〇 Way Back
マーニがやっと動く気になり、私たちは教室を出た。中央階段を通り過ぎてC組の前を通ろうとした時、半分ほど開いた教室の戸から知った声がするのに気づき、中を覗いた。教室内中央前列の席を使って、ナンネとジョンア、エルミが話している。
「なにしてんの?」
不自然だと思いつつも、全開にした戸口から声をかけると、彼女たちは一斉にこちらを見た。
「あれ、まだ残ってたんだ」肩まであるブラウンの髪をうしろでひとつに束ねた、首長族族長のエルミが言った。「話してんの」
見ればわかる。「ナンネ、ジョンア。あとで渡すもんあるんだけど、どうしよ。夕方はダメだから、夜家に持って行ってもいいけど」
「なに?」ナンネが訊ねた。
答える前にエルミが訊く。「え、あたしは?」
「お前にはない」私はとても正直で。「あと一時間くらいで届くと思うんだけど。ランチが家に用意されてるんじゃないなら、買ってうちで食べる? そしたら、届いたらすぐ渡せる。つっても私は、三時くらいには出かけるけど」
エルミがしつこく訊く。「だからあたしは!?」
「だからお前にはないよ。うるさいな」
彼女は頬をふくらませて私を睨んだ。
ジョンアが苦笑う。「私は大丈夫」
「あたしも」と、ナンネ。
「んじゃ──」
突然左腕を引っ張られ、彼女たちに見えないところまで身体が引き寄せられた。ゲルトだ。
「エルミも連れてけよ」小声で言う。「お前がいるならともかく、あれひとりと一緒に帰るとか無理だからな」
「はいゴメンナサイ」
腕が離され、私はまたもC組の教室を中を覗いた。
「ごめんエルミ、勘違いしてた。渡すもんはないけど、家にくるのはかまわない。ただし三時までだけど。でも文句言わないでよ、絶対」
満面の笑みが返ってきた。「オッケー」
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ナンネたちが帰り支度を済ませて教室を出ると、カーツァーとマーニを先頭に、タスカとガルセス、ゲルトと私、最後尾にジョンア、ナンネ、エルミと並んで、A組のほうにある南階段へと向かった。
「男子的にはあの制服、どうなの?」エルミが訊いた。「あのっていうか、ベラが今着てるやつにベスト足した状態のあれね」
ゲルトが答える。「冬服セーラーよりはいいんじゃね。あれ、でも冬服セーラーはなくならないんだっけか」
「なくならない」私は答えた。「春秋用ですから」
ガルセスが振り返る。「んじゃ、ベストを脱ぐのはなし? お前の今の状態みたいに」
「それはなしっぽいね。だって春秋用ですから。暑くなったら夏服セーラー、寒くなったら冬服セーラーにしろってことらしい。校長はパーカーやジャケットも、できるだけやめろと仰られました」
「透けないなら、シャツだろうとセーラーだろうとどうでもいいな」マーニはけろりと言った。
「だよな」カーツァーも同意した。「ついでに言えばどっかの誰かさんみたいに、下にショーパン履いてるならスカートも意味ないよな」
前方がなにかほざいている。
マーニが笑う。「間違いない──って、え、ベラ? お前見たの?」
「小学校四年の時な。学年でスカートめくりが流行ったんだよ。まあ俺らの場合は最初がこいつで、ショーパンかなんか履いてたくせにキレて蹴り入れてきたから、さすがにすぐやめたけど」
私は心なく笑った。「イヴァン、アホに手刀かましてください」
「蹴りのほうがラク」
そう言うと、タスカは歩きながら左脚でカーツァーの左腕に軽く蹴りをお見舞いした。彼は笑いながら「わかったわかった」と答えた。
「ちなみにそれはじめたの、トルベンとかヤーゴたちだぞ」階段をおりながらガルセスが言った。「スカートめくり」
「あのクソ野郎」と、私。
ゲルトも振り返ってエルミに言う。
「お前、めくられただろ。んで泣いただろ」
