* An Ideas
球技大会の翌週月曜、六月二日に、私たちのクラスは席替えをした。
窓際は諦めて廊下側の後方を陣取ったものの、できれば隅にいたい私と、できればハヌル以外の他の女子とは話せるよう前席にいたいアニタの意見が分かれ、けっきょく廊下側最後尾席からマーニ、私、タスカと横に並び、その前列でマーニの前にカーツァー、私の前にアニタ、タスカの前にガルセス、その横にゲルトが座り、ゲルトのうしろは空席という形をとった。ハヌルとは席が離れた。
女子生徒たちは夏服セーラーに切り替えた。そして仲の良し悪しはともかく、普段話すようになった連中たちから徐々に、男女関係なく、ファーストネームで呼び合うようになった。
ちなみに私は仲が悪かろうとよかろうと、名前で呼ぶことに抵抗などない。ウェスト・キャッスル独自の風習もあり、周りが呼んでいたからそうなっていただけで、他の連中のように恥や遠慮があったわけではない。女たちの多くは普段から名前で呼び合っているし、必要でなければほとんど、ゲルトたち以外の男たちに話しかけたりもしない。話しかけられはしても、名前など呼ぶことはあまりない。関りも興味もなさすぎて、いまだに名前を覚えていない同級生もいるくらいだし。
そんな私とは違い、学年のほとんどの女子と一部の男子が、この提案に心から喜んでいた。
生徒会とは話すことがなくなった。アニタは会えば挨拶を交わすくらいのことはしているけれど、私は完全に無視していた。
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球技大会から三週間が過ぎようとしていた頃。季節はすっかり雨季になっている。木曜日の一時限目の授業が終わったあと。アニタが私に話しかけた。
「ねえ、ふと気になったんだけど」
私は教科書とノートとペンケースを机の中に片した。「なに」
左腕を私の机につき、手にあごを乗せる。
「文化祭さ、二年はステージか教室か選べるじゃん。選べるって、取り合いにもなるけど。どっち希望なの?」
呆れるしかなかった。「今六月。文化祭は十月。まだ三ヶ月以上先なんだけど」
「そうだけど、とりあえずだよ。選ぶとしたらどっち?」
「私がステージだなんて言うと思ってんの?」
彼女は笑って納得した。「んじゃ、やるとしたらなに?」
なんだろう。「ホラーハウス」
アニタは左腕を机に寝かせつつ、背筋を伸ばして反応した。眼がキラキラしてる。
「ホラーハウス」
まずい。「いや、ごめん、なにも考えてないから」
彼女はガルセスとゲルトに笑顔を向けた。「ホラーハウスだって」
タスカを含め、彼らの席は中央列側なものの、机と椅子は私たちのほうに近づけ、勝手に通路を変えていることが多い。気が向いたり、テストだったり、教師に怒られた時だけ元に戻す。といっても、あからさまに注意されたのは一度きりだ。教師はおそらく私がいるからという理由で、もう諦めている。一応、前列であるカーツァーとアニタ、ガルセスとゲルトは少しうしろに下がって前に通路を用意し、ゲルトとタスカの左側に逃げ道を作っているので、それほど問題はない。私たちが揃って話していれば、わざわざあいだを通ろうとなどと思う人間はいないらしく。
「いや──」
カーツァーが苦笑う。「ものすごい興味掻き立てられたらしいな」
タスカは呆れている。「ホラー嫌いのくせに好きだもんな、そういうの」
彼女は口元をゆるめた。「悪役は楽しーんだよ」
ガルセスが口をはさむ。「けど、さすがにクラス全員が乗るとは限らねえぞ」
「っていうか今年だって、ベラがまともに参加するかわわからないわけで」と、ゲルト。
その言葉に、アニタは眉を寄せて私を見た。「今年はちゃんと来るよね」
面倒だ。「来るのはかまわないけど、去年うちのクラスがそうだったみたいに、毎日毎日無計画な準備につき合わされるのはイヤ」去年はそれが原因で、アゼルと喧嘩になった。「今年もああなるようなら、私はもうなにも口出ししたくない」
「そこは平気だろ」とガルセス。「アニタがいる」
彼女も言う。「そうだよ。平気だよ。そりゃベラが帰っても、電話くらいはするかもしれないけど。あたしたちがちゃんと打ち合わせておけばだいじょうぶでしょ。買い出しだってあたしがいれば、ちゃんとイチから計画立てられるわけだし」
