* I am
始業式の日。
ウェスト・キャッスル中学の前でアニタと待ち合わせ、新中学二年生として、第二校舎の体育館側にある昇降口から、二年の教室がある二階フロアへとあがった。
軽く挨拶をかわしながら、よけいなことを言いたそうにしている同級生たちを追い払いつつ、教室後方の引き戸の窓に貼られたクラス分け発表の紙をA組から見ていき、自分たちの名前を探した。
アニタが、私の右手を握る。
「ねえ、ベラ。あたしたち、見落としたかな。もう一回、A組から見直したほうがいいかな」
私たちの目の前には今、二年C組の教室の後方引き戸のガラスに貼られた、二年C組に属することになる生徒の名前をリストにした紙がある。A組リストにもB組リストにも、私たちの名前はなかった。
「どうだろうね」と私は言った。「ここまで期待させといて、実はただの見落としでした、とかなかったら、あんた心臓発作起こしそうだけど」
「ヤバイよ。今もう、ホントにドキドキしてるよ」彼女はそわそわした様子で続けた。「D組でうちらの名前見つけたら、思わず叫び出しそう」
「D組見に行こ。ただの見落としだったら、私はD組のドアを蹴って窓ガラスを割る」
第二校舎は白い壁に濃いブルーの床という色合いの内装で、各教室の外壁は淡いクリーム色をしている。体育館側から会議室、東階段、そしてA組、B組、C組とあり、少し広めに作られた中央階段を挟んでD組の教室がある。その隣にもひとつ教室があり、本来ならそこはE組になるはずなものの、私たちの学年は人数が少なく四クラスしかないため、空き教室になる。
私とアニタは廊下や中央階段ホールにいる、やはりなにかを言いたそうにしている同級生たちになにも言うなと身振りで応えながら、D組の教室内を見ないようにして、D組リストを確認した。
「──イザベラ・グラール!」アニタは笑顔で声をあげた。「アニタ・ヘイズ!」
彼女は満面の笑みでこちらを向き、大きく両手を広げ、思いきり私に抱きついた。
「やった! 文化祭! 修学旅行! すごい! 二年!」
「ちゃんと喋れ」フルネームで呼ぶな。「っていうか、ちょっと待って。私たち、女子リストのGとHの部分しか見てないのよ。でも男子リストのほうにゲルトの名前とガルの名前があった気がするのよ。ちゃんと確認しなきゃ」
「おおっと」興奮気味の彼女は笑いながら身体を離した。「オーケー」
また二人でリストに目をとおす。かなり真剣に。
「──セテ・ガルセス。ゲルト・ハーネイ──」リストの上から、アニタが目についた名前に指をあてて読みあげていく。「──ダヴィデ・カーツァー──」
彼女が読みあげているのは、四十数人のうちのほんの一部でしかなく、それも私がよく話す男たちの名前だ。こちらも彼女の視線を追うようにリストにある名前を確認していく。ざっと見た感じでは、同じクラスにそれほどイヤなメンバーはいない気がした。
「カルロ・マーニ──」アニタが続ける。「イ──」
彼女の声が途切れた。私の目も止まった。T列──男友達のひとり、タスカの名前を見つけたと思ったらその右側で、ついでに見つけたくない名前まで見つけてしまった。
数秒かたまったものの、アニタは見なかったことにした。
「イヴァン・タスカ!」引きつった笑顔をこちらに向ける。「夢だよ、きっと」
「マジックで消してやろうか」と、私。
視線をそらし、憎しみのこもった声でつぶやく。「マジックで存在そのものを抹消できれば、どんなにいいことか」しかしアニタはすぐ持ちなおす。「行こ」
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教室はどこも変わらないものだけれど、校舎が違うと、雰囲気も少し違うように感じる。教室内にはすでに新しいクラスメイトの半分がいた。HRまでまだ時間があるからか、みんな教室のところどころにまとまって話をしている。男女が一緒になって話をしているグループのうちの数人は、春休みに私たちが企画した花見にやって来た連中だ。アニタは手を振っておはようと声をかけた。
