* Sunglasses
日曜日。
リーズとニコラ、ブルとマスティと五人でバスに乗り、センター街へと向かった。当然のようにグランド・フラックス・エリアで、マスティとブルはテーブルベンチに座り、私たちはボードウォークのステップに腰をおろした。
そこでリーズが、半端なく間抜けな話を聞かせてくれた。年明けに、インゴから電話で告白されたらしいのだ。去年ルキアノスに好きな人がいると言ってきたインゴの計算が見え、怒って絶交宣言をしたという。あまりに間抜けすぎるうえ、アゼルがあんなことになったから、今まで話せなかったのだとか。
「もうイヤ」しかめっつらのリーズがつぶやく。「なんでこんなことになってんだ」
ニコラは苦笑った。「やっぱ無理なんだって、計算が入ると」
「見抜く方法とかねーんかな。モテてんのは悪くない。けどずっと友達してたい相手だったら、告白なんかされても嬉しくねえ」
「なんか違い、ある?」ニコラが私に訊いた。「ゲルトと──たとえば、イヴァンの違いとか」
サングラスをかけた私は、デザートショップで買ったカフェオレをストローを使って飲んでいる。
「ゲルトはずっとクラスが一緒で、たいてい席が隣になるか近いかで、気も合ったからただ一緒にいたってだけ。特別なにを話したわけでもない。よく一緒にいたから、私の小さな愚痴──ラストネームで呼ばれるのがイヤとか、自分の名前がキライだとか、家に帰りたくないとか、そういうのを耳にしてたってだけ。意識して観察してたわけじゃなくて、イヤでも目に入ってきてた状態。恋愛感情を知る前から、完全に友達だった。私を女だと思ってないとこ、あるし。それがいちばんだって、お互いにわかってる。
イヴァンたちは普通の友達だよ。私を理解してるっていうよりは、ゲルトが言ってくれてたからだと思う。少なくとも中学一年まではそうだった。ダヴィはわりと空気が読めるけど、イヴァンやカルは、たまに無神経で鈍いとこ、あるし。
セテはゲルトに継いで、私を理解してくれてるかな。っていうか、私にはとりあえず無神経でとおせばいいと思ってる。それは間違いじゃない。根はやさしいから、ゲルトほどひどいことは言わないけど。ゲルトは友達っていうか、悪友の域。友達として、絶対的な存在になってる。それに慣れてるから、それ以上にどうにかなるなんて想像できないし、したくもない」
私が言い終えると、リーズは深い溜め息をついた。
「やっぱり歴史か」
「ま、そうだろうね」
そう言うと、サングラスをはずして服の胸元にかけた。寒いからか、やはりヒトは少ない。だけど川沿いの道を歩いている、濃いグリーンに白いラインが入ったジャージ姿の男二人組をあごで示して彼女たちに訊いた。
「あれはどうなの?」
彼女たちは身を乗り出し、細めた目で数メートル先にいる彼らを品定めした。
「よく見えんけど、やばいってことはないな」ニコラが言う。「もう顔では選ばないよ」
「同感」と、リーズ。「高校生だよね、たぶん。なんつーか、普通? 地味でも不良でもないみたいな。二人とも学校のっぽいジャージ着てるし、スポーツバッグ持ってる。部活の帰りかな」
「とりあえず、友達増やせばいいじゃんね」私は言った。「最初から恋愛対象として見ない。ただの暇つぶしの相手」
ニコラが苦笑う。「あー、アドニスからのアドバイスね」
「そ」
立ち上がると、私はステップをおりて彼らのところに向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ハイ」こちらに気づいて立ち止まった彼らに声をかけた。「今、暇?」
ひとり──手前に立つAは淡いマットブラウンカラーの髪で、目はほんの少しだけ離れている気がする。もうひとり、Aの隣に立つBは落ち着いたナチュラルブラウンヘアで、顔が小さく、垂れ目のような気もするし、違う気もする。微妙なところだ。こちらのほうが少し身長が低い。どちらも耳が隠れるくらいの髪の長さで、癖毛らしい。
