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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 18 * FEATHER DAYS
106/119

* One Who Understands

 夜十時すぎ。部屋に戻った私は、携帯電話にゲルトからの不在着信が残っていることに気づき、彼に電話をかけなおした。

 ゲルトの第一声。「ひとつ教えてほしいんだけど」

 私は今、羽にまみれたベッドの上。「なに」

 「なんで俺、お前の取扱説明書みたいになってんの?」

 「意味わかんない」

 「だから。昼にアゼルが施設に入ったってのを、ブルから聞かされた。かと思えば、お前にナイフ突きつけられたとかも言われた。お前が相当キレてて、どう扱えばいいのかわかんねえ、どうすりゃいいんだとか訊かれた。なにこれ」

 そういえば放置したままだ。「で、なんて答えたの?」

 電話のむこう、おそらく彼は肩をすくませた。

 「“気遣うな。普通にしろ。アゼルの名前を妙に出しすぎることも、やたら避けてんのもよくない。ただひとりの男がいなくなっただけ、ベラが恨む相手がひとり増えただけ、同情だの慰めだのは逆効果、普段どおりにどうぞ”」

 思わず口元がゆるんだ。「さすが私の取り扱い説明書」

 「ふざけんなアホ」笑いながら言う。「で? 誰かに言ったの? アニタとか」

 「ううん。言えない──だってあいつ、さすがに心配してくると思うし」

 「ああ──どうだろ。ってことはなに? 俺が言うわけ?」

 「できるなら頼みたい。こんなの、どう話していいかわかんない」

 「まあいいけど──って、連絡網みたいにもなってるんだけど。なにこれ」

 私は力なく笑った。

 「ヒトづきあいって、面倒だよね。朝早くにブルから連絡もらって、アゼルのこと聞かされた。私は放心状態で、昼にみんなが来た。心配してるとか言われて、そんなもんいらないし、慰められたりしたら、なにするかわかんないからって──ブルだけに家に上がってもらったのに、けっきょく、ナイフ突きつけちゃった」目に涙が浮かんだ。「──ひどいこと、言った気がする」

 「そうは言ってなかった」ゲルトは言った。「軽はずみでモノ言っちまったって、ブルは後悔してたけど。ひどいこと言われたとか、そんなことは言ってなかった。ブルいわく、お前に会ってからアゼルが施設に入らなかったこともあって、楽しすぎて、約二年、すげえあっというまだったって。中学のあいだだけかと思ってたけど、卒業してからのこの一年も、あっというまだったって。だからあんなこと言っちまったって」

 私は立てた両脚に顔を伏せ、泣いていた。

 「──確かに、あっというまだった。特にこの一年──あいつらが中学を卒業して、どうなるのかと思ってたけど──なんか、いろいろあって──でも、楽しくて──だからよけい、“一年なんてすぐだ”って言われたのが、ムカついて──」

 「今はブルもわかってるよ。今お前が平気な顔してたって、あとからどんどんくるんだってのも、きてもお前は絶対に弱味見せようとしないってのも、俺が言ったから、ちゃんとわかってる。けど八つ当たりはすんなよ。心配してんのはホントなんだから」

 わかっている。わかっている。

 わかっているのに、私はわがままで、自己中で、心配などされても、嬉しくない。被害者だと思われたくないし、同情など欲しくもない。

 涙が、止まらない。

 彼は続けた。「キレるにも程がある。無愛想になるのはいいけど、イライラして喧嘩腰になんのもいいけど、ナイフ突きつけんのはナシだろ。クッションにナイフ突き立てたって聞いて、思わず笑いそうになったけど、それはダメだろ」

 その言葉に、私は泣きながら、笑った。だけど、喋れなかった。

 ゲルトは溜め息をついた。

 「なあ。そうやって、泣いてやりゃよかったんだよ。今も昔も。お前は強がりすぎ。無関心貫こうとすんのもいいけど、泣ける時は泣いとけよ。心配された時くらい、泣いてもいいだろ。ブルに電話で、同情されたらなにするかわからねえって言ったんなら、その時点で、ブルだけはそれをするつもり、なかっただろうし。お前が変に強がるせいで話が変な方向に転がること、あると思うぞ」