彼女はぎょっとすると同時に顔を赤くし、慌てた様子を見せた。
「なんで知ってんの!?」
「ヤーゴたちが言いふらしてたからな。そりゃもちろん男にだけだけど」ガルセスが言った。
「たぶん同期の男の半分は知ってる」タスカがつけたした。「覚えてるかはともかく」
エルミは声をあげた。「ええ!?」
笑える。だけどこいつは、それすら嬉しい奴なはずだ。私は振り返ってエルミに言った。
「だいじょうぶ。私は知らなかった」
「いや、知らなくていいし!」
「あ」踊り場からまた階段をおりながらカーツァーが言う。「その格好だったら、ルーズソックスは絶対だと思う。しかもベラがたまに履いてくる黒はなし。絶対白」
「それは言えてる。普通のもダメ。くるぶしもダメ」と、マーニ。
意味がわからない。「黒ダメなの?」
「いや、お前は大丈夫だけど」カーツは続けた。「他の奴は、髪の色がブラウンとかブロンドとか黒とかじゃん。黒はなんか違うんだよ」
「あ、それはわかる」と、ゲルト。「黒いルーズソックスが似合う奴なんてそうそういない」
よくわからない。
ガルセスは呆れていた。「注文多いな。ついでにスカートの丈も注文しろよ」
「注文するまでもないだろ」マーニが言う。「膝上は絶対だもん」
ゲルトは笑った。「どっかの誰かさんは短すぎだけどな」
笑える。「うるさいよ変態共」
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中学を出て、ニュー・キャッスル地区。中学からほんの数分の場所にある小さなマーケット、Fマート前で彼らと別れた。彼らの姿が見えなくなったところで、エルミがナンネにつっかかった。
「なんでもっと喋んないの!?」責めるように彼女に言う。「せっかくチャンスだったのに!」
こいつはおそらく、応援しているわけではない。おもしろがっているだけだ。
ナンネはどうでもよさそうに視線をそらした。
「スカートめくりがどうこういう会話に、どうやって入っていけっていうの」
「ベラはすごいよね」苦笑うジョンアが言った。「変な話題なのに、普通に話してるもん」
「慣れてるので」別のところで。
「っていうか」エルミは疑わしげな表情をこちらに向けた。「いつもあんな? 透けだのスカートだのなんだの」
「んなわけないじゃん。たまにアホなこと言いだす時もあるけど──あれはあんたの会話のチョイスのせいでしょ。制服どうなの、なんて訊かれて、素直に感想言わないでしょ」
「そうだよ」すかさずナンネが反撃に出る。「言えるわけないじゃん。ベラやアニタ相手ならともかく、あたしら相手に言うわけない」
エルミは罰の悪そうな顔をした。「ごめん」あっさりとあやまった。
というか、普通に感想をくれるのはゲルトだけのような。「ダヴィがもうちょっとうしろ歩いてくれればよかったんだけどね。さすがにそんなことは言えんかった」
「んーん」と、ナンネ。「実は知ってたんだよね、ベラたちが教室に残ってんの。LHR終わったあと、ハヌルがうちらのとこ来て、ちょっと制服のこと話して、ベラがまたゲルトたちと話してるって言ってたから。エルミが、もしかしたらC組の前通って、ベラが見つけてくれるかもよっつって」
二年になって、ハヌルのアホとはほとんど、話をしなくなった。私がいつもアニタやゲルトたちといるので、話しかけられる状態じゃないと思われる。
不自然だと思ったのはどうやら当たりだったらしい。「私は見事に策にハマったわけね」
エルミが笑う。「三分の一の確率だったけどね。第三校舎通ったり中央階段おりられたらと思いつつ、でもそれはないだろ、みたいな。残念なことに変な会話になったけど」
お前のせいだよ。
「でも、めったにないことだからよかったよね」ジョンアがナンネに言った。
「うん、よかった」彼女は嬉しそうに答えた。「会話は変すぎだけど」