それとはまた別の、女だけのグループの中に、私たちが存在を抹消したい相手、ハヌル・トロホヴスキーがいた。私たちを見るなり不気味に笑いかけてきたが、とりあえず無視した。
教室後方には、腰窓にもたれて立ったり、席についたり机に腰かけたりしたゲルトとガルセス、カーツァー、タスカ、そしてマーニがいた。
カーツァーはいちばんに私たちに気づいた。「やっと来た。お前ら、うるさいよ」
彼、ダヴィデ・カーツァーは元一年D組で、小学校の時は四年と五年の時にクラスが一緒だった。目は少々垂れ気味で、肌の色は白い。同級生の中では冷静なほうで、気が利くタイプ。この中ではいちばん頭がいいらしい。
タスカは口元をゆるめている。「運がいいのはどっちだろうな。悪い奴もいるっぽいけど」
イヴァン・タスカは同級生の中でも長身だ。カーツァーと同じ元一年D組で、小学校三年と四年、そして五年でクラスが同じだった。私と同じであまり物事を深く考えないらしく、鈍いところもあるという。
「アレはベラが連れてきた」彼らに近づきながら、しかめっつらのアニタは声を潜めて言った。「絶対そう」ハヌルのことを言っている。
「せいぜい雑草として生えて、私に踏みつけられてりゃいいのよ」
そんなことを言いながら、私は机に腰かけたままのゲルトにハグをした。
「やっぱ私の運の強さ?」
彼も笑ってハグに応じる。「だな」
ゲルト・ハーネイは、同期の男の中で私がいちばん仲のいい友達だ。私と同じ元一年B組で、小学校六年間のうち、五年の時以外はずっと同じクラスだった。私のほとんどの悪事につきあわされていて、一緒に先生に怒られたことも何度だってあるのに、それでも彼は見捨てないでいてくれる。中学生になっても気兼ねなくハグできる同期の男なんてきっと、彼だけだ。
彼のすぐ傍で彼と同じ机に腰をおろしているガルセスととハイタッチで挨拶をし、私はゲルトから身体を離した。
担任は誰かと彼らに訊くと、ゲルハラだという答えが返ってきた。誰だかわからない。
「あれじゃない?」アニタが言う。「去年の二年の担任で、なんかおっさんで、黒くて大きなメガネかけた、気弱そうな数学の先生」
思い当たるのがひとりいた。最悪だ。
不満そうな私の表情に、彼女は笑った。
「そんなイヤなもんでもないでしょ。頼りないけど、むしろあんたのワガママがとおりそうでいいじゃん」
「生徒に遠慮なんかするような教師はいらないのよ」
ガルセスが口をはさむ。「赤毛猿よりマシだろ? B組の担任」
セテ・ガルセスも、去年同じ一年B組だった。小学校の時は一年と二年と四年と六年で一緒。ゲルトと仲がよく、性格は気さくでやさしくて明るい。この中ではいちばん、同期の女子が話しかけやすいらしい男。彼もゲルトと一緒に、私の悪事によくつきあってくれる。
ちなみに赤毛猿というのは、おそらく五十前後であろう社会科担当の教諭だ。私と似たようなマダーレッドカラーの髪ではあるものの、天然ではなく白髪染め。少々きつめの顔立ちと男並のベリーショートヘアと年齢相応のシワのせいか、猿のように見える。塗りたくりすぎの厚化粧は、実は仮面のようにはずれるのではないかと思う。そして男子生徒が大好き。
「アレはヤだな。去年担任アレだったけど、タスカたち、超ひいきされてたもんね」と、アニタ。
タスカが反論する。「されてねえよ。マジで化粧くさいんだぞ、あれ。近づきたくもない」
「そういや」カーツァーはアニタの顔をまじまじと見た。「お前もちょっとしてる? 化粧」
「ちょっとね」彼女は照れくさそうに、私の左腕をとった。「ベラと一緒。目だけ」
春休みに遊んだ時、自分もメイクをしてみようかと言うから、私はすっかり慣れた目元メイクを教えた。