 素直になれない。いつもそうだ。

 私は、どうにか口を開いた。「だって──あんな奴に、ボロボロにされてるなんて、思われたくない──」

 彼はまた溜め息をつく。

 「泣かないのが強さってわけじゃねえよ。むしろお前、強がりすぎて、たまにかっこ悪い。今なんて特に。あとから後悔すんなら、最初から泣きわめいてりゃよかったんだよ。その強がりに振りまわされたブルが可哀想。マジでヘコんでたんだから」

 ──ゲルトはいつも、容赦がない。いろんな意味で、容赦がない。

 私は泣きながら、深呼吸した。

 「──あやまったほうが、いいと思う?」

 「いや、べつにいいだろ。三日くらい経ったら、家にでも押しかけてみればって言ってある」

 予想外の言葉が返ってきたので、私はきょとんとした。

 「ベラがいちばん嫌がるのは、心配されることそのものより、自分のせいで空気がおかしくなることだからって。心配してても、平気かって訊いたとしても、ベラが平気だって言えば、それ以上追求しない。いつもどおりにする。それがいちばんいいって言ってある。けどベラは内心、平気なわけねえだろボケとか思ってるから、それすら訊かないほうがいいとも言ってある」

 それで私はまた、泣きながら笑った。

 「なんであんた、私の取扱説明書みたいになってんの?」

 ゲルトも笑う。

 「何年だっけ。小学校一年の時から──で、約八年。けどお前の詮索嫌いが表に出だしたのは三年の時からだから──それでも約五年か。って、小学五年の時はクラス、違ったけど。約五年分の取扱説明書だな。かなり分厚い気がする。特にお前、すげえめんどくさいから」

 「失礼だな」

 「いや、実際そう。めんどくさい家に生まれて、めんどくさい同級生に囲まれて、めんどくさい男にひっかかって、めんどくさいことになってる。なぜか俺はその目撃者。なにこれ。もうやだ」

 私は苦笑った。「これだけ一緒にいて、あんたのめんどくさいところって、ないもんね。なにこれ。こっちが訊きたい。なにこれ」

 「お前は世渡りが下手なのかね。なんか知らんけど。とりあえず、考えようによってはアレだよな。お前はこの一年、受験に集中できるわけだ。まためんどくさい男にひっかからなかったらの話だけど」

 「──ん。受験だし、真面目に勉強するほうがいい」

 「な。で、高校からはお前と別の学校行って、俺は平和な高校生活を満喫する」

 「どこ行くの、高校」

 「お前がいないとこ」あっさりだった。

 「ねえ、私一応、傷心の身」

 彼は無視した。「まだよくわかんねえけど、テクニクス・サイエンスがいちばんいいかなとは思ってる。俺とセテはそこ行くんじゃねえかな。近いし技術高だし、資格もとれるっぽいし。べつになにになりたいとかはないけど」

 レベルは確か、私が目指すミュニシパルと変わらない。

 「で?」彼が訊き返す。「お前は?」

 「テクニクス・サイエンス」と、答えてみた。

 彼が空笑う。「マジふざけんな」

 私もまた笑った。「嘘だよ。私服高がいいから、ミュニシパル──の、つもり」

 「え、行けんの?」

 ムカつく。「レベルはテクニクス・サイエンスと変わらないらしいもん。どうにかなるかもしれないし。無理そうだったらまた考えるし」

 「ま、一年あるしな。どうにかなるかもだし。──三年になったらクラス、どうなるかわかんねえけど。別になったとしても、あと一年はついててやれる。けど中学卒業したら、もうこういうの、なしだからな」

 冷たい。「ねえ、そこって普通、自分がずっと一緒にいてやるとか言うとこじゃないの?」

 「え、なにその不気味なセリフ。やだよ。一億フラムもらってもやだ」

 「ひどいなあんた」

 「俺はもっと普通の女でいい。波乱万丈にも不良にもロングヘアにも興味ない」

 彼はどうやらボーイッシュなタイプが好きらしく。「私が髪短くしたらどうすんの?」

 「波乱万丈と不良がまだくっついてるから、ないわ。つーかお前が普通の女に成り下がるとこなんて、見たくない気もするけど」

 私は異常だと、さらりと言っている。「成り下がってんのはこっちのような気がするけどね──」涙が止まってることに、今さら気づいた。「──三学期のあいだに、どうにか立ちなおる。それまではつきあって。──今は、平気だけど──」