彼らは顔を見合わせると、こちらに視線を戻した。
「暇といえば暇かな」Aが答えた。「これから飯食って家に帰るとこ」
「部活の帰り?」
「そう。午前中だけ練習だったんだ」
「何部?」
「なんだと思う?」
「サッカー」
私が即答すると、彼らはまた顔を見合わせた。
「え、なんでわかった?」Bが訊いた。
バスケができそうには思えない。「勘」
彼らは笑った。年齢を訊かれ、中学生だと答えた。同じ質問を返すと、高校一年だと言われた。ムカついた。
「っていうか、ナンパじゃないよ、これ」私は言った。「逆ナンでもないの」
Bが質問を返す。「なに? 罰ゲーム?」
ある意味そうかもしれない。「ううん、友達になってくれるヒトを捜してる」
Aは目を丸くした。「友達?」
「そう。だって私は彼氏いるもん」大ぼらを吹きながら、左手の薬指にある指輪を見せた。「ただね、暇な時にメールしてくれる友達が欲しいだけ。彼氏は今、諸事情により地元を離れてるんだよね。浮気する気はないけど、会えないから超暇で」
「ふーん? まあ俺も、彼女はいるんだけど」
「まさかサッカー部のマネージャー!?」
勢いよく訊くと、彼らはふきだして笑った。
Aが答える。「ちょっと違うような、違わないような。中学の時、サッカー部のマネージャーだった」
「じゃあやっぱり、アドレス交換とか無理ね。私も実は、あんまりできないんだけど。彼氏に見つかったら怒られるから。だから交換するとしたら、友達と」後方のステップにいるリーズとニコラを見やり、また彼らに視線を戻す。「してもらうほうが、安全なんだけど」
「アドレスくらい平気なんじゃない? 浮気するわけじゃないし。こっちが声かけたわけでもないし。暇つぶしだろ?」
つまり、教えるのには抵抗がないらしい。「まじで。じゃあアドレスだけ、彼女たちも一緒に、交換してもらっていい? 彼女が嫉妬するようなら、遊ばなくてかまわないから。ほんとに暇な時にちょこっと相手してくれるだけでいいの」
「俺はいいよ」と答えてAがBに訊く。「お前は?」
「まあいいけど」
彼らはリーズとニコラ、そして私とメールアドレスを交換し、ランチを食べに行った。ニコラが、Aはアリだと言いだした。ノリ的に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
少し話をしていると、川沿いに現れた三人組の男がこちらに来た。
「なにしてんの?」
声をかけてきた彼のことは、Cと名づけることにする。もう観察するのも面倒なのだが、黒に近いブラウンの髪は、なんというか、すごいことになっている。耳が隠れる長さで、髪の量が多いのかそう見せているだけなのか、まるでカツラをかぶっているようだ。しかもセットされているのかされていないのか、パーマをあてているのか天然なのか、あちこちに髪がぴょんぴょんと跳ねている。おそらく軽いのだろうなと思った。
「なにしてるように見えるの?」私は訊き返した。ちなみに私、またサングラスをかけている。カフェオレは飲み干した。
「ナンパ待ち?」
Dが疑問系で答えた。これはトルベンほどではないものの、色黒だ。眉と同じ黒い髪は、わざとなのか自然なのかわからない具合に立てている。しかも、なぜかワインレッドのタートルネックを着ていた。妙に似合うから不思議だ。だがその下に見えるグリーンのシャツが気に入らない。ワインDと呼ぶことにしよう。
そしてどうでもいいことではあるが、CとDの眉の太さ形が、まったく一緒に見える。
「してないよ」と、私。
彼らは私とリーズが脚を置いている一段下のステップに腰をおろした。まだ喋っていないEは、唯一のブロンドだ。その髪は左から右に、あからさまにセットしました的に流している。しかもベージュのマフラーが、やけに気取って見えた。彼は私が左腕を寄せている手すりに、立ったまま腰をあずけた。
