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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 18 * FEATHER DAYS
105/119

* Venus

 声がした。

 知っている声に、何度も何度も名前を呼ばれた。

 私は、目を開けた。

 「ああ、よかった──」祖母だ。ベッドの傍らに膝をついてこちらを見ている。「大丈夫? なにがあったの? どうしたの?」

 ──なに。

 すぐには答えず、状況を理解しようとした。

 祖母が帰ってきた。

 アゼルは約束を破った。

 白い羽がたくさん。

 アゼルは消えた。

 私は捨てられた。

 私は眠っていた。

 アゼルが更生施設に入った。

 私はクッションを引き裂いた。

 これは羽。

 私は、羽に埋もれて眠っていた。

 「──アゼルが、喧嘩で警察に捕まって──更生施設に、入るって」

 表情に滲みでている祖母の戸惑いが、さらに大きくなった。「まあ──」

 「──それで、なんか、色々、ムカついて──ストレス発散してたら──いつのまにか、寝てた」

 心なしか、祖母が一瞬、呆気にとられた気がする。だけどその表情はすぐ、苦笑に変わった。

 「それで、クッションをむっつとも、台無しにしちゃったのね」

 ああ、ぜんぶやっちゃったのか。「ごめんなさい」

 「いいのよ」と言って、祖母は私の髪を撫でた。そして私が手に持っていたはずのフォールディングナイフを、ブレードをしまった状態で、再び私の手元に置いた。「怪我はしてないのね?」

 私は小さくうなずいた。

 「そう、ならよかった」祖母はベッドに腰かけてまた、私の髪を撫でた。「どのくらい、入るの?」

 「一年だって──しかもベネフィット・アイランドのじゃなくて、アマウント・ウィズダムの施設」

 「あら──」祖母の表情は曇っている。「──寂しくなるわね」

 私は、首を横に振った。

 「待たない。本人に伝わったかはわからないけど、もう別れたの。終わった。私はもう、好きじゃない」

 祖母は心配するような眼で私を見ている。でも、それを口にしたりはしなかった。

 「ちゃんとご飯、食べた?」

 「──そういえば今日、なにも食べてない」

 「あら。だめよ、そんなんじゃ。おみやげがあるの。夕食のまえにとりあえず、それをいただきましょう。紅茶淹れるから、降りてらっしゃい」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 祖母が部屋を出てから少ししたあと、私は一階におり、顔を洗ってからリビングへと向かった。祖母はリビングのテーブルに紅茶と、おみやげらしいお菓子を数種類、用意してくれていた。私が祖母の隣に座ると、髪についていたらしい羽をとってくれ、ふたりでクッキーを食べはじめた。

 「あいつは堕天使なの」と、私はつぶやいた。

 祖母が訊き返す。「堕天使?」

 「あいつのラストネーム──“ルシファー”。堕天使で悪魔」

 「あら、それは違うわよ」彼女はあっさりと否定した。「確かにルシファーは、堕転して悪魔になったけど。彼が堕ちてからの名前は、“サタン”だもの。ルシファーはれっきとした天使よ。神に使えて多くの天使を率いる、十二枚の翼を持った、美しい天使の長。大天使長」

 ──天使の、長。「──お山の、ボス猿?」

 祖母は笑った。

 「まあ、どうかしら。でも“ルシファー”って名前は、堕天使や悪魔って意味を持たないと、私は思ってるわよ。“ルシファー”はね、大天使であると同時に、“明けの明星”でもあるの。明け方、東の空に見える星。私たちがいる地球にいちばん近くて、月に次いで二番目に明るい星を差す言葉」

 ──明けの、明星。「そんないいもんじゃ、ないと思うけど」

 「もうひとつ教えてあげる」彼女はにっこりとして言った。「その二番目に明るい星っていうのは、別名、“アプロディーテーの星”とも呼ばれるの」

 「──アプ──?」

 「“アプロディーテーの星”」繰り返した。「“アプロディーテー”っていうのは、美と愛を司る神話の女神よ。美に誇り高く、最高の美神として選ばれた女神。戦の女神としての側面も持つ」そこまで言うと、祖母はまた私の髪を撫でて微笑んだ。「“戦の女神”かどうかはわからないけど、“美と愛を司る”ってところは、あなたにぴったり。アプロディーテーは、“春の女神”とも呼ばれるから。あなたたちふたりには、“金星”っていう共通点があるわね」

 ──“金星”っていう、共通点。

 「さてと」私が言葉を返す前に祖母が切りだした。「あなた、煙草を吸うみたいだけど?」

 灰皿も煙草も、ベッドの上に置いたままだった。「ごめんなさい」

 彼女は笑って、私の頭を頬に寄せた。

 「怒ってないわ。リーズやニコラが吸うことだって知ってるもの。でも、この際だから教えてちょうだい。お酒は?」

 「──ビールを、たまに」

 「強いの?」

 “強い”の基準が、わからない。「三本飲んでも、眠くなるだけ?」

 「あら、強いのね。じゃあワインを飲んだことは?」

 「それはない」

 「そう。じゃあ飲んでみる?」

 え。

 「私もワインなら、ちょっと飲むの。時々だけどね。旅行先で思わず買っちゃったのがあるから、今日は夕食を食べながら、飲んでみない? もちろんビールがよければ、お隣にもらってくるけど」

 え。

 祖母は私の髪にキスをして、また髪を撫でた。

 「あなたは本当に強い子ね。でも、無理しないで。煙草を吸うのも、お酒を飲むのも、好きにしてかまわない。ナイフを持ってるのもかまわない。でも外ではあまり、しないほうがいいわ。ナイフは特に、警察もさすがに見過ごせないだろうから。もちろん補導されたら、ちゃんと迎えに行くけど──寂しくなるだろうけど、あなたの正しさの基準を見失わないで。誘惑に負けないで。それだけ、約束してちょうだい」

 思わず、泣きそうそうになった。ここでやたら慰められたりしたら、きっと私、どうにかなってた。

 泣きたくなくて、笑った。

 「うん。ちゃんと、約束する。絶対に、破ったりしない」

 私は、アゼルのようにはならない。アゼルなんかに、支配されたりしない。

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