それはそうだけれど。「でもやっぱさすがに、このクラス全員がホラーハウスに乗るって言うとは限らないしな」
「ここにだって七人いるんだよ? 七人プラス女子を味方につけちゃえば、もう決まりじゃん」
「俺らは賛成に確定か」カーツァーがつっこんだ。
アニタは不満そうな表情を彼に返す。「なんでベラが乗り気じゃない時は強制じゃない方向なのよ」
「そりゃお前は怖くないからだろ」と、タスカ。
「ちょっと待って。嬉しいか嬉しくないか微妙なんだけど」
ガルセスが笑う。「そこは喜んどけ」
「でもクラス予算、どうせ今年もたいしてもらえねえだろ」ゲルトが言った。「文化祭のホラーハウスがどんなのか知らないけど、教室全体を使うとして、去年くらいの額で出来ると思うか? ちょっとならともかく、それなりに自腹になりそうだったら、みんな渋るぞ」
「それはそうだけど」アニタがこちらに言う。「さあベラ、思い浮かぶこと言ってみようか」
なぜ私だ。なんの話だ。なぜ今なのだ。
右肘を机につき、頭を手で覆った。目を閉じる。ホラーハウス──黒。暗い。金を使わず──。
「窓は覆う。暗幕カーテンかダンボールで。学校中の暗幕カーテンをできるだけ借りてきて、どうにか上からぶら下げて、それで通路を作る。ダンボールはマーケットでもらってきて、なんなら椅子と机使って段差ある道にする。懐中電灯でちょっとだけ道照らして、カーテンの脇や机の下から脅かす。当然音も使うけど、衣装なら白いカーテンや手持ちの服でなんとかなるだろうし、メイクは絵の具でしたり、仮面なら──春にアロウ・アイレットのショッピングセンターに新しくできたワンコインショップやリサイクルショップで適当なものを調達して、それ元にして作ればいい」
アロウ・アイレットはナショナル・ハイウェイを挟んだ場所、ウェストキャッスルの北に位置する町だ。ウェスト・キャッスルと向き合うよう、ハイウェイ沿いにチック・ノーティド・ショッピングセンターというのがある。
私は続けた。「暗がりだし一瞬だろうし短いだろうし、そんなちゃんとしたのはいらないでしょ。使おうと思えばなんだって小道具になる。フェザーダスターで手に触れたり、ホウキ倒したり、ダスター投げたりハンカチ落としたり、卓球ボールで目玉作ったり──傘を開かせて、内側に血まみれの手形つけまくったり、適当に描いた肖像画に小細工したり──通り道で誰かが人形みたいにじっと座って、突然動き出したり。廊下の外で静かにしてもらえるよう張り紙して声かけてれば、外からの声もそんな聞こえないはず」
こんなものかと思い、目を開けて顔を上げると、アニタは興奮した様子でこちらを見ていた。
「やっぱやる。絶対。ここはなにがなんでも押しとおす!」
マーニも笑みを浮かべている。「よくまあ、そんなにポンポンと」
「すごいだろ、こいつ」ガルセスが彼に言った。「去年もこんだけの案を出す奴がいなかったから、頼られてこんなこと繰り返して、けっきょく約二週間、文化祭の準備で引っ張りダコ。たかがゲームフリマなのに」
「イライラをなだめるこっちの身にもなれっていう」ゲルトがつぶやいた。
カーツァーが笑う。「勉強はできないのに、こういうことだけは回転が速いんだよ。変人だから」
「で、なんでも出来る前提で口にするもんだから、ちょっと無理あるだろみたいなことでも、周りは出来そうな気がして、ついつい乗っちまうっていうな」と、タスカ。
アニタもマーニに向けて補足する。「ベラがいい意味で目立ちたがらないのはみんな知ってるからね。その役をもらっていいトコ取りしようって、みんな必死になるわけ。ベラは作業したりリーダーとして引っ張ったりってのは好きじゃないし、不器用で大雑把だから細かいモノは作れない。でもベラが案を出してくれれば、みんなそれに乗っかる。打ち上げや花見やスケッチブックだってそうだった。思いつきがすごいのに、いい意味じゃリーダーになりたがらないうえ、自己中で好き嫌いが激しくて短気ですぐヒトを嫌いになって、ほとんどの子たちとまともに話したがらないから、ちゃんとした友達はホントに少ないわけだけど」
「ボロクソか」私は思わずつっこんだ。
彼らと一緒にアニタも笑う。