タスカがつぶやく。「お前らも化粧くさくなるのかね、そのうち。来年は今よりケバくなってたりして」
彼女はしかめっつらを返した。「ケバくなんかなんないもん。そりゃタニア姉はケバいけど。ママいわく、若いうちから焦ってファンデ塗ったりしないでちゃんとケアしてれば、大人になってもファンデはそんなに必要ないらしいから。あたしはそっちを目指す!」
彼は鼻で笑った。
「そんなこと言ったって、歳には勝てないんだぞ。うちの姉貴だって最初、そんなこと言ってたけど。今もどんどんケバくなってるし。ババアだって年々ケバくなってて、もうマジで──」
一同笑ったものの、アニタは怒った。
「ならないっつの!」
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新担任ゲルラハは、頭に浮かんだとおりの男だった。ボサボサの黒髪に大きな黒縁メガネ、地黒で背が高く気弱。黒板に書く文字は丸文字に近い。変に雑な尖った字よりは読みやすいのは確かだけれど、大人の男が書く字だとは思えない。そして大きな声を出そうとすると、なぜか棒読みになることが多い。生徒からはあまり好かれないタイプだろう。
同じクラスにはハヌルの他に、去年同じクラスだった学級委員もいた。
アニタはそれなりに誰とでも話すので、特に問題はないものの──私の場合、男相手のほうが話しやすい。もちろん自身の性格が関係している。気を遣われるのがイヤだし、いちいち詮索したり群れたり嫉妬したりという、女子特有の習性がキライなのだ。
だから私は、アニタと同じクラスにならなければ、男友達といることのほうが多い。といってもそれはさっき話をしていたメンバーのみで、他の連中とはあまり話さないし、けっきょく誘われるまま女友達といるかひとりでいるかで、小学校の時は特に、イベント行事になると、気まぐれに他のクラスに紛れ込むこともあった。
決して話せないわけではない。話そうと思えば私も、誰とだって話す。だけど私の性格は特殊なのだ。
私は度を超えた無関心で、ほとんどのことに興味がない。仲のいい友達ですら引くレベルで、他人の目を気にしないし、陰口どころか、目の前で言われる悪口さえも気にしない。
唯一大好きといえるのは音楽──しかも同級生たちが好きなアイドルグループなどではなく、ポップ・ロックやハード・ロックといった、一部のロック音楽だけだ。アニメもドラマも観ないし、音楽番組でさえめったに観ない。顔だけで選んだ好きな俳優や歌手というのもいないうえ、小学校の時も好きな男などいなかった。なので、そんな話題で日常を過ごす同級生とは話が合わない。
そしてその延長か、基本的に冷めている。怒りなら常に持ち合わせている。けれど普通の女なら泣いたり喜んだりするだろうところでも、私は冷静。ドキドキするだろうところでも、私は冷静。めったに感動もしなければ、泣くことも怖がることもほとんどしない。
笑わないわけではない。狂ったように大笑いすることはあるし、嬉しいという感情も楽しむという感覚もある。その反面、同情などめったにしないし、キツイ言葉をさらりと言うことだってある。相手の気持ちなど考えないのだ。
怖いモノ知らずというわけではないものの、自分が体験した恐怖以上の恐怖はないと思っているからか、たとえば同級生が恐れているような、上級生や教師の目というものも、私は気にしない。相手が年上でも不良でも遠慮なく思ったことを言うし、今日は始業式だからと学校指定のセーラー服を着ているものの、去年──中学一年生だった十月から、学校指定の冬用セーラー服に不満を感じ、カッターシャツに学校指定のリボンに似せて作った偽リボンをつけ、それに自前のベストを合わせて、スカートだけ学校指定のものにするという、オリジナル制服で学校に来ている。しかも元担任や生徒指導主事を言いくるめ、黙認させた。
