* Dream
アドニスも復習がてら勉強につきあってくれることになった。運ばれたランチを食べながら、勉強するならどこでという話になった。
ファミレスはうるさいうえに、私やアドニスがイライラして煙草を吸うことを考えると、店は向かない。だからといって、私が教えてもらうのに、わざわざこちら──ウェスト・キャッスルに来てもらうというのも気が引ける。アドニスは散らかっているという理由で自分の部屋を拒否し、ルキアノスの家でという結論を出した。ルキも了承した。試しに三学期末の試験前、三人で勉強してみる。
せっかくなので、私は覚えている範囲で二学期の期末試験結果を伝えた。アドニスは天を仰いで笑った。
ちなみに、以前アドニスと喧嘩まがいのことになったあと、彼に聞いた中学時代の恨みの相手の件。私が言った復讐を本当に実行して、今はその相手、わけがわからないまま、残念な女ばかりを相手に、三股をかけているらしい。恐ろしい。
ランチを終えると、私がここに来る前、どこに寄っていたのかという話になった。食器をさげに来た店員が立ち去り、指輪を買ったと答えると、さすがに意味がわからないらしく、ルキアノスは確認するように訊き返した。
「指輪?」
「左手の薬指につける指輪」私は説明した。「を、買ったの。刻印を頼んだから、夕方、帰る前に取りに行く」
アドニスがなにを彫ったのかと訊いた。
「これは聞かないほうがいいと思う」
「なんで」
「だって店長、ものすごく呆れてた。マジで。こんなもん刻印させるのかみたいな感じで」
「よし。帰る前にそれ、見に行こ」
「は?」
「どうせまた会ったら、見るぞ? 一緒じゃん」
そうだけど。
「でも、なんで指輪?」ルキアノスが訊いた。「しかも薬指」
「左手の薬指って、“愛”でしょ。ペアリング、婚約指輪、結婚指輪」アゼルはあの日、私の左手の薬指から流れる血を舐めた。彼も私に、同じことをさせた。「でも私は、それを信用してないの。“これはこうだ”っていう常識を、ぶち壊してやろうと思って」
「なんとなく察しがついた」と、アドニス。「ま、今は訊かないことにする。あとで笑ってやる」
見られて困るものでもない。「それはかまわないけど──」
「ベラ」ルキが私の後方を指差した。「あの娘、ベラの友達じゃないの?」
彼の視線を追った。数メートル先で二人掛けの席に腰をおろすペトラとアニタがいる。
「ほんとだ」
アドニスが反応した。「おお、あの可愛い女! 呼べ」
「は?」
「彼氏いるんじゃなかったっけ」と、ルキ。
あれとは別れたが。「今好きな男いるからダメよ。っていうか、いちいちヒトの友達に手出そうとするなよ」
「話すくらいべつによくね? アドレスも訊かなきゃいいんだろ」
どこまで信用できるのだろう。「じゃあ、エデたちの話は持ちださないで。あいつらとあんたらが会ったこと、誰にも言ってないから」
「は? なん──」
ルキアノスは彼の言葉を遮った。「あ。気づいた」
私は再び、彼女たちへと視線をうつした。目が合った。試しに首をかしげながら指で招いてみると、彼女たちは二言、三言言葉を交わし、席を立ってこちらに来た。
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ペトラの第一声は、「元気そうじゃん」だった。彼女たちは隣にある四人掛けの席に腰をおろした。ふたりとも、紙袋をひとつずつ持っている。服を買ったと思われる。
紹介すると、アドニスはやっぱり、つきあってるオトコがいるのかと訊いた。彼女たちは二人とも、好きな男がいると答えた。アドニスは天を仰いだ。でもルキと席を替わった。意外というか当然というか、アニタ的にはリーズとニコラからの嫉妬の可能性がなくなったこともあってか、あっさり打ち解けた。呼び出した店員に、全員がデザートだのドリンクだのを注文した。
「聞いた? こいつの二学期末テストの結果」アドニスが私を差しながら言う。「すげえありえねえの」
「だってバカだもん」ペトラはさらりと答えた。「山の木に火つければ、山そのものが消えてなくなると思ってたらしいからね。マジありえねえ」
彼らは笑った。
「トンネル掘るくらいのほうがまだマシだよね」と、アニタ。
「そんな力仕事はしません」私は言った。「爆薬でもあればいいんだよね。そしたらこう──」
ルキアノスが応じる。「それでもすごい面倒だと思う。山ひとつなくすって、わりと難しいよ」
「そうだろうけど。ま、もうどうでもいいことなんだけどね。しょせん小学生の発想だって、なんで思ってくれないのかがわからないけど」
すかさずペトラが言う。「あんた今でも思いこんでるみたいに言ったじゃん。ちなみにその話をヒンツにしたら、おなか抱えて笑い転げてた」