「いや、ごめん。でもわりとマジなわけで」
「そうね、マジよ。ごめんね、マジで」
「でも脅かし役ならお前、好きなんじゃね?」悪戯に微笑むカーツァーが私に言った。「悪役は好きだろ」
「好きだけど面倒な気もする」椅子に背をあずけた。「自分じゃやりたくないけど、アニタにそういうの、やらせたいな。白い衣装着せて、気づいたら客のうしろにうつむいて立ってて、右手に斧みたいなの持ってて、突然顔を上げて客を見て、ものすごい勢いで追いかけるの」
想像したのか、みんな天を仰いで笑った。
「ヤバイ、なんかすごいおもしろそう」アニタはうずうずしている。「でもさ、顔だけで言えば、メガネゴリラのほうが効果的」
メガネゴリラというのがハヌルのことだとわかった私たち、みんな笑った。
「んじゃお前は?」マーニが訊いた。「幽霊やるとしたらどんなの?」
「動くのは面倒だから、角に置いた机の上にでもじっと座ってる。暗がりで白いワンピース着て、髪を軽くぼさぼさにしてね、ヒト殺したあとみたいに、手にナイフ持って返り血浴びた状態で、呆然としてる。しかも裸足。眼で客を追いかける。じーっと見てる。なにかしそうでしない、みたいな」
「うわ、それ見てみたい」カーツァーが言った。「けどお前、じっとしてるの無理な気が」
「そうなのよ。そこが問題だよね。ヘッドフォンで歌聴いてていいなら、じっとしてられるけど」
「バカ」アニタはしかめっつらを見せた。「そんなオバケはありえない!」
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「ベラ」昼休憩がはじまってすぐ教室を出たカーツァーが、後方戸口から顔を出して私を呼んだ。「ちょっと来い」
彼のあとに続いてD組の隣にある空き教室に入る。そこで私は思わず、げっそりした顔になった。中にA組男子、トルベン・アンファングがいたのだ。
肌も髪も眉も黒く、瞳はダークブラウン。背は私やカーツァーよりも高く、だけどタスカよりは少し低くて、フェンシング部に所属しているらしい。以前のカーツァーほどではないものの、彼もエデたちとはそれなりに仲がいい。というかマーニとカーリナの一件以来、エデたちは彼らといることが増えたらしい。
私はこいつがキライだ。「ダヴィ。私がこいつを打ち上げや花見に呼ぶことを拒否したっての、知ってるはずだけど」
トルベンの隣に立ったカーツはめずらしくもぎょっとした。
「そんなあからさま!?」
「頼まれたって行かねえよボケ」
トルベンが低い声で言った。彼も私を嫌っているのだ。話したのだって、いつ以来だかわからない。少なくとも、去年と今年は一度も話していない。
ムカつく。「死んでも頼まないし呼びもしないから、さっさとエデたち連れて消えろアホ」
「は?」こちらに向きなおる。「なんであいつら連れて行かなきゃなんねえんだアホ。っつーかお前のアホな提案のせいで、ほとんど話したこともないような奴らにまでやたら慣れ慣れしくされて、俺がどんだけ迷惑してると思ってんだボケ」
視線をそらしつつ鼻で笑い、また彼の視線を受け止めた。
「おかしいな、聞いた話と違う。あんたのクソみたいに捻じ曲がった性格に気づいてない女子たちから、あんたはわりとすぐ、誰のことでもファーストネームで呼ぶようになったって聞いたけど。こんな腹黒男だって知らないらしい女子たちは、キャーキャー言って喜んでたわよ」
「はあ? 呼ばれるから呼んでるだけだろうが。できればお前の名前はラストネームですら、一生呼びたくないけどな」
「それはこっちも同感」すかさず言葉を返した。「あんたなんか“あんた”とか“お前”とかいう言葉すらもったいな──」
「はいはい、わかったから」カーツァーが呆れ顔で口をはさんだ。こちらに言う。「とりあえず、今はそういう話じゃないから。わざわざ喧嘩させるために呼び出したわけじゃないから」
「じゃあなんですか」と、私は無愛想に彼に訊き返した。
「一時限目のあと俺ら、文化祭でホラーハウスしたいって話してただろ」彼が説明する。「あれでお前が言ってたことがそっくりそのまま、A組で使われてるらしいんだわ」
私はぽかんとした。「意味がわからない」
「相変わらず頭わりーな」視線をそむけたトルベンがつぶやいた。
