* Memories And Reality
「つきあってるオトコがいるの」私はEに言った。「そいつが十六歳。ロクデナシなの。そいつのおかげで、十六歳はみんなクソだと思ってる」そうでもない。
「つきあってんだろ? クソなら別れればいいじゃん」
その言葉は、“憎んでいるなら忘れればいい”に聞こえる。
「頭ではわかってても、無理なのよ」考えなくとも、口が勝手に動いていた。「もちろん頭では、十六歳みんながそういうのじゃないってのも、ちゃんとわかってる。でも十六歳っていうのには反応しちゃうのね。相手は私がナンパされようと他の男と遊ぼうと、どうでもいいって思ってる奴。しかも今、諸事情により会ってもらえない。私は宙吊りにされてるの」
「なに? 喧嘩したわけじゃなくて? 別れたくても別れられないみたいな?」
ある意味“喧嘩”で合っている。というか、そろそろ詮索がうざくなってきた。
「喧嘩した。私がドックフードを安いのに変えたから、怒ってどっかに行っちゃったの」
彼はきょとんとした。「は?」
「だから、ドックフードをね。だってあいつ、犬のくせに、高いドッグフードばっかり食べたがるんだもん。こっちは毎月、あいつのために少ないお小遣いを切り詰めてる状態なのに。で、いい加減ムカついてきたから、マーケットでいちばん安いドックフードを買って、出してやったの。そしたら怒って、家飛び出してどっかに行っちゃった」
彼らは呆気にとられている。
「いや」Eは私の左手を指差した。「指輪」
「ああ、これ? 去年ね、その犬が、どこかから拾ってきたの。素敵だったから、磨いてつけてる。プロポーズされたんだと思って」
「いや、十六歳──」
「だから、犬年齢で十六歳。人間で言ったら、百歳超えてるらしいね。だから超年の差婚なんだけど」
ほんの少し沈黙が流れたが、Cがふきだしたのをきっかけに、彼らは天を仰いで笑った。笑いをこらえていたらしいリーズとニコラは、笑い転げる勢いで笑っている。
一方私はといえば、そんなわけがないのに、ひさしぶりに息をした気分になっていた。まずかった。よく抑えたと自分を褒めてやりたいところだ。本当に、十六歳というのはやめてほしい。だからといってあからさまに中学生だとわかる男をナンパする気には、さすがにならないのだが。
Eは笑いながら、サングラスをこちらに返した。
「どこまでがホントかわかんない」と、どうにか手すりに手をかけて身体を支えつつ、肩を震わせて笑っている。“気取り屋”ではなくなった。
受け取ったサングラスを装着し、「ご想像にお任せします」と私が言うと、彼らはさらに笑った。
笑いをこらえながらワインDが訊く。「んじゃ、さっきのはなに? 友達捜しじゃなくて──友達になってくれる奴を捜してる、みたいなの」
ニコラが応じた。「暇つぶしの相手。メール相手? 超暇な時にっていう」
Cは乗った。「あ、それいい。暇な時に遊んだりできるわけだ」
「そーゆーこと。恋愛云々じゃなくて、友達でっていうね」と、いちばんレンアイにもっていく可能性の高いリーズが言う。
「んじゃアドレス訊いたら教えてくれんの?」
「いーよ」
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彼女たちは早々に、彼らとアドレスを交換しはじめた。一方私のバッグの中で携帯電話が鳴った。マスティからだ。私はその場を離れ、後方へと歩きながら電話に応じた。
「なーに」
「ずいぶんお楽しみな様子で」と、電話越しにマスティが言う。実は彼ら、見える位置のベンチテーブルに座っている。
「私、一度も笑ってない」
「だろうな。ニコラとリーズと男共は大笑いしてたけど。なに話した?」
「教えない」
そう言って電話を切った。彼らのところへは向かわずに方向を変え、スウィーツショップへ向かう。
けっきょく、マスティとブルは追いかけてきた。連れだとバレないようにか、私がスウィーツショップに辿り着いたところで、さも今ナンパしたかのように声をかけてきた。ブルはクレープを奢ってくれた。リーズたちのことは気にせずに、スウィーツショップに近いベンチテーブルに腰をおろした。
「お前、戻らなくて平気なんか」向かいに座っているブルが訊いた。「なんかアドレス交換しますよ的な雰囲気だったけど」
「平気。私が途中で消えたら、尻軽女だとでも言って適当にごまかすことになってるし。私は友達になってくれるヒトを捜してるとは言ったけど、アドレス交換しようかって言いだしたのはむこうだし。最終的な会話はリーズとニコラがしてたから」
「で、お前はだんまり?」隣でマスティが訊いた。
「ちょっと喋った。逆ナン相手もあいつらも十六歳だっていうから、思わずうなだれて」クレープ片手に左手の指輪を見せた。「いい働きしてくれるの、こいつ。つきあってる男がいるって嘘つける、側面の文字は見えないようにね。途中から話を犬にすり替えて、わけわかんないこと適当に喋ってたら爆笑された」
ブルの口元がゆるむ。「ああ、それでか。すげえ笑ってたよな。こっちは逆ナンされても乗る気にならなくて、女待ってるっつって追い払ってたのに。なにこの温度差、みたいな」
「カラダ目的で活発的だったお二人はどこ行ったの」
「そんな気になんねえ。お前がオトコつくるんなら、こっちもオンナつくるけど」
「ねえ。そういうの、やめて。私を基準に考えないでよ。頼むから放っといて」
そう言うと、彼は溜め息混じりに肩をすくませた。
「お前、イチゴは食えるんだな」マスティが言う。「もう一生食わないのかと思ってた」
彼の言葉に、私は食べかけのクレープを見つめた。縦半分にカットされたイチゴは、心地よさそうに白い生クリームに包まれている。