「話すなよバカ」
デザートも食べ終わり、散々話しこんだあと、ペトラとアニタがそろそろ帰ろうかと言いだした。私は寄るところがあるからと、同時帰宅を丁重にお断りした。
「でもこっちも店、変えようか」私は彼らに言った。「カフェに行って、ネクスト・デザート」
アドニスが言う。「あ、んじゃついでに指輪見に行こ。けどまだ早いか? 四時って」
「たぶん平気だと思うけど」
「なに、指輪?」ペトラが私に訊いた。「引きずり?」
「そんなんじゃねえよ」
「なんかすげえおもしろいことしてるらしいんだわ」アドニスが説明する。「ありえねえ言葉を刻印してもらってんだって」
「それって」アニタがこちらに、左腕につけたブレスレットを示す。「これの?」
ばれた。「そう、それ買ったとこ」
「行きたい!」
「は?」
「違う、そうじゃなくて──」アニタは言葉を考えているらしい。「──受験祈願みたいなの、なんかないかなと」
「あ、それいい」ペトラも便乗した。「連れてって」
なんか面倒なことになってきた。
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カーヴ・ザ・ソウルに着くと、カウンター奥から出てきたカレルヴォはぎょっとした。
「なんだ、何事だ」
私は苦笑を返す。「ごめん。なんかわかんないけど、友達とランチとってたらさらに友達に会って、連れていけと言われまして」
アニタとペトラはすでに、ショーケースの中の商品を見てきゃーきゃーと騒いでいる。アドニスとルキアノスは、観察するように店内を見まわしていた。
カレルヴォは、黒いトレイに置いたシルバーリングを、カウンターの上でこちらに差し出した。私はそれを手に取って眺めた。片方の側面に、“LOST TREACHERY LIES HATRED”と、すべて大文字で、バランスよく刻まれている。
「最高」
指輪をアドニスに見せると、彼は感動しながらも、刻印された言葉に笑った。ルキも苦笑った。
気にせず、指輪を自分の左手の薬指につけてカレルヴォに見せた。
「当然だけどぴったり!」
「お前、ほんとにそれでいいのか」彼が言う。「なんなら相手の名前も彫れよ。あからさまなのがイヤなら、内側とか。そっちのほうが、込められる憎しみは強いぞ」
はて。「──“ルシファー”、とか?」
「堕天使?」
「違う」違わないが。「明けの明星。金星。天使よ」祖母が教えてくれた。
「関係あるのか知らんが、やるか? 特別にそれはタダでやってやる」
「マジで? どのくらいでできる?」
「今日は暇だからな。一時間もありゃ」
「じゃあお願いする」
そう言って再び、指輪をトレイに載せた。
アニタが背後から私の腰に手をまわす。「ねえベラ」
「なに」
「お金、貸してほしいのですけど」
ペトラも続いた。「あたしも。明日返す」
「はいはい」
アニタとペトラは、色違いでストラップを買った。もちろん合格祈願のパワーストーンだ。便乗したのか、アドニスとルキアノスもイヤーカフを買い、カレルヴォに見せてもらったファイルからそれぞれにデザインを選び、刻印を頼んだ。これは後日、彼らが勝手に取りにくるらしい。
店を出ると、アニタたちはさっそく渡してくると言って帰っていき、私たちはグランド・フラックスにあるカフェに行った。デザートを食べたあと、夕方六時頃、私は彼らを見送ってひとり、ゼスト・エヴァンスに行った。
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ゼスト・エヴァンス店内。
サイラスはカウンターで、二十代後半ほどだろう男と話をしていた。こちらに気づくと、笑顔で応じつつも意外そうな表情を見せてくれた。
「どうした。こんな短いスパンで来たこと、なかったのに」
私は唇を尖らせ、しかめっつらを彼に返した。
「怒りと憎しみにまみれたアルバムを探しにきたの」
「なんだ、オトコと別れたのか」
「っていうか、消えた」カウンター前のスツールに腰かける。「突然消えた。喧嘩で警察に捕まって、更生施設に一年間ぶち込まれるそうです。超笑える」笑っていない。
「やんちゃだな。別れることすらできてないのか」
よくわからない。「別れたも同然よ。私は捨てられたの。待ったりしない。心の底から憎んでやる」
サイラスは肩をすくませた。
「どうかと思うぞ、そういうのは」そう言うと、彼は話をしていた相手の男を私に紹介した。「こいつはディック。昔の知り合いでな、音楽をとおしての後輩みたいなもんだ」
ディックという彼は黒髪に黒い眉で、不精とも揃えているともとれる髭を口元とあごに、半端に生やしていた。ヒトのよさそうな顔をしているけど、短いにも関わらず、黒い髪をうしろでひとつにまとめている。
