* Valentine Comes Again
私をスクーターのうしろに乗せ、マスティが向かったのはヴァーデュア・パークだった。
ヒト気のない公園内、テーブルベンチに、ブルとニコラとリーズがいた。三人とも、ベンチではなくテーブルに座っている。
マスティには私が乗ったままの状態でスクーターのセンタースタンドをたててもらい、私は彼に煙草をもらった。火もつけてもらい、吸い込んだものを煙にして吐き出すと、一向に喋ろうとしない彼女たちとは視線を合わさず、「何事ですか」と訊いた。
覚悟を決めたような表情でニコラが切りだす。「ナンパ待ちに行く元気、ある? もちろん今からじゃない。土曜か日曜」
「今週の土曜はダメ。アドニスたちと約束がある。再来週もだめ。土日とも、ルキの家で勉強教えてもらうことになってる」すべて事実だ。
「まさかふたりっきり?」ブルが訊いた。「勉強」
私はまた煙草を吸った。「違う。アドニスと三人。翌週月曜が学年末テストだから、その勉強」
マスティはスクーターの、私のうしろに乗った。
「真面目ちゃんになるんか」
「さあ。でも高校は行くし、今のままじゃ無理だから、受験勉強を手伝ってもらうの。アドニスが、ルキは勉強を教えるのがうまいって言うから。ルキはアドニスにも勉強を教えるっていう、ものすごく面倒な状態になるわけだけど」
彼は私の手から煙草を取った。
「俺やブルらならともかく、大丈夫なんか、男二人に女ひとりって」
私は鼻で笑った。
「むしろ最近、あんたのほうが危ない気がする」
マスティも吸った煙草の煙を吐き出す。
「“未亡人”て響き、いいと思わね?」
「あほ。死んでない」
「お前の中では死んだも同然なんだろ」
確かにそうだった。
まるで腫れ物を扱うようにリーズが訊く。「じゃあ今週の日曜は?」
「それなら平気」
「じゃあ日曜」ニコラが言った。「ブルもマスティも、ついてきてくれるって言ってる。だからベラは、適当にあしらうだけでいい。こっちのことは気にしなくていい。だからついてきて」
それが彼女たちの出した結論。“気を遣わない”状況を作り出すための結論。
「わかった」と、私は答えた。「起きたらメールする」
正直、どうでもよかった。気を遣われるのがイヤなのと同じくらい、ひとりになりたくない気もする。特に土曜と日曜。だからといって、新しい男を捜す気になどなるはずがない。どうせ誰のことも同じに見える。誰も“アゼル”にはなれない。なれるわけがないし、なってほしくもないし、なってもらっても困る。
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翌日の放課後。
アニタはナンネも誘っていた。ナンネは小学校の時から、自分からだとはわからないようダヴィデにチョコレートを渡していた女だから、どうせなら一緒に作って、“みんなで作った”ことにして、奴に渡せばいいのではないかという話になったらしい。私の知らないところで。
おかげで本命用のはずだったプチカップケーキを、ゲルトたちのぶんまで用意しなければいけないことになった。なぜって、そうしなければダヴィデに渡すものが目立ってしまうから。そして当然そのカップケーキは、主に私が作ることになる。なぜって、奴らには本命がいるから。本気で面倒だった。ただの嫌がらせでしかない。
ペトラとアニタとナンネに引きずられ、マーケットに買い物に行った。ネタになるものは目の前にいくらでも揃っていたのに、私は、爆弾を仕込む気にはならなかった。
祖母の家に着くと、祖母の指導を受けながらさっそく作りはじめた。面倒なので、他の連中に配るものは普通の、だけど少し厚めのクッキーにチョコレートをかけたものというシンプルなもので済ませることにした。飽きてくると、変な形を作った。大きめの生地にチョコレートで顔のパーツを描き、ライト・ウーマンを作ろうとした。アニタとペトラに遊ぶなと怒られた。
