〇 Opinion
ナンネとジョンア、エルミを連れて祖母の家へ。彼女たちは屋根裏部屋の広さに圧倒されていた。見た目は古く小さな三階建ての家なのに、私の部屋は贅沢にもワンフロアなのだ。
祖母が用意してくれていたものを合わせ、部屋でランチを食べたあと話をしていると、そのうちリーズとニコラが来た。なんでも制服を洗濯、乾燥したあと、わざわざアイロンがけまでしたらしい。いつからそんなに家庭的になったのだろう。私はリビングにあったお菓子を持って二人を部屋に通した。
ラグの中心に置かれた制服に、ジョンアは目を丸くした。
「これ──」
「制服」私は答えた。「校長室にあったの、もらってきた。Lはステージに立たされる私用だけど、MとLLもあって。先生は持ってても仕方ないし」
「Mのほうはひとつ、私が着ちゃったけどね」リーズが言った。「ちゃんと洗濯して乾燥機ぶん回して、アイロンもかけたから」
「いいの?」ナンネが訊いた。「アニタだってM、着られないことはないだろうし、そもそもベラがMで、アニタがLで──ペトラならLLでも、ちょっと大きいかな程度で着られると思うけど」
私は肩をすくませた。
「いいわよ。私はおばあちゃんにサイズ直してもらえるし、っていうか丈の問題でLが正解だし、アニタにはもう言ってあるし、ペトラにあげたら、周りがうるさいことになるじゃん。他にも着られるのはいるけど、二人に渡すのが早いでしょ。リボンはひとつだけど、シャツとベストは二セットある。春秋は毎日着られる」
「──悪いよ」ジョンアが申し訳なさそうな顔でつぶやいた。「プレゼントだってもらったのに──それに、校長先生に怒られない? 他の子も──」
「いや、盗んだわけじゃないから。ちゃんと言ってもらってきたから」というより、むこうから好意的に。「着たところで、誰が校長室にあったものを着てるかなんてわかりゃしないわよ。他の奴らには言わなきゃいい。知ってるのはアニタとゲルトたちと、ここにいる六人だけ。口止めもしてある。そりゃ、もらってこなくてもよかったけど。どうせリーズがMを着ることになるし、だったらぜんぶもらえばいいと思って。あんたがそうやって言うから、ナンネのぶんももらってきたのよ。頼むから普通にもらってよ」
「そうだよ」ニコラが促す。「誰かが着ないと、処分されるだけなんだから。もったいないじゃん」
「ベラや学校からもらったって思わなきゃいい」リーズがつけたした。「ただの廃棄寸前のサンプルだよ。ベラにとっては、ステージに立たされたっていう罰の証でもある。でもその前に、ベラとそれに便乗したうちらが、この制服を学校に認めさせたっていう証なわけだから。むしろレアものだって喜んでほしいね。ベラに続いてこの制服、いち早く手に入れられたんだし」
ニコラが鼻で笑う。
「なんであんたが偉そうにするのかわかんないけどね」
彼女は瞬時に彼女を睨んだ。「いいじゃん、うっさいな」
「よかったじゃん」エルミはどうでもよさそうな顔で言った。「ほんとにレアだよ。あたしはもらえないわけだし。ママとのバトルの手間が省けるし」
「言っとくけど」私はエルミに忠告する。「あんたもいちいち他の奴に言わなくていいからね」
彼女はふくれっつらをこちらに返した。「わかってるよ。っていうかアニタが了承済みなら、言ったとしても、他に文句言える奴なんているわけないじゃん。言うのはハヌルくらいだよ」
「間違いない。あのアホは絶対言う」しつこく言う。
「もらおうよ」ナンネはいまだに戸惑うジョンアに言った。「あんたがもらわないと、こっちだってもらいにくいじゃん」
ジョンアはうっすらと目に涙を浮かべ、苦笑って彼女の視線を受け止めた。「わかった」と答え、こちらに言う。「ありがとう」
餌じゃないよ。「ん」
「よし」背筋を伸ばし、ニコラがリーズに言う。「中学に制服注文の紙出して、センター街行こっか。ナンパされに」
「だね」彼女は笑顔で答えた。「ベラがいたほうが、確実なわけだけど」
「え、カレシは?」エルミが訊いた。
リーズが答える。「あー、別れた。なんかヘタレな部分見て」
「あたしは六月にね」ニコラも言った。「なんかハマれなくて。いまいちツレっぽさが抜けないっつーか、なんつーか」
「そっか。じゃあ、あたしたちも一緒に行っていい? って、一回家に帰るから、あとから追いかけることになるけど」
「え」ナンネが彼女に言う。「“たち”ってなに? あたしらも行くの?」
「え、行かない?」エルミは訊き返した。「ナンパなんかされたことないじゃん。されてみたいじゃん」
「あたしらはいーよ。ナンパがなかったら、そのまま普通に話して帰るだけになるけど」と、ニコラ。
「ええ──」ナンネは不安げだ。「ベラは行かないんだよね」
「残念ながら」
リーズは悪戯に口元をゆるめた。「ベラのナンパ捌き、めっちゃおもしろいよ。それ見てるだけでもう、マジ楽しいの」
たまにものすごく笑ってるもんね。普通に話してるだけなのに。
「アゼル先輩、それも怒んないの?」エルミが私に訊いた。「ナンパ」
「怒らない。っていうか去年、それで遊んでた。またやる気だけど。男組と女組に分かれて、どっちかがナンパされて、会話が弾んだところで別組が乗り込むの」
「またやんの? あれ超好き」リーズが言った。
ニコラが笑う。「楽しいよね、あれ」
「ああ、楽しそう」エルミは再びナンネとジョンアを説得しにかかった。「行こうよ」
どう答えていいかわからないらしいジョンアの隣で、ナンネがたじろぐ。「けど──」
