きな女がいるかどうかはわからない。どっちにしても、私がいくら言っても無駄。だったらヤーゴの口からはっきり言ってもらうしかない」再びヤーゴに言う。「ゲルトたちの言う悪口にトルベンからの悪口が加われば、あんたが言う悪口なんて特に気にならないわよ。ゲルトたちの私に対する悪口はある程度統一されてるから、それに合わせて便乗してればいい。私はグラウンドのベンチに座って電話してくる。好きなだけ言えるわよ」
彼は呆気にとられた表情でゲルトへと視線をうつした。
「やっぱ変だよな、こいつ。昔から変だとは思ってたけど、どんどん変になってくよな。今日久々にまともに話した気がするけど、変人度合いに磨きがかかってるよな」
ゲルトがまた笑う。
「どんどんな。自分の悪口言えとか、普通言わねえもんな。とりあえず行くぞ、先にセテたちに言っとかねえと」
「よし」ヤーゴは立ち上がり、強気な笑みを見せた。「行ってくる。んで、言ってくる。探ってくる」
ある意味──ヤーゴ対アウニだ。アウニやカルメーラの反応しだいではバレる。私にトルベンを誘わせるなどという、よけいなことをしてくれたお返しだ。くだらない嫉妬でアニタを利用したお返しだ。──これは、カルメーラの独断かもしれないけれど。ナンネたちまで巻き込んだお返しだ。
私はヤーゴに微笑みを返した。「がんばれ」