そして数時間後、まさかの展開になった。ナンネはダヴィデのぶんさえ作ればあとはどうでもいいからと、十時前に親の迎えで帰っていったものの、アニタとペトラが泊まることになった。アニタママがペトラの家から荷物を回収し、持ってきた。おかげで、お菓子作りは夜遅くまで続いた。
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バレンタイン当日。
私と一緒に登校したアニタとペトラは、朝から二人で、同級生の一部にクッキーを配っていた。アニタは当然、爆弾は入っていないからと念を押しながら。
ちなみに去年の爆弾クッキー、苦情を入れる前に私がエデたちにキレたこともあり、爆弾を受け取った奴らの不満は行き場のないまま、どこかへ消えた。
昼休憩の時間になると、アニタとペトラはC組からナンネを連れてきた。心なしか、ナンネはそわそわしている。
私はクッキーを配り終えた彼女たちに確認した。「ヤーゴには渡してないよね」
「渡してない」とアニタが答える。「トルベンが引きずっていってくれたから。そのせいでトルベンにも渡せてないけど」
「そこはどうでもいい」
一度席を立ち、私は教室後方にある自分のロッカーの鍵を開けてクラフトの紙袋を取り出してまた、自分の席に戻った。つけたタグを確認しながら、イヴァンに、ダヴィデに、セテに、ゲルトに、カルロにと、クッキーとプチカップケーキとクッキーの入ったラッピング袋を渡していく。ついでにまだ数個残る予備のひとつを出した。
「また爆弾あり?」セテが訊いた。
アニタとペトラとナンネが声を揃える。「ない!」
私は気にせず袋を開けながら、「爆弾ならあるよ」と言ってみた。
彼女たちはぎょっとした。
「なに入れたんだ」
カルロの質問に、プチチョコカップケーキを取り出しながら答える。
「最高級の憎しみ。極上の呪い」
アニタは声をあげた。「入れてないし!」
「いた!」
反論しようとした彼女たちの後方、教室の戸口からヤーゴの声がした。私を除き、彼らは一斉にそちらへと視線を向けた。私は気にせず、ホワイトチョコレートのかかったデコレーション済みプチカップケーキをひとつ食べた。
ヤーゴが文句を言いながらこちらに来る。「なんでオレだけもらえてねえの!? いや、だけってこともなさそうだけど! トルベン以外、周りはわりと食ってるし!」
ペトラが応じる。「だってベラが、あんたには絶対渡すなって」
「は!?」ナンネの傍らに立ち、彼はこちらを睨んだ。「なんで」
私はクッキーを一口食べた。「トルベンは?」
「ああ? そこに──」戸口を見やる。「ああ、来た来た」
彼の言葉どおり、教室後方の戸口からトルベンも教室に入ってきた。彼はヤーゴの隣に立った。
「犬のしつけ、ちゃんとしとけよ」私は彼に言った。
「こんな犬飼った覚えねえよ」と、トルベン。
「野良犬か」私は苛立ちをわかりやすく表情に出してくれているヤーゴに言った。「アウニが嫌がるのは確実だから」
「あいつはなんも言ってねえよ?」
「それは渡してないからよ」
「んじゃあいつに渡せばよくね?」
「目の前で食べられるのなんて、喜ぶわけないじゃん。ついでにあいつが、こっちがあげたクッキーをあんたに分けるわけもないよね。他の女が作ったのなんて食わせたくないもん。なにしたってこっちが睨まれるの。私は去年の被害を繰り返すつもりはありません」
彼は悪態をついた。「めんどくせえ!」
「めんどくさいのはお前とあいつだよ」と、ゲルト。
「うまいよこれ」ダヴィデが言った。「特にカップケーキ」
その言葉に、彼女たちは無言ながらも嬉しそうに口元をゆるめた。
ヤーゴは気に入らないらしい。「自慢!?」
イヴァンは無視した。「いや、マジでうまい。クッキーもなんか柔らかいし」
「もう一袋あったりする?」ダヴィデがこちらに訊いた。「妹に──」
私は「ある」と答え、一袋を彼に渡した。彼はそれをカバンに入れる。彼女たちはこぼれる笑みを抑えられないらしい。特にナンネは内心、飛び跳ねて叫び出したい状態だろう。