「なんなら」リーズが切りだした。「一緒にセンター街に行って、ナンネとジョンアはちょっと離れたところで見てたらいいよ。エルミがナンパを体験できればいいわけでしょ。んでおもしろそうっつーか、会話が弾みそう? だったら呼ぶから、それで話してみりゃいいじゃん」
「あ、じゃあそうしよ」エルミはどこまでも乗り気だ。「ちょっとつきあってよ」
ナンネとジョンアはやっぱり不安げに顔を見合わせ、ジョンアが「わかった」と答えた。
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「お前、そこは手伝ってやれよ」すでに四分の一になったソーダアイス片手に、マスティが呆れ顔で言った。「エルミのアホはともかく、ナンネとジョンアはナンパなんて無理だろ」
リーズとニコラは学校経由で先にセンター街に行き、エルミとナンネとジョンアはあとから追いかけることにした。
携帯電話にカーツァーからメールが入っていたことに、この時気づいた。“夜、暇になったらメールしろ”と。なんだろうと思いつつ、マブに来てすぐ、彼女たちの話をアゼルとマスティとブルにした。
私は赤い二人掛けソファに脚を組んで座り、コンビニで買ってきたアイスクリームを食べている。
「めんどくさい」
「二人が離れたところで見てるんなら大丈夫だろうけど、呼ばれたらひとたまりもないな」ブルはバニラアイスクリームを食べている。「エルミのアホがどうなろうと知ったこっちゃないけど」
元カレだろお前。
「っつーか」ソファのコーナー部分にあぐらで座ったアゼルが口をはさむ。「なんでお前、制服姿じゃねえんだよ。なにしに来たんだよ。見せに来たんじゃねえのかよ」
「だってみんないたし。制服でまた出てくるなんて変じゃん。いいでしょ、実物は昨日見たし、着たところだって体育館で見たんだから」
今度はマスティが割って入る。「あれは制服姿を見に行ったんじゃねえよ。お前が全校生徒の前でステージに立つってのを見に行ったんだよ」
「じゃあ十月まで待ってくれます? さすがに夏のこの時間にベストを着るなんてアホなことはしたくないので」
「超おあずけだな。残念」
ブルが言うと、アゼルは舌打ちした。
「っつーか、そこらの男にとってエルミがどんなもんかは知んねーけど、あの二人がいてナンパ族が引いたら、それこそ責任感じるんじゃねえの?」マスティはわけのわからないことを言った。
「なんで?」
「だから」ブルがあとを引きとる。「お前は気にしてないんだろうけど、ナンパだって顔なわけ。わかる? オレら的に言えば、お前がいちばん、アニタが次、わりと下がってその次がニコラとリーズ、んでエルミで、ナンネとジョンアなわけ。最下位はもちろんメガネゴリラだけど」
メガネゴリラはハヌルのこと。
彼は続けた。「ナンネとジョンアは顔だけじゃなくて性格上、ナンパ族と話すなんてことは無理だろ。ただでさえ顔と体型でマイナスなのに、ノリが悪いってわかりゃよけい、男は引くんだよ」
「いちいち顔で判断するなよめんどくさい」
「だからそれが普通なんだっつってるだろ」アイスの棒を振りながらマスティも言う。「いや、お前がいいならいいけどさ。そりゃ盾はイヤなんだろうし。けど世の中、顔なんて気にしない奴もいるんだぞ。エルミを口説いたブルがいい見本だろ。残念顔のくせに勘違いした押しの強さで、残念顔で手打つ奴だっている。気の弱いあの二人が変なことになったらどうすんだ」
変なことって、なんだろう。「さすがにリーズとニコラがついてて、変なことにはならないような──」
「あいつらもアホだからな」アゼルがつぶやく。「リーズなんか特に、顔がよけりゃホイホイついてくし」
「そんなバカな」
ソファにもたれ、マスティが深い溜め息をついた。
「あいつら一年の時、アホだからナンパ男の家に行こうとしたんだよ。俺らが、お前らなんか絶対誰にもナンパされねえとか言ったから、逆ギレして。俺らもアゼル引きずってセンター街についていって、離れたとこで見てた。ナンパされたから俺らの負けだっつってたところに、家に誘われたから行ってくるとかってメールが入って。さすがにそれはまずいだろって、俺とブルが止めに行った。で、喧嘩になった。相手は高校生三人組。俺ら中学二年。二対三でさすがに苦戦。見兼ねたアゼルが参戦。圧勝。やりすぎたこいつがひとり捕まって、ひとり更生施設行き」
初耳だ。「へー」
「感想薄!」ブルが言う。「お前、そんなんか」
「他になんと言えば?」
アゼルが笑う。「それでいいだろ。俺もさすがにアホらしいと思うわ。なんで喧嘩になってんだかわかんねえ。三年になってやっと、殴らずに脅しかけるだけでいいっての学んだし。アホ四人のお守りも疲れるっていう」
「いやいや」マスティ。「誰もあそこまでやれとは言ってねえよ。ニコラとリーズなんか、感謝するどころか完全に引いてたぞ」
「知るかそんなもん」彼は無愛想に答えた。「悪いのはあのアホ二人と、考えなしに飛び込んでったお前ら二人だろ」
「ま、さすがにあいつらも、いきなり家に行くなんてアホなことはもう、しないだろうけど」ブルが続ける。「世の中には顔じゃねえ奴もいるんだよ。さっきマスティが言った、残念顔の勘違い野郎が残念顔を押しで連れてくってのが、いちばん最悪なパターンだ」
めんどくさいな。「わかったわよ、行けばいいんでしょ」私は溜め息混じりに答えた。「ストロベリー・生チョコクリーム・クレープ食べてくる」