私とアゼルは、イチゴからはじまった。最初に会った日、彼らが二日遅れで私の誕生日を祝ってくれていて、施設から帰ってきたアゼルが残っていたケーキを食べはじめ、初対面にもかかわらず、アゼルは食べかけのイチゴを半分、私に食べさせた。
口元をゆるめ、私はそれを食べた。
「そういうのはない。なにをキライになるとか、好きになるとか、そんなのはない。煙草や酒はやめてないし、むしろ量は増えてるけど、なんでもかんでもあいつと結びつけたりはしない。ほとんどは、あいつと会う前からあったものだし」
「ふーん」
マスティは遠慮なく、私のクレープにかぶりついた。甘いと文句を言いながら、二口めも食べた。
それでまた、アゼルのことを思い出した。彼もよくこうやって、私の食べてるクレープやソフトクリームを奪ってた。
金属バッドを持っていたら、間違いなくマスティの頭を殴っていたと思う。それも、後頭部ではなく顔面を。
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翌週末。
ルキアノスの家に勉強を教えてもらいに行った。アドニスが以前、ルキの家を迷路だと例えていたけれど、それも大げさではないかもなと思った。ケイの家と同じか、もう少し大きいかくらいだろう。
アドニスに連れられて向かった大きなプールには、贅沢にも屋根がついていた。プールつきの家というのは、それほど珍しいものではない。住んでいたコンドミニアムには、共用だけど屋内プールがあったし、ニュー・キャッスルでも一ブロックに一軒はプールを持った家があり、数こそ多くないものの、オールド・キャッスルにだってそういう家はある。ちなみにこれら、屋根はついていない場合がほとんどなのだが。ウェスト・アッパー・ストリートに並ぶ家ならプールの存在は当然で、だが屋根となると数は半分に減る。つまりルキアノスは中流階級の上層か、それ以上の家庭に育ったということなのだろう。
次にアドニスは、私をゲームルームに案内した。ドリンクカウンターとビリヤード台、そしてテレビ二台を備えたソファコーナーがある部屋だ。中学を卒業してからあまり使わなくなったものの、以前は彼ら、ここでよくテレビゲームをしてたらしい。ゲーム部屋というのもそれほどめずらしくはないのだが、ケイの家には入ったことがないというのもあって、そういう場所は見慣れておらず、むしろまともなのははじめて見た。なんというか、とてつもなく大きなものを目の当たりにした気がした。
数年後、ここでワインを飲みながらビリヤードを楽しむルキの姿が目に浮かぶとつぶやくと、なにしに来たんだといわんばかりに、アドニスと一緒に部屋へと引きずっていかれた。
アドニスはとりあえず私に勉強を教えてみようかと思ったらしいのだが、私の頭の悪さにすぐに根を上げた。だけどルキアノスは根気よくつきあってくれて、この日やる予定だった数学と外国語は、基本的なところから教えてくれた。私に割り算を教えたアゼルのことを思い出して、思わず発狂しそうになった。アドニスが煙草を吸わせてくれて、どうにか落ち着いた。
アドニスに、一緒に彼の家に泊まるかと言われたけど、夜中まで勉強会になるのは勘弁してほしいからと断り、夕方、フラフラになりながら祖母の家へと帰った。
だが翌日も、またルキアノスの家に行った。午後まで復習を兼ねて数学と外国語を、その後は暗記系。夕食をどこかで食べようかと言うのでつきあうと、そこでも暗記系をクイズにした勉強が続き、いいと言っているのに送るからと西へ向かうバスに一緒に乗り、その中でもやはりクイズが出題された。わからない時は適当すぎる答えを出すものだから、アドニスはいちいちけらけらと笑っていた。
ちなみに、サビナが紹介された男に告白してオーケーをもらい、彼女は彼とつきあいはじめたという。どうでもいい。
覚えている限り、この二日間はアゼルの夢をみることはなかった。だが代わりに、教科書だの参考書だのに埋もれて苦しむという夢をみた。
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翌週──二月最後の月曜と火曜。
テストだったのだが、手ごたえなどない。ただ思いつくことを書いただけだ。だって、私は考えたくない人間だから。
それでも出来が悪ければ、私はルキアノスとアドニスに土下座してあやまることになるのだろう。
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そして、木曜。
夕方、アニタから連絡があった。ペトラと一緒に、試験が終わってウェスト・キャッスルに戻ってきたヒンツと、元生徒会長──ネストールに会ったと。それでも四人でいたから告白などできるわけがなく、ランチを食べて少し話しただけだったらしい。
でもよくよく考えてみれば、合格発表まで待ったほうがいい気がするから、一週間後の木曜まで、告白するのを待つとか言いだした。
落ちていたらどうするのだと訊き返したかったものの、とりあえずやめておいた。
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翌週。
返ってきたテストの点数が、全体的に上がっていた。教科によって差はあるものの、五教科の合計、百七十あるかないかくらいが基本だったのが、二百を超えていたのだ。ゲルトたちと一緒に、私は呆気にとられていた。なにかの間違いではと思い、ダヴィデとイヴァンの答案用紙を使って採点の確認をしたほどだ。ゲルトに、明日は大雪が降るとか言われた。
結果を報告するとアドニスは、“だからルキは勉強教えるのがうまいって言っただろ”と、なぜか自慢気な言葉を返してきた。ルキアノスはとりあえず、安心したらしい。テストの前の土日は毎回勉強しようかと言われたので、とりあえず様子見でと、曖昧な返事をした。高校に落ちてもいいのかと脅された。