Cが質問を返す。「んじゃなにしてんの?」
「友達を捜してる」
「捜してる?」CはワインDと顔を見合わせ、またこちらに視線を戻した。「捜してるようには見えないけど」
「あ、間違えた。略しすぎた。友達になってくれるヒトを捜してる」
私がそう言うと、彼らは笑った。Eは携帯電話を操作しはじめた。
「そっちはなにしてんの?」リーズが訊いた。「散歩?」
ワインDが答える。「そう。暇だなっつって。昼飯食い終わって、これからどうしようかって話してたとこ」
「どうしようかって、ナンパしてるよね」と、私。
「いや、男三人でいてもな、みたいな」
「この時期あんま、ヒトうろついてないよね。超寒いし」ニコラが言った。
Cが苦笑う。「夏はナンパだらけなのにな」
「それ。今日はカップルのが多い気がする」
「あ、おれもそう思ってた。イチャこいてるカップルがすげえ多い。さっきイースト・アーケード歩いてたら、ひとつのロングマフラーをふたりで使って歩いてるカップル、いたもん」
「マジで」と、リーズとニコラは天を仰いで笑った。
「マジマジ。写真撮りたかったけど、あっちはヒト多かったからやめた」
そんな会話を右耳で聞きながら、私は手に頬を乗せ、サングラス越しにEをじっと見ている。
それに耐え兼ねたのか、マフラーEは少々呆れたような表情をこちらに向けた。
「見すぎ」
私は口元をゆるめる。「私と同じタイプなのかなと思って」
「なにが?」
「ナンパなんかめんどくせーよタイプ」
「ああ。まあそう。ナンパしに来たんじゃないし。飯食って買い物するって言うからつきあっただけなのに、なんでナンパしてんのかな、みたいな」
「自分からは告白しないヒト?」
「は? ああ──あんまり?」
出たよ。気取り屋っぽい印象、そのまんま。「そ」
「なに?」
「なんでもない」
男でこういうタイプははじめてかもしれない、と思った。存在するとも思っていなかった。ニュー・キャッスルのシンボルにでもなってもらえばいい気がする。オールド・キャッスルのシンボルにはインミを使って──そういえばすっかり存在を忘れていたのだが、彼女、アゼルのことを知っているのか。まあどうでもいいか。
私がEから視線をそらしたこともあり、Cは三人共同じ歳かと訊ねた。
リーズが応じる。「んーん。この娘」私を指差す。「は、年下」
「え、マジで?」Cは改めて私を見た。「──顔わかんねえ」
「サングラスをはずしたら本性が出るからダメなの」と、私。
「本性?」
「性悪女の本性」
「自分で言う!?」
ワインDが笑う。「え、っていうか、何歳?」
「うちらは中学三年」ニコラが答えた。
「ってことは」Cが再びこちらに言う。「え、二年か一年?」
私は「イエス」とだけ答えた。
「マジで?」
リーズが同じ質問を返す。「そっちは?」
「高校一年」
Dのその答えに、うんざりした私は両手で手すりを掴んでうつむいた。Cがどうしたと訊くから、ニコラがこの娘は高校一年生がキライなのと答えた。Dは理由を訊いたけれど、彼女たちはさあとはぐらかした。
私はとりあえず、イライラしていた。
するとEが私の前にしゃがみ、うつむいて目を閉じている私の腕を指で二度つついた。
イライラを表情に出さないよう視線を上げて彼のほうを向く。彼は携帯電話をしまっていた。
Eはなにも言わず、両手を使って私の顔からサングラスをとった。
「なんだ。可愛いじゃん」
黙れボケ。「返して。それがないと生きていけないの」そうでもない。
「もったいなくね? サングラスしてると老けて見える」
「うっさいわ。マジで黙れ」
Cがつぶやく。「態度が変わった」
まずいと思ったのか、ニコラが慌てて口をはさむ。「返したほうがいい。キレるから」
Eは無視した。「なんで高一がキライなわけ? 一年限定?」
一瞬脳内に彼を蹴り飛ばすという選択肢も浮かんだのだが、さすがにそれをしていいわけはないので、私は彼に指輪を見せ、またも大ぼらを吹いた。