うん、おもしろい。「ダヴィ、こいつ、蹴飛ばしていい?」
「だから待てっつってんのに」彼が言う。「とりあえず話を聞け。だからさ、その、ホラーハウスするとしたらどういう演出をやるかってのを、お前が話しただろ? 暗幕だの卓球ボールだの、追いかけたり、じっと座ってどうこうってやつ」
私はうなずいた。
彼が続ける。「それがさ、三時限目のあとの休憩時間あたりから、チャーミアンが中心になって、A組で文化祭の話持ち上げて、ホラーハウスでそんな演出やらないかって言ってるらしいんだよ」
チャーミアン・オーデッツ。栗色カラーのボブカットで巻き毛。ブルーの眼は大きく、ある意味エデたちより性悪な女。なぜって、教師や男の前だけではなく女の前でも、もっと言えば地味真面目グループ相手にも、常にイイ子ぶりっ子な聖人をとおすからだ。エルミのさらに上をいく女とでも言うのか、真の世渡り上手とでもいうのか。
そして小学校六年の時、私が修学旅行で五千フラムを貸した相手でもある。それもあってか、私は去年の打ち上げにも花見にも、彼女のことは呼んでいない。ちなみに制服はずっとセーラーのまま。なぜって、そんなことはしない地味真面目グループとも交流があるからだ。
カーツァーはさらに続けた。「文化祭が十月なのをわかったうえで、今からA組の奴らに、文化祭は教室でホラーハウスしようって言ってるらしい。ランチの時にはA組のほぼ全員に話が広がってて、その話でわりと盛り上がったって。当然今もだけど」
つまり。「パクりってことね。こっちはただの数人の雑談、むこうはすでにクラス全員に種を撒いた。たぶんA組は、早ければ今からでもそれに向けて動き出す。こっちが文化祭の準備にとりかかる頃にはもう手遅れ。それを出来なくなる。同じことすれば、こっちが真似したみたいになる」というか、それ以上の計算が混じってる気がする。
彼は肩をすくませた。
「そういうこと。ランチの時にトルベンがメールくれて、そんな話になってるって教えてくれて。今から文化祭の話なんておかしいし、あいつの発想にしてはやたらネタが細かいし、そっちのアホ女が関わったりしてないよなって」
「アホ女? “クソ女”の間違いじゃないの?」私はトルベンに訊いた。
彼が無愛想に応じる。「俺の中ではどっちも同じ意味だクソ女」
うざい。「黙れアホ」視線を無表情のアホ男からカーツァーへと戻した。「パクりたきゃパクらせればいいんじゃないの? どこで聞いてたのか知らないけど、あいつの発想が私の発想に勝てるとは思えない」
やっぱり視線をそらしたトルベンが再びつぶやく。「頭のよさではむこうが遥かに上だけどな」
笑える。「文化祭じゃ頭のよさはなんの役にも立たないって、あんたのその頭のよさでなんでわかんないの? ほんっと不思議」
「だからもういって」カーツァーはうんざりした様子で言い、また私に訊いた。「放置でいいわけ?」
「べつにいいでしょ。どうでもいい。やろうと思えば──」
教室の外から騒がしい声がし、私たちは廊下のほうを見やった。それでも腰窓には人影が映らず、三人で顔を見合わせた。
再び教室後方の、いつのまにか少し開いていたらしいドアに目を向けると、それが勢いよく開いた。マーニだ。
「アニタがA組に乗り込むって騒いでる」
彼の背後ではアニタとタスカ、ゲルトとガルセスの言い合う声が聞こえる。
思わず溜め息が漏れた。立ち聞きかよ。「アニタ呼んで」放置じゃ済まなくなった。
アニタはこれ以上ないくらいのしかめっつらで教室に入ってきた。
「黙ってるなんて無理。そんなの許さない」
だよね。しかたない。
「どこから話が漏れたのかわかる?」私はトルベンに訊いた。「チャーミアンがその話を持ち出す前に誰と話してたか」
「カルメーラしかわかんねえ、C組の。二時限目の休憩時間に話してんのは見た」
あいつ、一時限目の休憩時間にうちのクラスに来てた気がする。おしゃべりめ。
「話聞いてきて。とりあえず確認だけ」私はアニタに言った。「確定かはわかんないから責めなくていい。私たちの話を聞いてて、それをチャーミアンに話したかどうか確かめて」彼女の背後にいるゲルトたちを見やる。「悪いけど、ひとりか二人、ついてってやって。誰にも聞かれないよう、アニタがカルメーラを責めないように見張って」