 止まったはずなのに、また泣きそうだ。

 「──すごくすごく幸せな状態から、一気に地獄に落とされた。笑える自信がないの。明日から学校なのに──朝のブルからの電話から、私、ぜんぜん泣いてなかった。怒っただけで──おばあちゃんにも話したけど、泣けなかった」

 私はまた、泣いていた。

 「──私、たぶん、アニタの前でもリーズたちの前でも、強がっちゃう。それはそれでいいと思ってる。心配されて、イライラするかもしれないけど、いつもどおりの無愛想で返すから、どうにかできるかもしれないけど──あんたみたいに、ぜんぶお見通しみたいなの、あったら──」

 「学校でなら」ゲルトは割り込んだ。「たぶん、助けてやれる。幸い明日は昼までだし。セテたちには、ちゃんと言っとく。けど、無理に泣かないようにしようとか思うな。人前で泣きたくなくて、けど泣かない自信がないっていうなら、しばらく学校休め。平気になってから出てこい。

 さっき、お前は強がりすぎだって言ったけど、お前は実際、強いよ。泣けないのは弱い部分だけど、お前が言ったとおり、ひとりの男に今まで貫いたもんボロボロにされるほど、弱くはない。

 寝る前にひとり泣いたって、誰にも気づかれやしねえよ。一年の、お前がアゼルと別れた時みたいなのになったら、さすがに周りも、気づくかもしれねえけど。それを気づかれないようにするのがお前だろ。同情されたくなくて強がって、いつのまにか、ほんとに強くなってんのがお前。あんな奴にボロボロにされてたまるかって見栄張って、感情を完璧にコントロールしてんのがお前。それが無理なら、一週間でも一ヶ月でも、学校休め。完璧に立ち直ってから出てこい。つってもそれやったら、俺はさすがにお前にがっかりするけど」

 泣きながら、私はまた笑った。

 ゲルトは私の扱い方を、ほんとによくわかっている。やさしくて冷たくて、遠慮がない。私がどうしたいかを、わかってくれている。私がどうしてほしいのかも、わかってくれている。

 「──なんで私、あんたに惚れなかったんだろ」

 「は? いや、惚れられても即拒否だけど」

 こういうところが好きだ。こういう返しを私が望んでるというのも、わかってくれている。

 「もうちょっとやさしくしろアホ」

 彼は笑った。

 「やだよ。お前にやさしくなったら、俺が俺じゃなくなるし。お前に冷たいのが俺だから」

 意味がわからない。「セテを見習うべき」

 「はいはい。みんなにメール入れるから、もう切るぞ。寝る前にアゼルのことでも思い出して、おもいっきり泣いとけ。最後の最後で復讐心掻き立てて、いつもみたいに怒りで処理しろ。そんで素直に、まだ惚れてんだって認めろ。そしたらラクになるはずだから」

 ──まだ、惚れてる。

 こいつはそんなことまで、お見通しなのか。

 「やだ」と、私は答えた。「絶対認めない」

 「あっそ。それは認めたようなもんなんだけどな」

 「カマかけるのやめてくれます?」

 やはり彼は無視した。「認めたんだから、あとはいつもの作業だろ。得意の逆ギレ。アゼルなしで過ごすはずだった中学生活を楽しむくらいの気でいけよ。卒業までにアゼルが戻ってくるかはわかんねえけど、そのあとお前がどうするかは知らねえけど、アゼルに会ったら、ぜんぜんまったく弱ってないってとこを見せる。それでお前の復讐は完了だろ」

 そう。私はそうやって、生きてきた。

 「──うん。簡単じゃないんだろうけど、やってみる。ありがと。また明日、学校でね」

 「ん、じゃーな」

 「うん」

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