「どーも」と、私は無愛想に言った。
腕を組んでいる彼は私を無視し、サイラスへと視線をうつした。
「もしかして、店の模様替えのきっかけになったっていう?」
「そうだ。何歳に見える?」
サイラスに訊かれると、彼は再び私を見下ろして観察した。
「──十六?」
サイラスはふきだす笑いをこらえた。
ムカつく。「十七です」
私が大ぼらを吹くと、サイラスは天を仰いでげらげらと笑った。
「いや、違うな」ディックがまじまじと私を見る。「まさか中学生?」
なにで判断してんだよあんた。「十四」
「は? 本気か」
「本気の本気よ。なんなら中学に電話して確認します? つってもあと数ヶ月で中学三年ですけど? 五月には十五ですけど? なにか文句でも?」
サイラスはずっと笑っている。ディックも笑いだした。
「マジか。悪い。ガキと話すの久々すぎて、ちょっと感覚がずれてるみたいだ」
「慣れてるので気にしてません」
「歌うまいんだって? 年は聞いてなかったけど、それは聞いた」
「自分でうまいなんて言う奴はいません。っていうか、いたら蹴飛ばします」
彼がまた笑う。「怒るなよ。悪かったって。名前は?」
怒るなというほうが無理だ。「ベラ」
「よし、ベラ。十七になったら、うちの店にバイトに来い」
「は? なに?」私の口調は喧嘩腰だった。「なんで? なんの?」
カウンターに腰かけると、ディックは説明をはじめた。
「この一年でプランを煮詰めて、ファイブ・クラウドで店を開く。予定は来年の三月か四月。店舗はもう押さえた。ここからちょっと行ったところにあるビルの地下だ。来月から改装に入る。ナイト・タウンにあるようなライブハウスとはちょっと違って、食事をしながら音楽を楽しむ店。歌は生声。もちろん生演奏もする。歌い手と弾き手を集めて、弾き手は楽器を、歌い手は声を披露する。カバーだったりオリジナルだったり。ライブハウスみたいなチケットノルマはなし。売り上げは料理がメインだから、歌い手や弾き手は稼げるわけじゃないけどな」
とんとん拍子で話される言葉を、私は頭の中で必死に整理し、理解した。正直、ものすごく興味をそそられる話だ。
私は質問を返した。「十七っていうのは、なんで?」
「ファイブ・クラウドだからな。主に二十代が対象になる。客やスタッフの年齢も制限するつもりだよ。それが十七歳から二十九歳まで。つっても俺の誕生日はまだだから、今二十八歳。ややこしいけど、店をオープンするのは三十になる年だ。声をかける予定の何人かは同じ歳や近い年齢の奴だったりするから、幹部スタッフに年齢制限はないけどな。今んとこ、酒を出すつもりはない。バーやクラブに行く前に、夕食がてら寄ってもらう店。音楽をとおしての、若者だけの新しい出会いの場だ」
すごい。夢みたいだ。「素敵」
カウンター越し、サイラスが身を乗り出す。
「今日はこいつ、その報告に来たんだ。去年末に脱サラしてな、やっと覚悟を決めたって。だから俺は、ひとり勧めたい奴がいるって言った」
つまり、それが私? 「でも十七になるまで、あと二年ちょっともある」
ディックは肩をすくませた。
「ま、それまでに潰れないことを祈るしかないな」
「ちょっと。誘っておいて潰さないで」とは言ったものの、気づいた。「ねえ、私、うたうのはイヤ。ウェイターとしてなら働くけど、うたうのはイヤよ」
「あ? なんで」
「目立つのがキライなの」
「そんなワガママは通用せん」
「意味がわからない」
「やってみろ、ベラ」サイラスが促した。「二年のあいだに、お前がどう変わるかわからん。今ここで断るのはもったいないだろ。やったことがなきゃわからんだろうが、生演奏生ライブってのは、カラオケとはまた違うぞ。それ以上の快感がある」
確かにやったことはない。興味はある。
「っていうかな」不安げな表情の私に向かって、ディックが切りだした。「歌い手は男なら、いくらでもいると思うんだよ。けど女ってのは、やっぱり恥ずかしがるだろ。ライブハウスに行ってもそうだ。女は比較的少ない。いても変なのばっかり。衣装ばっかり目立つアイドル気取りとか、下手なうえにわけのわからん歌詞のオリジナル曲をうたってる奴とか、地味な奴とか。そんなのいらん。まあプロほどしっかりとするつもりはないし、それなりにうたえれば採用するつもりだけど。稼げるわけじゃないから、純粋に正等なロック音楽が好きで、ただ演奏してうたって、それを聴いてもらえればいいっていう奴が必要になる。それをサイラスに話したら、お前の話がでてきた」
確かに、音楽は、ロックは、歌うことは、好きだけれど。「──考えとく」
そう答えると、ディックは微笑んだ。
「期待してるぞ」