自分を敵視する元三年生たちの前で自分がつきあっている男とキスしたり──何人もの同級生が見ている前で、復讐のために好きでもない同級生の男にキスしたこともある。
短気なうえに発想がぶっ飛んでいるらしく、普段は無関心で冷酷なものの、怒りだけはすぐに出てくる。ムカつけば、そこに復讐が必要だと感じれば、特に考えもしなくても、相手のプライドを崩す方法が真っ先に浮かぶ。
小学生の時は暴力に訴えたこともある。いつからかそれはやめたものの、必要だと思えば去年したように、上級生に平手打ちをしたり、とあるクソ女を暴力と脅迫でねじ伏せることもあった。復讐のために同期の男にキスをしたというのも、ぶっ飛んだ発想と短気さゆえだ。
そんな感じで、ほとんどの同級生からは異端児とみなされている。本気でキレたら怖いどころか最悪で、怒らせると啖呵を切られるどころか恥をかかされるし、敵にまわすと最低最悪に面倒な相手だと思われている。そのせいかどこか遠慮がちで、気を遣ってくる女もいる。
けれどそんな私の性格は、同級生にとって必ずしも悪いことばかりではないらしかった。私を味方につけておけば上級生から目をつけられることもないだろうとか、私といれば男子生徒と仲よくなれるとか、どこかでいい意味で目立つチャンスがくるかもとか、そういう考えを持った女たちもいる。
私は、女特有のそういった生態はキライだ。
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始業式が終わると、二年D組は私とアニタの提案でさっそく、席替えをした。
方法は単純だった。数人でグループを作って席を選び、モメればジャンケンで決め埋めていくというものだ。私は後方ならどこでもいいと答えた。前方の席は好きではない。身長があるので、後方席をとりやすくはなるけれど。
けっきょく私は中央列の左側、うしろから二番目の席に。アニタは私の右隣で、私のうしろにタスカが来た。彼の右隣は空席。左列、私の左隣にゲルト、その左隣で窓際にガルセス。彼のうしろに最後尾のカーツァーで、その右隣、ゲルトのうしろの席にマーニが座った。
私は不満だった。なぜって、前の席にハヌルが来たからだ。その右隣でアニタの前の席には、一年B組で学級委員をした女。私たちは泣きそうだった。
放課後、小うるさいハヌルがやっと帰ったあと。私は椅子を前後逆に座り、顔をしかめてタスカに言った。
「お願いだから席を替わってください」
彼が微笑む。「絶対イヤ」
ムカつく。聞き入れてもらえないらしいので今度は、ゲルトと彼の机に腰かけたガルセスへと視線をうつした。
私が言葉を発する前に、彼らは声を揃えた。「絶対イヤ」
「まだなにも言ってないっつの」予想どおりの言葉に仏頂面で言葉を返した。隣にいるアニタに言う。「なんでこうなるの? なにが哀しくてあいつのうしろ姿を見ながら、毎日毎日クソみたいな授業を受けなきゃいけないの?」
彼女はどうでもよさそうに苦笑った。
「もう諦めるしかないよね。あんたが言いだした席替えの方法でこうなったんだし。誰にも文句は言えないよね」
最悪だ。「わかった。机をひとつ持ってこよう。で、アニタのうしろの席に置くの。私は基本、そこに座る。毎日みんなでトランプ勝負。最終的に負けた奴がこの席に座って、毎日あいつのうしろ姿を見ながら──」
グループ全員、声を揃えて拒否した。「絶対イヤ」
「だいたいお前、授業中はしょっちゅう寝てるんじゃなかったっけ?」カーツァーが私に言った。
「少なくとも、去年はそれほど寝てないわよ。去年はね、いつもゲルトとガルとまとまってたから、二人に嫌がらせばっかりしてたの。暇だから。椅子の底蹴ったり、首をシャープペンシルでつついたり」
ガルセスは遠い目をした。「プリントに落書きされるのは当然で、首にリボンかけられたり、ゲルトは髪結ばれたり、思わず笑って先公に怒られたり──」