「ついでに」と続けて、トルベンに二袋渡した。「あんたがひとりでぜんぶ食べてもかまわない。ヤーゴにあげたら、睨まれるのがあんたになるかもしれないけど。でもたぶん、私たちが直接渡すよりはマシかも」
受け取ったものの、彼は面倒そうな表情をした。
「お前いいかげん、いちいちヒト使うのやめねえの?」
「使ってるのは私じゃなくてヤーゴたちだから。私ひとりが作ったんならね、いくらでも渡すんだけど。被害者が増えるのは困るので」
ヤーゴはトルベンの肩を組んだ。
「よし、くれ」
「やめとくわ」
「は!?」
「睨まれたくないし」
「ずるくねえ!?」
「ダヴィも二袋持って帰るし」
「ちょっと違くね!?」
「アウニの前で渡せばいいんでしょ?」ペトラが私に言った。「アウニの前でうちらからだって言ってそれ見せて、ヤーゴがトルベンにくれって言う。で、トルベンが渡す。そしたら、完全にヤーゴひとりが睨まれるって言ってたよね」
言った。「好きにすればいいよ」
「睨まれるの確実!?」
アニタはヤーゴを促した。「やってみればいいじゃん。うちらは知らないでとおすから。ベラが気まぐれでトルベンにあまりを二袋あげたけど、それ以上は知らないって言う」
「もうわけわかんねえ」と、ヤーゴ。「A組戻るべ?」
「こういうの、マジで勘弁してほしい」
そう言いながら、トルベンはヤーゴと一緒にA組へと戻っていった。
その後の報告によると。
アウニはやっぱり、微妙そうな表情をしたらしい。ヤーゴは彼女にプチカップケーキを分けたけれど、自分たちがもらったのよりもはるかに豪華だったこともあり、反応がとても微妙なもので、彼がその味を褒めるほど、空気はさらに不穏なものになったのだとか。一応彼女、ヤーゴにチョコレートを買って、朝一番に渡していた。他の女は義理でも、奴になにかをあげるなどということはしなかったのだが。
アニタとペトラは、ヒンツたちと放課後、一緒に帰る約束をしているから、その時に渡すという。
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土曜日。アドニスとルキアノスに会うといちばんに、イヤーカフを見せてもらった。他のものも欲しいと言いだし、お金も持ってきたからと、またカーヴ・ザ・ソウルに行った。彼らはペンダントを買い、はじめて映画割引券をペア一組ずつ、手に入れた。
ルキアノスが、“おつりの件、すっかり忘れてるな”と言った。三百八十フラム、去年ランチをとった時のつり銭だ。返さなくていいと答えると、彼はそれでフライドポテトを買った。三人で食べた。
私は自分の中に温度変化というものがほとんど見られないまま、それほど笑うこともなく、それほど暗くなることもなく、毎日を過ごしていた。
夜は相変わらずだったし、アゼルの夢をみることもあった。夢の内容を覚えていないのに、起きると泣いていたということもあった。
だから私は、また怖い夢をみたのだろうと思うことにした。アゼルを恋しがって泣いているなんて、思いたくはなかった。
だけどアゼルと過ごす心地のいい夢の中、目覚めたくないと思っている自分がいたのも本当だ。夢の中、当然のように彼はそこにいて、私に触れて、キスをする。
ビーチで、雪原で、海の中で、地獄のような場所で。どこでだって愛し合う自分たちを、私は、終わらせたくなかった。夢の中、意識がはっきりとそう感じていた。
だから眠りながら意識を集中させ、その幸せを存分に味わったあと、無理やり他のことを考え、彼を夢の中から遠ざけた。ここまでくると、もうさすがに起きてるのだろうと思うのだが、私はそれすら認めようとしなかった。起きていると認めてしまうと、アゼルを恋しがってることになる。そんなわけがないと自分に言い聞かせ、認めることを拒んだ。
憎しみと同等に愛が存在するのだと、頭の中ではわかっているのに、その考えにすら、気づいてないふりをした。