笑って、カーツァーは声を潜めた。「それをトロホヴスキーにもすればいい。嫌がらせの連続」
私は呆れた視線を返した。「あんた、あれに触ることが私にとってどれだけ苦痛か、わかって言ってんの?」
そもそも、なぜ私の前の席に座ろうと思うのかが謎だ。結果的にということもあるのだろうし、去年私があいつの腹に蹴りを入れて脅したなどということは、同級生の三人しか知らないけれど、何事もなかったかのように話しかけてくるその神経だけでも謎なのに、さらにこの席順というのは、本当に意味がわからない。
ちなみに私とアニタは、誰に対しても顔がどうこうと言うわけではない。というか、そんなことを本気で言うのはハヌルに対してだけだ。ただ顔よりも、問題は性格。
小学生の時、ハヌルは反吐が出るほどの嘘つき女だった。散々その嘘をまのあたりにしたからこそ、私たちは彼女を嫌っている。顔はそれへのあとづけでしかない。嘘をつかなくても嫌味や詮索といった、いちいちヒトの気に障ることを人一倍好んでしてくる部分もある。そんな人間を好きになれるはずなどない。つまり、存在そのものを嫌っているのだ。
タスカが言う。「でも隣にヘイズがいるから、まだマシだろ。ヘイズはあいつをほぼ完無視してるわけだから」
アニタは顔をしかめた。「あんなのと喋ってたら口が腐るじゃん。できれば顔も見たくない」本気でキライなので。
「よし、わかった」と私は言った。「一学期は四月から七月。五月下旬か六月になったら、また席替えを提案する。こんなことになるくらいなら、私は前方の席でかまわない。もしくはあんたたちに盾になってもらう。去年の三学期の私の席みたいに」
ゲルトは無愛想に答えた。「とりあえず遠慮する。俺だって席近いんだし、ここでもわりと苦痛だ」
ずっとにやついて話を聞いていたマーニはとうとう、笑いをこらえられなくなったらしく、点を仰いで笑った。
「すげえ嫌われよう。マジおもろい」
カルロ・マーニ──彼のことは、よく知らない。というのも、彼は小学校六年の二学期に隣町から転校してきたらしく、私は去年の十二月まで、まともに話をしたことがなかった。
先月、二年に進級する前の修了式の日、二人で少し話をする機会があり、その時に、親が再婚で腹違いの妹がいるという、少々複雑な家庭の事情のことは本人から聞いている。ただ、去年は元の地元の同級生とつきあっていたことがあり、そのあと私たちの同期のカーリナ・ヤンヌとつきあったり──これに関しては今年二月、私のおかげで別れることになったが──私からすれば、同級生の中で誰よりもチャラチャラしている奴だろうということ以外、よくわからない。私が復讐のためにしたキスも気にしないでいてくれるほど、普段から軽くてよく笑う奴だということ以外、特に知らない。
「いやいや、おもしろくねえよ」ゲルトがカルロに言った。「なんならお前、席変わる? なんか当然のようにベラの隣に来たけど、こんだけまとまってたら大差ないし」
ガルセスも続いた。「お前は同じクラスになったことがないからわかんねえんだよ。毎日あれを見続けてみ。こいつらの言ってる意味、わかるから」
「そりゃどっちでもいいけど」マーニはカーツァーへと視線をうつした。「どうなの、これ」
彼が苦笑う。「いや、あれはまあ、な」
視線をそらしてアニタがつぶやく。
「そのうち夢に出てくるよ。春休みのあいだにみたんだよね。あいつがいっぱいいるの。話しかけてきて、無視してそっぽ向いたら、またあいつがいるの。どこにでもいる」
一同、爆笑。
「それはヤだ。超怖い」私は言った。「とりあえずおなかすいた。美容院の予約まで時間あるし、アニタ、なんか食いに行く?」
彼女はいつもの笑顔をこちらに向けた。
「なに食べる? やっぱダイナー?」
私は彼女に微笑んだ。「ダイナーは食べられないわよ、ハニー」
一瞬にして顔を真っ赤にし、彼女は声をあげた。
「冷静にツッコミすんな! 恥ずいわ!」